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    はじめまして‐弐

汗でびちゃびちゃな私の手のひらを快く握り返してくれた優しいロヴィーナさんに案内されたのは、ライダーたちの待機所だった。

そういやこの部屋に入る前に見た部署名だかが書かれていた看板には指令室兼待機所と記されてあったので、このホログラフィーが飛び交う忙しない部屋が指令室で、今連れて行かれる所が待機所なんだろうな、なんて考えながらせかせかと動き通し動いている人たちの間を通り抜けながら頭上や真横を飛んで行くホログラフィーを避けつつ感動していたその部屋を突っ切ると、突き当たりに控え目なドアがひとつあり、どうぞ、と丁寧に開けてくれたロヴィーナさんに感謝しながらそのドアをくぐるとそこそこな大きさの室内に入った。

中央にあるローテーブルとそれを囲むように配置してある白いソファ、部屋の隅には簡易キッチン…でも豪勢、と、壁に大きく映し出されているのはホログラムのTVだろうか。目で見て確認出来るのはそのくらいで豪華は豪華だしいいもの使ってるなあという雰囲気の部屋で、事実いいものを使っているのだろうが、しかしこれと言って別段驚くほど豪勢ではない、そんな部屋。

…たぶん、この数時間でいつもは見れない豪華豪勢なモノを見てきたせいで目が肥えているのだろう、通常の私なら凄い立派だと煩かったに違いないそんなレベルの部屋が失礼なことに霞んで見える。


「じゃあ、ちょっとここで待っててね。みんな呼んでくるから」

「みんな…?」


数時間で人間は変われる、とか世の摂理について悟りを開いていた私の背中を後からロヴィーナさんが軽い調子で叩いてきた。背後にいるロヴィーナさんを振り向きながら台詞の中の気になる単語を呟くと、私と顔を見合わせた彼女はうん、と頷いてみせる。


「そ、みんな」


頷いてそれだけを肯定した彼女は詳細は語らずに、まさか、と押し寄せた嫌な予感に表情を歪めた私に笑顔を振り撒きながら私の隣にいた二ロバニアさんと一言二言交わした後に待機所から出て行った。

詳しく教えてくれなかったのはなにか意図あってのことなのか、それともただ面倒だっただけなのか、もしくは私の予感が当たっていると見抜いていたからなのか。…激しく前者を希望したいところだな、と思いながら、やはり真意は当然わからないので、とりあえず再度ロヴィーナさんの言葉を嚥下してみることにした。

「待っててね、みんな呼んでくるから」、と彼女は言っていた。それはつまり、会わなきゃいけなかったのはロヴィーナさんだけではない、ということだろう。

つまり、って言うか、絶対。多分、って言うか、確実に。


「…………やっぱりか…」


まさかロヴィーナさんに会うだけで済むとは思っていなかったが、それでもやっぱりショックを受けた。嫌な予感が当たってしまって思わず情けない呟きが漏れる。

ロヴィーナさんはとても優しそうで雰囲気も柔らかい、まさにイイ人っぽいひとだったが、だからと言って彼女の同僚だか先輩だか後輩だかが彼女みたいにイイ人だという確証はない。大体、見ず知らずの人に会うこと自体が私には大きなハードルなのだ。人見知りもいいとこだとは自分でも勿論自覚してはいるが、自覚出来ていてもそうそうどうにかなるものではない。

…どこまでもマイナスな私の頭の中を、まだ見ぬ上司になる予定の人たち(複数形)が黒い嗤い声を立てて脳内を侵食していく被害妄想甚だしいヴィジョンが浮かんでくる。


「あー…………止め止め」


自分で想像した被害妄想だとわかっているどうしようもないヴィジョンを振り払って、いつまでもドアの前に突っ立っているわけにはいけないとノロノロした足取りで敷かれている真っ赤な絨毯を踏みながらソファに近付いて行く。

そこそこな広さの部屋を突っ切る時、天井にぶら下がっている控え目な大きさのシャンデリアが視界にちらつくのを、やっぱり金かかってるんだなあ、と感じながらすでにいちばんいいポジションに座って煙草まで吸かしているニロバニアさんの隣に腰を落ち着かせた。


「…………」

「…………」


ふー、と美味しそうに煙草を吸うニロバニアさんの横で自分の膝の上に礼儀正しく置いた手の甲を眺める。別にこれと言って意味のある動作ではないが、なにもしないでいるとこれからロヴィーナさんが連れてくる人たちのことを考えて…否、考え過ぎてしまいそうだったから、言うなればちょっとした応急処置、みたいな。

緊張するから不安だからとニロバニアさんばかり頼るのもさすがに限界がある。いくらなんでもそこまで自分が節操無しだとは思いたくないし。

ぐるぐると色んな意味で回る脳内で思考するのはもう一年前くらい昔に思えるほど遠い記憶となりかけた、ニロバニアさんと乗ったリムジン内でのことだ。

あの時、私は覚悟を決めるのだとニロバニアさんに告げて、その言葉通り覚悟を決めた、…つもりでいた。

そう、つもりだったのだ。言うまでもない。私はWGSF本部に来てから…いや、来る前からも、だけど…とにかく情けなさすぎる。決めた覚悟はどこまでも情けなく、儚いというよりも脆い。大体、覚悟を決められていたのかもこうなると甚だしく疑問だ。

普通の高校生ならばまだいいが、仮にも私は名門と名高いプリゼーラで軍人、ないし《支配者(ルーラー)》を目指しているのだからもう少し大人でなければならないはずだ。

なにがあっても冷静でなければならないと耳がタコになるくらい教えられていたのに、ここまで有言不実行だと悔しさも呆れも悲しさも通り越すというものである。

そうそうどうにか出来そうにもない緊張と仲良しこよしだったとしても、せめて後ちょっとでもいいからマシにしなければ、と願ったところでなにも変わりはしないと知ってはいても切実に思ってしまう。


「………覚悟を決めるなんて、軽々しく口にしちゃダメですね」

「しようとする努力は認めているし、腹括ろうとしているのもお前の言動とか表情でわかるからこの場合は一概に駄目だとは言わないんじゃないのか」

「……ですか」

「ああ」


…ぽろりと口から滑り落ちた言葉に一拍の間もなく答えてくれたニロバニアさんはこの数時間で私の性格を熟知し過ぎだと思った。もちろん、良い意味で、だ。

恥ずかしいことに、私がなにで悩んでるのなんか彼には全てお見通しだったのだ。だから返答するのが早かったのだろう。

手の甲を見詰めていた視線を上げて、隣でさして短くもなってない煙草を灰皿に押し付けているニロバニアさんを見やると、彼は大袈裟なくらい私に向けて大きく肩を竦めて見せた。


「こう言っちゃなんだが、まだお前は17なんだろう、レリア。高い志は素晴らしいがそれが無理になるならそんなもん捨てろ。心労でいつか倒れるぞ」

「わあい、馬鹿みたいに悩んでた私カワイソウ…」


私の悩みをそんなもん扱いしたニロバニアさんが言葉とは裏腹に優しげに笑う。

出会ったばかりで、しかも二ロバニアさんが私に会いに来たのがこの緊張及び悩み落ち込みの発端…とはさすがに言い切れないけど…、だというのにこの人といると安心する。普通に会話をしているとそうは思えなくともひとを宥めたり落ち着かせるのが凄く上手なんだとこの数時間で心底思い知らされた。


「…みんなって、私の上司になるひとのことですよね?」


煙草を灰皿に処分してぱんぱんと手のゴミを払う動作をしているニロバニアさんに疑問符付きの台詞を呟いてみる。緊張しているからこそ心の準備が出来るように、これからなるであろう状況を知っておきたかった故の発言である。

私の呟きを受けてニロバニアさんが微かに首を捻ってなにかを思い出す素振りを見せながらそうだと肯定して話を続けるのを胃がずきずきするのを感じながら認識する。


「ああ。ま、さすがに隊の連中全員には今日だけじゃ会えないとは思うがな」

「………………………」


吐き出された回答にロヴィーナさんがライダーだと知った時とはまったく違う種類の眩暈を覚えて思わず額に手を当てた。

予想はしていたが直接聞くと破壊力が違う。やはりたくさんいるらしい私がお世話になるであろう人たちのことを考えるとキリキリと軟弱な胃が痛む。


「たくさんいるんですか、その隊とやらのひとたち…」


まだ就職活動の仕方を学校で習ってないのに上司になるひと…どころかひとたちに会うって言われたってなにをすればいいのかわからないじゃないか。面接だって高校に入る時にちょろっとしただけで慣れているなんて口が裂けても言えない。

小さな覚悟の上に圧し掛かる不安に問う声が情けないほど小さくなる。

声と共に身体もしぼんでいくような気がして背中を丸めると、頭のてっぺんに温かいものが触れる。確認するまでもなくそれがなんなのかもうわかっていたから大人しくしていると、その温かいものに頭の上をざすざすと撫でられた。


「たくさんもいないよ。ライダーってのは基本、国や世界を飛び回っているもんだからな。本部つったってここは指令塔メインだからライダーやルーラーが数多く集まることも少ない」

「…そっか」


小さくて情けない私の問いかけに答えながら頭を撫でてくれたニロバニアさんに感謝して、弱音を吐くことは止めた。…たぶん、今だけだとは思うけど。


「………がんばりマス」

「ああ」


あまり頼りにならない頑張る宣言と共にとりあえず出来るだけ頑張ってみようニロバニアさんもいることだし、と最後にわしゃわしゃと犬を撫でるみたいに髪の毛を乱して離れて行ったニロバニアさんの大きな手の温かさに決意した…、その時だった。

恋ではなく心配と不安で高鳴る厄介な鼓動にやきもきしつつ、また膝の上に揃えた手の甲をまた見詰めだした私の耳にがちゃりと部屋のドアが開く音が入ってきたのは。

ドアの開閉する音に思わずよくわからない構えを取りそうになるのをなんとか抑えてニロバニアさんを見ると、彼は分かり切った顔で鷹揚にひとつ頷いてみせた。

それにちょっとだけ勇気をわけてもらって、レリアちゃん、と私を呼ぶロヴィーナさんの声がする方向に顔を向ける。


「失礼しまーす。連れて来たよー、レリアちゃん」

「おお、早かったな」


ほんとに帰って来た…!

ドアが開いた音と足音にぴきーん、と身体を固くした私の代わりに部屋に入ってきたロヴィーナさんにニロバニアさんが立ち上がりながら返答する。

それをどこか遠いところで聞いてる自分にはっ、と気付いた私は固まった身体を無理矢理解凍して偉い人に会うというのに座っているなんて失礼なことは出来ないと慌ててソファからお尻を上げた。

立ち上がる際に左脚の膝を強かにテーブルにぶつけたが、痛いとか恥ずかしいとか喚いたり感じる余裕すらない。その私の慌てっぷりを間近で目撃したニロバニアさんの苦笑が頭上で聞こえたが、笑わないでとかそれどころじゃないから仕様がないでしょとか、そういった説明をする余裕も、勿論ない。

馬鹿みたいに緊張してただ立ってるだけでも精一杯なのにそのくせなんとなく落ち着かなくて歩き出したい衝動に駆られつつでもやっぱり今出来ることなんか限られているから、かつかつとこちらに近付いてくる足音(複数形)に合わせて限界まで背筋を伸ばしたところだった。


「なんですか、このちんちくりん」

「………………………………………………………………え?」


ロヴィーナさんの後に続いてやってきた彼に、そんな暴言を吐かれたのは。




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