14話:はじめまして‐壱
緊張と私はもう切っても切れない縁なんだと自分に言い聞かせながら入ったWGSF本部の中心、指令室兼待機所(指令室兼詰め所?)…だかは想像以上だった。
私はこのWGSF本部のエントランスホールを見た時にも豪く感動していたが、ここはその比ではない。
エントランスホールの半分くらいの面積の室内に数え切れないほどのテーブルとイス、そこに座してパーソナルコンピューターを操るこれまた数え切れないほどたくさんの人、空中を飛び交うホログラフィーの資料や映像、誰がなにを喋っているのかわからないんじゃないかと思えるほどの人の声、それに被さるように聞こえる電子でつくられた機械的な女性の声、人と物の間を縫うようにして歩く人の波、室内の全面部分を覆い尽くすほどの大小様々なホログラフィー式パーソナルコンピューターの数々。
街中やTV越しなどでも数回しか目にしたことがないような最新の機械が惜し気もなくあちらこちらを縦横無尽に飛び回ったり使われたりしている。
とにかくすごい、としか言いようがない。目まぐるしく動いて止まってるものがないのかと錯覚させるほどここは忙しなく慌ただしく、そして技術の結晶で出来てるみたいだ。そしてなにより、部屋の中央にあるモノが一層、私の感動を2倍にも3倍にも増幅させていた。
丁度、この部屋の天井から床の間に浮いているそれは一見するとただの硝子かなにかで出来たダイヤモンドに思える。大きさはおよそ7~8メートル。色は無色…かと思いきやどうやらそうではなく、青みがかった透明、と言ったところか。くるくると緩やかにその場で浮きながら回転するダイヤモンドもどきは、言った通りに形はひし形だ。
そのダイヤモンドもどきを中心に一定の距離を保って…テーブルというか人が全面に座って操作出来る形にしてある長方形の機械というか、なんだかそういう仰々しいもので囲ってあるのもきっと意味があるからなのだろうが、なんのためにそれがそこにあって、なんの役目があるのかも当然私にはわからない。
ただの飾り、というのは絶対ありえないだろう。うん、それだけは確かなはず。
しかしあのダイヤモンド、用途も意味もさっぱりな私から見ても素晴らしいほどの存在感を放っている。
確かにこの部屋は最新の機械で溢れて明らかにデキル人風情の人間がたくさんいて宙を飛び交うホログラフィーも十分のインパクトがあり、それだけでも感嘆に値するのだが、でも例えばそれだけだとしたら感嘆、だけで済ませられる域なのだろうなと思った。
あのダイヤモンドもどきがあるからこそ、私の今の感動…圧巻があるのだと推測出来る。
ド素人の私ですらもそう思えるほど、あのダイヤモンドもどきにはそれだけの価値がありそうだった。
それこそダイヤモンドもどき、なんて言っていられないほどの。
そういったものがすごくて、とにかくすごくて、今から私の上司になる予定の人に会う緊張とやらが一瞬だけ吹き飛んだ。……悲しいかな、一瞬だけというのは部屋を見た感想の圧巻よりも上司になる予定の人に会う緊張の方が遥かに上だったからだろう。
こんな時くらい前向きで行こうよ自分…、と思いつつ、でもとりあえず今だけはここを堪能したいと緊張も暗い思考も追い払ってあっちこっちをきょろきょろと見渡す。
「すごいだろう?」
止まることを知らない指令室兼待機所内を忙しなく観察していた私に右横にいるニロバニアさんが笑う。それに出来るだけ自然な笑みではいと返しながらニロバニアさんの方を見ると、彼は私が今まで見ていたダイヤモンドもどきを指差した。
「あれ、なんだと思う?」
「あのダイヤモンドもどきですか?」
ニロバニアさんと浮かぶダイヤモンドを交互に見比べながらそう問い返すと、彼はダイヤモンドもどき?と驚いたようにまた逆に問い返してきて、それから凄い勢いでぶは、と吹き出して咳き込みだした。
ええええええ…?
「ちょ、…なんですか?」
「いや…うん、ダイヤモンドもどきな…。そう言われると見えると思ったらちょっと」
そこまで言って、二ロバニアさんが再度ぶぶっ、と吹き出す。
苦しそうにお腹を抱えているところを見ると、どうやら笑いが止まらないらしい。
それが異様に馬鹿にされたように感じて、私は目を据わらせてくちびるを尖らせた。
だってダイヤモンド如きに笑い過ぎじゃない?
「…あれのこと、一度もダイヤモンドもどきだって思ったことないんですか」
「残念ながらないな。たぶん、ここで働いている人間でそう思ったことのある奴なんかそんなにいないんじゃないか」
まだ半笑いでそんなことを教えてくれながらニロバニアさんが顎でなにかを示す。それに渋々従ってそちらへと視線を移すと、床と天井の中心辺りでふよふよと浮かんでいる話題に上っているダイヤモンドもどきが目に入った。
…ニロバニアさんには笑われてしまったが、やはり私にはあの透明っぽくてひし形の物体はダイヤモンドもどきにしか見えない。
そりゃあWGSF本部の中心の指令室兼待機所、のそのまた中心に置かれていて、尚且つどういう仕組みかは知らないが浮いて回っているのだからとんでもないモノなんだろうという想像くらいはつく。
それでもやっぱり正式名を知らない私にとってあれはダイヤモンドもどき以外のなにものでもないのだ。
…なんて、そんな下らないことで意地を張っても仕方ないのだけど。
「あれな、《電網》なんだよ」
ダイヤモンドもどきを睨み付けながら考え耽っていた私の耳に、まだ笑いを含んだ感じのニロバニアさんの声が入る。
まだ笑ってんのか、という怒りよりも先にニロバニアさんの発したでんもう、というその言葉が頭の中でぐるぐる廻って、やっと意味を嚥下出来た途端に私は勢いよく隣にいるニロバニアさんを仰いだ。
「電網!?あれが!?」
電網というのは、国全体に張り巡らされている一種の警報装置みたいなものだ。
私があの竜とはじめて路上で接触した時も電網のおかげで助かったと言っても過言ではないだろうというほど、この国の人々の平穏を守っているという重要な役割を持つ国から至宝扱いをされている機械のこと。
あいにくと一般の人間はその重要さから電網がなにで出来ていて何処から国中に張り巡らされているのかを知ることが出来ない…はず…、なのだが。
「あれが…電網…?」
あっさりとアレハデンモウダヨー、とかまだライダーにもWGSFの人間にもなっていない一般人の私に教えてくれた…というか教えてしまった?ニロバニアさんの顔を見詰めながらまるで油切れのロボットみたいなぎこちない動きでダイヤモンドもどき(仮)を指差すと、彼はまたもやあっさり、うん、と頷いてみせた。
「あれ電網」
「――――!!」
その時の私の表情はA級ホラー映画に出てくるようなゾンビの顔だったと、後になってニロバニアさんが教えてくれた。
ダイヤモンドもどき改め《電網》さまをがくがくと揺れて標準が合わない指で差したままニロバニアさんの顔を血走った目で凝視する。
国家の重要機密らしい電網の存在をまだ一般人の私が知ってしまったどうしようとか、電網って機械じゃなかったんだとか、明日の朝日はもう浴びれないのだろかとか、殺されるとしたらどうやってとか、とにかく半分以上は不吉で不穏なことが頭の中を占めていく。
「…別に存在抹消とかされたりしないぞ、レリア」
「そうそう、ライダー候補だからね、レリアちゃんは。そのくらいの情報じゃなんともないよ」
「え?」
今まさにお父さんとお母さんとペットの鳥に心の中で別れを告げるような私のネガティブな性格をすでに把握しているらしいニロバニアさんが呆れたように否定をしてくれたそれにほっと安心する暇もなく、その渋い声に被さって聞こえたもうひとつの否定の台詞に、私と、それからニロバニアまでもが驚いて声が聞こえた方向へと顔を向けた。
「おお、ロヴィーナか」
「こんにちは」
第一印象はとても可愛らしくて人懐こそうなひとだなあ、だった。
声がした方を振り向いた私とニロバニアさんの視線の先にはひとりの女の人がいた。
小さな顔に女性としたら平均的か、それより少しだけ高い身長。スカートから伸びる脚は細くて長く、同性の私でさえも見惚れてしまいそうなくらい綺麗だ。……というかすでに見惚れている。
…ホントにいい脚だと思う。自分が今スカート穿いて太い脚を世間に晒しているという事実から逃避したくなるくらいには。
「お久しぶりです、二ロバニアさん。お元気でしたか?」
「ああ、もちろん。お前も元気、…そうだな」
「元気ですよ。僕もディセルネも、隊のひとたちも」
「そりゃなによりだ。…アニタとはちょくちょく会うんだがな、お前たちとはそうそう出くわさないからあいつからの情報以外はなにも知らん」
「まあ僕らも僕らで忙しいし、二ロバニアさんだって負けず劣らず忙しいでしょう?そうそう会えませんって、プライベートじゃ」
「お前たちとってはプライベートなんかあってないようなものだろうしな」
出会ったばかりの女の人の脚を舐め回すように見る、という私の暴挙に気付いているのかいないのか、どうやらニロバニアさんと知り合いらしい彼女はニロバニアさんと和気あいあいと会話を始めてしまった。
「そうそう。この間のあの子の件ですが、どうしてあんなに傷付いていたのかやっとわかりましたよ」
「さすがだな。調査はお前と……、サクラスか?」
「はい、今回は特にサクちゃん頑張ってくれました」
「そうか。だったら後で礼を言わないといけんなあ。その件は俺の我が儘だったわけだし」
「あはは、ほんとですか?ニロバニアさんに褒められたら喜ぶと思いますよ、彼」
…なんだか悲しいことにまるっきり蚊帳の外状態なので、モデルみたいな彼女の見た目をもう少しだけ観察してみることにする。
大体がスーツかおおよそこの部署の制服だろうと思わせる格好をしているこの室内の人間の中で、いま目の前にいる彼女だけはまったく違う服装をしていた。
紺、と言うより黒に近い色に袖口などにちょっとだけ赤が使われているシックな制服を着用している部署の人間とは真逆に明るい白をベースとし、鮮やかな赤と黄色と紺が所々にあしらわれているお洒落な感じの制服を着用している。
一見すると少々派手に見える制服なのだが、彼女が着ていると派手すぎではなく、むしろ品位よく見えるから不思議だ。
うーん、これが格の違いという奴なのだろうか…。
「……あれ?」
そうやって服装をストーカーみたいに観察しているうちに、その可愛らしい制服をどこかで見たことがあるような気がしてきた。
どこでだっけ…?気がする、ではなく確信を持って見たことがあると思うのだが、いまいちそれが思い出せなくて私は首を捻りながら目の前で楽しそうにニロバニアさんと話をしている彼女のことをますますじいっ、と見詰めてみる。
「…レリア?」
「レリアちゃん?」
うーん、何処でだっけ…、とほぼ無意識に彼女を見詰め続けながら考えて、あっ、と気付いた時には遅かった。
「どうした?」
話を終えたのか今までわいわいしていた二人が黙ったまま彼女の制服を変態みたいにマジマジと眺める私を、なんと逆に見詰め返してきているではないか。
ニロバニアさんが心配そうに固まる私の顔を覗き込んでくる。
「なにかあったか?」
「いや、だいじょ…ぶです。ほんとに。あの、すみません、ちょっと考えごとを…」
不躾に彼女を観察していた恥ずかしさと二人の視線が自分に集中している緊張でしどろもどろに謝罪をする私を見て、二人は顔を見合わせ苦笑を洩らした後、彼女だけが私の方に再度視線を投げて寄越してにっこりと笑った。
第一印象の人懐っこいという私の想像を裏切らない、ひとを癒す笑顔で彼女が手を差し出してくる。
「ごめんね、放っといちゃって」
「あ、いえ!本当に大丈夫ですから!」
差し出された手のひらと、眉尻を下げて謝ってくる彼女に困惑しながら顔の前で右手をぶんぶん振って謝罪を跳ね除ける。
それを受けてまたにっこりと笑みを深くした彼女は差し出した手のひらを更に私の方へと押し進めてから差し出しているのとは逆の方の手で自分の胸辺りを示して見せた。
「はじめまして、レリアちゃん。僕の名前はロヴィーナ・ラッセル。こんなんでも一応、《竜騎士》やってます」
よろしくね、と首を傾げた彼女…、ロヴィーナさんの台詞が私の思考回路を突き抜けて行った。
《竜騎士》。
聞いた瞬間にああそうかと納得する。
この間あの事件に巻き込まれた翌日に見たTVや、それだけじゃなくてなにか大きな事件がある度に公の場に姿を現す信号機みたいな色をした彼ら。
どんな暗闇の中でも輝く白をベースに、危険を示す赤と警戒を告げる黄色と調和を表す紺をあしらった、派手にも見えるあの制服。
そうだ。…鮮やかな色の彼らは、《竜騎士》だ。
「えっと、…よ、よろしくお願いします…」
「うん、よろしく」
本物のライダーが目の前にいるという事実に軽い眩暈を覚えながら、私は恐る恐る彼女が差し出してくれた手のひらを握った。
おそらく緊張でびちゃびちゃだろう私の手を、彼女はやんわりと握り返してくれる。
それが柔らかくて優しい女の人の手のひらで、でもまめがあったり所々が硬かったりするライダーならではだと感じさせる強い手のひらだったのにまた感動を覚えた。