11話:ささやかな覚悟‐壱
「やばーい……」
「こっちに来てからお前はそれしか言ってないな、レリア」
「いや、私王都に来るの初めてで」
「初めて?プリゼーラは修学旅行、王都じゃなかったのか」
「私まだ2年です」
「おお、そう言えばそうだったな」
がたんごとん、と白と青のコントラストが美しい王都の列車に揺られながら窓から見る景色は絶景だった。…絶景というよりただ物珍しいだけなのだけど。
私は生まれてから今に至るまでの17年間、この国の首都で暮らしてきたので十二分に都会育ちっ子だ。なので別にこれと言って、建ち並ぶ高層建築とか空を行き交う異種族たちが珍しいわけではない。
正直、王都と首都の違いはと今聞かれても答えられないだろう。
そのくらい王都と首都は同じように賑わっていて、似たような雰囲気がある。
所狭しと地面から生えるたくさんのビルとか、大きな通りを歩く人たちの声だとか、そういったものたちは首都そのままだ。
でも、そういう風に似たようなものばかりなのに私にとってはすべてが物珍しく見えた。
理由はたぶんここが王都だからだと思う。名前の通り王が御座す都。
何かよっぽどのことでもない限り、私なんかは王都に訪れる機会なんかない。
それで、すごく興奮している。…のだと思う。
「…すごいなあ」
自分の気持ちを無駄に分析しつつ列車の窓に張り付く私を隣で二ロバニアさんが笑った。
その顔が私の目の前にある窓硝子に映って昨日のビジョンと重なる。
お前は《竜騎士》になれると、そう言われた後にやっぱり放心した私を尻目に二ロバニアさんはなにやら私のおかーさんとお話をして、それから、じゃあ王都行くか、と私の顔を覗き込んでにっこりと笑った。…え!?は!?なんで!?突然!?てゆーか今から!?と驚いて二ロバニアさんと母の顔を交互に見ると、一方は早く支度しろと私を急かし、片やもう一方はいってらっしゃい向こうでお父さんに会ったら宜しくね、と優雅に微笑んですでに私を送り出す気満々だった。
なにこれ着いて行けてない私が可笑しいのと自問自答する暇もなくあれよあれよと支度を済ませ、いつの間にか私は列車の中に。
首都から王都までは半日くらいかかるから寝てもいーぞ、と私の隣でもう寝る体勢に入っている二ロバニアさんに言われてはじめて、ああ私ほんとに王都行くんだと頭から納得した。…えええええええそれで納得するんだ自分、という冷静なもうひとりの私の突っ込みは無視をする。
とにかくそんなこんなで周囲に流されながら私は今王都行きの列車に乗っているわけで、その列車はたった今どうやら王都の中央駅に着いたらしい。
首都からおよそ9時間ちょいかけて私は王都に到着した。
窓から見える景色がホームになる。それすらも珍しく私の目には映ってちょっと感動してみる。すげー人いっぱーい。
「降りるぞー」
「あ、はーい」
いつまでも窓に張り付いている私の肩を二ロバニアさんが叩く。列車はホームですでに停止していて、車内から続々と降りて行くお客さんたちが窓越しに見えた。
荷物を手にして座席から立ち上がり、人が大分はけた列車の通路を二ロバニアさんと歩く。
「迎えを呼んであるから、南口まで行こう」
「今から何処行くんですか?」
「WGSFの本部に行く。取り敢えずお前に会わせたいのがいてな」
「だぶりゅーじーえすえふ…の、本部……」
「政府直下の特殊戦闘部隊のことだが…なんだレリア、知らないのか?」
「ですよね!やっぱりそのWGSFですよね!!」
《竜騎士》という単語を聞いて薄々勘付いてはいたが、まさか本当に私がWGSFに行くことになるとは…!あまりの驚きに手にしていた荷物を落としそうになった。色々な感情が入り混じって戦慄く私をまあそんなに緊張すんなと励ましながら二ロバニアさんが列車から降りて行く。それを半ば魂抜けた状態で追っかけながら、目の前を行く広い背中に話しかけた。
「だだだだだだだだだだだってどーするんですか一般人の私がWGSFにお邪魔するとかだってそんな、え?まさかビックリとか?そういうオチ的な何か………あ、いやドッキリか。ビックリは今の私の気持ちだわ」
「落ち着け、レリア」
「いやいや無理ですって!」
さすが王都の中央駅。列車を降りると途端に周りが騒がしくなった気がした。私の虚しい叫びも騒ぎの中のひとつでしかない。
見渡す限り周りは人だらけで、一生懸命足を動かさないと目の前にいるはずの二ロバニアさんさえ見失ってしまいそうになる。おまけに私は眼前に迫った現実に足を取られそうになっているから、尚更なのかもしれない。…コンパスも関係、しているかもしれないが。
ほんとは喋るより懸命に足を動かした方がいいのだろうが、それでも緊張で口を高速回転させつつ慣れたようにすいすいと人混みを縫って歩いて行く二ロバニアさんを渾身の力で追いかける。
「大体私ほんとにライダーになれるんですか凄い今更ですけど!」
「なれるなれる。お前ならなれる頑張れば」
「頑張れば!?なにをですか!?」
「行けばわかるから取り敢えず着いて来ーい」
「そんな殺生な!」
「ほら後少しだ。ガンバレー」
「ほんとに私がWGSFの本部に行くんですかライダーになるんですかほんとに凄い今更だけどー!」
少し気の抜ける会話(私は必至)を延々と繰り返しながら辿り着いた南口から駅を出る。
その間二ロバニアさんに吠えつつ押し寄せる人波を回避し、更には迫りくる現実に頭パーになりそうになりながら全力で歩くという行動をとっていた私は駅の出口を出たところでもう大分疲れ切っていた。うう、自業自得過ぎるゼ…。覚悟が足りなかったんだ覚悟が流された私死滅しろ、と目前に迫った現実を避けるために逃避を試みるが、生憎とそんなもので現実は逃避出来ない。いつも大事なところでダメな自分…。緊張から根暗モードに移行したそんな私の頭を、二ロバニアさんが不意にとんとん、と突いた。
「ほら、迎えが来てるからとにかくあれに乗ろう」
「え………」
あれってどれだ、と二ロバニアさんが示した方向を見た私は思わず絶句した。
私たちがいる出口付近からおよそ10メートル先の方。タクシーやらなにやら、とにかく乗り物がたくさん駐車してある場所にそれはあった。
確かに二ロバニアさんは軍人さんだし、しかも結構偉い役職の人みたいなので可笑しいわけではないのだが、うん…それにしたって何もこんなので迎えにこなくとも…。
二ロバニアさんが言っていた迎え、指示したところにあったそれというのは、軍の紋章が車の先端部分にくっ付いた黒くて長くてビカビカと光っている高級そうな車…リムジンだった。
りむじん…。せめてもう少し目立たない迎えはなかったのか…。
恐縮する私を余所に二ロバニアさんは行こうと言って、軍の乗り物がどうしてこんな所にと道行く人々に注目を浴びているその噂の車に普通にずんずんと近付いて行く。必然的に私もくっ付いて行かないといけないのだが、…これが心臓に悪くて仕方ない。
二ロバニアさんは明らかに軍人然とした風貌だからいいものの、その後をひょこひょこ追いかける私は明らかに場違い過ぎるから周囲の人の視線は必然的に私に集中するのだ。なんであんな小娘がー、みたいなことを思われていないだろうかとぐさぐさ身体中に刺さる視線の刃に耐えながらリムジンに接近。
二ロバニアさんが車まで辿り着くと、なんの音も立てずにリムジンの後部座席のドアが自動で開いた。おお。車のドアが自動で開くのは別に珍しいことではないが、それがリムジンだとなんとなく…こう、厳かな感じがする。
高級車って色々すごい。
「レリア、乗らないと置いてくぞ」
感動する私を余所に二ロバニアさんは開いたドアからさっさと車内に乗り込んで、車内から私を手招きをした。
うわあ、やっぱ乗るんだ…。
手招きされて改めて確認。高級車、しかも軍の御用達の車に乗れるのは嬉しいしわくわくするが、別の意味でも私の心臓はさっきからわくわくしっ放しだ。…心臓がこれから持つのか不安になるくらいのわくわく感。わくわく。
「レリア」
「う、……はーい…」
戸惑う私の名前を二ロバニアさんが呼ぶ。
さすがにこれ以上迷惑はかけられないと、観念してリムジンに乗り込んだ。
私が乗った瞬間に、また音もなくドアが自動で閉まる。それからすすすー…と大した揺れもエンジン音もなく車は走り出した。
……地獄に輸送されている気分です。ぐすん。