隠世(かくりよ)育ちの転生者
初心者投稿の小説です。
処女作かつ拙作になりますが、楽しんで読んで頂けたら幸いです。
転生したら受動喫煙でしか知らない群雄割拠系乙女ゲームの世界に転生した。
いきなり何言ってんだコイツって思うだろう。当事者の私も物心付くまで訳が分からなかった。
原作ゲームは魔法と科学が混在した世界で、開始時に自分が選択した国陣営、またはバージョンによって攻略対象とストーリー、主人公の出自なんかが大きく変わる。
全寮制の学園が軸となって国の将来を担う生徒達とラブコメしたり、一人の軍人として戦火に身を投じて味方と愛を育んだり、只の平民から貴族の陰謀に巻き込まれてロマンスがあったりと、振り幅と自由度が非常に高く、かなり人気だったらしい。前世のオタ友が夢中になってその魅力を熱弁していた。
私もオタクではあったものの、乙女ゲームには食指が動かなかったから、正確な情報はその友達から聞きかじった断片的なものだけ。
前世に未練が全く無いと言い切ってしまえば嘘になるけど、私は天涯孤独の身の上だったし、将来設計も漠然としたものだったから、終わってしまったものは仕方無いのスタンスで割り切った。
今世は産まれて直ぐ、しかも冬の雨の日に捨てられたもんだから転生して早々凍死しかけて「詰んだ」と思ったけど、捨てる神あれば拾う神あり。運良く通り掛かった男の人に拾われ、そのまま娘として育てて貰えた。
しかも更に運が良いことに、拾ってくれた人――彼は正確には人間では無く妖・化け鴉だった――烏梅さんは私に前世と同じ澪という名前を付けてくれた。生物学的な家族には恵まれなかったけど、実質的な家族には恵まれたから結果オーライ。
そんなこんなで第二の人生をスタートさせた私。新たな家は現世と隠世の狭間にある調剤薬局「仙羽堂」。傷や病気だけでなく、様々な願いを抱えた客がやって来る何とも不思議な薬屋だ。
文字通り現世と隠世の狭間にあるので、やって来る客は千差万別。何の変哲もない人間は勿論、頭に捩れた角を持った異国の紳士に蝶のような透き通った翅を背中に生やした妖精、この間は黒い靄の身体に無数の目玉を蠢かせた最早男か女かも分からない異形も訪れていた。
私が生まれた場所は、日本をモチーフとした大和皇国という国が舞台の和風ファンタジーなバージョン。王道な人間と妖の恋愛が主軸だった。
所謂前世の記憶は赤ん坊の頃から持っていたけど、肉体が生後間もないこともあってか、物心つく五歳位になるまではぼんやりと夢を見ているような状態で過ごしていた。そんな状態でも、拾ってくれた烏梅さんの声と滲み出る無償の愛情、そして規格外の美貌は十分過ぎる程に伝わっていた。
「愛しく可愛い私のよい子」「世界で一番愛しているよ」「お前は私の宝物」「お前の幸せは私の幸せだ」……
私の感想と偏見が入るけど、正直縁もゆかりもない子供相手に此処まで愛を囁けるのも凄いと思う。
腰まで届く艶やかな濡羽色の髪に黒真珠のような輝きを秘めた瞳。筋骨隆々では無いにしろ引き締まった体躯。男性的でありながら優雅で浮世離れしたこの美貌であれば、妻を迎えて本当に血の繋がった子供を持つことも不可能では無い筈なのに。
実際、烏梅さんは昔っから女の人にモテた。そりゃもうビックリするくらいモテた。世が世なら顔と身体だけで食べていけそうな美女に「私みたいなお母さんはどう?」なんて言われた回数は両手両足じゃ足りない。毎回私が何か言う前に、何処からか駆け付けた烏梅さんに手酷く振られてたけど。
「烏梅は本当にお前さんが可愛いんだな」
そう言って笑ったのは、烏梅さんの旧友だという鵺の朧さん。世間一般で語られる猿の頭・虎の四肢・狸の胴体・蛇の尾を持つ化け物ではなく、虎鶫――別名鵺鳥という鳥の妖だ。毛先に褐色と黒が斑に混じった白髪に、深紫と濃紺が混ざった瞳。烏梅さんとはまた違う儚げな風貌の美男子だが、性格自体は愉快で気さくなお兄さんといった感じで、私がよちよち歩きの頃から何かと可愛がってくれている。
「大事にしてくれるのは素直に嬉しいけど、だからって女の人の首を締め上げるのはどうかと……」
「まあ、お前さんを出しに使っても烏梅の関心を得られなかった挙句大衆の目の前で振られたから、その腹いせにお前さんを害そうとしたんだろう?なら、ソイツの自業自得な気がするが」
「流石に限度ってモンがあるでしょ。いざという時は烏梅さんから貰った御守りもあったし、私もそう簡単にやられるつもりは無かったんだから」
「お前さん、変な所で血の気が多いよなあ」
雑談をしながら緑茶と煎餅を摘まんでいると、俄かに店先が騒がしくなった。不思議に思ったのも束の間、ペタペタと水分を含んだ足音と潮の香りが辺りを満たす。
バッと引き戸の方を向くと、数体のアマビエが連なってエッサホイサと海水濡れでぐったりしている幼女を担いで運んで来る光景が目に入った。……え?
「あ!お嬢様!薬師のお嬢様がいらっしゃった!」
「朧様もいらっしゃった!これで大丈夫!」
「いや、あの、ちょっと待って!?その子誰!?何で此処に連れて来たの!?」
「海で浮かんでいたので連れてきました!」
「質問の答えになってないよ!!……って、あれ?」
要領を得ないアマビエ達にツッコミつつ幼女の近くに駆け寄ると、その子が酷く衰弱しているのが分かった。よく観察すると、手足に痙攣も見られた。咄嗟に彼女の額に手を当てると、平熱以上の熱さが伝わる。
不味い。恐らく脱水症状からの熱中症を引き起こしている!それも重度の!
「朧さん!!大至急お氷瑳さんの所でありったけの氷と水を持って来て!!身体を冷やさないと手遅れになる!!」
「え、お、おう!分かった!」
私の突然の指示に驚いた様子を見せながらも、緊急事態だとは理解してくれたようで、店から転がるように飛び出して雪女の氷屋に行ってくれた。
それを横目に見届けて目の前の幼女に向き直り、意識の有無を確認する為肩を軽く叩きながら大声で呼び掛ける。
「もしもし!もしもし!聞こえてる!?」
駄目だ。やはり意識障害を起こしているらしく、言葉にならない喃語のような呻き声しか聞こえない。心配そうに此方を見遣るアマビエ達に烏梅さんへの伝令を頼む。
「私はこの子の容態を見て応急処置しておくから、皆は烏梅さんにこの事を伝えて!」
「え!?」
「で、ですが、私達、烏梅様が何処にいらっしゃるのかは……」
「今日は游憩屋に行くって言ってたから、まだ其処に居る筈!熱中症に効く薬を用意してって言ったら用意してくれるから!」
「わ、分かりました!」
ワタワタと慌てて旅館に向かう姿にほんの少し不安を覚えつつ、急いで応急処置に取り掛かった。
彼女を抱きかかえて住居スペースである二階へ移動し、海水でカピカピし始めた衣服を取り替える。然程体格が変わらないので運ぶのには苦労したが、何とか落とさずに済んで良かった。
着ていた赤いワンピースを脱がせてなるべく素肌を見ないようにしながら軽く身体を拭い、適当に引っ張り出した浴衣を緩く着せる。
朧さんの到着まで彼女を団扇でパタパタと仰いでいると、僅かに瞼が動いた。
「……ぅ……」
「! 意識が……!」
「――澪!!持って来たぞ!!」
「朧さん!良かった、間に合った!」
氷を布に包んで簡易的な氷嚢を作り、太い静脈が流れている首や脇の下、太腿の付け根を重点的に冷やす。朦朧としていた意識が徐々に戻ってきたのか、徐々に顔の赤みも引いてきた。
そのまま処置を続けていると、アマビエ達を連れた烏梅さんが帰って来て、期待通りに薬を処方してくれた。
命に別状は無いとの言葉を聞いて、思わず入っていた力が抜ける。見ず知らずの子供とはいえ、目の前で命を落とされたら遣る瀬無いので。
「それにしても、私が不在ながらよくこんなに正確な処置が出来たね。流石は私の澪だ」
「いや、九割方は烏梅さんの書斎にあった本で得た知識だよ。役に立って良かった」
「お前さん、普段どんな本読んでるんだ……?」
「人体の構造・機能に関わるものや薬に関わるものかな」
何せ今世の実家は調剤薬局なので。前世は理系の大学に通っていたので、勉強してみると中々楽しい。
しかし、見た所この子は大和の人間じゃないよな。着ていた衣服然り、顔立ち然り。よくよく観察すると、将来が期待できる美少女のオーラ。魑魅魍魎が跳梁跋扈してる隠世の海でよく無事だったものだ。
烏梅さんへのメッセンジャーを果たしてくれたアマビエ達によると、この幼女は大和の人間特有の霊力や妖力では無い別の力……外国における魔力と呼ばれるエネルギーを感じたという。それで不審に思って近付いたら衰弱&気絶していたことに気付き、泡を食って治療が出来そうだった此処に連れて来たとのこと。
「幼い人間は病気一つで命を落とす事も珍しくないと海坊主から聞いたので、人間の治療が出来そうな場所が此処しか思いつかなくて……」
治療が一段落した安心からアマビエ達と朧さんが帰り、今後の方向について烏梅さんと話し合っていたら、不意に件の幼女が動く気配がした。目を向けると、起き上がってきょろきょろと辺りを見回している姿。待って、回復早くない?薬処方して数時間も経って無いんだけど。
「……ここどこ?」
「おや、もう起きたのかい」
「えーと……おはよう、で良いか。大丈夫?気分悪くない?」
烏梅さんと私が話し掛けると、幼女は目を大きく見開いた。只でさえ大きい目が零れ落ちそうな程になっている。
それにしても、見れば見る程見目の整った少女である。今世の私が言えた事じゃ無いけど。
髪こそ男子のように短いが、ぱっちりとした大きい藍色の目は長い睫毛に縁取られ、小振りな鼻と薄く淡いピンク色の唇がバランス良く並んでいる。あどけなさを感じさせる愛らしい顔立ちは大人の庇護欲を擽りそうである。天真爛漫、という言葉がぴったりな子供だ。
お互いに自己紹介を済ませ、事情聴取に移る。少女――アティ・ケイヒルと名乗った彼女は、やはりと言うか、うっかりこの隠世に迷い込んでしまったらしい。名前の響きからして前世で言うヨーロッパっぽい子だ。そして話して感じた事といえば。
この子、ゲームの主人公じゃね?
アティって名前を聞いた時から妙な既視感を感じてたものの、彼女の出生を知ってからは、その懸念が確信に変わっていった。
両親は物心つく前に亡くし、軍人である祖父との二人暮らし。その祖父は生ける伝説と謳われる程の実力者。アティ本人も強力な魔力の持ち主。その所為で幼い頃から度々騒動に巻き込まれがち。
これらの断片的なピースから推察するに、彼女は乙女ゲームのヒロインでFA。
前述した通り、この世界の基になったであろうゲームは、最初の選択によって出自やストーリー構成が大きく変わる。前世のオタ友曰く、その選択肢の中には軍人関係者、というものもあった筈。
だが、幾らゲームと酷似していたとしても、この世界は現実だ。今此処に存在するのはキャラクターでは無く、この世界で息衝く生命だ。
原作厨やら世界の強制力やらが存在するかどうかはまだ不明瞭だが、無理して原作ゲームに寄せる必要性は特に感じない。
そもそもの話、私は原作を殆ど履修していないしな!!原作を忠実に再現出来る訳も無し、好き勝手にやったとしても文句を言われる筋合いは無いだろう。
取り敢えず、アティが全快して親元に帰す間に是非とも親睦を深めたい。何せ隠世の住人は見た目十代~二十代前半、或いは三十代でも実年齢三桁四桁が当たり前なのだ。純粋な同世代、それも同性の友達なんて今世で作れるか微妙だった所に降って湧いてきたチャンス!これは活かさないと!
あの衝撃的な出逢いから幾星霜。人生初の同年代・同性の友人となったアティは十八歳、私は十六歳となった。彼女が自分より二歳年上と知った当時はそれなりに驚いたのも一瞬、変わらず友情は続いていた。
彼女に出逢った後も、隠世とは異なる法則で存在する異界で迷子になっていた狼獣人の少年を助けたり、現世に訪れた時にお忍びの貴族令嬢とひょんなことから茶飲み友達になったり、空腹で倒れていた吸血鬼の兄弟に懐かれたりと、人種性別を問わず友人は増えていった。
それぞれの近況報告が手書きの文面からスマートフォンの電子画面に移り変わった頃、アティは孤島に佇む全寮制の学園に入学した。大分曖昧になってはいるが、記憶が正しければそこも乙女ゲームの舞台の一つだった。
前世の二次創作でよく見掛けた原作厨悪女やら電波系ヒロインやらは全くもってお呼びじゃないので、何事もなく彼ら彼女らが健やかかつ平穏に生活して幸せになってほしい。
……そう願ってはいたものの、現実とは時に非常である。
『最近、厄介な女が入ってきた』
そんな知らせが届いたのは、アティが三年生に進級し、狼獣人の少年――同い年のレムルスが入学した数ヵ月後のこと。
レムルスからのメールによると、
・その女は膨大な魔力量によって、子に恵まれなかった貴族の養子として二年生に編入してきた。
・見目は世間一般的に整っている部類に入るが、私には遠く及ばない。
・婚約者・恋人の有無に関わらず、身分の高い男子生徒とばかり交流している。
といった情報が綴られていた。最初と最後らへんは兎も角、途中の容姿の件は要らなかったんじゃないの?
しかし、これは嫌な予感がする。文面からもテンプレの気配がビシビシ伝わってくる。ああいうのは妄想の中だから良い当て馬になってザマァ出来て面白いけど、現実だったら一発アウトだ。相手のモラルを疑う。
その編入生が純粋にこの世界の人間なのか、私と同じ転生者なのかで大まかな脅威度は変わって来るが、どちらにせよ放っておいたら厄介な事になるフラグ。
一度、文化祭か何かのイベントに乗じて敵情視察する必要があるかも。
近日中に開催される部外者入場可の催し物はないかとリサーチを始めて暫くすると、ピロン♪とスマホの着信音が鳴った。
画面を確認すると、『アティ』の文字。何だろうかとタップして開くと、そこにはこう書かれていた。
『来月、学園で学術発表会があるんだけど、良かったら遊びに来ない?その日は一般人も学園に入れるし、ミオに見せたいものが沢山あるの!』
ラッキー!これぞ渡りに船!直ぐ様『勿論行くよ!レムルスにも会いたいし』と返信し、その足で烏梅さんの元へ向かう。
「烏梅さん!来月敵情視察の為学園に行って来るので、その準備で暫く留守にします!
あ、お土産何がいいですか?」
「そうか。気を付けて行っておいで。土産は適当な物で良いよ」
「お嬢の物騒な言葉には何も反応しないんすね、大旦那……」
スパーン!と思い切り障子を開けてこう言い放った私と、それに何時もの調子で返した烏梅さん。このやり取りに遠い目をしたのは烏梅さんとお茶してた大百足の呉廣さん。まんま百足の顔でもはっきり分かる位のアルカイックスマイル。身内の私が言うのも何だけど、烏梅さんの興味が私に極振りしてるのは今に始まった事じゃないでしょ。
「それはそうっすけど、俺としては色々と気になる所があり過ぎるんですよ。何すか、敵情視察って」
「そのまんまだよ。アティやレムルスが通ってる学園に編入生が入って来て治安を乱してるらしくて、解決に協力出来ることを把握しに行くの。
イベント当日に宿を確保するのは厳しいだろうから、前日に現地入りしようと思って」
「相変わらずお前は友達思いだね。もし消したい人間が居たら、誰であろうと私に言いなさい。直ぐに葬ってあげよう」
「有難いけどその解決法は永久に封印しといてほしい。烏梅さんが出張ってきたら洒落にならない」
「欲しい物があったら買ってあげる」みたいなノリで言う台詞じゃないんだわ。味方だとこの上ない程頼もしいけど敵には絶対回したくないタイプの人だよ、烏梅さん。
何はともあれ烏梅さんの許可は貰ったので、一か月後、直ぐ様港にレッツゴー。
大和は貿易大国・観光大国として名を馳せているので、貨物船だけでなく旅客船も種類が豊富。
シャワー付きの個室である特等が使える料金を一括で払ったら受付のお姉さんに凄い驚かれた。まあ、普通の未成年は家族と一緒かつ料金の安い二等の雑魚寝部屋が基本だからね。私は今回の為に隠世と現世の双方で稼いできたから、一人旅程度の金銭は余裕で賄える。
非日常感溢れる船旅を終えた後、目的地の学園に近い品のいいホテルと取ってその日は爆睡。時差ボケは直さないと後々体調不良になっちゃうからね。
数日後、バスに乗り込んで目的地の学園に到着。魔法やら妖精やらが存在する世界だけど、スマホやバスみたいに前世で実在していたツールも発明されている。何とも便利な世界だ。
アティやレムルスが通っている全寮制の学園は数百年と続く名門校。そのネームバリューは絶大で、発表会には生徒の家族以外にも大勢の一般人が見学に来ていた。
ちょっと覗いてみたら治癒の魔石を活用した医療用ロボットとか、結界術を応用した防護ガラスの試作とか、簡易版召喚陣といった各々の研究成果のプレゼンが行われていた。前世の職業体験や企業説明会なんかを彷彿とさせる。大和では滅多に見られない最新鋭の機械類や魔力由来の試作品に胸のトキメキが止まらない。
当初の目的を忘れて楽しんでしまうのはご愛敬。四件目のブースでコンピューターグラフィック的な発表をしていた生徒にあれこれと質問してたら、急に背中がズシッと重くなった。同時に頭上に感じる柔らかな感触。
「ミオ!私が案内するって言ってたのに何で来ないのよ!随分探したんだから!」
「けっ、ケイヒル先輩!?」
「ごめんアティ、故郷では珍しい物ばかりだったから、つい……あ、教えて下さってありがとうございました」
重さの正体は私を迎えに来たアティだった。初めて出逢った十一年前から大きな変化が見られない童顔とショートカットの黒髪はそのままに、肉体の成長は著しい。
制服のブラウス越しでも分かる豊満な双丘に、プリーツスカートに包まれた細腰。すらりと伸びた女性らしい脚線美は否応なしに周囲の目を惹く。不満げに頬を膨らませたあどけない表情が、肉感的な肢体に反した無邪気で愛らしい顔立ちを映えさせる。
質問に答えてくれた生徒さんへのお礼もそこそこに、ご機嫌斜めなアティに引き摺られるようにその場を後にした。一直線に待ち合わせ場所に向かわなかったことは謝るけど、そんなに腕掴まなくたって迷子にはならないってば。
「最近はメールでのやり取りばっかりだったし、久し振りに直接会えると思って楽しみにしてたのに!」
「ホントに悪かったって。あ、そういえば家の近所で人気の和菓子とお茶持って来たんだけど、いる?」
「むっ、お菓子で私を懐柔しようとしてるわね?もう子供じゃないんだから、そう簡単に――」
「前にアティが好きって言ってた桜餡の桜餅と御手洗団子、桜の香りの煎茶なんだけど」
「イートインスペースが近くにあるから其処で食べましょう!」
相変わらず食べ物に対する情熱は健在な模様。先程の不機嫌から一転、満面の笑みで進み出したアティに手を引かれながら共に飲食ブースへ。道中男子生徒にアティ共々滅茶苦茶声を掛けられたけど、全部スルーした。
腰を落ち着け早速桜餅を頬張り破顔するアティを微笑ましい気持ちで眺めてたら、ふっと影が差した。見上げると案の定見知った銀灰色の獣耳と褐色肌の強面が特徴的な偉丈夫。
「敵情視察するって意気込んでたのに、何でケイヒル先輩と菓子食ってんだよ……」
「大和には無い画期的な技術に興奮して待ち合わせに遅れたら捕まっただけであって、敵情視察自体はこの後ちゃんとするよ」
「本当かよ」
呆れ顔で溜め息を吐きつつ、余っていた椅子を引いて当然の如く居座った。彼……レムルスが加わった途端絵面がキャバ嬢を侍らせる太客みたいになったのがちょっと面白い。性格的にあり得ないし、言ったら絶対ブチギレるから心の内に留めておく。
適当に世間話を織り交ぜつつ、改めて例の編入生はどうしてるのかと声を潜めて問い掛ければ、心底不快気に喉を鳴らしながら会員制のサロンで男数名と密会しているだろうとのこと。成程、噂に違わぬ好色だ。養子とはいえ、貴族令嬢としては致命的な醜聞なのに、誰も彼女を諫めないのだろうか。
「……まともな奴は皆苦言を呈してる。それでも『自分はヒロインだから』とか『逆ハーの邪魔をするな』とか訳の分からないことを言って耳を貸さないんだ。
しかも、あの女に骨抜きになってるのがなまじ身分の高い連中ばっかだから、余り強く出れないらしくて」
俺も何度か声を掛けられたと、うんざりした声音で零したレムルスの話を聞いて、思わず私は戦慄した。
それ、二次創作で定番の愛され願望電波ヒロインの台詞!!転生者かどうかはまだグレーゾーンだけど、ヤベェ女には変わりねぇ!!
その女が編入してきてそんなに時間は経ってないのにもう誑し込まれた人間がいるのなら、敵情視察とか悠長な事を言ってる場合じゃない。早いとこ情報を集めて解決に乗り出さないと。
そう思って、レムレスにもっと詳しい話を聞こうと口を開いた。
「――二人共、避けてっ!!」
アティの声が響いた刹那、首筋にチリチリと陽射しに似た熱を感じる。それが悪意の籠った魔力によるものだと気付いた瞬間、即座に椅子を蹴り倒してテーブルから距離を取っていた。直後、私が持って来たお茶菓子諸共テーブルセットがどす黒い魔力球で木っ端微塵にされた光景を目の当たりにして血の気が引く。あっっっぶな!!!
「ミオ!レムルス!二人共無事!?」
「こっちは大丈夫だ!」
「私も!擦り傷一つ無いよ!」
大声で互いの無事が確認できたは良いものの、当然会場は忽ちパニックに陥った。さっきの魔力球の出所が分からないから、尚更だ。それぞれが悲鳴や怒号を上げながら外へ逃げようと走り出していき、危うく人混みに流されそうになる。
「わっ……!と」
「俺の後ろに居ろ。防波堤になるから」
誰かの足が引っ掛かって転びそうになったら、レムルスが抱き留めてさらっと自分の背後に庇ってくれた。背が高いので周囲の状況把握が難しくなっちゃったけど、これは非常に助かる。
お礼を言おうと仰ぎ見ると、只でさえ威圧感バリバリの強面を更に険しくさせたレムルス。鋭い犬歯を剥き出しにして、普段より数段低い唸り声まで鳴らしている。
いつの間にかアティはレムルスの反対側に位置取っていて、私を守るように立ちはだかった。いつもの朗らかさが嘘のように消え、代わりに刺々しい雰囲気を纏っている。
厳戒態勢かつ臨戦態勢。そんな言葉が脳裏を過った。
「ファイアブラスト!」
「ウィンドショット!」
一体何が、と思ったのも束の間。突然二人が杖を振るって魔法を発動させた。同時に此方へ放たれていた魔力球が消失し、魔力の残骸が僅かに降り掛かる。
「やっと見つけたのに……何でその女を守ってるのよ、レムルス。アティ・ケイヒルも悪役令嬢の癖にヒロイン気取りで邪魔してくるし、ホント気に食わない……」
攻撃魔法が二人の魔法で相殺された後、憎悪に濡れた声と共に一人の少女が現れた。金髪緑眼の清楚な容貌の持ち主なのに、浮かぶ表情は悪辣そのもの。アティやレムルスの制服と似た服装だけど、細部に華美な装飾が幾つも施されている。
今の状況と二人の態勢から察するに、彼女が先程の攻撃を放ったのだろう。十中八九、私を害する為に。
「スーライト先輩。アンタ、何しようとしたか、分かってるんですか」
「何って、そこのバグキャラを消そうとしただけでしょ?その女が居た所為でこの世界の前提が崩れちゃったんだから、バグを排除するのは当然のことじゃない」
スーライトと呼ばれた少女の物言いに唖然とする。何言ってんだこの人。様子からして転生者、しかも現実とゲームの区別がついてないタイプか?二次創作の中だけだと思ってたけど、現実にも居たんだ、こういう人……
痛い人にしか思えない物言いにドン引きしている私を余所に、前の二人が一気に殺気立った。
「……頭イカれてんじゃねぇのか、アンタ。黙って聞いてりゃミオがこの世界のバグだと?寝言は寝て言えよ」
「言ってる事は分かんないし理解したくもないけど、貴方を許しちゃいけないってのはハッキリしたわ」
敵愾心も露わに杖を向けて睨み付ける二人の何処が可笑しいのか、スーライトはケタケタと笑っている。一種の狂気すら感じる笑顔のまま手を掲げると、ぶわりと濃密な魔力が辺りに満ちた。
「モブキャラの癖に攻略対象達と仲が良いなんて、許される筈が無いでしょう?
私は選ばれた人間で、この世界のヒロインなんだから。ストーリーの引き立て役にすらならないバグキャラなんて、目障りなのよ!」
本当に何言ってんだこの人。(二回目)この世界はアンタの為の舞台装置じゃないし、生きてる人間にモブも何も無いだろ。白けた視線で見遣る私に気付いたのか、彼女の表情が益々私怨に塗れる。
「何、その目。何で私をそんな目で見てるのよ……!ちょっと美人だからって調子乗ってんじゃないわよ!!モブの癖に!!」
「ミオ、逃げろ!」
可愛らしい筈の顔を憎悪に歪め、大きく振り被ったスーライトが魔力球を投げつける。彼女から目を離さぬまま油断なく杖を構えるレムルスが叫ぶより速く、前に飛び出てポケットに入れていたそれを取り出す。
「雨々、降レ降レ」
至極冷静にワンフレーズ唱えるやいなや、魔力とは異なる気……私の霊力が膨れ上がる。それと同時に、手に持ったてるてる坊主がパスンと可愛らしい音を立てて爆ぜ――一拍置いて大粒の雨が降り出した。
「はっ、そんなショボい魔法で私に敵う訳……!?」
鼻で嗤って優位を確信していた女の顔が驚愕に染まる。放った魔力球が私に届く前にシュウシュウと萎み、最後は空気に溶けるように消えてしまったからだ。次いで、女の身体にも異変が起こる。雨に濡れる範囲が増えるにつれて身体から徐々に力が抜けていき、遂には両足で立つことも出来なくなる。
「な……!?なんで、たてな……!動け……っ!」
「警察が来るまでそこで大人しくしといてね。まあ、私の雨で全身ずぶ濡れになったんじゃ、指一本マトモに動かせないだろうけど」
私のコレは魔法ではなく、大和において儀式と定義される能力だ。効果は至って単純。私が穢れと認識した痕跡や呪術の消去・無効・無力化。この場合、私が穢れとしたのはスーライトの魔力そのもの。魔力というのは霊力と同様身体を巡るものだから、必然的に本体もその影響を受けた。ただそれだけの事。
「っと、ごめんね二人共、勝手に飛び出しちゃって。守ってくれてありがと」
「お、前な!上手くいったから良かったものの、何て無茶を!」
「ホントに大丈夫!?どっか怪我してない!?何か変な呪い受けてない!?」
思い出したようにニコリと笑って二人に礼を述べれば、我に返った様子で畳み掛けて質問を繰り出される。その余りにも必死な様子に失礼ながら笑みが零れてしまう。
「何笑ってんだ!」「本気で心配してるのに!」と怒鳴る二人の声と私の笑い声が響く中、遠くの方から学園の教師らしき人々が向かって来るのが見えた。
「……その後先生方に連行されて、私とレムルスとアティは事情聴取、騒動の主犯となったメアリー・スーライトは違法な魔法薬物や魔法の使用、その他諸々の発覚で即日退学処分。
彼女に誘惑された生徒達は軒並み停学、謹慎だってさ。敵情視察どころか主犯を追い出せたのは嬉しい誤算だったなぁ」
「……出掛けて行った数日で何があったの……?」
「今説明したじゃん」
「内容が濃過ぎて理解が追い付かないのよ……」
「澪が身の程知らずの阿婆擦れを葬ったという話だろう」
「烏梅さん、誤解を招く解釈しないで?」
波乱の巻き起こった学術発表会から丁度一週間。私はいつも通りの日常に戻っていた。実家兼職場である仙羽堂の奥にある居間でパリポリと煎餅を噛み砕きながら、烏梅さんの淹れてくれたお茶を頂く。
因みに、今日のお客さんはご近所で氷屋を営む雪女のお氷瑳さん。アティとのファーストコンタクトの件ではお世話になりました。
「何はともあれ、お前が無事に帰って来れて良かったよ。もし件の阿婆擦れがお前に傷でも付けようものなら、一族郎党祟る手間が掛かるからね」
「烏梅さんが出張る事態にならなくて心底安心したわ」
仮にあの攻撃が当たっていたらと想像するのも恐ろしい。私にとってはなんだかんだで良い保護者だが、その他に関しては良くて放置、最悪半殺しである。これでも昔に比べたらマシになったというのは朧さん談。
人外だから愛情の匙加減が極端なのはまあ良いとして、もう少し寛容になって欲しいと願うのは些か欲張り過ぎだろうか。
「……いっそ命を奪った方がまだ慈悲があるわね……」
「うん?お氷瑳さん、何か言った?」
「……何でもないわ……」
「澪。八つ時中に悪いが茶葉を買ってきてくれないか。今ので最後の物が切れてしまった」
「あ、本当だ。今から行ってくるね」
「頼んだよ」
どうにもならない事を考えても仕方がない。今回の騒動で、私が大切に思う人達が無事に平穏な日々を取り戻したという結果を喜ぼう。
そんな事を考えながら、私は最寄りの茶園へ小走りで向かって行った。
「……氷瑳。澪が居る時にあのゴミ屑に関する事は話すなと言ったろう」
澪が茶葉を買いに席を外し、姿が見えなくなった途端にこれだ。氷瑳は内心嘆息した。
先程までの蜂蜜のように甘く優しい表情は何処へやら、雪女の体温より低いのではないかと錯覚する程に冷たい視線が肌を刺す。
「……お嬢様には聞こえていなかったのだから良いでしょう……それに、お嬢様ももう十六……あまり過保護なのは如何なものかと……」
「あの子に血生臭いものなど見せたくない。あんなゴミ屑、美しく愛しいあの子の目に毒だろう」
自ら地獄に落としておいてどの口が言うのか。
学術発表会の騒動から数日後、退学処分となったメアリー・スーライトが実家に送還される途中に眷属の鴉を使って攫わせ、淀んだ魂を好む魔の森に放り込んだのがこの男だ。
「澪に暴言を吐いて危害を加えようとした」、ただそれだけの事で。
「妥当な罰だろう?あの子の存在そのものを否定したばかりか、己の欲求不満の捌け口にしようとしたのだから。
昔の私だったらさっさと嬲り殺していただろうが、ゴミ屑の血で手は汚したくなかったし、最後の慈悲として命だけは取らないでやろうと思ってな」
「……最後の慈悲、ね……」
(……あの森に魅入られたが最後、魂が永遠に縛られて輪廻にすら還れなくなるのに……)
ほんの少し哀れに思うも、結局はその女の自業自得だ。私欲を満たす為、多くの美男に精神異常をきたす薬と魔法を使い、彼らの約束された輝かしい未来に傷を付けたのは事実。その上、踏んではいけない虎の尾……基、鴉の尾羽を踏んでしまったのだ。
澪に手を出そうとした時点で、この結果は必然だったのかもしれない。
「……そろそろ帰るわ……店番を任せた子と交代する時間だから……」
「もうそんな時間か。どれ、あの子に余計な事を言われては困るし、店先まで送ろうか」
「……結構よ……」
ぴしゃりと取り付く島もなく断って帰って行った氷瑳を見送ると、烏梅は懐からくすんだ蒼色の御守りを取り出した。仄かに清浄な水の霊力――澪の気配を感じるそれを愛おし気に見つめると、そっと表面を撫でる。
「あんなモノに私のよい子が心を砕く暇などあるものか。愛しいあの子を無事に守り育てるのが私の役目。
澪が成人を迎えるまで後四年。それまでは出来る限り汚らわしいものになど触れさせたくなかったが……まあ、あの子の魂を一層輝かせる糧になったのなら、良しとするか」
誰に言うでもなくそう独り言ちると、夕飯の支度をする為に台所へ足を運ぶのだった。
以下、簡単な人物紹介&出せなかった設定。ちょっと下ネタ入るかも。
澪
本作主人公。作中では殆ど描写できなかったが、黒髪焦茶目、色白の大人っぽい美女。
転生した世界のモデルになったゲームについて殆ど知らない為、意図せずちょいちょい原作改変を起こしている。
名前の由来は「身を尽くし」の掛詞である「澪標」。
烏梅
二千年以上生きている化け鴉。原作ゲームでは隠れ攻略対象。攻略難易度は鬼畜。
拾い育てた澪をこの上なく溺愛しており、手放す気は毛頭無い。澪以外には基本塩対応ならぬ塩酸対応。愛が重い。
名前の由来は未熟な梅を使った黒い生薬「烏梅」。
朧
「鵺って元は虎鶫って鳥の別名なんだ~。じゃあ、鴉である烏梅さんの古い知り合いにピッタリじゃね?」って感じで思いついたキャラクター。
澪を異常なまでに溺愛する烏梅に時折ドン引きつつも、温かい目で見守っている。
名前の由来は「朧月」。色彩の儚いイメージに合わせた。
アティ・ケイヒル
実は原作ゲームでは悪役令嬢だった子。多忙な祖父からの愛情を満足に感じられず、「祖父の孫娘」としか見られなかったことで淋しさを紛らわす為色恋に走る……みたいな背景で淫魔染みた少女となっていた。
この世界では純粋にセクシーキュートな女の子。レムルスとは澪という共通の知り合いが居た縁で話す仲。
名前の由来はタイ語の「太陽」と「戦いでの強者」を意味する英単語。
レムルス・ローウェル
結局作中ではフルネームが出なかった狼獣人の少年。原作ゲームでは攻略対象。攻略難易度はそこそこ。
薄っすら作中で表現したつもりだが、実は澪に恋心を抱いている。結婚を前提に付き合いたい。
本人の性格と種族特性もあって、後述の電波女はマジで地雷しかなかった。
名前の由来は「エレムルス」という植物と「若い狼」を意味する英単語。
メアリー・スーライト
テンプレな愛され願望電波女。前世で原作ゲームを滅茶苦茶やり込んでおり、シナリオ通りにゲームを進めてハーレムエンドを達成しようとした。
最後は魔の森に魅入られ、近い内に死ぬことも許されない永遠の箱庭に閉じ込められる。
名前の由来は「メアリー・スー」と「極めて少量の・取るに足らない・侮辱」を意味する英単語。