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みちあんない



王国には一度入るとなかなか出られない、迷いの森という森がある。

南の国境から王都へ行くのに近道になるが、迷路のように迷いやすい森なので、ほとんどの人間は近寄る事すらしない。

しかしその迷路のような道を進むと、迷いの森の奥に良く日の当たる芋畑が見えてくる。

青々とした葉が茂る、よく手入れされた畑だ。

そして、その真ん中にはこじんまりとした家があった。

家の周りは暗い迷いの森とは違っていつも心地よい風が吹いているし、小鳥が平和そうに鳴いている。


深い森の中にあるとは想像できないような、おだかやなスローライフを連想させるような場所だ。

そんな場所にあるこの家にはきっと自然を愛する可愛らしい娘が住んでいるのだろう、と道に迷ってしまった旅人ならつい考えてしまうかもしれない。


しかし、家の外見に騙されて期待をしてはいけない。


なぜなら、実際にこの家に住んでいるのは気立てのいい村娘ではなく、魔女だ。

しかもかわいい魔女ではなく、引きこもりのモサい魔女だ。

火炎魔法や氷結魔法のようなかっこいい魔法ではなく、最低ランクのザコ魔法である芋魔法しか使えない魔女だ。


魔女はもじゃもじゃの癖っ毛を羊のように伸ばし放題にして顔まで隠し、いつも野暮ったいローブを着ている。

口下手で人とコミュニケーションを取ることはないし、陰気な性格ゆえに街に降りてくることも滅多にない。

魔女はいつもひとりで、畑の世話や家の手入れをしている。


そんな魔女には、友人なんかも勿論いない。

むしろ、モサ過ぎていじめられていたことすらある。

数年前、魔女が魔法学校に通っていた時はモサいといじめられ、突き飛ばされたり「芋子」なんて変なあだ名で呼ばれて嗤われていた。

魔女の姿を目撃したことの有る数少ない王国民も、魔女の事をこっそり「ダサ魔女」「芋魔女」「ザコ魔女」なんて呼んでいたりする。


だけど、そんな魔女にもきちんとした名前はある。


ホーネット。

それが魔女の名前だ。




ホーネットはこの日、こじんまりとしたキッチンに立って、小さな鍋で芋を煮ていた。

畑で採れた甘い芋を砕いたきのみと混ぜて弱火にかけて、特製のジャムを作っているのだ。

本来なら外の畑の世話をしている時間だが、何となく雨でも降りそうなグレーの空だったので家の中で出来る作業に切り替えたのだった。



ことことこと。

鍋が良い匂いの蒸気を出し始めた。

蓋を開けてみれば、芋が溶けかかっている。

もう少し煮立たせれば完成だ。でもその前に、味見を一口。


我慢できなくなったホーネットが、味見をしようと鍋に人差し指をスッと伸ばした時だ。


コンコン。


「?!」


何かが扉を叩く音がして、ホーネットはバッと振り向いた。


(な、なに)


キョロキョロとあたりを見回して、ホーネットは近くにあったお玉を構えた。

じりじりとすり足でキッチンから移動して、扉に近づいていく。


コンコン。


再び扉が叩かれた。


「!!!」

(ひいっ!)


確実に、外に何か居る。


人間だろうか。

でも、イモ魔女を訪ねてくるような人間はここ数年いなかった。

ホーネットには友達もいないし、知り合いもいない。


「魔女さん、いませんか!」

「!!??」


ぶ厚い扉の向こうで、なにやら男性の声がした気がした。

しかも魔女と呼びかけているから、相手はホーネットが魔女である事を知っているようだ。

驚いたホーネットはとび上がってお玉にしがみ付き、相手に見られている訳でもないのに扉近くにあった傘立ての影に隠れた。


「いませんか?ここは、魔女さんの家ですよね」

「……」

「留守なのかな……。どうすれば……」

「……?」


扉の向こうの男性の声は穏やかで優し気だけど、どこか切羽詰まっているようにも聞こえた。


(何か重要な用事、なのかな。もしかして、ここまで走ってきたのかな……?)


何となく異常な雰囲気を感じ取り、ホーネットはごそごそと傘立ての後ろから這い出した。

もしかしたら、この人には何か切羽詰まった急ぎの用事があるのかもしれない。


心配になったホーネットは、恐々扉を開けてみた。


開けた扉の向こうには、背の高い人影があった。

ホーネットはゆっくりと顔を上げ、その人物を見上げた。


「!!!!????????」

しかしその人物の顔を見た瞬間、ホーネットは恐怖に怯えたように目をぎゃっと見開いていた。


(わああああああああああ!!!!な、何この、人?????!!!!!)



「いきなりごめんなさい、魔女さ」


バタン!!!!


ホーネットはみなまで聞かず、扉を閉めた。


「…………」


ホーネットは何も言えないまま、床にがくりと崩れ落ちた。


(お、お、お、おどろいた……)


今、とびっきりの美形な男性が外にいた気がする。

ホーネットが読んでいる恋愛小説の挿絵の、どの王子よりも群を抜いてかっこいい人間が外にいた。

背が高くて、髪がサラサラで、肌が綺麗で、目が涼やかで、みんなから好かれそうで、女性にモテそうな男性だった。

何故かちょっと汚れていてマントや武装がボロボロだったけれど、ものすごくかっこよくて、おどろいた。

おどろきすぎて、死ぬかと思った。

ほんとうに、心臓が飛び出るとはこういうことを言うのだ。



「すーはーすーはー」


閉めてしまった扉の前で蹲るホーネットは深呼吸を何度も繰り返して、ようやく少し落ち着いた。

そして見慣れた部屋を見回して冷静になったら、思考が少しクリアになってきた。


(驚くほどかっこいい男の人が、いたように見えたけど……)

(……見間違いかな。それとももしかして、インキュバスとかが、変化してたのかな)

(インキュバスって、夜しか活動しないと思ってたけど、最近はお昼でも活動的なのかな?)

(でも、いくらインキュバスでもダサいわたしのことは襲わないと思うし……。じゃあ、幻だったのかな?)


クリアになった思考で改めて今起こったことを考えて、あんなかっこいい人間は幻覚だったのではという結論に達した。

幻覚だったとしたら、何が幻覚を見せていたのか確かめてみないと。

魔法関連の事であれば、ホーネットには知識がある。

不安要素を取り除くためにも、確認しておこう。


ホーネットは再び扉を開けた。


「魔女さ」


バタン!!!!!


(……や、や、や、やっぱり、かっこいい男の人が、家の外に……!!!!!!!)


やっぱり驚いて扉を閉めてしまったホーネットは今度はお玉まで取り落とし、震えていた。

誰かと話すのは苦手だし人と目を合わせるのは緊張して死にそうになるのに、ホーネットとは天と地ほどの差のあるキラキラした男性なんて、同じ空間にいる事さえ無理だ。

無理無理。関わることがまず無理だ。


「……」


しかしホーネットは扉を開けた瞬間を思い出し、男性が何か尋ねたそうにしていた事に気が付いた。


(な、何かわたしに話したそうに、してたから、へ、返事をしなきゃ……)

(で、でもなにをどうやって……)


返事をするとは決めたものの、久しぶりの会話すぎて、ホーネットは何語を話したらいいのかさえ分からなくなってきた。


(こういう時は王国の公用語で話せばいいのかな……?それとも大陸の共通語……?でも万が一のこともあるし、手話もつけた方がいいかな!??)

(それから、なんて声かければいいのかな?と、とりあえず挨拶かな?!)

(……あ、挨拶ってどう、やるんだっけ……?)


ホーネットは頭を抱えたり、本棚からコミュニケーションに関する本を引っ張り出して来たりしばらくワタワタしてから、ようやく覚悟を決めて扉の取っ手に手をかけた。


「すーはーすーはー」


今度ばかりは三度目の正直、扉をいきなり閉めたりしないようにしないと。


ゆっくり、ゆっくりと扉を開ける。

本当に久々に人と対話しようとしているということで扉を開ける手が震えてしまっているので、ホーネットはもう片方の手で震える手をぎゅっと握りこんだ。


(がんばって、わたし。扉を開けて、お話を、聞いてあげなくちゃ)


ぎいい。

扉が小さな音を立てて、半分ほど開いた。

ホーネットには、前に立つ男性の姿が余さず見える。


「ああ良かった。魔女さん、出てきてくれた。突然お邪魔して申し訳ないのだけれど、助けが必要で」


扉を開けたホーネットが再び扉を閉めないことを確認すると、恐ろしくかっこいい男性が安心したような声を出した。


「突然お邪魔してごめんなさい。一刻も早く王城に辿り着いかなければないんだけど、道に迷ってしまって」

「…………」

「魔女さん、どうか王都までの道のりを教えてくれないかな。残してきた騎士達を助けに早く向かわないと」

「…………」

「魔女さん?」



(ひょええええ。や、や、や、やっぱり、ダサくて陰気なわたしとは比べ物にならないくらいき、キラキラしたとてもかっこいい男の人だあ……まぶしい……!!!!!!)


男性の顔の直視に耐えかねたホーネットは、ぎゅっと目を瞑って氷のように固まっていた。

長い前髪に顔が隠れているので、ホーネットが目を瞑っていることに男性は気づいていなさそうだ。


「あの、魔女さん?」

「……」

「魔女さん?」

「……あ、」


何度か呼びかけられて戻ってきたホーネットは、返事をしようとしてアワアワと視線を泳がせた。

男性はそんなホーネットの様子に苛々した素振りは見せなかったが、困ったような顔をした。


(そ、そうだ、返事をしなくちゃ)

(わたしの返事が遅いから、こ、困らせちゃってる。急いでるみたいだから、早くしなくちゃ、なのに)

(なにか、言わなくっちゃ……)

(だから、急いでるって、言ってるんだから、早く道案内を……)


覚悟して出てきたものの、やっぱり人に話しかけられてどうしたらいいか分からなくなってしまったホーネットだった。

しかも相手は眩しいくらいの美形で、ホーネットとは正反対の人種の男性だ。

緊張はいつもの百倍以上に跳ね上がっている。


「あ、あ、あ、あの」

「はい」

「えっと、そ、の」

「はい」

「み、みちあんない」


言葉が続かない。

口をパクパクさせているホーネットを見て、男性は我慢強く待ってくれていた。

とても親切なのか、はたまたどんな時も穏やかな気品を忘れない性格なのか、モタモタするホーネットに男性が嫌な顔を見せることは無かったが、ホーネットはいっそ怒鳴りつけて欲しいくらいに、緊張ししいの自分のコミュニケーション能力の低さに泣きそうだった。


でも早く道案内をしなければという一心で、なんとか声を絞り出した。


「い」


そのまま何も言えなくなりそうなところを頑張って息を大きく吸って、ホーネットはバッと片手を宙に振り上げた。


「い、い、い、芋魔法!!来て、お芋さん!」


……ぽこ!


必死なホーネットの叫び声と共に畑の土が小さく盛り上がる音がした。


もそ、もそもそもそ。


大地から小さな芋が、鼠か何かのようにもそもそと這い出して来た。

そしてホーネットにすくい上げられて、その手の中に納まった。


「……動く、芋?」


しかし男性はころころとホーネットの手に収まった芋を見て、目を見張った。


「もしかして芋の魔物?こんなところにまで!?」


男性はホーネットが男性の道案内を頼むべく魔法で呼び出した芋に対して、咄嗟に剣を抜こうとした。

事前説明も無くいきなり目の前で魔法が使われたのだから、驚いてしまって当然だ。

落ち度は当然、コミュニケーションがうまく取れないホーネットにある。


しかし申し訳なく感じる前に、鋭い剣でせっかく呼び出した芋が切られてしまってはいけないと思い、ホーネットは慌てて首を振った。


「あ、あ、違い、ます!危険じゃ、ないです」

「危険じゃない?!」

「あ、あの、えっと、この子、あなたを森の出口まで案内、します」

「え?」

「お、お、お、お、王都に、行きたいのですよ、ね?」

「そ、そうだけど……」

「じゃ、じゃあ、この子の示す道、を進んでください」

「いやでも、芋が道を示すなんて……」

「大丈夫、です。わたしの魔法、い、い、い、芋魔法、です」


ホーネットが拙い身振り手振り説明すると、男性は戸惑いながらも構えた剣を収めてくれた。

だが顔はまだ怪訝な表情だ。


「これが、魔女さんの魔法なんだ?」

「は、はい。だから森の出口、まで、この子が案内します」

「芋が道案内……」

「この子、道案内得意、です」

「芋が道案内得意……」

「あ、あの、ほんとうに道案内、できます」

「……これが一番早く王都に着くのなら」


男性はホーネットから恐る恐る小さな芋を受け取り、芋が示す方向に一歩踏み出した。

しかしやっぱり不安になったのか、男性はくるりとホーネットを振り返った。


「この方向でいいかな……?」

「は、はい」

「芋はずっと手に乗せていればいいかな?」

「は、ははい」

「……何度も聞いて申し訳ないけれど、この芋に従えば本当に森の出口に着くんだよね?」

「は、は、は、はい」

「分かった」


ホーネットが全力で肯定すると、男性は頷いてくれた。

『芋なんてダサい』などと馬鹿にしたような表情ではなく、真剣な顔だった。


「ありがとう、魔女さん。急ぐので、失礼するね」

「は、ははい」


男性は最後にホーネットにお礼を言って、もう振り返ることなど無く迷いの森の木々の間に消えていった。

男性が消えて行った方向はしっかりと王都へ向かう方向で、彼に貸した芋はしっかりと森の出口まで男性を送り届けてくれるだろう。




「…………」


ホーネットはへたへたとその場に座り込んだ。


「……つ、つかれた……」


どっと疲労が押し寄せてくる。

さっきだけで二年分くらい人と会話をしてしまった。


ほんとうに疲れた。

そして遅れて、後悔と恥ずかしさも込み上げてくる。


(全然上手に喋れなくて、迷惑、かけちゃったな)

(やっぱりあの人もわたしのこと、ダサい魔女だなって、思っただろうな)

(緊張してテンパって、話し方も要領を得てなくって、噛んでばっかりで。突然魔法を使って驚かせちゃって)


男性はきっと、ダサいホーネットに会ったことなんてすぐに忘れてキラキラした毎日に戻っていくのだろう。

だからもう二度と会うことは無いだろうけど、だからこそ、もう少し男性と上手に喋れれば良かった。






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