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約束




「こんにちは、魔女さん」

「こ、こここ、こんにちは……!!」


ホーネットが褒章を受け取ってから2週間ほどが経った時、エリオットが訪ねてきた。


二週間いつエリオットが訪ねてきてもいいように毎日芋のお菓子を作っていたホーネットは、この日は丁度芋のパイを焼いていたところだった。


ホーネットは両手に大きな鍋掴みをつけて、前髪に小麦粉をつけて、いかにも調理途中のダサい出で立ちだったが、エリオットはふわっと目を細めた。


「丁度調理中だったの?」

「は、はははい」

「邪魔しちゃったかな」

「い、いいえ」

「そっか、よかった。あ、いいにおいがする」

「い、芋のパイです。も、桃芋っていうものを使いました……!」

「桃芋?高山でしか手に入らない珍しくて甘い芋だね。魔女さんは芋魔法の使い手だから、そういうものも手に入るんだ。すごいね」


それからエリオットは持参した高級そうな茶葉をホーネットに手渡して、「持ってこなくていいって前に言われちゃったけど、やっぱり手ぶらは気が引けたから」と微笑んだ。

ホーネットはやっぱり遠慮したかったが結局受け取って、芋のパイと一緒に楽しむことにした。


「外で、お茶にする?」

「は、は、はい」


この日の天気は晴れ晴れとしていたので、芋のパイが出来上がってから2人は定位置の木陰に移動した。


こんがりときつね色に焼き上がった桃芋のパイは焼き立てで、外側は見るからにサクサクで中にはとろりとした桃芋のコンフォートがのぞいている。

最初は不格好なお菓子を作ってしまっていたホーネットも、2週間脇目もふらず特訓をしたので随分と綺麗なお菓子が作れるようになった。


エリオットの前だと手が震えるのであらかじめ切っておいたパイを一切れ取って、それをエリオットに手渡した。


「おいしそう」

「ど、どうぞ。ど、毒見とかしてるので大丈夫ですし変なものも入ってないです」

「ははは。だから、そんな心配はしてないよ。いただきます」

「は、ははは、はい。お食べください」


ホーネットが深々と頭を下げると、エリオットはハハハと笑ってパイを一口切って口に運んだ。

そしてモグモグと噛んでから、エリオットは息継ぎをするように息を吐いて「おいしい」と呟いた。


「やっぱり、魔女さんのお菓子は美味しい。とっても」

「お、おいしいですか?!」

「うん、おいしい。城下のケーキ屋のケーキよりもおいしいよ」

「ほ、ほほほ本当ですか」

「本当だよ」


一皿目を美しく完食してしまったエリオットは、お替りが欲しいと言って来た。


「も、ももももちろんです!」


ホーネットは感動して、一切れ目よりも大きめに切れている二切れめをお皿に乗せようとした。

手が震えるので落としてしまいそうになったが、エリオットが上手くキャッチしてくれたので事なきを得た。



「そういえば魔女さん」


二切れめのパイを半分程食べ進めたところで、エリオットがフォークを止めて何気なくお茶に手を伸ばした。


「魔女さんはこの前、褒章を受け取ったんだよね」

「あ、はい」

「大丈夫だった?」

「あ、は、はい。何とか。貴方の説明書、で勉強しましたから」

「そっか、良かった。それから兄さん……第一王子はどうだった?」

「え、えっと、どうとは……?」


エリオットがお茶を啜ったのでその表情がカップに隠れて見えなかったのも相まって、ホーネットは質問の意図があまり良く分かず首を傾げた。


「ああ、どうてことはない質問なんだけどね。ただ、兄さんが南の魔女は前髪を切るべきだって何度も言ってくるから」

「あ、えっと、第一王子さんはそんなことも言って、いましたけど……」

「兄さんも魔女さんの素顔を見たのかな」

「あ、そ、それは少し……」


その時のことを思い出してしまったホーネットは、恥ずかしい気持ちも思い出してしまって顔を押さえて俯いた。

エリオットはそんなに恥ずかしがらなくてもいいのに、と笑ってから言葉を続けた。


「頬に傷が在るとも言ってた。僕は知らなかったけど、魔女さんは傷が在るの?」

「あ、あの、はい」

「だから前髪を伸ばしてるの?」

「そ、そんな感じ、です……」


ホーネットは髪の上から、そっと右頬に触れた。

髪があってもボコボコとしているので、触るだけで分かってしまう大きくて醜い傷だ。

別に後悔している訳でも無いし、綺麗でも無い顔なのだからむしろ努力の過程で付いた傷だと誇れるものでもあるのだが、一方で確かにホーネットが前髪を伸ばすきっかけになったものだ。


「女の子だから、気にしちゃうよね。痛かっただろうし」

「あ、痛かったです、けどもう大丈夫、です」

「そっか。僕は傷は気にしないから、もし前が見にくいのであれば今だけでも前髪を上げても大丈夫だよ」

「え?」

「あ、いや。前髪が長いのは邪魔だろうから」

「い、いいえ、な、慣れました」

「そっか」


エリオットは穏やかに頷いて、食べかけだったパイのお皿を再び手に取った。


ホーネットはやっぱり緊張で固形物は中々喉を通らないが、お茶を飲むくらいなら辛うじてできるようになったので、冷め始めたお茶をほんの少し啜った。

エリオットが持って来てくれるお茶は毎回どれも繊細で甘いものに良く合う味だ。


ホーネットが咽ないように気をつけながらお茶を啜っていると、エリオットが再び口を開いた。


「魔女さん、褒章を何かに使う予定はあるの?」

「え?あ、えっと」


お金にあまり興味のないホーネットは、実は報奨金を貰ったままの姿でテーブルの上に置きっぱなしにして、そのまま手を付けていなかった。


「えっと、お金を使う予定はない、です。ど、どう使えばいいか分からなくて」

「何か欲しい物とかはないの?」

「ほ、欲しいもの、も思いつかなくて」

「そっか。じゃあ何か必要なものとか?」

「そういうものも、あまりなくて……あ、でも、欲しくないし必要ない、けどほんの少しだけ気になるものはあります」

「そうなんだ。何?」

「あの、すすすすすす、スカートです」


一瞬、エリオットがお茶のカップを持ち上げた手を止めた。


「スカート?」

「あ、ちょっと、思っただけで、その、似合わないから、買いには行かないと、思いますけど」

「僕はいいと思うけど」

「え?い、いいえ!そ、そもそもお洋服の選び方が分からないので……!」


ホーネットは芋蔓とした話を思い出していたが、自分がフワフワの可愛いスカートをはいている姿を想像して、やっぱりブンブンと首を振った。

どう考えても似合いそうにないし、なにより足首やふくらはぎだけでも肌を出すのは、何となく世間に申し訳ない気がして抵抗がある。


「でも少しでも気になるなら見に行くのもいいかもしれないよ。僕も女性ものの服の選び方は分からないけど、お店くらいなら分かるよ」

「え?」

「案内しようか?丁度来週、午後丸々休みが取れそうな日があるんだ」

「え、あ、あの、貴重なお休みですし迷惑おかけしますし、い、いいです!」

「大丈夫だよ。少し簡易的に髪を染めて色を変えれば、案外誰も王子が城下町を出歩いてるとは思わないだろうし」

「い、い、いえ。そこまで迷惑をかけるわけには……!!」


(と、というか色々無理、だと思う……!!)

(人が多い城下町で歩くのもきっと無理だし、可愛いお洋服のお店に入ることも絶対に無理……!!!)


自分の家の敷地内で誰かと話すことさえまだガクブルものなのに、見ず知らずの人間がたくさん闊歩する城下町なんて行こうものなら、きっとホーネットは一瞬で爆発してしまう。


「でも本当に迷惑じゃないよ。僕もたまには自由に城下街をブラブラ歩きたいと思っていたから」

「で、で、でも人がたくさんいますし……」

「その日は公休日では無いから、休日よりは人もいないと思うよ」

「で、でも……」

「あとほら、僕も一人でブラブラ歩き回るより魔女さんを案内しながらの方が、新しいお店も色々発見できると思うし」

「あ、えっと」

「どうしても嫌かな……?」


エリオットが綺麗な顔で顔を覗き込んできたので、ホーネットは驚いて思わず頷いてしまった。


「あ、えっと、い、い、嫌では無いです……」

「そっか。よかった」


何となく嬉しそうなエリオットがさっそく日付と時間を決め始めたので、もう辞退できる雰囲気でなくなってしまった。


いや正確には、行かないと言い出せない雰囲気ではないというだけで、今からでも断ることは十分可能だ。

でも緊張と遠慮の他に、心のどこかでエリオットと約束が出来たことを喜んでしまっているホーネットもいることに気が付いて、ホーネットはそれ以上首は振らなかった。












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