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街歩き




エリオットを出掛ける約束をした日は、カレンダーを眺めていた時はとても先のように感じていたが、いざその日になってみるとあっという間だった。


ホーネットは身に着けたポシェットの中身を再び確かめて、中にお金やハンカチ、それから前日に作ったスイートポテトがちゃんと入っていることを何度も確認した。

そして持っているものの中では一番新しいグレーのローブを着たホーネットは、芋蔓に何度も確認を頼んでいた。


「ほ、埃、もうついてない、よね」

『何度も見ただろ。もう付いてないって』

「背中も、大丈夫だよね。しわもちゃんと取ったし大丈夫、だよね」

『だから大丈夫だって。ほら、もうそろそろエリオットの奴が来るぞ。足音がすぐそこまで来てる。時間ピッタリだな』


まだ心配そうな顔のホーネットの頭をポンポンと叩きながら、芋蔓は窓の外を指さした。


『出迎えてやれば?』

「え?ど、どうやって?」

『外に出て自分から挨拶するんだよ』


芋蔓に背中を押されて、ホーネットは扉を開けて外に出た。

丁度エリオットが森の中から芋畑の中に入ってきたところで、少し遠くのエリオットと目があった。

エリオットは小走りにホーネットのところまで来てくれて、挨拶をしてくれた。


「こんにちは魔女さん」

「こ、こここここんにちは」

「今日は出迎えてくれたの?」

「あ、えっと、はい」

「そっか。ありがとう」


エリオットは穏やかに微笑んで、「じゃあ街に行こうか」と回れ右をした。

ホーネットはぎくしゃくと手足を動かし、その後に続いた。


(やっぱり、どどどどどうしよう……)


想像はしていたけれど、やっぱり想像を絶する状況だ。

森の道を二人で歩くだけでもう息が出来なくて汗がだらだら出て来るのに、これから二人で街を歩いたりなど出来るのだろうか。

人に酔ったりしないだろうか。

ホーネットのようなダサい魔女が、こんなにかっこいい人について歩いて本当にいいのだろうか。


(うう、お腹が痛く……なってきました)


ホーネットは緊張しすぎて、もはや恐怖のようなものを感じていた。




「街に着いたよ」

「……」

「魔女さん?」

「……」

「魔女さん?大丈夫?」


森を抜けて王都に辿り着き、城下町の門をくぐった。

そこでエリオットが振り返ってここが城下町だと紹介してくれたのだが、ホーネットは口をあんぐり開けたまま固まっていた。


街はお洒落な煉瓦造りで、威勢のいい屋台の売り子や、賑やかなショウウィンドウ、それからお洒落で可愛い女の人や、ビシッと決めたかっこいい紳士たちが街中を闊歩している。

ホーネットのような陰気で根暗そうな人物は一人もおらず、みんなエリオットのように明るくてキラキラしている。


思わず「眩しい……」と呟くと、エリオットは日傘を買って来ようかと気を遣ってくれた。

そういう訳では無いのだが、と思いつつ戸惑っていると、エリオットは何かを察したのか、ゆっくり街を見る事を提案してくれた。


「じゃあ服屋に向かって歩こうか」

「はははははははい」

「魔女さんのペースに合わせるから、ゆっくりいこう。他に気になるお店があったら声をかけて」

「はははははははい」


エリオットはホーネットが返事をしたのを確かめてから、歩き出した。

ポシェットをぎゅっと両手で握って震えを押さえつつ、ホーネットも歩き出したエリオットの背を追って一歩踏み出した。


しかし、一歩目からホーネットは前から歩いてきた人にぶつかってしまった。


「ご、ごごごめんなさい」

「いいけど、気をつけろよ」


顔は怖そうだったが親切な男の人で、ホーネットが怒られる事は無かったのが幸いだった。

ホーネットはペコペコ頭を下げながら、エリオットの背を追いかけた。

しかし人間の街を歩くことは、引き籠りで根暗な魔女にはやっぱり難しいことだった。


ホーネットは進み始めた歩道の向こう側から人が歩いてきてそれをどうやって避けるか考えたり、きゃあきゃあと笑いながら通り過ぎていく街娘の集団にビビったり、イケメンの売り子が目の前にいた歩行者に話しかけただけなのにびっくりしたりと、そうこうしているうちにホーネットはどんどんとエリオットから離れて行った。


人が滅茶苦茶いるわけでもなく、エリオットの足が速いわけでは無いのだが、気づけばホーネットはエリオットの姿を見失っていた。


「あ、あれ……」


(いない)


ホーネットはきょろきょろとあたりを見回した。

しかし目に映るのは顔も知らない人ばかりだ。


「え、エリオットさん……?」


突然押し寄せてきた心細さに対抗するように、肩から下げているポシェットをぎゅっと握りこんだホーネットは、無意識のうちに人気のない路地の方へ踏み出そうとしていた。


「魔女さん!」


路地に入り込んで本格的に迷子になってしまう前に、ホーネットはガシッと腕を掴まれた。


「ごめんね、僕の足が速かったかな。そっちじゃないよ」

「あ、あありがとうございます……!」


いつもは顔を見れば緊張してしまうのに、今はエリオットが目の前に現れて、ホーネットは心底ホッとした。


「いくら王都と言えど、路地はちょっと危険かもしれないから。大通りを歩くようにしよう」

「は、はい」

「あと、それから……」


ホーネットが頷くと、エリオットはちらりと自身が掴んているホーネットの手を見た。


「手は繋いでおく?」

「え」


エリオットの視線を辿っていくと、ホーネットの腕があって、それがエリオットに優しく掴まれていた。


「!!!?????」

「えっとほら、本当にはぐれたりしないように」

「えええええええっとい、いいえ!!!」

「そっか」


びっくりしてしまったホーネットが慌ててブンブンと首を振ると、エリオットは穏やかな顔のまま頷いて手を離した。


「じゃあ、こっちだよ」


エリオットはホーネットを気遣って、さっきよりも更に歩みをゆっくりにして歩いてくれているようだった。

そして時折振りかえって話しかけてくれる。


「魔女さん、見て。向こうに東洋の衣装が売ってる。華やかだね」


歩きながら、エリオットは街の一角にあった朱色と金の華やかな店に目を止めたようだった。

その中では派手そうな女の子たちが、珍しい形の衣装を選びながら楽しそうにしていた。

ホーネットがその都会の様子に見惚れていると、エリオットはその隣の店も面白そうだと小さく指さした。


「あ、その横には新しい服屋があるみたい。ゴシックロリータだって。魔女さんが興味があるかは分からないけど」

「あまりない、です」

「そっか。でも魔女さんには似合うかもしれないと思ったけど」

「そ、そうでしょうか……あうっ!!!」


ごん!!

鈍い音と共に目の前に火花が散って、額に衝撃が走った。

余所見をしていて、歩道の端に立つ街灯に思いっきりぶつかったのだ。


(いたい!!!!!)


思わず目に涙が浮かんできて、ホーネットは堪らず崩れ落ちた。


「大丈夫、魔女さん!?すごい音したけど街灯にぶつかったの?!」

「くう……」


蹲ったホーネットに駆け寄って、エリオットはホーネットの怪我の具合をテキパキと確認した。


「たんこぶが出来てる。大丈夫?湿布を買いに行こう」

「す、すみません……」

「大丈夫だよ。立てる?」

「は、はい……」


迷惑をかけっぱなしで申し訳ない気持ちと恥ずかしさで、ホーネットは項垂れた。


すると、頭を下げて煉瓦の道しか見えないホーネットの視界にパッと大きな手が映りこんできた。


「やっぱり手、引っ張ってもいいかな。魔女さんにまた街灯にぶつかったりしてほしくはないから」


触ったら絶対あったかいだろうし、きっと優しく握ってくれるだろうし、ホーネットを気遣ってゆっくり引っ張ってくれるのだろうと考えると、顔面から火が出そうだ。

考えただけでも、一週間くらい夜眠れそうにない。

でも、ホーネットはおずおずと手を差し出した。


「あああああ、あの、ごめんなさい迷惑、かけて……」

「迷惑じゃないよ。全然」


エリオットはホーネットの手を大事なもののように握ってくれて、薬屋に向かってゆっくり歩きだした。


その道すがらも、エリオットは終始ホーネットのたんこぶを気にしてくれたくれたけれど、ホ-ネットは実際もうそれどころではなかった。

手を握られて緊張してもう本当に頭も働かず爆発しそうだったが、でも全然嫌ではなくて、不思議な気持ちだった。




そうこうしながら、ホーネットはエリオットに連れられて無事に薬屋で湿布を買い、煉瓦道の先にある公園のベンチに案内されていた。

ホーネットを座らせてくれたエリオットは、立ったまま買ったばかりの湿布を瓶の中から取り出した。

そして座るホーネットの視線に合わせて屈んだ。


「湿布貼るね。前髪、持ち上げてもらってもいいかな」

「え、えっと……」


一瞬、ホーネットは逃げるように視線を泳がせたが、エリオットならいいかと思い直し、えいっと前髪を持ち上げて、おでこを前に突き出した。

頬の大きな傷も丸見えになってしまうが、エリオットはきっと笑ったり怖がったりしない。


予想通り、エリオットはホーネットの傷にについては何も言わなかった。

でもホーネットの顔をまじまじと見つめて、なぜか躊躇うようにしながら湿布を貼ってくれた。


「前髪、僕の前ではそうやって上げたままにしておいてくれてもいいのに」

「え?」

「いや、なんでもないよ」


湿布の冷たさを感じながら、ホーネットは長い前髪をもとの位置に戻して顔を隠した。


それからしばらくのんびりと花の間を飛ぶ蝶を見たり、持って来ていたスイートポテトを食べたり、何でもない事を話したりしたが、そろそろホーネットのおでこの痛みも引いてきたので服を見に行くこととなった。



しかし結論から言うと、ホーネットは服を買うことは出来なかった。

服屋に入れば、変装していても明らかに見た目のいいエリオット目当てに店員が殺到して、横にいたホーネットは縮こまる羽目になった。


そして勿論、店員が周りをうろうろしている環境でホーネットが服を選べるはずもなく。

ホーネットはすごすごと店を後にすることしかできなかった。


「魔女さん」

「は、はい」

「服買わなくてよかったの?他の店も見に行く?」


ホーネットはブルブルと首を振った。

服屋は見るだけでとても疲れてしまった。とてもではないが、二件目に行く気力はない。


「そっか。じゃあ、どこかで休もうか」

「は、はい。すみません」

「気にしないで。あ、あとこれ」

「な、なんですか?」


エリオットが差し出したものを見ると、それは小さくてかわいい袋に入った何かだった。


「髪飾り。さっきのお店で買ったんだ。魔女さんにあげる」

「え!」

「魔女さんに似合いそうだったから。良かったら使ってみて」

「あ、えっと、では、お代を!!!」


ホーネットは急いでポシェットからお金を引っ張り出そうとしたが、エリオットの手に止められた。


「そんなのいらないよ。買ってあげたかったから買っただけだから」


ホーネットは「でも」と食い下がったが、エリオットは優しく首を振るばかりだった。

そしてホーネットは最終的に自分には勿体ないくらいセンスが良くてかわいい髪飾りをいただいてしまい、深々と頭を下げたのだった。



そしてそんな一場面を、偶然通りかかって遠くで見ていた人物がいた。

月に一回の務めである、神殿での祈りを捧げ終わって王宮に帰る途中の聖女だった。

聖女の付き人たちの中に、それが第二王子と芋魔女だと気づく者はいなかったが、聖女は遠くに立つ男性がエリオットだと一目で分かった。


そして小さく首を傾げた。


「一緒にいるのは誰……?どこかで見たことのあるようなシルエットだけど……」





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