10話:道は整った
《支配者》というのはその名の通り対象である異種族を支配することが出来る者たちのことをいう。
今さらどうした、って感じだけれど、その支配というのも実は簡単に一口で言えたものではなく、主流なのは魔術だが他にも色々と小難しい論理とか科学とか、はたまたあまり正規には認められていないらしいが暴力なるものなどの上に成り立っているらしい。…生憎と私は頭が良ろしくないので詳しいことはあまりわからないのだが、ルーラーたちがフリークを意のままに操ることが出来る状態、つまり支配をするために必要な過程のことを《干渉》と言うことぐらいは知っている。…というか授業で習った。ので、授業の内容を引用しつつ、私の言葉に直して簡単に異種族と《干渉》の関係を説明するとこうなる。
階級の低いフリークというのは大体知能が低かったり理性がなかったりする、所謂獣的な生物ばかりで比較的《干渉》が行い易く、支配もわりと容易い。手っ取り早く魔術などで従わせることが可能なのである。
逆に階級が高いフリークになると知能や理性はもちろんのこと、感情なども持つようになり、支配は愚か《干渉》をすることでさえ難しくなる。
下級のフリークにはとても有効な魔術などの力技も、高位になると人間よりも遥かに魔術の扱いに長けているフリークがたくさん…と言うよりもほぼそういったフリークばかりなので利かないケースが多いという。主流である魔術が利かないならどうするかと言うと、《竜騎士》だけが使用を許されている…ナントカ魔術を使用すれば高位フリークでも力技で屈せられる、らしい。
支配をするために、対象であるフリークに干渉する。《干渉》というのは、異種族を支配するためになくてはならないものだ。
……だから結局私がなにを言いたいのかと言うと、そんな大それたことが出来るほど私は有能じゃあないし、第一あれが《支配者》たちがするとされている《干渉》だとは到底考えられない、と、ただそれだけである。
「違うな。あれは確実にお前の力だ、レリア」
いっくら私がそう力説しようとも、目の前のおじさんは信じてくれなかった。
精悍そうな顔立ちに無精ひげを生やし、筋肉質な長身を包む服は高そうなスーツ。足元は耐久性に優れている軍用の靴を履いている。口には火の付いていない煙草を咥えていて、ああこれが俗に言うハードボイルドなのか…?と思わせる、見るからに軍人といった風情のおじさんは、やっぱり軍人さんだった。
今日から数えて4日前に友人を事故で亡くし、その次の日には路上で竜と対峙するというあまりにも非日常な経験をした私の前に突然現れた彼の名前は、二ロバニア・アルトマイヤーというらしい。
最近こんなのばっかりだと疲弊しきった私を心配して母がここ何日か学校を休ませてくれていた矢先だったので、二ロバニアさんが家に訪れた時はまたかなんかキタ!と絶望の気持ちでいっぱいだった。…否、今現在も絶望の気持ちで一杯だ。
なんでこう最近の私は非日常ばっか味わっているんだろう。なんか悪いことしたっけ…。
遠く濁った眼差しであらぬ所を見上げて軽い鬱に浸ってみる。
軍の人間が我が家にやってくるというのはつまり、父さんになにかあったのかと最悪のケースが頭を横切った10分前が懐かしい。こんな話を聞く前の方がまだマシだった。
見るからに軍人さんで、見るからに偉い役職に就いているのだろうニロバニアさんが持ってきたハナシとは私が敬愛する父の訃報でも、この間竜と対峙するはめになった私への労いでもなければ、ただの世間話でもなかった。
我が家にやってきてすぐに彼はこう言ったのだ。
――あの時、あの竜を退けたのはお前だと。
いやいやいや、あの竜は現場に急行してくれた《竜騎士》から逃げるためにあの場を去ったんであって私の力じゃありませんってうんほんとに。
…なんて饒舌な否定の台詞より先にはあ?とか失礼極まりない驚き方をしてしまったのだが、言われた時の気持ちとしたらそんな感じだった。
普通に有り得ませんって。私があの竜を退けた?なんだその笑えちゃう冗談。ははははナイスジョーク!
「………なんかの間違いですよね?」
「いや。現場に行ったライダーが証言している」
心の中は雨霰を通り越して嵐とあられだ。餅を揚げた方の食べるあられが私の心の中で嵐の強風に煽られて華麗に宙を舞っている。おお、なんてことだ。ニロバニアさんの発言はどうやら私の脳内キャパシティを悠々とぶち抜いて行ったらしい。
それでも暗くなる気分と戦いながら私はあの竜は以下略を告げられた瞬間からそれを否定し続けている。…だってどう考えても可笑しいでしょ?
「私、勿論ドラゴンライダーじゃないですし、あの時《干渉》をした記憶もありませんし、もし無意識にしていたとしても私なんかが《竜》を…」
「無意識なのかどうかは知らんが、《干渉》はしていただろう」
「え、ど、どれですか!?」
無精ひげを生やした顎を触りながら私とそうだ違うの堂々巡りの会話をしていたニロバニアさんが思い出したように手を叩く。
私はまるっきり竜に《干渉》だなんて大それたことをしたつもりなんかなかったから、ニロバニアさんのその言葉には驚いた。
え、してたの私?だって一般人にちょっと毛が生えたくらいの知識と力量しか持っていない私が竜相手に干渉って、私の性格から考えてもちょっと有り得ないような…。
無意識ってこわー、とか思いながらニロバニアさんの次の言葉を待つ。
「語りかけただろう。竜に」
「……………え」
「それだ。お前がした《干渉》」
「……………え?」
当たり前だろ、といった風な顔をするおじさんのひげを眺めた。
…それも別に何が変わるわけでもないのだけど、衝撃でつい。
ニロバニアさんが教えてくれた事実は、あの竜は以下略と同じくらい私を驚かせるものだった。
…語りかけるって、竜相手に偉そうなことを言った私のアレのこと?
《干渉》…なんだろうか、アレが?
か・え・れ!みたいなことしか言った記憶がないのですけど…。
疑惑の眼差しでニロバニアさんを見ると、彼は《干渉》というものは何も従わせるためだけのモノじゃないぞと教えてくれた。
「異種族の頂点と言っても過言じゃない竜が、たかが人間の小娘であるお前の言う事をホイホイ聞くと思うか?」
「だからあれは、ライダーを見て…」
「ライダーが急行するまでに、あの竜は何もしなかった。確か子供が狙われたところにレリア、お前が割り込んだんだったな?」
「…はい」
「それでお前は死ななかったじゃないか。竜のすることを邪魔して死んでいないどころか、無傷だった。他に理由が必要か?あの竜はお前の言葉に耳を傾けて、それを聞き入れたんだぞ?」
「わ、たしは……」
「お前は竜の心に《干渉》をした。支配するのではない干渉の仕方だっただけで、したことに変わりはないよ、レリア」
「……………」
ニロバニアさんの言葉に、私は黙り込むしかなかった。
確かに、考えるまでもなく私は危ないことをしたのだ。あの時は怖さより別のなにかが勝って行動をしていたが、今思えばとんでもないことだった。殺されていない方が可笑しいのだ。なのに私はこうして、無傷で元気にここにいる。
たかが人間の小娘である私の言うことを竜が聞くとは思えないと、ニロバニアさんに言われて初めて気付いた。あれは運が良かったのだと、あれを奇跡と呼ぶには少し都合がいいのかもしれない、と今更ながら思ったのだ。
でも、だからと言って私が竜に干渉が出来たとはやはり思えなかった。だって非現実過ぎる。今まで落ちこぼれだった私が突然優秀を通り過ぎてドラゴンライダークラスだなんて言われても実感が湧かない。可笑しい。変だ。
けれど、感じようとする違和感もこれで限界だった。
あれは私自身がやったのだと、誰かが囁く。
「レリア」
「……私は、なにをすればいいんですか。ニロバニアさんは、私があの竜を《干渉》で退けたってわざわざ教えに来たわけじゃないですよね?」
「勘が良い」
ぐるぐる回る頭と胸中にどうすればいいのかわからなくなる。私は違うと巡る言葉が自分の言葉で段々と形を失くしていく。囁きは止まらない。
思いのままに飛び出た私の台詞に頷いたニロバニアさんの口が、動いた。
「レリア。お前は《竜騎士》なれる」
否定の言葉は今更出てこなかった。
もう粗探しは出来ないのだと手を伸ばしてきた彼の表情から悟る。
頭の隅で、何処かの誰かが納得する声を訊いた。