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芋蔓とホーネット




しとしとしと。

この日は、静かに雨が降っている日だった。


ホーネットはキッチンに立ち、芋を潰して卵や蜂蜜を混ぜてから、それを丸めてオーブンで焼いていた。

見た目は歪だし大きさもまちまちの、質素なスイートポテトだ。

エリオットが贈ってくれたような綺麗なお菓子には到底及ばないが、きっとこれはホーネットには分相応のお菓子だろう。


ホーネットは焼き時間を見る為、壁に掛けてある大きな古時計に目をやった。

針はカチカチと正確に時間を刻んでいる。


スイートポテトはまだオーブンの中で大丈夫。まだ時間はある。

でも、エリオットが訪ねて来なくなって、時間はもう2か月が経とうとしている。


ふとそう思った矢先、コンコンと音が鳴った。


「!!??」


ホーネットは思わず玄関扉を見てしまう。

もしかして扉の向こうに、なんて思ったが玄関扉はしんとしているばかり。


実際に音を立てたのはキッチンにある小窓だ。


(なあんだ、窓、か)

(……って、なんか変だなあ。なんでがっかりしてるん、だろう)


窓の外にうねうね動く見慣れた影が映ったのでホーネットが開けてやると、芋の蔓がシュルシュルと中に入ってきた。

この蔓は、ホーネットと一番付き合いの長いあの芋蔓の一部だった。


「どうかした、の?」


入ってきた蔓はブルブルと水けを払ってから、シュルシュルと寄って来てホーネットの頬を撫でた。


「ふふ、くすぐったい、よ」


ひとしきりホーネットにじゃれついてから、芋蔓は扉を指さすようにひょいひょいと動いた。


「え?『あの男はほんとにもう来ないのか』って?……うん、もう来ないよ。寂しいとかは思って、ないよ。わたしも別に会いたい、訳じゃないよ」


芋蔓は首をかしげるようにうねった。

『よく玄関を見て溜息ついてる癖に?』と言わんばかりだ。


「み、見てないよ。あの人が来ると緊張しちゃうし震えちゃうし疲れちゃうし、あの人に迷惑をかけたくないし、玄関なんて見てない、よ」


ホーネットは首を振って否定するが、芋蔓は呆れたようにホーネットの髪を梳いた。


『会いに行けば?王都に行って王子は何処か聞けば居場所くらいすぐに分かる』

「えっ、い、行かないよ。め、迷惑がかかるよ」

『じゃ、迷惑がかからなかったら行くか?』

「えっ?え、えっと、でも、ぜったい迷惑だから……」

『ハア。魔女は大体男好きで血の気が多いヤツばっかりなのに、どうしてうちのはこうも内気なんだか』

「お、男好きなのは、一部の可愛い子たち、だけだよ。可愛い子は、も、モテるから」

『ホーネットも可愛いだろ』

「えっ!!!!????」

『そう驚くなよ。前髪切ればいいのにっていつも言ってるだろ。ホーネットは可愛いよ』

「う、う、嘘だ……。わたし可愛く、ないよ。頬に古傷、あるし……」

『ああ、ホーネットが特訓中に無茶して、俺が付けた傷だな』


限界を超えて頑張り過ぎた時期に芋蔓を暴走させてしまって、ホーネットが体を張って止めようとした時に付けてしまった大きな傷だ。

ホーネットがそっと右頬を触ると、芋蔓はごめんごめんと宥めるようにホーネットの頭を撫でた。


『傷がない左の横顔はかなり可愛い。でも、傷があってもホーネットは可愛い』

「傷が在っても無くても、可愛くないよ……」

『可愛いって。ほら、前髪あげてみろ。それか俺が思い切って切ってやろうか?』

「だ、だ、駄目だよ!!そんなことしたら、く、口きいてあげないよ!」

『俺が口きかなくなったら誰がホーネットと喋るんだよ。あの男は来なくなったし、他の芋以外に友達もいないホーネットがますます一人になるだろ。ほんと、心配になるよなあ』


芋蔓はハアと大きなため息をついてから何を思ったのか、ホーネットの背中を押してソファに座らせた。

そして壁一面の本棚から本を一つ取って来て、ポンとホーネットの膝の上に置いた。


『ほら、男を手玉にとる本。挨拶の練習だけじゃなくて、魔女ならこういうのもやってみろよ』

「ど、ど、ど、ど、どうしたのこれ、わたし、こんなの買った憶えない、よ!!?」

『西の雷轟魔女が魔女速報持ってきた時に置いてった。自分で書いたらしいぞ』

「レ、レベッカさんが……」

『ほら、このページなんてどうだ?「これなんて読むの?」と言いながらさりげなく相手に近づいて谷間を見せる』

「た、た、た、たにま??!!わ、わたしがぺったんこなこと知ってる、癖に!!」

『ははは。芋でも詰めとけ。形のいいやつ作ってやるから』

「も、も、もうほんとに口きいてあげない!!」

『おう待てよ。これもなかなか面白いぞ。足を組み替えてもギリギリパンツが見えないテクニック。ホーネットはいつもぶかぶかローブだから、服装から改善が必要だな』

「ぱ、ぱ、ぱんつ??!!そ、そんなのみ、見せられないよ!」

『だからギリギリ見えないようにするテクニックなんだろ』


芋蔓はパラパラと本を流し読みながら、愉快そうに笑った。

そして面白そうなページを見つけてはホーネットに見せてきた。


もしかしたら芋蔓なりにホーネットを励ましてくれているのかもしれないが、そもそもホーネットは落ち込んだりなんてしていない。

エリオットが来なくなって、元々の静かな毎日に戻っただけだ。


ホーネットはハアと溜息をつきたかったが、丁度その前にポーンと時計が鳴った。


「あ、スイートポテト」


そういえば、もうそろそろスイートポテトが焼き上がる頃合いだ。


キッチンに入ってオーブンを確認すると、中のスイートポテトは丁度こんがりきつね色だった。

オーブンの火を止めて蓋を開け、スイートポテトを外に出す。

ふわりと漂ったいい香りにホーネットは目を細めた。


『上手くできてるな』


ホーネットの肩のところから、芋蔓がのぞく。

もう本を読み終わったのか興味はスイートポテトに移ったのか、レベッカの本はテーブルの上に置き去りにされている。


本は後で片づけておこうと思いつつ、ホーネットはスイートポテトをお皿に移し始めた。

芋蔓はシュルシュルとそれを手伝いながら、『そろそろか』と呟いた。


『一個アドバイスだ、ホーネット』

「ど、どうしたの?」

『ホーネットでも今すぐできるテクニックってやつがある』

「な、なに?」

『自分がこうしたいって思った事があったら、声に出してみろ』

「え?」

『人形じゃないんだから、どうしてもこうしたいって思うことはホーネットにもあるだろ。それ、思った時に声に出して言ってみろ』

「お、思ったことを声に出すの?な、なんで?というかわたしが?そんなの」

『無理とか言うなよ』

「む、無理だよ……」

『ホーネットは根性あるんだから、根性見せろよ。パンツ見せるよりは簡単だろ』

「えっ、そ、それと比べるの……?」


たしかにパンツを見せるのと比べたら思ったことを声に出す方がまだ出来る可能性はあるけれど。でも、それもホーネットにとっては全然簡単なんかではない。

人と話すだけでも緊張して死にそうになるのに、自分のしたいことを提案するなんて、きっと爆発してしまう。


しかし芋蔓はグリグリとホーネットをつついてうんと言わせようとしてくる。

ホーネットは逃げようと身をよじったが、ホーネットが逃亡する前に、芋蔓がピタリと動きを止めた。


「どうし、たの?」

『来たな』


迷いの森の地中をその根で網羅して、森で起きていることをすべて把握している芋蔓がホーネットにそう伝えたのと、玄関の扉がコンコンとノックされたのはほぼ同時だった。


ホーネットはビクッと肩を震わせて、恐る恐る扉の方に振り向く。


(こ、こ、こ、今度はほんとうに、げ、玄関の扉の向こうに誰かいる、みたい)

(も、も、もしかして)

(……ち、ちがう。きっと違う。だって、エリオットさんは、もうこんなところには来ないから)


『出ろよ、ホーネット』

「あ、えっと……う、うん」



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