13話:可能性が確定に決まったハナシ
地下室を出たニロバニアさんは、今度はお前の上司になる予定の奴に会いに行くからなと言ってまたぐねぐねとWGSF内部を歩き出した。上司ってそんな急に…!と焦る私を引っ張って迷いない足取りで建物の中をすいすい行くニロバニアさんに殺意を覚えたのは内緒である。
そんな緊張しまくりな私の様子に、ニロバニアさんがひとつの提案を出してくれた。
さっき知りたいと騒いでいた可能性と確定の話をしてやろう、と彼は言ったのだ。
緊張で身体同様がちがちになっている思考回路で理解出来る話かどうか不安だったが、なんにも喋らないと尚更不安と緊張に押しつぶされるのは目に見えていたので話して下さいとお願いした。
長い道すがら話してくれたこれまた長い話を要約すると、こうだ。
未だに信じられないが、私が私の力とやらであの竜を退けたその日から、私は《竜騎士》になる資格をすでに会得していて、“彼”は私の相棒になることが決まっていたらしい。でもそれはあくまでも可能性の話で、確定ではなかったとニロバニアさんは言う。
私があの時、あの竜に行った《干渉》は、所謂支配するためではなく、言うならばお願いみたいなものだったらしい。コネクションというのは本来、支配するのに使うものなので私があの時したあれをコネクションとは正式には言わないらしいが、それでも私があの竜にコネクション(もどき)をしたのは事実で、取り敢えずあの竜を捕まえてきて私と接触させてみればドラゴンライダーになれるかどうか見極められる、というのがその時のお偉いさんの見解だったそうだ。
私の知らないところで私のことがそんなに着々と決まってたのかと思うとなんだか怖いが…、まあそれは置いといて。
…その捕獲命令が下ってからWGSFではあの竜を捕獲する準備が厳かに進められた。あの竜の大体の棲家を割り出して作戦を練り綿密な計画の元、後は実行の日を待つだけだったらしいのだが、それが実行される前に、標的であったあの竜が再び首都に現れたのだ。その時竜の存在が黙認されていたのはライダー…つまり私が騎乗出来るかもしれないという可能性があったからだそうな。
首都の上空で戦闘をするわけにはいかないから捕獲はもちろん論外、大事になる前にとにかく外に追い払おうと現場にライダーが急行したところ、その竜は何かを捜索中だった。
…で、それが私だったと。
“彼”が私を探していた理由は自分と私には何か繋がり、波長みたいなものが合うと本能的に感じたからだとニロバニアさんは言っていた。そういえば授業で《竜》などの高位異種族にコネクション、及び支配をする場合は、その支配者の力量に限らず波長が合わなければ失敗するケースが多いと習ったことがある気がする。
竜の探しものが私だと判明した時点で、私とその竜の相性はバッチリだと御上は判断して被害が出ても構わない土地まで“彼”を誘導し、直ちに捕獲させたという。
その結果、私が今ここにいる。
…以上が私が知りたがっていた可能性が確定に決まったハナシ、だそうだ。
「…ラッキーだったんですか?あの竜が首都に再び現れたのは」
長い話を聞き終わってもまだ目的地には辿り着かないらしい。
先を行くニロバニアさんの背中に質問を投げかけてみる。
「そうだろうな。竜自らライダー候補を迎えに来たってことはそれはもう候補ではなくライダーなのだと大声で周りに言い触らしてるも同然の行為だ。遅かれ早かれお前とあいつはまた対面する予定だったが、その予定が早まっただけで、こちらにはなんの被害も出ていない。御上にとっちゃ嬉しい誤算だったろうよ。…ま、あの竜はお前が自分の背に乗るなんてことまったく考えちゃいないだろうが」
「え?なんでですか?だって自分から私に会いに来たんじゃ…」
「本能とか勘とか、そういった曖昧な感覚であいつはお前に会いに来たに違いない。いくら人間とタイマン張れるくらいの頭脳を《竜》が持ってたとしても、そういうところは動物的なんだよ……、ってどっかの偉い学者サンが言ってたな」
「はあ…」
返ってきた答えに曖昧に頷いたところでニロバニアさんの歩みが遅くなる。
ニロバニアさんは軍人さんらしく背は高いし身体も厚みがあるので平均的な身長の私はその前を見ることが些か難しいが、ゆるゆるとその歩みが止まり出したのでわかった。
地下室を出てからおよそ10分弱。
よくわからない構造のWGSF施設内を歩きに歩いて、やっと目的地に到着するらしい。
それにつれて私の上司になる人ってどんな人なんだろう、という緊張が段々とピークに達しようとしている。
やっぱりニロバニアさんの説明聞いといてよかったと心底思った。
道すがらはまだそんなに緊張してなかった気がする。…あくまでも気がする、だが。
私、プレッシャーとかに本当に弱いんだからね…!
「あれがWGSF本部の中心、栄えある《竜騎士》の仕事場だ。…正確には指令室兼ライダーの詰め所らしいがな」
もうガクガクブルブルしている私を振り返って確認したニロバニアさんがやっぱり、って顔をしながら説明をしてくれる。
やっぱりじゃないよこちとら真剣に毎回緊張と戦ってるんだから!…とはさすがに言えず、大人しく説明に頷くだけにしておいた。
高身長のニロバニアさんが私にも見えるようにと身体をずらしてくれたおかげで目的地のドアが見えた。固そうで重そうな鉄製っぽい感じのドアが廊下の突き当たりにある。
ドアの真上に打ち付けてある看板?みたいなのにはニロバニアさんが言うように指令室兼待機所、と書かれてあった。部署名、みたいなものだろうか。
…さっきはスルーしてしまったが、私が今から行くところは仕事場なのか指令室なのか詰め所なのか待機所なのかいまいち釈然としない部屋みたいだ。
「大丈夫か?」
「だいじょぶそうに見えますか…」
「ああ」
「……………」
「…冗談だ。何かあったら大抵のことは助けてやる」
今から入らなければいけないその部屋を恨めしそうに見詰める私の肩を叩いてニロバニアさんが歩みを再開させる。
わりとお茶目と言うかふざけてると言うか、いまいちよくわからないニロバニアさんの広い背中を再び追いかけながら私は切に願った。
ああどうか私の上司になる人が優しい人でありますように!