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人型の魔物



芋魔女が住む迷いの森へ足を踏み入れ、魔女の家に到達したことがある者はエリオットだけ。

エリオットは馬を走らせ、迷いの森へ入っていった。


そして記憶を頼りに森を進み、気合でなんとか魔女の家に辿り着いた。

窓から中の様子を窺うと、山のように積まれた本とこじんまりとしたキッチン、それから不思議な研究室のように硝子の器具が並んだテーブルが目に入った。

そして魔女はソファの上のクッションに埋まるようにちょこんと座っていて、何か本を懸命に読み上げていた。


最初は怪しい呪文かと思って身構えてしまったエリオットだが、よくよく聞いてみれば、魔女は早口言葉を唱えていただけだった。


エリオットは玄関に回り、魔女を呼び出して同行を頼み込んだ。


「お願いします、魔女さん。どうか力を貸して欲ください」

「あ、あ、えっと、じ、事情は分かり、ました」


魔女はやはり口籠った。

エリオットは現在の戦況を余さず伝えたが、もしかしたら魔女は尻込みをしてしまったのかもしれない。

しかしエリオットは手ぶらで帰る訳にもいかず、もう一度頼み込んだ。


「魔女が俗世に不干渉でいたいことは分かっている。でも魔族の侵略を許すことは、ゆくゆくは魔女さんの生活にも影響してくる。だからどうか」

「えっと、その」

「魔女さん。もしも無事に魔物の攻撃を退けることが出来れば、王城から褒賞も」

「え?えっ、あの、褒賞なんてい、いらないです」

「でも、微力でもいいから力を借りたい状況なんだ」

「あ、えっと、話、わかり、ました。魔族、さんを撃退すれば、良いんですよね」

「……もしかして、協力してくれるの?」

「は、はい。お助け、します。わたしがここで暮らせるのも、王国のみなさんのおかげ、ですし」


最終的に、魔女は頷いてくれた。

もしかしたら内気な魔女は魔物という言葉を聞いただけで震えあがってしまうかもしれないと覚悟していたエリオットだったが、なんとか魔女を連れて戦線に戻ることに成功した。



しかし帰ったエリオットを待っていたのは、否定的な意見ばかりだった。


「やっぱり見るからにダサくて弱そうで陰気で戦力どころか士気すらも上がりません。こんなの街娘の方が百倍マシじゃありませんか?」

「芋魔法しか使えないんでしょ?っていうかなんですか芋魔法って!こんな雑魚魔法、無い方がマシだと思いますよ?」

「芋魔法は最低ランクの雑魚中の雑魚の魔法なんだろ?しかもどんくさそうでいかにも使えない魔女、囮にもならねえよ!」


敬愛するエルトリッドには言えなかったような罵詈雑言が魔女へと飛んでくる。

残念なことに、騎士たちの中には絶体絶命の状況下でストレスをうまくコントロールできない者もいたのだ。

到着して早々、魔女は気圧されて可哀そうなほどに小さくなってしまった。


エリオットは黙るようにときつく窘めたが、騎士たちの中にはまだ魔女を睨んでいる者もいる。


「ごめん魔女さん。かなり劣勢で、余裕がない者もいて。もう一度きつく言っておくから……」

「……」


長い髪で表情が見えないが、芋魔女は小さく佇んだままだ。


エリオットは魔女に酷い事をしてしまったと思った。

腐っても魔女かもしれないと思ったが、気弱な芋魔女はやはりこんなところに連れて来るべきではなかった。

これでは、悪戯に魔女を傷つけてしまっただけだ。


エリオットは騎士たちの視線から魔女を庇うように前に立った。

だが、魔女はそれに気付いていないようだった。


そればかりか、エリオットの横を通り過ぎて前に歩み出て、不満を漏らした騎士に一歩二歩とたどたどしく近づいた魔女は「わ」と声を発した。


「わ、わ、わ、わたし」

「なんだよ?」

「た、た、た、確かに使えるの、芋魔法だけしか、ありません」

「ほら!そんなカス魔法、役立たずなんだよ!」

「あ、あの、芋魔法は、とてもランクの低い魔法に分類されます、けど」

「だろ?足手まといなんだよ!こんな切羽詰まった状況でもウジウジしてる姿も苛々するし、もう帰って毛布にでも包まってろ!」

「で、でも!わたし、助けますって言いましたから」


騎士は苛々としているようだったが、魔女は必死に何かを伝えようとしているようだった。

エリオットは突っかかっていく騎士を睨みつけて一瞬だけでも黙らせて、魔女の次の言葉を待った。


「だ、だからみなさんをお助け、します」

「はあ?!」

「わたし、大丈夫です。自分の魔法、大切に大切に、しましたから。頑張って頑張って練習、しました。弱い魔法だけど、わたし、沢山頑張りましたから」

「意味が分からねえ!何が言いたいんだよ、ザコ魔女!」

「えっと、だから、し、心配しないでほしい、です」


もさもさの長い前髪に隠れて魔女の表情は一ミリも分からなかったが、魔女はしっかりと前を向いて暴言を吐く騎士を見た。

常に自信のなさそうな魔女が、初めて強く言い切った瞬間だった。


「みなさんをお助け、します」


魔女は騎士たちを背に魔物の大軍の方へ歩みを進め、そのまま両足で真っすぐ立っていた。


魔物の大軍は突然戦線に姿を現した小さな魔女にも容赦なく、雪崩のように襲い掛かってきた。

危ない。

きっと次の瞬間には魔女は八つ裂きにされてしまう。

エリオットは槍を握って飛び出しかけた。


しかし、魔女は怯えることも逃げることも無かった。

大きく振り下ろされた魔物の爪にも怯むことなく、片手を空に向けてバッと伸ばした。


「お芋さんたち、力を、貸してください!!!」



途端、エリオットの視界が大きく揺れた。

エリオットだけじゃない、その場にいた魔物も騎士も、その揺れに仰天していた。


すさまじい怒号と共に大地が割れ、土煙が上がる。

爆風が巻き起こる。

最初、何が起こっているのかは分からなかった。


しかし魔女がはじけた爆風と砂煙のど真ん中にいる。

よろめくことも怯えることもなく、しっかりと立っている。

何となく、たどたどしい魔女の面影が消えた気がした。


そして魔女の毛皮のようにもさもさした髪が吹かれて、初めて会った時には全く見えなかった素顔が見えた。


エリオットは、息をするのも忘れて目を見張っていた。


魔女が長い前髪の下に隠していたのは、神秘的で丸い紫の瞳。長いまつ毛。

頬が白くて綺麗で、鼻のてっぺんに幾らかのそばかすがあって、唇がとても小さかった。

そしてこの場に令嬢がいたら野暮ったいと笑ったであろう太めの眉毛は、魔女の芯の強さを表しているようでもあった。


髪と巻き上がる土に隠されてしまって、エリオットの目が魔女の姿を捉えたのは一瞬だった。

だが、その横顔は驚くほど鮮明に見えた。

何故か、瞼に焼き付いてしまったように鮮やかだった。


しかしエリオットがその理由を検証している暇もなく、魔物の大軍が総攻撃を仕掛けてきた。


「グオオオオオオ!!!」

恐ろしい唸り声と共に、むき出しの牙や爪が四方八方から飛んでくる。


「危ない!全軍防御姿勢!!!」


エルトリッドが咄嗟に叫んだが、飛び掛かってきたそれらが騎士たちの体を裂くことは無かった。

魔物たちの爪や牙は、大きく太く強固なものに全て受け止められていたのだ。


「これは……巨大な芋蔓?」


呟いてみたものの、どう見ても芋とは思えない程太くて固い芋蔓が、割れた大地から一斉に伸びてエリオットたちを守る巨大な城壁を作っている。

そしてそれだけに留まらず、大地から現れた無数の巨大な大蛇のような芋蔓は、触れた魔物を次々に拘束し始めた。


「皆さんに怪我は、させません」


小さな魔女の背中が、この戦場で何よりも大きく見えた瞬間だった。


これらの巨大な芋蔓はすべて、紛れもなく魔女の魔法だった。

意志を持っているかのような芋蔓は、まるで魔女の敵を排除する矛の如くうねり、まるで魔女を守る堅牢な盾のように蠢いている。



「魔物さんには帰って、もらいます」


魔女は地面を割ってうねり出てきた、ひときわ大きな芋蔓に飛び乗った。


「行きます」


魔女を載せた芋蔓は心得たとばかりに襲ってくる魔物をなぎ倒し、獅子奮迅の勢いで魔物の軍勢の中央にまで到達した。

その間も大地は揺れて新たな芋蔓たちが顔を出して、突き刺したり、なぎ倒したり、放り投げたりと、次々と魔物たちを倒していく。


「じゃあ、これで、終わらせます」


魔女は呟いて、枝分かれする蔓から大きく咲く芋の蕾を呼び出した。

シュルシュルと蔓が伸び、大地にも太い蔓にも巻き付いて、戦場はアッという間に紫の大きな蕾だらけになった。


「毒ですけど死んだりは、しません」


更に伸びた蔓が魔女を上空まで運ぶと、魔女は膨らむ蕾を一斉に開花させ芋の毒を一斉にまき散らした。

毒粉は曇天の光にキラキラと反射しながら大地に降り注ぎ、それを吸った魔物たちは溶けるように崩れ落ちた。


あんなに苦戦した魔物が、芋魔法によっていとも簡単に撃退されている。





「うそだ……」


先ほど魔女に突っかかっていた騎士がぽかんとした顔で目の前の光景を見ていた。


エリオットもぽかんと口を開けこそしなかったが、目を見張っていた。


正直に言ってしまえば、魔女に初めて会った時なかなか話が通じなくて鈍臭そうな魔女だという印象しか受けなかった。

芋というあだ名が似合うとまでは言わないまでも、街で彼女が芋魔女と呼ばれているのも不思議では無いと思った。

だけど、彼女が持っていたのはそんな一面だけではなかった。


魔女の芋魔法は凄まじかった。


芋魔法というのは底辺の雑魚魔法と有名な魔法で、生まれる前に才能のくじ引きがあるとすれば間違いなく大外れの枠なのに。


「これはもう、底辺の魔法なんかではないんだろうね……」


エリオットは呟いた。

魔女はたしかに最低ランクに分類される芋魔法を使っている。

だが使い手の練度で、その強度を何百倍にも何千倍にも引き上げているのだ。


感動にも似たような心地がした。


魔女は自分の魔法を大切にしたと言っていた。沢山練習したとも言っていた。

魔女は自分に与えられた最底辺の才能を、努力してここまで育て上げたのだ。


では、こんなに恵まれない魔法をここまでにした魔女の研鑽というものは、一体どれほどのものだったのか。

絶望的ともいえる才能を諦めなかったその強さは、その小さな体の一体どこに秘められていたと言うのだろうか。


よく見れば、魔女の手には無数の古い傷跡があった。

きっと長い時間、たゆまぬ努力をしたのだろう。

でもいくら魔女でも、努力をしている間も何度か挫折しそうになったのではないか。

エリオットなんかの十倍、いや百倍の回数辛いと思ったのではないだろうか。

馬鹿にされて笑われて、何度も悲しい思いをしたのではないだろうか。

理不尽だと思ったことだって、不公平だと思ったことだって沢山あったはずだ。

でも魔女はこうして成し遂げて、皆を守るため前に立ってくれている。


魔女のことなんて、ただ流されるままに生きている、どこにでもいるようなただの内気な女の子だと思っていたのに。


「……でも本当は、すごいんだ」


エリオットは小さく呟いた。

と、同時にエリオットの後ろで誰かが咽る声がした。


「あの芋子がいるなら、最初からアタシなんて呼ぶ必要なかったのに」


声の主は、二日酔いで馬にぶら下がっている雷轟魔女だった。

雷轟魔女はまだ辛そうな青い顔をしながら唇を拭い、よたよたとエリオットの近くまで歩いてきた。


「芋子とは魔女さんの事ですか?」

「そ。アイツ、魔法学校っでは芋子って呼ばれていじめられてたの。もっさいからお似合いでしょ?」

「……貴女もいじめに加担していたということですか?」

「あはは。アタシは何もしてない。それにいじめも最初は酷かったけど、どんどん減ってったよ。直接アイツの弁当に水掛けれるヤツは最後には誰もいなかった。アイツ、あんなんでもサバト序列十三位だから」

「サバト序列十三位?」

「芋魔法しか使えないくせに魔女の中で十三番目に強いって事」

「十三番目に強い……」

「馬鹿みたいだよね。あんなザコ魔法持って生まれたら絶望すぎて、アタシだったらとっくの昔に魔女辞めてるわ」


雷轟魔女は芋蔓に乗って戦っている魔女を眺めながら、「ここ酒ある?」と暢気にエリオットに尋ねた。


「そんなものはありません」

「ちぇ、つまらない戦場ね。ならもう帰るわ」

「……一人で帰れますか?呼び出してしまった責任もあるので送らせます」

「要らないわよ。馬は酔って吐くし」


雷轟魔女はエリオットの提案をサクッと断って、手近に保管してあった水筒を一つ肩にかけてよろめきながらも帰路に着く。


「あ」


しかし雷轟魔女はくるっとエリオットを振り返った。


「ちなみにあんた恋愛経験全然ないでしょ」

「なんですか、いきなり」

「うーん、なーんとなく新規顧客獲得の匂いがしてね。アタシ魔脈は雷轟だけど専門は魔法薬なの。媚薬とか惚れ薬も扱ってるから、何かあったら訪ねてきなよ。あ、恋愛相談もできるよ。経験豊富なレベッカ姉さんの相談室、三〇分五万メロ」

「結構です」


しかし雷轟魔女は大きく開いた胸元からスッと何かを取り出して、エリオットに投げて寄越した。


「名紙?」

「そ。名刺兼クーポン。入用の時は特別に安くしたげるから」


紙にはレベッカの魔法薬専門店と書かれており、『5%OFF!』とも大きく書かれていた。

特別に安くすると言ったくせに、たったの5%か。

まあ使うことも興味も無いからどうだっていいのだけれど。


魔女は一様に俗世離れをしているというが、雷轟魔女も全く意味が分からなかった。

他の誰でもないエリオットに突然媚薬や惚れ薬だの営業してきて、見当違いもいいところだ。


しかし、とにかく雷轟魔女は去った。

エリオットは雷轟魔女のクーポンを、目についた誰かの予備の防具の間に押し込んで、先ほどの出来事は忘れることにした。








そしてエリオットが魔女に絡まれていた間に、戦場は驚くほど静かになっていた。


見れば、立っているのは魔女と人型の魔物だけという状況だった。

魔物は全て倒れており残った敵は人型の魔物だけだが、人型魔物は異質だ。何をしてくるか分からない。


エリオットはエルトリッドや他の騎士と共に魔女に駆け寄ろうとしたが、人型の魔物に牽制された。

立ち止まった騎士たちを見てにっこりと笑った人型の魔物は、ゆっくりと魔女に向かって歩いていく。


「こんにちは」

「こ、こんにちは……?」

「やっぱりいいですね、貴女。あの王子よりもずっといい」

「……え?」

「ええ、貴女はとても素敵ですねと言ったのです」

「え、えっと、な、なんでですか?」

「ふふ、『なんでですか』。貴女からはとても美味しそうな匂いがするからです。私の好みのど真ん中です」

「え、えっと、そ、そう、ですか……始めて言われ、ました」


エリオットは、魔女と人型魔物がなにを話しているのか聞き取ることは出来なかった。

しかし何となく、人型魔物が魔女に手を伸ばそうとしている気がする。

エリオットは槍を握り直したが、エルトリッドに留められてそれ以上先には進めなかった。


人型魔物はまた一歩魔女に近づき、口を開く。


「ところでその蔓たち、地中に帰らせてくれませんか?これ以上近づくと八つ裂きにされそうで怖いんです」

「そ、それは駄目、です。帰るのは貴方、です」

「私は帰らなくてはいけませんか?」

「は、はい。魔物さんたちを連れて帰って、ください。お願いします」

「ではまた会えますか?また貴女に会えるのでしたら今日は帰ります」

「も、もう多分会えません。この国に来ちゃだめです。あ、あの、今すぐ帰ってくれないと、貴方を攻撃することになります」


無数の芋蔓が魔女の傍でとぐろを巻き、人型魔族を威嚇している。

人型魔族は忌々しげに蔓を見て目を細めた。


「どうしても駄目ですか」

「は、はい」

「どうしても?」

「は、はい」


魔女の変わらぬ返事を聞いて諦めたのか、魔族はくるりと背を向けた。

魔族の癖に美しい長い黒髪がさらりと揺れた。


「分かりました。もう少し力を食らってまた出直します。待っていてくださいね、素敵な魔女さん」


人型魔物は、煙のように胡散霧消した多数の魔物と共に姿を消した。





一難は去った。

緊張感の漂っていた戦場の空気が緩んだ。


危機は脱した。

騎士たちはふうと息を吐いて重い防具を脱ぎ、その場に座り込む。


国は守られた。

エリオットも握っていた槍を置き、魔女の元に駆け寄った。


こうして魔物を退けることに成功したのは、この芋魔法を使う魔女のおかげだった。




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