避難
「行くよ、芋子」
「あ、えっと、は、はい……」
雨が上がった途端、レベッカは立ち上がって扉を勢いよく開けて外に出た。
ホーネットは何か持って行った方がいいだろうかとか、戸締りはきちんとできているだろうかとか、そもそもやっぱり行くべきではないのではないか、とか考えてモタモタしていたが、レベッカにグイッと腕を引っ張られて家から連れ出されてしまった。
そして引き摺られるようにして王都にやって来て、そのまま一直線に王宮に向かった。
しかし、何食わぬ顔で王宮の門をくぐろうとしたレベッカとホーネットは案の定、門番の衛兵に止められた。
「なんだ貴様たちは、何の用だ。ここから先は王宮だぞ」
「なーに?芋子はまだしも、こんな美女が折角訪ねて来たのに追い返そうって言うの?」
「いやいや、美女かどうかは関係ないだろ!ここは王宮だ。不審者を通すわけにはいかん」
「女の子に向かって不審者とか言っちゃうんだ。仕事だからってそれはないわ。あんたそんなことしてたらモテないよ」
「よ、余計なお世話だ!招待状か許可証、身分証明書が無いならとっとと帰れ!」
衛兵がきっと眉をつり上げたので、ホーネットは(やっぱり招待もされてないのに突然訪ねるようなこと、いけない事だったんだ!)と震えあがったが、レベッカは余裕そうににっこりと笑った。
「ふうん、アタシの身分を証明すればいいわけね?」
レベッカはお洒落な魔女ローブの、その大きく開いた胸元から一冊の本を取り出した。
そして衛兵に手渡す前に、同じく胸元から取り出したペンでサラサラと自分のサインを書いた。
「これで証明になるでしょ」
「な、なんだこれは……ブサイクでも女子からモテる為の本……?」
「アタシ、その本の著者なの。知らない?隣国ではベストセラーにまでなったわよ」
「いや、知らないが……」
「あーあ、そんなだからモテないのよ。でも、今分かったわよね、アタシの身分」
「いやいや、こんな怪しい本を渡されても……」
衛兵たちは顔を見合わせていたが、ちょっぴり中身が気になるようだった。
とはいいつつも、これで衛兵たちがホーネットたちを王宮内に案内してくれるとは思えない。
しかし、そこに通りかかった人物がホーネットたちに気づいてくれた。
「なんだ、南の魔女か?こんな人里にまで降りてきて、何かあったのか?」
何人かの騎士を引き連れて、王宮方面から門に近づいてきたのは、第一王子のエルトリッドだった。
人の名前を碌に覚えることのできないホーネットは挨拶もままならず、レベッカの影に隠れるように小さくなったが、エルトリッドはどうやらレベッカではなくホーネットに質問したようだった。
「こんなところにまで訪ねてくるなんてどうした。何かあったのか?」
「え、あ、あの……」
「分かった。ここで話しにくいことだろうから中で聞こう。……衛兵、彼女たちを応接室に」
ホーネットはただいつものように口籠っただけだったが、エルトリッドは何やら察したと言わんばかりの神妙な顔になって頷いた。
こうしてホーネットとレベッカは応接室に案内された。
応接室では王宮のメイドが迅速にお茶を淹れて菓子まで用意してくれたので、大きなソファの真ん中にデンと座って足を組んだレベッカは、パクパクとお菓子を摘まみながらお茶を啜っていた。
そしてホーネットは、こんな状況でも余裕なレベッカに追いやられてソファの隅に座るしかなく、ちんまりと静かにしていたのであった。
待っていると、程なくしてエルトリッドがエリオットを連れてやって来た。
彼らはレベッカがデデンと座ったソファの前の椅子に座り、話を切り出した。
「南の魔女、それから西の魔女。お前たちが今日ここに来た要件に大体の見当はついている」
「それは素敵だわ。さすがイケメンは話が早い」
レベッカはやっとお菓子を摘まんでいた手を止め、足を優雅に組み直した。
その目の前に座るエルトリッドも、レベッカの顔が真剣になったのを見て口を開いた。
「お前たちがここに来たのは、人型魔物の件だな」
「そうよ。アイツ、魔女を食べ始めた。もう三人も死んだわ」
「知っている。だが被害者が三人?私たちが報告を受けたのは一人だったが」
「人間の情報網が魔女同士の情報網に敵う訳ないでしょ。やられたのは隣国のぶりっ子魔女と雪山の魔女、それから洞窟の魔女よ」
「では人型魔物は、もう魔女三人分は強くなったと考えるべきか」
エルトリッドの恐ろしい仮定に対して、レベッカは肩を竦めた。
「やっぱり魔力吸収してく系の魔物だったわけね。雪山の魔女と洞窟の魔女はまだしも、ぶりっ子リリアーネはこの芋子とサバトの順位争いしてた魔女よ。結果は芋子が勝ってるとはいえ、リリアーネ含めた魔女三人分と魔物の力が合わさってる敵なんて、考えたくなかったんだけど」
「……益々時間に猶予はなさそうだな。だが助かった。お前たち魔女と共同戦線が張れるなら少しは勝機もあるかもしれん」
「共同戦線?ごめん、絶対無理。それくらいの強い魔物になってくると多分芋子でも勝てないわ」
「……しかし、お前たちはその要件で王宮に尋ねて来たのではないのか?」
ホーネットは息をひそめて会話を追っていたが、このタイミングでレベッカから視線を向けられた。
その顔は、「あんたの出番よ」と言っている。
しかしホーネットには、自分たちは戦えないと言うのに、図々しく匿って欲しいと頼み事をする精神力など無かった。
(そ、そうだよ、そっちのお願いは聞かないけどこっちのお願いは聞いて欲しいなんて、そんな自分勝手なこと絶対、できないよ……)
しかもエリオットの顔を盗み見てみれば、彼は魔物から国をどう守ればいいのか考えるのに真剣な様子で、とてもではないが喋りかけられる雰囲気ではない。
そしてエルトリッドもまた、どのように魔物を打ち倒せばいいか策を練っているようで、益々声をかけられるような様子ではない。
しかしレベッカは「そのために来たんでしょ、早く頼んで」と顎をクイクイして合図してくる。
それでもフルフルと首を振っていると、レベッカの長くゴテゴテのデコレーションが付いた爪でつねられた。
痛みに耐え切れず、ホーネットは遂に声を上げた。
「あ、あのう……」
重い空気の流れる部屋に、ホーネットの弱弱しい声が漂った。
「こここここ、ここに、しばらく隠れさせ、て貰えませんか……」
考え込んでいたエリオットとエルトリッドが、今まで何も言わなかったホーネットの声を聞いて顔を上げた。
「ひ、人に紛れて魔力を消せ、ば魔物に見つかりにくい……ので……」
言いながらも、ホーネットはこんな自分勝手なお願いはどうか断ってくれますように願っていた。
しかし返事はホーネットの願い通りにいかなかったばかりか、迷いなく返ってきた。
「構わないよ」
「えっ」
「人間側としても、これ以上魔女を食べられて魔物に力をつけられるのは避けたい。そうですよね、兄さん」
青い顔をしたホーネットに微笑んでくれたのはエリオットだった。
そしてエリオットの言い分に納得したのか、エルトリッドも頷いた。
「南の芋魔女や西の雷轟魔女までが食われたら、いよいよ魔物は手が付けられなくなるだろうことは目に見えているからな。匿うと言うのは私も異存はない」
「やっぱりあんたたちイケメンね!」
「でも流石に王宮で匿うのはもしもの時のリスクが高すぎるから、騎士団で匿うことになると思うけど、それでもいいかな」
「騎士団の方がいいわよ!もしもの時はメイドより騎士の方が戦えるだろうしね」
ぱちんと指を鳴らしたレベッカは満足そうだったが、ホーネットは(本当に大丈夫かなあ、本当にいいのかなあ)とハラハラしながら様子を窺っていた。
しかし最後まで話がこじれることは無く、ホーネットとレベッカには騎士団の寮の隅に部屋が与えられた。
派手なレベッカと同じ部屋で過ごすことになったホーネットはこれから夜も眠れなさそうだったが、それを察したレベッカは「適当に騎士を引っ掛けて、夜遊んでくるからそんなに心配しなくても大丈夫」と言っていた。
(だ、だけど……心配なのはそれだけじゃなくて、同じ建物に他の人が住んでたりとか、廊下でもしかしたらすれ違っちゃうかもとか、食事は食堂で摂らなきゃいけないとか、いろいろあって……全然大丈夫じゃない気がする……)




