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天気の良い日



「魔女さん。今日もお茶を持ってきたよ」

「ひいっ!!!」


コンコンと扉が叩かれて、まさかと思って扉を開けるとやはりエリオットが箱を持ってホーネットを訪ねてきていた。

ホーネットは扉を閉めてしまう事は辛うじてしなかったが、失礼にも小さな悲鳴を上げてしまった。

やはり彼は何度見ても驚くほどかっこいいから心臓に悪いのだ。


しかしエリオットは特に微笑を絶やすわけでもなく、いつもの穏やかな調子で切り出した。


「天気、いいよ」

「て、て、て、天気、ですか……」

「また外で、お菓子食べない?」

「え、え、え、え、えっと……」

「いや全然、無理はしないで。でもいい天気だし、もし時間があるならと思って」

「あ、えっと、その、えっと……」


ホーネットは散々口籠ったが、最終的に頷いていた。



そしてホーネットは気が付いたら、震えながら木陰の下でケーキの前に座っていた。

横を見れば、綺麗な顔のエリオットが上品な手つきでお茶を淹れてくれている。

やらせてしまって申し訳ないと酷い罪悪感を感じながらも、今は緊張で体を動かせる気がしない。


「魔女さん、お茶をどうぞ」

「あ、あ、あ、あ……」

「ん?」

「あ、あ、ありがとう、ございます……」

「ああ、どういたしまして」


エリオットはやっぱり、ホーネットがどれだけ口籠っても嫌な顔一つしない。

王子だと言っていたから、どれだけ苛々してもどれだけ怒っていても感情を隠して、常に穏やかに上品に笑うように訓練してきたのかもしれない。


(む、む、む、無理、させちゃってる、かも……)

(挨拶の練習、とかお話の練習、とかしてるけど、や、や、やっぱりわたしがお話なんて無理、かも……)


ホーネットがしょんぼりと俯くと、それに気が付いたエリオットは小さく首を傾げた。


「魔女さん、大丈夫?」

「あ、は、は、はい」

「よかった。ゆっくり喋ってくれて構わないし、話したくなければ話さなくてもいいよ」

「え……えっと、はい……」


エリオットが親切すぎて、ホーネットは少し感動してしまった。

(やっぱり王国の王子、ともなれば、こんなに親切なんだなあ……)


隣でからりと晴れた空を見上げているエリオットはリラックスしたような表情でお茶を啜っていたので、ホーネットも手の震えを極力抑えながら、お茶に手を伸ばした。


そしてホーネットがなんとか、ほんの少し啜ってお茶の美味しさを感じたタイミングで、エリオットがゆっくりと口を開いた。


「天気、いいね」

「あ、はい」

「空も青くて綺麗だね」

「は、はい」

「あ。あの雲、桃みたいだよ」

「そ、そ、そ、そう、でしょうか……」

「ははは。やっぱりちょっと違うかも。そうだ、魔女さんは天気がいい日は何するの?」

「お、お、お洗濯したり、お、お散歩したり、お芋の世話をしたり、です」

「お芋のお世話か。魔女さんの畑、すごいよね」


ホーネットの家の前に広がる芋畑を眺めて、エリオットは目を細めた。

本当に感心してくれているようだ。

芋畑を誉められて少しうれしくなったホーネットは、ほんの少しだけリラックスできた気がした。


「あ、あ、あの畑、わたしに力を貸してくれるお芋さんたちの、蔓から育ててるんです」

「魔女さんに力を貸してくれる芋たち?」

「は、はい。わたしの魔法、最初はお芋の成長をちょっと促すくらいしかできません、でした。でも、ずっと練習していたら、お芋さんたちの意思が汲み取れるようになりました」

「そうだったんだ」

「そ、それで、わたしの魔法でお芋さんたちを大きく強くしてあげることもできるようになりました。ずっと練習に付き合ってくれたお芋さんも、いて、頑張れました」

「じゃあ魔女さんには相棒がいるってこと?」

「あ、相棒……?お、お芋たちみんな、頼りにしてます。でも、多分、わたしが一番最初に出会った子が、一番大きくて、強い、です」

「もしかして、魔物と戦った時に魔女さんが乗ってた蔓かな?」

「そ、そうです。その子とは、長い、付き合いです」

「そっか」


頷いたエリオットはまだ畑を見つめていたが、ホーネットの話を真摯に聞いてくれていることは十分に伝わってくる。

そして、一口お茶を飲んだエリオットは話を続けた。


「大変だった?」

「え?」

「魔法をそこまで使いこなせるようになるまでに」

「大変……だった、かもしれません。わたし、何もできないダメな子だったから、魔法学校も何度も不合格になったし、お芋さんたちは馬鹿にされたり、わたしも、みんなを苛々させたり、笑われたりしました」

「その時諦めたいとか、もうやりたくないって思わなかった?」

「す、すこし、思いました。で、でも、やめちゃうのはいつでも、できるから」

「じゃあ、羨ましいとか思わなかった?他の人の魔法が」

「……それも、お、思った、かもです。でもそれよりも思った事が、あって、芋魔法は弱くてもダサくても折角私にもらえた魔法だから、大切にしたいなって思った、です」

「そっか」


エリオットは、今度は畑ではなくホーネットを見て目を細めた。


「魔女さんはすごいね」

「え?な、なにが、ですか……?」

「努力を続けることは簡単なことじゃない。そして難しい状況でも人を羨んだり諦めたりしないことはもっと難しい」

「あ、あの……」

「と、思っただけだよ。……そうだ、魔女さんは普段芋たちと何を話すの?」


ホーネットが戸惑ったのを察してか、エリオットは器用に話題を変えた。

これには、ホーネットも素直にありがたいと思った。

芋たちの話題となれば、他の話題よりは話せる気がする。


「お、お、お芋たちと話すことは、色々で、今日あった事とか、本で読んだこととか、調べたこととか、作った肥料の事とか……あっ」


話の途中で、ホーネットは声を上げた。

ホーネットのぶかぶかのローブの裾をクイクイと引っ張ったものがあったからだ。

見れば、地面からぴょこんと出てきた細い蔓がホーネットのローブに巻き付いている。ホーネットには、一目でそれが長年一緒にいた芋の蔓の一部だと分かった。

そして何やら、芋は会話に入りたそうにうねうねとしている。


「で、でも……」


しかしホーネットは困った顔をした。

魔法学校の生徒でさえ『芋と会話するなんてダサい』とか『芋子は芋しか友達がいない』なんて言って笑っていたのに、魔法が身近にないエリオットに「芋が話したいらしい」なんて言ったらそれこそ気持ち悪がられる。

気付かれないうちに芋蔓を地中に帰そうとしたが、その前にエリオットに後ろから覗きこまれた。


「どうしたの?」

「あ、あ、あの、何でもないです……」

「そう?でも、それは芋の蔓?」

「あ、あ、えっと、その、」

「うん、ゆっくりでいいよ」

「じ、じ、じ、実はこの子、貴方と、お話したいみたいです」

「そうなんだ。もちろん、僕で良ければ話そう」

「え!!????い、いいのですか?」

「断る理由なんてないよ。でも僕は芋語は分からないから通訳してね、魔女さん」


エリオットは今日の日和のような微笑を浮かべていた。


(や、や、やっぱり、とても親切な人……!!!!)


自分の一部のようにも感じている芋にも優しくしてくれるエリオットを見て、ホーネットは嬉しくなった。

そして早速、緑の細い蔓の通訳をしてみた。


「あ、あ、あの、『優しい人だな』って言ってます」

「僕の事?ありがとう」


小さく笑ったエリオットに、芋蔓はウンウンと元気に揺れた。

それから続けてホーネットをちょんちょんつつき、次のメッセージを伝える。


「あ、あの、それから、えっと、かかかかか、『かっこいいヤツだな』って言ってます」

「はは、ありがとう」

「あと、も、も、も、も、も、も、も、『モテるだろう?』と聞いてます」

「え?ううん。モテないよ。話題のネタにされる事くらいはあるけど、別に誰かに好かれてるわけじゃないからね」


エリオットが肩をすくめたのを見て、蔓はシュルシュルと伸びてホーネットの指に巻き付いた。


「……え?!!うーん、それは、伝えられない、よ……」


「なに?なんて言ってるの?」

「あの、し、失礼なことを……」

「失礼なこと?はは、別に気にしないよ。デリカシー無さそうとか言われるのかな」

「えっと、違うんですけど……な、なんか、『絶対モテるのにモテないなんて言う男は怪しい。さてはお前、女たらしだな』って言って、ます……」


ホーネットは前髪の間からそっとエリオットの顔色を窺った。

怒られるかもしれないと思ったが、エリオットは一瞬きょとんとした顔をして、それから声をあげて笑った。


「ははは、そうなんだ。お芋の癖に言ってくれるね」

「でも、あの、貴方はたしかに、キラキラした女の子に囲まれて、牧場で餌やりとか、してそうです」


エリオットは絶対にモテるし、絶対にお洒落で可愛い女の子たちに囲まれているだろう。

だけどそういうキラキラした人種の人間が集まって何をするかホーネットには皆目見当つかなかったので、咄嗟に牧場なんて言葉が出てきてしまった。

陰気なホーネットとは真逆の人だけど優しくて穏やかなエリオットのイメージを、脳内で変な風に変換してしまった結果だ。

言ってしまってから失礼だっただろうかとホーネットは焦ったが、エリオットは何故かまだ声をあげて笑っていた。


「はははは!牧場で餌やりか、思ったより平和だね、ははは」

「あ、あの」

「ははは、ごめん笑って。何か想像したらのんびりしてておもしろいなって。ははは」

「そ、そんなに面白かったですか?」

「うん。女の子に囲まれるとかはないけど、確かに好きかも。牧場で餌やり」


ははは、と心地の良い声で一通り笑ってから、エリオットはほんの少しだけホーネットの顔を覗き込んできた。


「今度、行く?」

「……え?」

「牧場。餌、やりに」

「え」

「魔女さんさえよければ」

「わ、わたしさえ、よければ……?」


(わたしさえ、よければ……?牧場に、行くか、って、こと……?)

(えっと……)


相変わらずエリオットの顔を見ることは出来ないので、木陰に生える芝生を見つめ、ホーネットは会話の意味を暫し考えていた。


(……え、あっ。エリオットさんに、今度牧場に行くから一緒に行くかって聞かれてるってこと????)


「い、いい、い、い、い、い、い、いいえ、行けません!あ、あ、あ、あ、あの、わたし、そんなすごいところ行けません!!!!!!」


ようやく答えに行きついたホーネットが全力で首を振ると、エリオットは肩を竦めた。


「うん、だよね。あまり考えずに喋ってた」





それからその日は、切り分けたケーキとお茶が無くなるまで、ホーネットとエリオットは木陰の下にいたのだった。








(え、エリオットさんって本当に優しい人だな)

(話を聞いてくれるし笑ってくれるし、お芋にも優しいし)

(そ、外でケーキを食べたの、疲れたけど楽しかったな……)

(でも、分からないことが一つ……)


あくる日、ホーネットは改めて考えていた。


エリオットが優しい事や、笑った顔を思い出すたびに脳裏によぎる謎。

エリオットが良い人であればあるほど、考えてしまう謎。

窓の外を見て、今日はエリオットが来るかなと考えれば考える程、深まる謎だ。


それは、何故彼が毎回ホーネットを訪ねてくるのか、ということだ。


ホーネットと話していて楽しいからだろうか?

……いや、絶対楽しくないと思う。

ホーネットは気を遣わせてばかりだし、やっぱりうまく喋れないし、緊張して震えてしまう。


ホーネットと友達になりたいから?

……いや、絶対なりたくないと思う。

ホーネットと友達になりたいと言ってくれた人なんて、芋以外は今までに一人もいなかった。


答えは出ない。

やっぱり疑問だけが残る。

何故、彼はお菓子を持ってホーネットを訪ねてくるのか。

数回だけならまだ分かる。

でも、彼が訪ねてきたのはもう6回にもなる。


魔女は人間の社会には関わらないところで暮らしているから俗世には疎いが、王子であるエリオットには、どうしてもホーネットに菓子を届けなくてはならないような理由があるのかもしれない。

だとしたら、それはなんだろう。




一度疑問に思うと、それはどんどんと膨らんでいく。

数日間考えあぐねて、ホーネットは思い切って聞いてみた。

丁度エリオットが7回目に訪ねてきた時だ。彼は今回も綺麗なお菓子の箱を持っていた。


「あ、あ、あ、あの、なんで……?」

「なんで、というのは?」

「あ、貴方はなんで毎回……」

「ああ、お菓子の事?お礼だよ。それに手ぶらで訪ねるのも良くないと思って」

「あ!そ、そうか、お礼……」


そう言えばそうだった。

エリオットはこれはお礼だと毎回言っていたではないか。

魔物と戦ったお礼の為に、エリオットは仕方なくホーネットに菓子を届けているのだ。

多分、あのキラキラの集大成のような第一王子辺りから頼まれているのだろう。

改めて気が付いて、ホーネットは申し訳なく項垂れた。


たしかに本当に美味しい甘いものを貰えて嬉しかったけれど、ホーネットはお礼のケーキが欲しくて魔物と戦ったわけでは無い。

ましてや、人に迷惑をかけてまでケーキを食べたいとも思わない。


「あ、あ、あ、あの、お礼、もういらない、です」

「え?」

「お礼、もう十分、です」


エリオットの為にも今一度しっかりと遠慮しなければと思ったホーネットだったが、エリオットは何故かほんの少しだけ心配そうな顔になった。


「お菓子、いらない?」

「は、はい。い、い、いりません」

「そっかごめんね、気が付かなかった。甘いもの、飽きた?なにか別のものがいいかな」

「べ、べ、べ、別のもの?!い、い、い、いらないです!!!」

「でも訪ねるのに手ぶらは気が引けるよ」

「あ、あ、あの、じゃ、じゃあた、た、訪ねてこなくてもい、いいです」


迷惑をかけたくない一心で、ホーネットは気が付いたら首を振っていた。

しかし、肩の荷が下りて喜ぶかと思われたエリオットは一瞬だけ悲しそうな顔をした。


「……あ、そっか、迷惑だったよね」

「め、め、めいわくというか、えっとあの、」

「いや、よく考えたら何度も訪ねてきて迷惑かけてたね。もっと早くに気付くべきだった。何故かあまり考えられてなかったみたいだ。ごめん」

「あ、えっと、謝るようなことじゃ……」

「ううん。魔女さんの迷惑を考えられていなかった僕が悪い。ごめんね」

「あの、えっと」


エリオットはホーネットを責めたりすることもなく穏やかな微笑を浮かべ、お菓子の箱だけホーネットに手渡してくるりと背を向けた。


「色々ありがとう。また魔物が出た時、もしかしたら頼ってしまうかもしれないけど」

「あ、それは、はい」


「じゃあ」


一度だけ振り返ったエリオットが去って、ホーネットはまた一人になった。

家の中に帰ったホーネットはテーブルの上にお菓子の箱を置いた。

短時間だったのに、何故かとても疲れた。


ふと見れば、ケーキの箱は相変わらず大きな箱だ。

一人で食べきるとなると、きっと一週間はかかる。

ホーネットはそっと箱を開けてみた。

中には綺麗な色の桃のタルトが入っていた。







週末更新が多めです~

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