彼女は空
1.明け方はくもりのち晴れ
夏が終わって秋になったとはいえ、まだ暑い。朝の強い陽射しが路面にギラギラと反射しており、うつむきながら通学路をトボトボと歩く僕の瞳を容赦なく焼こうとしていた。町の中心から外れると、すぐに田畑が広がる長閑な景色が広がり、ヒューと風を切る音がしたかと思えば、いかにも身軽そうなツバメが足元を飛び去っていった。
登校前から疲れてきている僕をよそ目に、重そうな農具を抱えた爺さんとお婆さんが「おはよう」と僕に声を掛けながら横を通り過ぎていく。その後姿に「おはようございます」と返事したが、二人は振り返りもせずに後ろ手を振ってシャキシャキと歩いていった。
学校に続く坂の下。明るい石壁に挟まれた道に到着して、四方八方から乱反射してくる太陽光に僕は眉を顰めた。そんな時、にわかに空が曇り始め、背後から雲の作る影が忍び寄ってくるのが分かった。もやもやとした雲の影が僕を追い越そうとしている。雨が降り始めるかもしれなかった。
僕は走り出した。坂を抜ければ学校はすぐそこだ。雑草が生い茂った広い校庭を横切り、手早く上履きに履き替えると、階段を駆け上がって教室へと向かった。
教室の扉の向こうでは案の定、口論が勃発していた。僕は息を整えてから扉に手を掛け、ゆっくりと開くと中を覗き込んだ。
「みんなでやろうって決めたじゃない」
ハルミが教室の隅に男子二人を追い詰めて鋭い声を浴びせかけている。尖った眼にねめつけられた二人はたじろぐようにしながらも反論を試みていた。
「だって俺たちアメミヤさんとは全然話したことないんだぜ。…あっ。テルキが来た。お前、何とかしてくれよ。お前は俺たちの味方だよな」
責められている様子のタツとコウが、教室に入ってきたばかりの僕を見て助けを求めた。教室の窓から伸びてくる光が視界の端に映った。雲の切れ間から陽が射し込んできているのだ。三人の元へと近づくと、僕を追いかけるようにして陽光の道が広がっていく。ハルミは僕のことを振り返りもしない。目の前の二人から視線をそらさずに、他のことは気にも留めてないといった態度だ。けれど彼女は僕が二人を説得してくれると思っている。
僕は正直なところタツやコウと同じ考えだった。アメミヤさんが転校するからお別れ会がしたい、と学級委員長のハルミが提案して、ババ先生があっさり採用してしまったから、まだ一ヶ月も先だというのに面倒な準備をすることになったのだ。アメミヤさんは三ヶ月ぐらい前に転校してきたばかりだけれど、親の都合でまたすぐに転校することになってしまったらしい。大人しくて引っ込み思案な人だから僕も数えるほどしか話したことがない。だから、どういう感情で見送ったらいいのか分からないし、果たしてそれでアメミヤさんが喜ぶのかどうかも僕には分からなかった。
ハルミの横に立って、タツとコウの二人と向かい合う。僕だって反対派だ、と友達の擁護をしてやりたくもあるが、彼女に期待されているのが分かっていて、それを裏切ることは僕にはできなかった。
「先生が決めた事なんだからちゃんとやろうぜ。それに今年文化祭なかっただろ。ちょっと文化祭みたいでワクワクしないか」
僕が言うとタツは「ああー、確かに」と天井あたりに目線を泳がした。コウも「去年は看板とか作るの楽しかったのにな…」と頷いている。今年は学校の生徒数が減りすぎて文化祭が中止になっていたのだ。だから僕も実際寂しく思っており、本心からの言葉ではあった。僕が言葉を重ねると、タツとコウの態度も徐々に軟化してきた。
「…うーん。わかったよ。まあ、手伝うけどさ、寄せ書きとか言われても、特に書く事ないぜ」
タツの言葉で晴れかけていた空に薄く雲がかかるのを感じて、もう少し柔らかい言い方をしてくれよ、と僕は心の中で願ったが、そんな時、教室の扉が開いてアメミヤさんが入ってきた。すると僕らは突然他人になったようにスッと離れてそれぞれの席に着いていく。あくまで本人には内緒で進めているサプライズ計画だ。僕に言われたくはないだろうが、デリカシーのないタツとコウもその辺りのことはきちんと配慮できるらしい。
今日の授業が終わって先生が教室から出ていく。教室にいるみんなはそれとなく授業が終わった開放感をのんびり享受しているふりをしながら、アメミヤさんが帰るのを待っていた。アメミヤさんはいつも授業が終わると真っ先に帰ってしまう。その後で、お別れ会の具体的な計画を話し合う予定なのだ。
足早に教室を出て行こうとするアメミヤさんの背中に、ハルミが「バイバイ」と声を掛けると、控えめな「さようなら」が返ってきた。教室の窓からアメミヤさんが校庭を横切るのを見送ると、みんなで黒板の前に集合して、ああでもないこうでもないと話し合いを始めた。
日時は初めから決まっている。アメミヤさんの最後の登校日だ。その日の最後の授業は体育で、男女で別れて行うことになっている。アメミヤさんが女子のグループで授業を受けている間に、こっそり男子全員で教室を飾り立てる。そして、女子たちに連れられて戻ってきたアメミヤさんを迎える手筈だ。このあたりのことは既に先生に相談してある。
決めなければならないのは、お別れの歌を何の曲にするか。寄せ書きをどういったものにするか。みんなでどの程度の費用を出し合って、飾りとお別れのプレゼントにどんなものを買うか。など、子供だけで決めるのは中々大変なものばかりだった。担任のババ先生は生徒の自主性に任せると普段から豪語しており、かなりの放任主義だから頼りにできない。そんな先生だからこそなのか、学級委員長のハルミが驚くほどテキパキと要領よく話し合いを進めていく。
ハルミが冷静にまとめてくれるので、みんなは安心して雑多な意見を好き放題に投げ合う。僕は窓際という席の所為で、どうやっても窓の向こう側にある空の気配を感じざるを得ない。そしてその様子が目まぐるしく変化をしていることが気になってしょうがなかった。大きな雲の影がいくつもの欠片に千切れて陽の光を遮るべくその元へと攻め込み、ビュウと風に吹かれてどかされていく。一瞬雨が降り出しそうな気配もあったが、あと一歩で踏み止まっていた。僕が一人でやきもきしている間に、
「はい。じゃあこれで決まりです。私が先生に確認を取って、問題なければ後日みんなの代表として必要なものを買いに行きます。歌と演奏の練習は各自で行ってください。あとは来週また集まって決めましょう。分からないことがある人はいますか?」
と、ハルミが手際よく黒板にまとめ上げたみんなの意見を指し示した。質問の声はなく、そのままこの日は解散となった。僕もさっさと帰宅しようと教室を出ようとしたが、席を立って扉の方へ足を踏み出すと、ハルミに「テルキ。ちょっといい?」と腕を引っ張られた。
「なんで飾りの材料の下見に付き合わなくちゃいけないんだよ」
道路のでこぼこを眺めながら愚痴をこぼすと、
「帰り道にお店があるんだからいいじゃない。方向も同じだし。実際にお店に行かないとちゃんとした値段が分からないし、一人で予算を全部決めちゃうより、二人でやったほうがいいでしょ」
と、そっけなく言われる。
なんとなく同じ時間、同じ道を歩くことはあったが、ハルミとこうして肩を並べて下校するのはすごく久し振りだ。そう思っていたら、向こうから「一緒に帰るの久し振りだね」と言ってきた。彼女の長い髪が突然吹いてきた風に揺られて、踊るように跳ね回った。それを抑えながら彼女がこちらを振り向くと、不愛想な顔に浮かぶ瞳が何か言いたげに揺れていた。細かな雲に小さく切り刻まれた夕日が僕らの足元でゆらゆらとざわめいた。僕は思わず身構えて、視線をそらしてしまった。
「また、空、見に来ないの?」
「どう、かな。なんでそんなこと聞くんだ」
「だって最近、下ばっかり見て歩いてない?」
僕は今更取り繕うようにしてそばに建つ家の塀辺りに視線をやった。彼女は訝し気に僕の様子をしばらく眺めていたが、やがてプイと顔をそらして目的の店の方へと歩き出した。心なしか暗くなってきた道を、もうすぐ夜だからだと考えながら、僕は彼女の後を追いかけた。
昔は神社のある山に登って空ばかり見ていた。山の頂上にある木の上では、空は手が届きそうなほど近くにあった。僕が空を見つめると、空も僕を見つめ返しているように思えた。流れる雲を眺めては、明日はどんな空になるのだろうかと想像して遊んだりしていた。神社の神主さんはハルミのお父さんなので、ハルミともよく遊んだ。彼女は山の中に落ちているキラキラ光るガラスみたいな石を集めるのが大好きで、器用に二人で集めたものを組み合わせて腕輪を作ったりしていた。けれど、成長するにつれ僕は彼女と遊ぶのを止めてしまった。
あの時のことは今でも覚えている。神社の鳥居あたりで二人で遠い夕日を眺めていた。彼女が振り返り、僕に笑いかけた。彼女の横顔が茜色に染まり、その頬は濡れたように輝いていた。彼女の体を通り抜けて大きく広がる空が見えた。その瞬間、僕は突然気がついた。天啓がひらめいたように理解したのだ。
ハルミは空だ。彼女が悲しい時は雨が降り、怒りは雷となって現れた。悩みや戸惑いは雲となって空を覆い、心の機微は風となって雲を動かした。嬉しかったり、楽しかったり、健やかでいれば太陽の光が射し込んできた。この町の空は彼女の心を映す鏡になっている。これは彼女自身も気がついていない、僕だけが知っている秘密だ。
僕は空ばかり見ていたし、彼女といつも一緒だった。彼女は昔から不愛想ではあったが、ハッキリとものを言う性格で、子供らしい素直さがあったので、その感情は今よりずっと分かり易かった。だから気がついたのかもしれない。彼女が空であることに。その時は幼く、小さな事実を積み上げて確信に至ったものの、そういうこともあるのだと無知ゆえの理解があった。だけれど、成長してそれが非常に不思議なことなのだと気づいてしまった時、僕は激しく狼狽えた。彼女の心を無断で覗き込んでしまっていた事実に恥じ入り、彼女の顔さえまともに見れないようになった。それから僕は空を見るのをやめた。
目をそらしても広大な空はその存在をあらゆる方法で誇示してくるが、できうる限り見てなるものかと思った。そして自分勝手な贖罪行為として、彼女に絶対に嘘をつかないと決心した。けれど嘘をつかないのと秘密を持たないのは似て非なるものだ。彼女が空であることを本人に告げることはできなかった。それをしてしまった時、僕に振り下ろされる断罪の刃を想像するだけで耐えられなかった。本当なら彼女同様に本心をさらけ出すべきなのに、こうやって逃げ道を用意しておく自分の卑怯さには腹立たしいばかりだった。
「山奥は危ないって注意されてるだろ。実際、僕らは危ない目に遭ったしさ」
僕は小走りにハルミに追いつくと、今思いついた言い訳を並べた。注意されているのも、危ない目に遭ったのも本当であり、決してこの言葉に嘘はない。
「あの後も隠れてたまに登ってたくせに。それに神社あたりまでなら大丈夫でしょ。あそこからでも空は良く見えるよ」
彼女は軽い調子で言葉を連ねたが、うねるような風が雲の影を集め始めており、拗ねているような雰囲気があった。
「神社は…、ほら僕、ハルミのお父さんに嫌われてるから…」
そう言うと、彼女は戸惑ったように言葉に詰まって、「そうだね」と言ったきり黙ってしまった。夕日で茜色に染まった分厚い雲がいくつも流れていくと、僕らの影がゆっくりと細く長く伸びていった。
僕らが雑貨店に入ると店番をしていたお姉さんが「ハルちゃん。テルくん。いらっしゃい」とニコニコと笑顔を向けた。小さな町なので大抵の人は顔見知りだ。「お久しぶりです」「どうも」とカウンターの前に進み出ると、事情を説明しておススメのものを見せてもらった。これなら僕は来なくてもよかったじゃないかとハルミの横で考えていると、彼女は何かとどっちの色がいいだの、質感や形がどうだのと僕に選ばせてきた。僕が素直に答えていると、大体が僕の選んだ方で決まってしまって、大丈夫なのだろうかと不安になってしまった。
合計いくらぐらいの予算が必要かお姉さんに教えてもらうと店を出た。空はいつの間にか澄みきっており、遠くの空を染める夕焼けが地平線の中に呑み込まれようとしていた。彼女は相変わらずの不愛想ぶりだが、見た目ほど不機嫌ではないらしかった。空に散らばっていた雲が落とす影は今はどこかに行ってしまって、数えるほどしかなくなっている。こうして雲が霧散して彼女の心が晴れたのだと知ると、僕は勝手に少しだけ罪を償ったような気になっている。
「帰ろっか」
ハルミが言って僕の手を引く。
「今日はありがとね」
お礼を言われる。けれど、僕は考えてしまう。僕の気遣いは彼女の心を盗み見た上で成り立っているんじゃないだろうか。それならば、そこに投げかけられる感謝は砂上の楼閣に虚しく響く、そよ風に過ぎないのではないか。
澄み渡った空に、月が星々を引き連れて昇り始める。「ほら。秋の大四辺形が良く見える。宝石みたい」と彼女が指差して僅かに弾んだ声を漏らした。けれど、僕は彼女の後ろで小さな街灯に照らされたアスファルトばかりを見つめていた。そうして家に帰るまで、僕の心はいつまでもモヤモヤとした気持ちで覆われ続けていた。
2.昼前には所により激しい雨が降ります、外出される方は傘をお持ちください
「わあ」
アメミヤさんは驚いたというより、少し怖がっているように、開けた教室の扉から数歩後ずさった。そして周りを囲む女子たちに手を引かれて恐る恐る教室に入って来る。
男子総出で頑張った甲斐があって、教室の中は非常に華やかだ。準備していた飾りが所狭しと取り付けられ、黒板にはでかでかとアメミヤさんを送る言葉が書かれている。この一ヶ月、ともすればぶつかりそうになる学級委員長のハルミと男子たちの仲裁に奔走していた僕は、こうやって形になったものを見て感慨深い気持ちになっていた。初めは不満たらたらだったタツやコウもなんだか神妙な顔をしている。そんなみんなの様子をババ先生が教室の隅に座っていつもの緩んだ表情で見守ってくれていた。
戸惑うアメミヤさんを中央の椅子に座らせて、ハルミが代表してお別れ会をやりたいということを伝えると、アメミヤさんは小さな体を更に縮こまらせて、小動物のようにみんなの顔を見まわしながら、遠慮がちに頷いた。
それからみんなでお別れの曲の演奏と歌、寄せ書きの贈呈、最後にこの町の名産である船菓子がプレゼントされた。プレゼントを何にするかについてはみんなの間でかなり意見が割れたけれど、この町らしいものがいいというのと、食べてなくなってしまう物の方が、また来たいと思ってもらえるから、という理由で結局お菓子になった。船菓子は単に船の形をしてるだけの焼き菓子だけれど、中に粒あんがたっぷりと詰め込まれていて、すごくおいしい。
アメミヤさんは船菓子を知らなかった。あまり町を出歩いたりしなかったらしい。みんなに薦められて一つ口にすると「おいしい」と花が咲いたような笑顔をふりまいた。アメミヤさんが「このバッテンはどういう意味なの?」と船菓子につけられた焼印を指差して尋ねたが、誰も由来を知らなかった。細い棒が交差しているものと、矢印のような棒が交差している二種類の焼印を見たことがあるが、なにを表しているのかは僕も知らなかった。それから「なんで船なの?」とも聞かれたが、これまた誰も分からなかった。「この町に海なんてないのにね」とコウが言うと「確かに」「不思議」と声が上がって、結局謎は謎のまま別の話題に流れて行った。
予定していたものが全て終わってもまだ時間に余裕があったので、残った時間でアメミヤさんを囲んでみんなでお話をした。アメミヤさんが今まで行った町や学校の話、これから行く町の話、アメミヤさんのご両親のことや、アメミヤさん自身のことなど、話題は尽きなかった。
そうしていると朝から曇りがちだった空からぽつりぽつりと雨が降り出した。僕は空の様子に引っ張られるようにして、なんだかとても寂しく、悲しい気分になってきていた。
僕らはアメミヤさんのことを全然知らなかった。お父さんは工場管理の仕事で、各地に工場を持つ食品会社に勤めているらしい。今回はもっとこの町にいるはずだったけれど、急に別の工場に呼び出されて、町を去ることになったのだという。お母さんはデザイナーで、図案を描く仕事はパソコンがあればできるから、お父さんの転勤に着いてきても問題ないということだった。僕もハルミも、教室にいるみんなが初めて聞く話に興味津々といった様子で、矢継ぎ早に質問が飛び交った。
雨が強くなってきた。アメミヤさんのことは大人しい人だと思っていたけれど、話してみると意外と愉快な人だった。スッと冗談を言ったりするし、本当は人懐っこい性格なんだろうと思う。タツなんかは今になって急にアメミヤさんに惹かれだしたらしく、転校しても文通しようなどと提案している始末だった。
ハルミがそろそろ時間だからと言うと、みんな名残惜しそうに教室の壁に掛けられた時計を見上げて、なんだか感慨深い表情をしていた。アメミヤさんは嬉しそうに微笑みながら、涙を頬に伝わせた。つられて数人が涙を流し、鼻をすすったりした。ハルミは毅然とした表情をしており、アメミヤさんときちんと見送ろうという気概が感じられた。けれど空から落ちる雨粒はあまりにも大きく、激しくなっている。
「すごい雨。ちゃんと帰れる?」
コウが教室の窓から外を見て言うと、アメミヤさんは、
「わたし名前に雨が入ってるから、雨女なの。だからこんなに降っちゃったのかも」
と、言い出して、みんなの顔がほころんだ。
「オレが送ってくよ。置き傘あるしさ」
タツが言い出して、それに数人が同調すると、アメミヤさんは親衛隊を引き連れたような状態で、激しい雨のなか手を振って帰っていった。
教室に残った数人が「傘持ってきてない」「どうしよう」などと言いながら外を眺めていた。ババ先生はハルミに片付けが終わったら報告に来るように言い残して、職員室へと戻っていった。男子が飾り付けを担当していたので、片付けは女子の役割だ。僕はもう帰ってもいいのだが、なんだかハルミの様子が気になってしまって、まだ用事があるようなふりをして、自分の席に座って鞄の中をかき混ぜていた。
ハルミの表情は心持ち明るい。他の女子たちに手際よく指示して、役割分担しながらあっという間に教室をいつもの姿に戻してしまった。飾りに使われていた色紙の匂いもすっかり箱の中に収められて、今はもう一塊の紙ゴミになってしまっている。
自分の担当が終わった人からぽつぽつと帰り始める。外では横なぎの風が吹き、窓にいくつもの雨粒が叩き付けられていた。片付け終わった物を詰めた箱の中を覗き込み、真剣に何かを確認していたハルミは、グッと背伸びをして立ち上がった。そして、僕が残っていることに今更気が付いたらしく、驚いたような視線を向けた。
「テルキ。まだいたの。…傘忘れたの? 貸してあげようか?」
「…折り畳みがあるから」
僕は正直に答えた。いつ雨が降っても、どこにでも行けるように僕は折り畳み傘を常に持ち歩くようにしている。
「暇ならコレ運ぶの手伝って」
言われて目を向けると、きらびやかな飾りの成れの果てが二つの大きな箱と、一つの小さな箱にキチンと収められていた。僕は無言で了承して、片方の大きな箱に小さな箱を乗せて持ち上げた。心なしか雨の勢いが弱まった気がして、僕はまた心の奥で複雑な感情をかきたてられていた。
「どこに運んだらいい」と聞くと「ババ先生のところ」とのことだった。つまり職員室だ。
二人並んで職員室に入ると、ババ先生が「はい、はい。お疲れさま」と言って僕らを労うと「そこに置いておいて」とペンで足元を指し示した。箱を置いてそのまま出て行こうとする僕の横で、ハルミが小さい方の箱を持ち上げて、ババ先生に「これもらってもいいですか?」と聞いていた。ババ先生は「んん?」と眼鏡を持ち上げて中身を覗き込んでいたが、「いいよ」と言うと、すぐに机の上にある書類と向き直った。
職員室を出るとハルミは小さな箱を差し出して「これ」と蓋を開けた。その中には飾りに使っていた小さなガラス玉がたくさん入っている。彼女は少しだけ声を潜めて、ささやかな秘密を告白するように「学級委員長の特権。いいでしょ?」と囁いた。窓の外で木の枝が揺れてバサバサと音を立てた。彼女は僕の言葉を待っているようだった。捨てる予定のものとはいえ、みんなで買った物を独り占めしてしまう後ろめたさがあるのかもしれない。ハルミらしい生真面目さだけれど、遠慮など必要なさそうに僕には思えた。
「頑張ってたから別にいいんじゃない。どうせ捨てるものだし」
僕の返答を聞くと、彼女は「だよね」と言ってさっさと小箱の蓋を閉めると、教室に戻っていった。実際まとめ役として奮闘していた彼女を見ていて、そんなことを咎める人はいないだろう。
雨の勢いは風と共にまた強くなり始めていた。僕は下校準備をするハルミと歩調を合わせて、一緒に下駄箱に向かった。お互い何も言わないが、並んで校庭を横切る。家のある方角が一緒なので、そのまま自然と同じ道を歩くことになる。
僕はうつむきがちに歩きながら、傘の縁からチョロチョロと小さな流れとなって零れ落ちる雨が気になっていた。水飛沫が靴や鞄にかからないように注意しながら、
「アメミヤさん嬉しそうだったね」
と、おもむろに切り出した。
「あんなに喜んでもらえてこっちまで嬉しくなっちゃった」
ハルミは明るく言いながら、バシャバシャと水溜りを蹴散らしながら僕の少し前を歩いていた。少し進むと、アメミヤさんのお父さんが勤めていたという工場が見えてきた。
「あそこの工場でアメミヤさんのお父さんが働いてたんだってね。毎日前を通るのに知らなかった」
「ほんと」
「お母さんデザイナーだって、すごいよなあ」
「面白い話が聞けたね」
そう言えばハルミは「デザイナーってどんな仕事なの」とアメミヤさんに聞いていた気がする。ガラス玉を何に使うのだろうと思っていたが、未だに腕輪なんかを作っていて、興味を惹かれたのかもしれない。
「タツがもっと早く話せばよかったってすごく後悔しててさ、でも最後に仲良くなれてよかったって言ってたよ」
僕は妙に多弁になっているのを自覚していた。雨が止む気配すらない理由が分からないまま、とにかく彼女を慰めようと言葉を重ねたが、それは激しく落ちる雨粒となって返ってきた。
「そう。ほんとによかった」
彼女は本当に嬉しそうな様子であったが、それでも雨が弱まることはなく、むしろ強まったような気配すら感じられた。
「僕も楽しかったよ。準備したりするのもさ。お別れ会を提案してくれてありがとう」
「うまくいったのは、みんなのおかげだよ」
彼女の態度は変わらない。アメミヤさんを送り出せて、喜んでもらえて、心底嬉しいといった様子だ。仄かな寂しさは漂うが、この降りしきる雨ほどに悲しんでいるような素振りは微塵もない。
「ハルミはアメミヤさんと一番仲良かったよな」
「そう、かも、しれないね。でも学級委員長としてお話してただけだから。…だから、ほんとにお別れ会できてよかった」
明るく話すハルミの声をかき消すように、会話が難しいほどの雨が降り注いで、僕らはそれきり黙り込んでしまった。僕の心には激しい後悔が渦巻いていた。僕は今この瞬間、僕の言葉がはっきりと彼女を傷つけたことを理解した。アメミヤさんが誰とも仲良くなかったことなんて知っていたのに、なぜそんなことを口走ってしまったのか自分でも分からなかった。アメミヤさんが転校してきてすぐに、またどこかに行ってしまうことが知らされていたから、みんなどことなく距離を測りかねていた。僕も同じだ。それにほとんどの人が顔見知りのこの小さな町で育った僕らには、そこに飛び込んできた異物を受け入れる時間も必要だったのだ。
僕の家と彼女の家に続く道の分岐点に来ると、僕らは軽く手を振って別れた。
その日、おそらく彼女が眠ってしまうまで、雨が止むことはなかった。僕の心は無数の雨粒の弾丸で撃ち貫かれたように痛み、夜のずっと遅い時間になって、やっと眠りに落ちることができた。
3.夕方には雨が止み、晴れた空に虹が出るでしょう
お別れ会の次の日になると、もうほとんどの生徒がすっぱりと気持ちを切り替えたかのように以前とまるで変わらない日常に戻っていた。ほんの数名ほどは別れの寂しさを引きずっているようだったが、それも数日が経つと元通りになった。
空はしばらくの間はぐずっていたが、やがて強い風が吹いてきて雨雲をゆっくりとどかしていった。最近は薄く広い雲の影が風に流されつつ、あちこちで晴れ間が覗いている。
僕はあれからタツとコウの二人とつるんで放課後遊び回っていた。ハルミと顔を合わせ難くて、友達と遊びに行くという口実を作って無理やりにでも自分を学校から引き剥がしていたのだ。
三人でまず向かうのはコウの家だ。コウの家は駄菓子屋で、コウのお母さんが切り盛りしている。コウのお母さんはしっかり者なので、例え息子の友達であってもおまけしてくれたりすることはない。ただし常連さんサービスはあって、あたりが出たときには少しだけ多めにお菓子をくれることがある。
適当なお菓子を買うと、僕らは田んぼのそばにある木でできた小さな休憩所のベンチに座って、思い思いに食べ始めた。そうしてぼんやりと遠くの木陰を眺めている時間がなんとも心地よかった。僕はグミ、タツはチョコのバー、コウはスナック菓子を手に、無心で口に放り込んでいた。そんな時、
「あの、ちょっといいですか」
と、声を掛けられて、全員が一斉に声がした方へと視線を向けた。逆光に照らされながら、人影がぬるりと出てきて馬鹿丁寧にお辞儀をした。それは巨大なリュックを背負ったお爺さんだった。髪は白く透き通って、眉毛は古木にまとわりついたツタのように垂れ落ちていた。明らかにこの町の人ではない。作業服のような恰好は何かの調査員といった風であった。
「なんですか?」
警戒心を滲ませながらコウが聞くと、お爺さんは僕らの前まで移動して、
「君たちはこの町の子でしょうか?」
と、言いながら、小さな眼鏡の奥にある、皺に埋もれた細い目を動かしてそれぞれの顔を順番に眺めた。なんだか既視感のある顔だ。教科書で見たような気がする。そう、遮光器土偶に似ている。
「そうだよ。おじいちゃんどうしたの」
タツが気軽に答えると、お爺さんの顔中の皺がにっこりとした笑顔を形作り、丁寧に名刺が差し出された。僕らは大人のように扱われることに戸惑って、肩をぎゅっと寄せながらそれを受け取った。名刺によるとお爺さんはヤナヅカさんと言って、難しい名前の大学の民俗学者であるらしかった。タツが「みんぞくがくしゃ、ってなに?」とぽかんと口を開けて聞くと、ヤナヅカさんは「みんながどんな生活をしているのか調べる人なんですよ」と丁寧に教えてくれた。僕らが分からないながらに、なんだか賢そうだと思って感心していると、ヤナヅカさんは、
「この辺りに神社はありませんか」
と、尋ねてきた。僕らは顔を見合わせたが、多分全員が同じ神社を思い浮かべていた。この辺りで神社といえば山の上にあるハルミのお父さんが神主をしている神社しかない。しかし、この得体のしれない人物に友達の家のことを簡単に教えてしまっていいものかと、僕は逡巡していた。けれど、タツはそんな僕の気など知らずに堂々と「ハルミんとこじゃないの」と言い放った。コウも僕と同じくこの見知らぬ人物を値踏みしていたらしく、その瞬間「あっ」という表情を浮かべた。
「それはどこでしょうか」
タツは全く疑うことを知らないように、山の方を指差して詳しい場所を教えた。そんなタツを見て、僕は心の中で反省していた。ふとアメミヤさんのことを思い出していたのだ。町の外から来た人だからと言って必要以上に距離をとってしまうのは良くないことだ。
ヤナヅカさんがタツに大げさにお礼をすると、タツは照れたように頭を掻いた。そうしてヤナヅカさんは手帳を取り出して熱心にペンを走らせ始めた。
「そこに祀られている神様のお名前は分かりますか」
「みんなヒテン様って呼んでます」
僕が答えると、ヤナヅカさんに、
「ヒテンというのは”飛ぶ”の”飛”と”天空”の”天”ですか?」
と、尋ねられて僕は思いがけぬ質問に対して、言葉に詰まってしまった。
「えっ? 多分、そうかも? いや、ちょっと分かりません」
「それは”ニギハヤヒ”とお呼ばれしていることはありませんか」
聞きなれない言葉に僕ら三人は三様に首をかしげて、コウが「何ですかそれ」と聞き返した。するとヤナヅカさんは「お空の神様のお名前なんですよ。聞いたことはありませんか、”ニ・ギ・ハ・ヤ・ヒ”です」とゆっくりと確認するように言いながら三人を見たが、僕らはプルプルと首を真横に振ることしかできなかった。
僕は思わぬ話に動揺していた。神社には立て札や石碑と言ったものが一切ない。神様のことも口伝で聞くのみだ。だから「ヒテン様」なんていうのも意味のある言葉ではなく「タナカさん」とか「サトウさん」みたいな名前だとしか思ったことがなかった。ハルミが空であるのは何故なのか、今まで何度も考えたけれどまるで理解の及ばないことのように思っていた。飛天様。空の神。空に映る彼女の心。何か関係があるのかと考えたけれど、とっかかりの少なすぎる薄ぼんやりとした思考はすぐにかき消えてしまった。
それからヤナヅカさんはこの町の生活が他の町の生活と比較してどんな様子なのかというのを、面白おかしく話してくれた。ヤナヅカさんの話は縦横無尽で、僕らは興味をかきたてられて目を輝かせながら青空の下で講義を受けた。気づけば僕らも名乗って、色々な話をヤナヅカさんにしていた。そうしているうちに、あっという間に時間が過ぎていたのだった。
空が暗くなる前に、ヤナヅカさんは深々とお辞儀をして神社のある山の方へ向かって歩いていった。リュックで膨れ上がったその後姿を見送った僕らは、宇宙人にでも会った気分になって顔を見合わせた。
次の日、ヤナヅカさんのことがどうにも気になっていた僕は、いつも登校する時間より大分早くに家を出ていた。山の麓、神社に続く石階段の辺りを通りかかって、ふっとその上に目を向けると、丁度ヤナヅカさんが石段を降りてくるところだった。しかもその隣にはハルミが付き添っている。
まだ大分距離があるというのに、ヤナヅカさんは僕のことを目聡く見つけて、手を振りながら「おはようございます」と大声で挨拶をした。ハルミはヤナヅカさんが誰に話しかけているのか分かっていない様子で、眉を顰めながらこちらの方にフワフワと視線を漂わせている。僕はそのまま大声で話しかけられても困ると思って、二人の元へと駆け寄った。
「おはようございます」
「ええ。おはようございます。いい天気ですね。ああ、昨日は本当にありがとうございました」
昨日と変わらぬ丁寧な物腰でヤナヅカさんが挨拶すると、ハルミも「おはよう」と言ったので、僕も顔をちらと向けて「おはよう」と返した。その時、木陰になっていた石段の上にハルミのお父さんがいることに気がついて、僕はしまったと思った。鋭い眼光が僕を射竦める。
ヤナヅカさんが嬉しそうに神社のことを喋り出そうとしたので、僕は逃げるように「もう学校にいかないといけないので」と言ってその場を離れた。ハルミも僕に同調すると、ヤナヅカさんは「ご案内ありがとうございました」と彼女にお礼を言って手を振った。
少し離れて振り返ると、ハルミのお父さんはヤナヅカさんと、さも親し気に話し込んでいる。そこには僕に向けられるようなトゲトゲしさは微塵もなかった。僕が肝を冷やしてふうと息を吐いていると、距離を取って歩いていたハルミが小走りに近づいてきた。お父さんが見ている手前、僕とは離れていたのだろう。昔、僕に連れられて山に登って大怪我をしたから、一緒に遊ばないようにと厳命されているらしいのだ。
「テルキってヤナヅカさんと知り合いだったの?」
と、聞かれたので、昨日のやり取りのことを話す。すると「ふーん」と彼女はそっけない吐息を漏らした。今度は逆に僕が質問する番であった。
「神社を案内してたのか」
「昨日、遅くに家に来て神社を見たいって言ってたんだけど、もう夜だから明日にしたらってお父さんが泊めてあげたの。それで、お父さん朝ものすごく早いでしょ。ヤナヅカさんが起きたらもう神社に行っちゃってたから、私が案内してあげたの」
僕は「ふーん」と先程の彼女と同じような返事をした。
「ほら見て」
差し出された腕を見る。彼女の左手には見たこともない綺麗な細工の木の腕輪がはめられていた。二匹の魚の彫り物の間に美しい糸が通してあって、魚座を彷彿とさせる飾りだ。そしてもう一つ、昔、僕らが山で遊んでいた時に作っていたガラスみたいな小石で作った腕輪もはめられていた。陽の光が眩しく射して来て小石の腕輪を意味ありげにキラキラと輝かせた。僕は二重にはめられた腕輪の小石の方に目を吸い寄せられながらも、あくまで木の方について「どうしたんだ、それ」と聞いた。
「ヤナヅカさんに貰ったの。隣町に伝統工芸の工房があって職人さんが作ってるんだって」
たくさんの色鮮やかな落葉を孕んだ強い風が吹き抜けて行って、彼女の髪を巻き上げる。その風はついでに彼女自体をも吹き飛ばして、どこかに連れていってしまいそうに僕には思えた。
「見に行ってみたいな」
「やめときなよ」
僕が言うとたちまち大きな雲の影が近づいてくるのが分かった。風は相変わらず力強くて、僕らの間をビュウビュウと音を立てて通り抜けていく。
「お父さんみたいなこと言うんだね。言い方もそっくり」
彼女は声色を変えずに、若干冗談めかしたように言った。
「だってハルミ。…電車ダメじゃん」
僕が言葉を選ぼうとして、結局選び損ねると、細かな雲の影が次々にやって来ては風に吹き流されていった。それはまるで雲と風が戦っているかのようであった。
「じゃあ歩いて行く」
「無理だよ。山道は。毎年、遭難者が出てるって聞くだろ。かと言ってトンネルを歩いたりしたら轢かれちゃうだろうし」
この町は閉じている。周りは険しい山に囲まれ、唯一、外に通じるのは山を抜けるトンネルを通る電車だけだ。だがハルミはそれには乗れない。いや、乗ることはできる。けれど町から離れると体調を大きく崩してしまうのだ。
「もう大丈夫かもしれないじゃない。車は大丈夫なのに、なんで電車はダメなんだろ」
彼女は不思議そうに不満を零した。彼女は乗り物酔いだと思っている。僕もそうならいいと思っている。けれど違うのかもしれないと考えずにはいられなかった。彼女が初めて電車に乗った時、僕もその場にいた。けれどその様子はとても普通の乗り物酔いだなんて思えなかったのだ。
それは数年前の学校の行事で、僕も一緒だった。ほとんど全員が町から出るのは初めてで、切符すら物珍しかった。地面に雲の影一つなくて、爽やかな風が吹く日だったのを覚えている。電車が走り出してトンネルの中に入ると、みんな暗闇のなかだというのに電車の窓に張りついて、その先にある明るい出口を思い描いていた。僕は一人席に座ってそんな様子をうらやましく見ていた。彼らは町の外にある自らの夢を口々に語り合っていた。タツは野球選手になりたいと言っていた。コウは経営を勉強できる学校へと行きたいと言っていた。他にも様々な夢が飛び交っていた。けれど僕には夢がなく、その輪のなかに入れなかった。それがすごく寂しかったのを漠然と覚えている。
トンネルを抜けると眩い光が僕らを照らし出した。町の外の空にまで彼女の心が映るのかは分からなかったが、天気予報の全国の天気を見る限りはそんなことはないように思えた。けれど、この時の澄み切った空は彼女の心とも一致していたように思う。しかし、隣町に着こうという時になって彼女の顔色はみるみる悪くなって、バタリと倒れてしまったのだった。周りの友人が背中をさすったり、席を空けて横にしたりしていたが、一向に容態は良くならないどころか、電車が停車した頃には身動きすら難しいといった状態であった。
駅でしばらく休んでもどうにもならなかったので、彼女は引率の先生の一人に連れられてすぐに帰りの電車に乗って町に戻っていった。後で聞いた話によると、町に着くころにはケロッと治ってしまったらしい。彼女はもう一度隣町に行きたがったが、大事を取って家に帰された。その時は単なる体調不良か乗り物酔いで片付けられた。
その後、一人隣町に行けなかった彼女は小さな旅行を敢行したが、それは同じ結果に終わった。それでも行きたがったので、彼女のお父さんが数日かけて隣町の写真や映像を大量に撮ってきて、それで我慢するようにと言ったそうだ。度々見られる彼女のお父さんの、こういった娘に対する過度な献身、溺愛ぶりは近所の噂になるほどだった。
心が空に映るなんて途方もない事態を目の当たりにして、他にどんな奇妙な現象が彼女を襲ってもおかしくはない。僕はいつも何故なんだろうと問い続けていたが、理由は分かるはずもない。もし判明したとしたら、僕は何をおいてもその原因を取り除くだろう。
ハルミはそれから何度も自慢げに木の腕輪を見せつけながら、たわいのない会話を続けたが、その度に僕は小石の腕輪の方に気を取られていた。昔は嬉しそうにずっとその腕輪を身に着けていたのを覚えている。けれど成長するにつれて、引き出しの奥にでも仕舞ったのか、見かけなくなっていた。それが再び着けられていることがどんな意味を持つのかと、僕は全身に風を浴びながら考えていた。
教室に着くと、まだ授業が始まる前なのにババ先生がもう教室に来ていた。教室の隅に座る先生のそばには綺麗に包装された箱が置かれており、登校してきた生徒たちは、がやがやと集まって、その箱が何なのか先生に質問していた。けれど、先生はにんまりと笑って「全員揃うまで秘密だ」と言って口を割らなかった。
やがて教室の席が全て埋まると、ババ先生は授業開始のチャイムが鳴るのも構わずに、教卓の前に立つと、
「アメミヤさんから手紙が来ました」
と、全員を見渡して告げた。教室からは「おお」とか「へえ」とかいう声が上がり、タツが真っ先に「オレに?」などと言い出して、先生に「全員宛てですよ」とたしなめられていた。
ババ先生が手紙を開いて朗読する。その内容は、短い間だったけれどみんなと過ごせてよかったということ。お別れ会がとってもとっても嬉しかったということ。どうせすぐ引っ越してしまうのだと思ってあまり町を見て回らなかったり、みんなと積極的に話したりしなかったことへの小さな後悔。そして、そんななかハルミが色々と気にかけてくれていたのに気づいて、すごく助かったということ。最後に手作りのお菓子を船菓子のお返しに送りますということ、であった。
みんな思い思いに手紙の内容を噛みしめていた。僕はアメミヤさんとお別れした時の最後の笑顔を思い出して、胸が締め付けられるようだった。
ババ先生がアメミヤさんが送ってくれたお菓子を今から配ると言うと、数人が待ちきれずに腰を浮かした。簡単なクッキーか何かだと思っていた僕は、そのお菓子がチョコレートだと聞いて驚いた。お菓子にも短いメッセージが添えられており、アメミヤさんの夢はパティシエで、いつかお店を開いたらみんな食べに来て欲しい、ということだった。色鮮やかな包み紙を開くと、見るからに上品なチョコレートからは都会の香りがした。先生が「溶けるから今すぐ食べろ。今すぐ。食べたら授業」と急かすものだから、慌てて口に放り込んだが、ふわりと舌の上でとろけるような滑らかさがあり、鼻の奥から抜けていく甘い香りに脳が痺れるような気がした。ハルミはその包み紙を綺麗に広げて感心したように眺めながらチョコを味わっているようだった。そうしているうちに、教室の床や机に複雑な文様を描いていた雲の影が、ゆっくりと風に押し流されていった。
授業が終わるとタツとコウは、今日はなんとなく遊ぶ気分じゃないだなんて言い出した。タツは野球のバットを持っている。練習するのかもしれなかった。コウは帰って家の手伝いをするなどと殊勝なことを言っていた。多分アメミヤさんの手紙の影響だろう。僕もなんだか、むやみやたらに夢を追いかけたいような衝動に駆られていた。僕に夢なんてないのに。
休日。秋の陽気のなか、何かを探して僕は町を彷徨っていた。自分が何かを探していることは分かっていたが、何を探しているのかは皆目見当がつかないような座りの悪さが、あの日からずっと心の中にくすぶっていた。ヤナヅカさんに会ったのはそんな時だった。
「やあ。どうも。こんにちは」
ヤナヅカさんは相変わらずの態度で、物腰柔らかに僕に挨拶した。僕も思わず丁寧な挨拶を返してしまう。僕はずっと気になっていることがあり、モヤモヤしている気分に後押しされるように、その疑問をヤナヅカさんにぶつけた。
「あの、神社のヒテン様って、前言ってた…、空の神様だったんですか」
僕はヤナヅカさんが何と呼んでいたか思い出せず、言葉に詰まりながら質問をした。
「ああ。ニギハヤヒ、かどうかはよく分からなかったんですよ。類似点はありますが、文献がほとんど残されていないので断定は難しいといった具合でして。残ってないということは、かつて忌避された神だったのかもしれませんね。けれど神主さんに面白い話がたくさん聞けました。本当に面白い神社です。あれは」
それからヤナヅカさんが「面白い」「面白い」と繰り返すので、僕は興味を惹かれて「どんな話だったんですか」と聞いていた。
「いやいや。善神か悪神か判然としないところがありましてね。それが面白い。相反するような伝承がいくつもある。喜劇から悲劇までなんでもござれと言う有様で。ただ、人間に対しては大変親身な部分があるようでして、氏子の願いを成就させてあげるといった逸話が多いんですね」
ヤナヅカさんはやや興奮したように喋り続けて「ヒヒヒ」と妖怪のような笑い声を漏らした。
「願い事を叶えてくれるんなら、良い神様じゃないんですか」
自分の住む町の神様なのだから、良い神様であってほしいという気持ちもあり、なんとなく庇うように僕は言った。
「いやいや。それが結構えげつない叶え方をするんです。本人の心の表面にあるものではなく、その奥底、das Esと言いますか、とにかく無意識的な部分から願いを取り出すんですね。自分の意識していない欲望を取り出して見せつけられるというのは中々残酷なものですよ。と言っても神様と人間では心の在り様が違いますからね。善意と悪意が全く異なることもあるでしょう。まあ今だと、当然そんな話はないみたいです。むしろ信仰が薄れて町の人も滅多に参拝に来なくなったと神主さんが嘆いておられました。熱心に祈祷するのは自分ぐらいなものだとね。テルキ君も気が向いたら参拝してあげてください」
僕はハルミのお父さんの仏頂面を思い出して、曖昧に「気が向いたら…」と返事するしかなかった。
ヤナヅカさんは本当に楽しそうに色々と神様の話を教えてくれた。僕はそれを聞きながら、ハルミのことを考えていた。ハルミの身にはすごく不思議なことが起こっている。すごくすごく不思議なことだ。それを神様の力だと考えてしまうのは突飛な発想なのだろうか。誰かが願った、と言っても心当たりは一人しかいない。娘を溺愛する父親。そんな父親が愛する娘のことを知りたいと心の奥底で願ってしまうのは不自然ではないだろう。そして、娘を遠くに行かせたくないと思うのも。
そんな僕の埒のない妄想は、遠くから必死の形相で走ってきたハルミのお母さんによって中断された。その時になって初めて僕は雲の影が渦巻くようにして地面を流れ、空が今にも泣き出しそうに、湿った空気が漂っていることに気がついた。
「…テルキ君」
ハルミのお母さんは僕らの前で立ち止まって、息絶え絶えといった様子で胸を押さえて、苦しそうに肩を波打たせた。
「…あの。…ハルミが。…駅」
僕はそれを聞いた瞬間に走り出していた。それと同時に先日のハルミとの会話が脳裏に蘇った。彼女は隣町に行きたがっていたのだ。
駅に到着するとハルミがベンチで寝かされていた。額には濡らしたハンカチが当てられており、顔見知りの駅員さんがオロオロしながら心配そうに様子を見ている。僕が肩で息をしながら、そばに近づくと、暖かい陽射しが足元に降り注ぎ始めた。ハルミには僕が来たことが分かっているらしい。
駅員さんが僕に気がつくと、ハルミの世話を任せて、駆け足で駅の事務所へと戻っていった。慌ただしくどこかに電話をしている姿が見える。
二人っきりになると、ハルミがおもむろに言った。
「ねえ。テルキ。私、夢があるの」
彼女は額に置いた手で陽射しを遮るようにしながら遠い空へと視線を向けている。
「この町を出て、アクセサリーデザイナーの勉強がしたい」
彼女が微笑む。真っすぐな瞳が僕に向けられている。
「応援してくれるよね」
僕は彼女の瞳を覗いた。その瞳は広い空を映し出し、遠い遠い場所に掛かっている虹が見えた。爽やかな風が歪な雲たちを蹴散らして、その虹は燦々と輝いていたのだった。
4.夜のはじめ頃には嵐が接近しますので、ご注意ください
小さな遠雷が鳴り響いて、風が細かな雨をすくい取って辺りに撒き散らしている。もはや傘は頭の天辺を守るぐらいにしか役に立っておらず、その本来の役目を果たせない状態だった。
ハルミはあの後、お父さんにこっぴどく怒られたみたいだ。そうして夢について打ち明けたらしい。だが、これまたこっぴどく反対されたらしい。それから僕はハルミと一緒に下校する機会が増えて、よく相談を受けるようになった。愚痴の捨て場所でもある。
「お母さんは応援してくれてるの。なにかあったら手伝ってくれるって。でもお父さんには弱いから…」
「とりあえずこの町でも勉強はできるんじゃないの」
「そりゃあできるけどさ。ほんとテルキはお父さんみたいなこと言う。…応援してくれるんだよね?」
「もちろん。それは、今までだって、ずっとしてるだろ」
「…うん」
八方塞がりといった状況でハルミが僕のようにうつむきがちに歩く。雨を避けるようにして道端にある小さな休憩所に避難すると、そこに置かれた狭いベンチにはすでに先客がいた。猫だ。首輪をしているので誰かの飼い猫だろう。猫は身を丸めて、ざらついた舌で手を舐めながら顔を洗っている。
ベンチの真ん中に堂々と居座る猫を避けてその両側に僕らは座った。僕は猫に手を伸ばしてその背中を撫でてみた。ハルミは空を見上げて何事か考えているようだった。雲間から現れた小さな陽射しが猫を照らして、猫は驚いたように首を竦めたが、すぐに暖かい太陽の光に身を任せてごろんと寝転がってしまった。
「ハルミも撫でたら」
「私はいいよ」
「ほら」
僕が大人しくしている猫を抱きかかえて、ハルミの膝に乗せてやると、彼女は迷惑そうにこちらを見たが、そのまま猫を受け入れた。ぐでんと餅のように伸びた猫のあごを彼女が撫でる。すると猫は小さな稲妻のようなゴロゴロという音を鳴らして喉を震わせた。雨が止んでいつの間にか晴れ間が覗いている。この猫は本当に雷雲を呑み込んでしまったのかもしれなかった。
「じゃあね。また明日」
と、言って別れると、僕はハルミの悩みについて僕なりに考え始めた。また妄想の続きだ。願いを叶えてくれるという神様。そんな神様に毎日祈りを捧げている神主。彼女が電車に乗ると気分を崩してしまうのも、ハルミのお父さんが娘に出て行って欲しくないという気持ちの表れなのだろうか。それならば、解決法はたった一つだ。ハルミのお父さんを説得して、心変わりをしてもらうしかない。
僕はハルミのお父さんと一度話してみようと思った。なにも神様がどうといった突拍子もないことを信じ込んでいる訳ではない。そうでなくともハルミのお父さんが彼女の夢を応援してくれることが重要だと考えたのだ。彼女と共に過ごした時間では負けていても、彼女を想う心では決して劣るつもりはなかった。
ハルミのお父さんは怖い。昔、僕がハルミを連れて山奥に登って、地滑りに巻き込まれた時、神社の辺りまで流された僕らを発見したのはハルミのお父さんだった。僕はその場ですぐに目を覚まして朦朧とした意識を彷徨わせていたけれど、その間に彼女は病院に運ばれて、大変な治療の末に目を覚ましたのだという。それからはハルミのお父さんには邪険にされっぱなしだ。当然だと思う。僕の責任で娘が大変な目に遭ったのだ。それからもしばらくは子供ながらの無邪気さで山奥に入ろうとしていたし、それにハルミが着いてこようとすることもあった。それで余計に嫌われるようになってしまった。今では自分でも分別がついたように思うけれど、当時のことを考えれば、僕とハルミが一緒に遊ばないようにだとか、仲良くしないようにだの言われるのは仕方ないことだ。
僕が神社へ赴こうと考えつつ、ハルミのお父さんの恐ろしい形相を思い浮かべて二の足を踏んでいた頃。ハルミはまた電車に乗って、体調を崩して送り返されてきた。駅員さんはハルミのお父さんに乗せないように言われていたらしいが、乗車拒否は規則違反になるとのことで板挟みに悩んでいるようだった。ハルミはというと、どうやら何度も試せば慣れるのではないかと考えているらしかったが、一向にそんな兆候は見られなかった。これには密かに協力を約束してくれていたハルミのお母さんも心配して、一転お父さんの味方になってハルミを止めているらしい。
そんな話を聞いて、僕は意を決して神社に向かっていた。山の麓、神社へと続く石段の下に立つ。この時間、ハルミのお父さんは神主として神社にいることは分かっていた。樹々は色鮮やかに染まっており、石段の左右に艶やかな姿を晒して立ち並んでいる。石段もまた落葉で彩られて、朽ちた葉の香りを立ち昇らせていた。この石段を上るのは本当に久し振りだ。けれど一歩一歩の段差の違い、歪んだように組み合わさったり、欠けている石の位置などは今でも鮮明に覚えていた。昔はそれほどまでに僕はこの山を訪れていたのだ。
石段の途中、神社の鳥居がもう近いという辺りで、足元ばかり見ていた僕は突然上から声を掛けられて驚いた。
「なにか用かね」
上目遣いに視線を向けると、鳥居のそばに神主姿のハルミのお父さんが立っていて、箒片手に落葉を掃除しているようだった。僕はまだ石段の途中にいて、心の準備は完了しきっていなかった。思わぬ遭遇に狼狽しつつも、決してそれを表に出さないようにグッと見上げる。ハルミのお父さん、その後ろの鳥居、鳥居に切り取られた分厚い雲に覆われた空、そして雲に呑み込まれつつある虹を見据えて、一歩一歩石段を上がって行った。
ハルミのお父さんは無言で僕を見下ろしている。やっと鳥居のそばまで上った僕は、鳥居の両柱の一方ずつに立つようにして彼と相対した。
「あの…」
「なんだ」
遮るように放たれた圧力のある言葉に押しつぶされそうになったが、僕はなんとか踏み止まった。
「ハルミ、さん、がアクセサリーを作る勉強をしたいっていうのを応援してあげてくれませんか」
僕は単刀直入に言った。元々あまり口のうまい方ではなく、こういった時に小細工などできる余裕はなかった。彼は僕の言葉を聞くと、眉をキッと釣り上げて、僕を藪睨みすると、
「応援しているよ。だから家で勉強しなさいと言っている」
と、言って隣町の方の空を見上げた。
「でもやっぱり実際に見て勉強するのとは違うんじゃないでしょうか」
「そうかもしれない。でもこの町を出られないのならしかたがない」
もっともな言い分ではあったが、なんだかその言い草には引っかかるものがあった。
「なんでハルミ、さん、は町から出られないんでしょう?」
彼は一瞬目を伏せて、僕から視線をそらすようにして社の方を向いた。
「なぜかな? 医者には乗り物酔いと言われている。三半規管が弱いのかもしれない」
「一度。神様にお願いしてみてくれませんか。ハルミさんの夢が叶いますようにって」
やぶれかぶれにそんなことを言ってみると、明らかな怒気が漂ってくるのを感じた。ふざけているのだと思われたのかもしれないと考えて、僕は慌てて言葉を継いだ。
「あの、ヤナヅカさんに聞いたんです。この神社の神様はお願い事を叶えてくれるって」
「願ってるさ。毎日祈祷している」
吐き捨てるような言葉だった。
「えっと、普通の祈祷じゃなくて、ハルミさんのことを心の底からお願いするみたいな…」
僕は縋りつくような思いだった。何とか事態を動かしたいということで心がいっぱいだった。すると曇っていた空の上からやにわ槍のような雨が降ってきて、細い稲妻がぴしゃりと僕らの頭上に落ちた。稲妻は石でできた鳥居をほんの少し輝かせると、彼のいる方の柱を伝って地面に吸い込まれていった。
僕は驚いて身を竦めたが、ハルミのお父さんは微動だにせず曇天の空を見上げて、そこにある何かを見つめていたかと思うと、やにわに笑い出した。その狂気的な笑いに僕は何が起こったのか分からずに、ただ嵐のような哄笑が治まるのを待つしかなかった。
「テルキ君。君がお願いしてみなさい」
彼は急に向き直って、僕にそう言った。
「僕がしたら、同じようにしてくれますか?」
「勿論だとも」
僕はその言葉におずおずと従って、社の元へと行くと、手を合わせて心の底から願った。後ろから彼もやって来て、隣に立つと、僕よりもずっと洗練された所作で祈りを捧げた。
「君は昔、山で事故にあった時のことを覚えているかい」
藪から棒に言われて、僕はおぼろげな記憶を辿ってうなずいた。
「あの時、ハルミと君は死にかけてたんだよ」
「えっ? 僕は全然平気でしたよ」
思わぬ話題に目を丸くする僕に、彼は続けた。
「この社に祀られる神は自らの親族を殺し、侵略者を尊んだという。そんな神だからかもしれない。私の娘ではなく、君を助けたのは。私は地滑りに巻き込まれた二人をここで見つけた。どちらも命の危機に瀕していた。私はできうる限りのことをすると、最後に神に祈った。そして神の御業を見た。君の怪我はみるみる治り、息を吹き返した。だが、その施しは私の娘には与えられなかった。君は神に愛されているのさ。私や、私の家族よりもずっと、ね。今さっきも君の言うことを聞いてあげるように天から稲妻で催促がきただろう?」
かみしめるように語られる話に僕は耳を傾けた。そしてその驚嘆すべき内容をどう受け取ればいいのか戸惑っていると、再び細い稲妻が空から伸びてきて、彼の足元に落ちた。社の屋根の下に横なぎの風が吹き込んで、彼を雨に晒したが、僕には雨粒ひとつすら届いてはいなかった。
「余計なことを言ったからお怒りのようだ。私は初めからハルミの身に起きていることに気づいていた。空のことも、町から離れられないってことも。それが君の願いを神が聞き届けた結果だってことも。ハルミの親であり、なにせ神主だからね。自らが信仰する神のことは分かっているつもりさ。私は君とハルミが距離を取ってくれることばかり願っていた。そんなことをしているうちに神からこうしてお叱りを受けることが多くなってしまったよ」
彼は自嘲気味に口元を歪ませると、服に掛かった雨粒を払った。その告白は僕に凄まじい衝撃を与えるものであったが、その中にある一つの事実に意識は吸い寄せられ、それにすがることで崩れずにいられた。
「…じゃあ。僕がお願いすれば、ハルミの夢は叶うんですか」
「そうさ。君が言ったように”心の底”からお願いすればね」
冷笑とも言える響きが、棘のようにその言葉に込められているのが分かった。僕は小さな反発心が胸に芽生えて、一生懸命、全身全霊をもって社に向かって手を合わせた。そして心の底から願った。ハルミがこの町から出て夢を叶えて欲しい、と。僕はハルミの心を盗み見たくはないのだ、と。
何も起こらない。願いが聞き届けられたのかは全く分からない。雨はパラパラと降り続けており、空を覆う雲は弱々しい風に吹かれて僅かに揺れて、地上に落ちる影が濃くなったり薄くなったりしている。僕の隣ではハルミのお父さんも必死で願っているようだった。そこには娘を幸せを心の底から願う親の顔があった。
「あなた!」
石段の下から声がした。振り向くとハルミのお母さんが怯えたような表情でこちらへと駆け寄って来る。
「ハルミがまた行っちゃったの」
「駅か…」
「そうじゃないの、山を越えようとしてるみたいなの。トンネル方向の山の麓で見たって、ヤナヅカさんがわざわざ家に来て教えてくれたのよ」
僕らは神社から見える反対側の山、トンネルが通る険しい山へと視線を向けた。そしてそれぞれに動き出した。
ハルミのお父さんと二人並んで石段を駆け下りると、別々の方向に分かれて、僕は自分の家へと向かった。駐車場に止めてある自転車を引っ掴むと、サドルにまたがり、必死になってペダルを漕ぎ出す。けぶるような雨が視界を邪魔する。それでも僕は彼女の元へと向かって、その勢いを緩めることはなく足が棒になるまで漕ぎ続けた。
トンネルが見えてくる。ぽっかりと空いたその向こうには隣町があるはずだが、僕にはそれが希望を呑み込む暗澹たる怪物の口にしか見えなかった。トンネルから少し離れた位置にある山道への入口。僕はそこに自転車を乱暴に放り出すと、封鎖されていることを示す鎖を乗り越えて、躊躇なく山の中へと足を踏み入れた。
初めて歩く山道。けれど不思議と迷うことはなかった。何かが僕を彼女の元へと導いているかのようだった。樹々のざわめき、仄かに聞こえる虫の鳴き声、漂ってくる土の香り、どれもが僕に彼女の居場所を知らせていた。
一心不乱に進むと山の頂上が見えてきた。町と隣町の境界を跨ごうという地点に到着した時、彼女を見つけた。彼女は苦しそうに浅く息を吐きながら、木陰に身を横たえていた。
それは僕に容赦なく突き付けられた現実であった。僕は先程ハルミのお父さんと一緒に神社にいた時に、本当に心を絞り出して祈っていたのだ。そうしてやっと許されたような気がした。彼女を解放して許されたかったのだ。ヤナヅカさんは”自分の意識していない欲望”を神様は叶えると言った。ハルミのお父さんは僕の願いを神様が叶えているのだと言った。それならば、僕の心というのはなんと醜いのだろうか。先程の”心の底”からの願いなど、まるで本当の願いではなかったかのように、彼女は未だ苦しんでいる。彼女を覗き、彼女を縛り、そして何食わぬ顔で手助けしていた自分。それは恐ろしい化け物のように感じられた。
僕は彼女を背負って山を下りる。雲間を切り裂き、降り注ぐ暖かい陽光を浴びながら、まだ意識が朦朧としている様子の彼女に罪の告白をした。
「ハルミ」
「なに?」
僕の頭の後ろでハルミが答える。
「ごめん」
「なんなの?」
「ハルミが町から出られないの、僕の所為なんだ」
「なにそれ」
「ハルミの心が空に映っているのも、僕の所為なんだ」
「へ?」
彼女は空を見上げたようだったが、すぐに、
「なんにも映ってないよ。ほとんど雲ってるし」
と、怪訝そうに言った。
「そうじゃないんだ。なんていうか。ハルミが悩んでいると曇って、悲しいと雨が降って、嬉しいと晴れるみたいなことなんだ」
「へえ?」
彼女は僕の言葉を理解しかねているような態度だった。
「でも、なんでテルキの所為なの?」
僕は口にしかけて一瞬、その真実を疑った。僕の本当の心。僕自身も知らない心がある。それが突き付けられてしまった今、今まで信じていたものすら疑わしくなってしまっていた。しかし、これは真実であって欲しいと願って、僕は彼女に告げた。
「僕が、ハルミのことが好きだから」
一瞬、風が止まったかと思うと、凄まじい嵐が吹き荒れて、僕は歯を食いしばって何とかハルミを支えながら、木に寄り掛かった。
僕は訥々と神様のこと、今日の出来事、ヤナヅカさんやハルミのお父さんの話などを言って聞かせた。彼女は僕が語るのを黙って聞いて、自分の心と照らし合わせるようにして空をじっと眺めていた。
なんとか力を振り絞って、嵐のなか山を下りると、麓にはハルミのお父さんと駐在所のお巡りさんがいて、僕らはお巡りさんに立ち入り禁止の所に入ってはいけないと怒られた。ハルミのお父さんはなにも言わなかった。彼女は、お父さんと一緒にお巡りさんの車に乗って帰っていき、僕は山の入口に打ち捨てられたようになっていた自転車に乗って帰路についた。
帰る途中荒ぶる風に煽られて何度も転びそうになりながら、なんとか家に到着すると、気絶するようにベッドに倒れ込んだ。眠っているのか起きているのか、現実なのか夢の中なのか判然としない状態で僕は彼女のことを想った。
5.未明に空が落ちてくるでしょう
目が覚めた僕の心には小さな火が点っていた。意識がはっきりと覚醒するにつれて、その火は大きくなり、僕自身を燃やし尽くさなければ気が済まないというように猛り狂った。僕は炎に突き動かされて家を飛び出すと、神社へと向かった。
外はまだ昨日の嵐を引きずっており、暗雲の向こう側で無数の猫が一斉に喉を鳴らしているかのような雷の音がくすぶっていた。恐ろしく強い風が渦巻いているが、雲を吹き飛ばすどころか、かき集めているかのようだった。薄布のような雨を潜り抜けて、僕は走った。
神社に続く石段の元まで辿り着くと僕はその頂上を見上げる。階段の左右に生い茂る紅葉は、僕を歓迎するようにざわめいて、美しい落葉の絨毯を鳥居まで敷い詰めていた。僕はそれを一歩一歩踏みしめるようにして登っていく。
空は荒れている。ハルミに健やかでいて欲しいということだけを、僕は願っていたつもりだった。しかしそんなものは欺瞞だったのだ。それが昨日はっきりと分かった。僕は僕の本当の心を知り、知った上で否定せずにはいられなかった。
鳥居を潜り社へと近づく。ハルミのお父さんはいない。昨日あんなことがあったのだ。ハルミのそばについているのだろう。社の扉を無遠慮に開けると、僕は濡れ鼠になっているのも構わずに中へと飛び込んだ。古い木材の匂いが鼻を突く。中は外から見るよりもずっと狭く感じる。壁一面に施された装飾は迫りくるような威圧感があり、たちまち僕の心の炎は吹き消されそうになってしまう。けれど負けじと僕は進む。その奥に聳え立つ祭壇の元へ。
祭壇に祀られているもの。それは鏡だった。美しくも朽ちかけた一枚の鏡が、そのくすんだ表面に僕の顔を映し出した。その像は歪にねじ曲がり、今の僕の心そのものを映しているような気がした。
僕は鏡の前に立ち、神様に懇願した。
「僕は僕が嫌いです。だから僕が好きなハルミが嫌いです。僕が好きなもの全てが嫌いです。だからその心を知りたいとも思わない。離れていくことを恐れない。だから、だから、ハルミを、解放してください」
それは僕が僕と向き合って湧き出した本心からの言葉であった。開け放たれたままの社の扉から空が流れ込んでくる。背中に感じるその気配には何の変化も現れない。僕は僕の思う本心を紡ぎ出し続けるしかなかった。そうして神様を説得することしかできなかったのだ。
僕は鏡の前にうずくまった。そうして祈った。鏡には惨めな僕が映り、僕は自分が惨めであることを知った。
背後から雲でぼやけた陽光が薄く入り込んで、暗い社の中を仄かに照らし出していた。祈りの声を上げようとしたが、喉がカラカラになっていて、ただ呻き声が漏れた。鏡に映る僕は細切れになって、ぐちゃぐちゃの断片に成り果てていた。外から吹き込む風の香りが、まだ嵐が止んでいないことを知らせてくる。雲がかき消え、風が凪ぎ、暖かい太陽が空を照らし出すまで、僕は決してこの祈りをやめる気はなかった。
何千、何万の祈りが室内を満たした頃、静かに社の扉が閉じて、辺りは真っ暗になった。僕は振り返ったが、扉はぴったりと閉じられているようで、一条の光すら存在しない。あんなに耳の奥に響いていた嵐の音も今は聞こえなくなっており、自分が宇宙の深淵に放り込まれたような気分であった。
僕は何とか立ち上がろうとして、足に力が入らずに転んでしまった。そして闇雲に手を伸ばして、辺りを探った。ずっとずっと手を伸ばしていくと、暖かい何かに触れた。僕がその心地よい何かを握りしめると、その何かも僕を握り返してきた。
「大丈夫だよ」
ハルミの声だった。僕は思わず手を引こうとしたが、がっちりと捉えられており、逃げることはできなかった。
「逃げなくてもいいじゃない」
闇の中から声だけがする。外の様子は分からない。光も音もない世界に僕らはいた。
「今私が何を考えてると思う?」
分からなかった。僕はいつだって彼女のことが分からなかった。分からないからこそ、知りたいと願ってしまったのだ。
「教えてあげようか」
僕の手が強く握られる。彼女の手は暖かく、柔らかく、心地よく僕を包んでくれていて、その事実が棘のように僕の心を苛んだ。僕は彼女にひどいことをした。優しくされる資格などないのだ。
彼女は静かに、子供に言い聞かせるようにゆっくりと語り出した。
「テルキのバカ。勝手に人の気持ちを覗くなんていやらしい。ひどい。…でも、好きな人のことを知りたいって思うのはよく分かる。私だってそう。ごめんね。ずっとうつむかせていて。あんなに空が好きだったのに、目をそらさせていて。…私がもっと素直だったら、こうならなかったかもしれないね」
悲し気に紡がれる彼女の言葉の一つ一つが僕の心を撃ち貫いた。
「ごめん、なさい。…本当に、ごめんなさい」
と、僕は嗚咽を漏らしていた。流れる涙を止めることができなかった。
「…僕は、僕は、ただハルミのことが好きで、大好きで、…けど心の中を盗み見るなんてことがしたかった訳じゃない。縛りつけようなんて気もなかった。…ただ夢を追いかけて、どこかに行ってしまいそうなハルミや、みんなのことが羨ましかっただけなんだ」
絞り出すように僕が言葉を吐き出すと、彼女が僕を掴む手に強い力がこもった。彼女の息遣い、彼女の体温、彼女の鼓動、それだけがこの暗黒の世界にある全てだった。
「テルキにも夢があるでしょ」
「…僕の夢?」
僕は闇の中で自らの心を知ろうと、背後にある祭壇、そこに鎮座しているはずの鏡へと目を向けようとした。しかし、両頬を彼女の両手で押さえつけられて、がっちりと頭を捕まえられてしまった。
「だめ。私の方を見て」
目を凝らすが、闇のなかにはただ闇があるだけだ。
「何も見えないよ」
「じゃあ感じて」
「…」
ハルミの声に導かれるようにして、僕はそこにいるはずの彼女の存在を探った。そしてその暖かさにどうしようもなく安堵してしまった。
「私のこと好き?」
「…好きだ」
僕は言う。これだけは真実であって欲しかった。そうでなければ、僕は今この瞬間にふにゃにゃの水飴になって溶けて消えてしまいそうだった。
「私も好き」
「…」
僕は彼女を信じた。信じた上で、信じていないのかもしれないと思った。神様が僕の本当の心の内を見て、嗤っているような気がしたのだ。
「私のこと分かった?」
「分かった、気もする」
もはや僕という存在が霧散しそうになりながら、僕は彼女の言葉で辛うじて自分というものを保っていた。
「気もするじゃなくて、分かってるの。もう理解しているの」
「…分からない」
「分かってるんだよ。テルキはあの変な鏡で自分を映しているから気づいてないだけ。私があなたの鏡なの。だから、私を見て」
彼女の声は深々として、僕の内に染み入ってきた。
「あなたの鏡は私。私の鏡はあなた。私はあなたを見て、私を知っている。だからあなたも私を知っているの」
その時、僕と僕の合わせ鏡の間で延々と繰り替えされていた思考の迷路の中に、彼女が飛び込んできた。僕が彼女を想うと、彼女も僕を想っているのが分かった。僕の心は僕だけのものではなく、もはや彼女の心でもあった。僕の心は延々と彼女を映し、彼女が映す僕を映した。
僕の中で何かが変わった。その瞬間ピシリと何かに亀裂が入る音が聞こえた。それは確かに祭壇に祀られた鏡が軋む音であった。
「行こう」
手を引かれる。扉が開け放たれる。外はまだ嵐が続いている。僕らは走った。神社を背にして、石段を駆け下り、伸びやかな道を駅に向かって手をつないで走っていった。
曇天の空は怒り狂ったように激しい雷雨をまき散らし、圧迫感を増して僕らを追い詰めようとしていた。この瞬間、確かに間違いなく僕らを追って空が落ちてきていた。
僕らはそんな空に決して捕まったりしないように、身を寄せ合って、お互いをつなぎ止めながら前に進んだ。僕は顔を上げて真っすぐに前を見た。町の風景はいつもとは違って、そのどれもが僕の一部であり、僕を支えてくれているのを感じた。
降りしきる無数の矢のような雨を全身に浴びながらも、それを吹き飛ばすように彼女が声を上げて笑った。すると僕も可笑しくなって大声で笑った。笑うと彼女の気持ち、勇気が僕の中にまで流れ込んでくるようであった。
駅に到着すると切符を買って駅員さんに差し出す。駅員さんははハルミに気づいて一瞬微妙な顔をしたが、僕たちの必死さを汲み取って、力強く送り出してくれた。
電車は丁度駅から出発しようとしていた。僕らはそれに飛び乗って、乱れた息を整えた。
乗客は僕たち以外誰もいない。僕が電車の真ん中あたりに腰かけると、ハルミはその向かい側に座った。そしてまた、
「私を見て」
と、言って微笑んだ。
「見てるよ」
僕は答えた。僕と彼女の視線がまっすぐにぶつかって、絡まり合った。けれど弱虫な僕の心には、また不安が頭を覗かせ始めていた。電車に屋根に空が腰を下ろし、風が窓をバンバンと叩いている。追いかけてくる暗雲が意味ありげに内に秘めた稲妻を輝かせていた。
しばらくするとトンネルに入って、薄暗い電車の中を古ぼけた電灯の明かりが照らした。空を振り切ったかのように思えたが、その確証なかった。
「神様を怒らせてしまったのかな」
思い浮かんだことをそのまま言葉にすると、ハルミは「そんなことないよ」とあっさりと否定した。
「テルキが自分に怒ってるだけ。自分を引き留めようとしているだけ。神様っていうのはいるけれどいないものなの。私はこんな意地悪な神様はいないままでいいと思ってるけれど、お父さんに言わせれば、神様も寂しいんだって」
「分からないよ」
「また、”分からない”って言ってる。本当は分かってるくせに。分からないときは私を見て、私に聞けばいい。それでも分からなかったら、分からなくてもいいことなんだよ。全部分かろうとしないでいい。全てをさらけ出さなくても愛したり、愛されたりできる。私だって知られたくないことはあるし、それはテルキが知らなくていいこと。テルキだって同じでしょ」
僕は口をつぐんだ。そして彼女を見た。彼女は夢を抱え、輝いているように見えた。そしてふと心に引っかかっていた疑問を口にした。
「僕の、夢ってなんだったっけ」
「うつむいてばかりいたから忘れちゃったんだね。昔、言ってたよ。気象予報士になりたいって」
「ああ…」
思い出した。そうだ。そうだった。僕にとっての空はどこまでも広がる夢の扉だった。未来へつながる望遠鏡だった。けれど僕は、自分だけの小さな心の中に大好きな空と彼女を詰め込もうとしたばっかりに、それは重なり合って何も見えなくなってしまっていたのだ。
「私もその時、夢を見たの。テルキが星を見せてくれたんだよ。星座を教えてくれた。宝石みたいな星だった。それでね。そんな星を形にしてみたいって思ってアクセサリーを作り始めたんだ」
「…そう、だったんだ」
「そうなんだよ」
僕らを乗せた電車は小刻みに揺れながら、細く狭いトンネルの中を走り続ける。振り返ることも、引き返すこともできないなかで、トンネルの出口が近づいていた。ここを抜ければ隣町に到着する。ハルミはピシッと背筋を伸ばして、僕を真っすぐに見つめている。僕は心配になってそんな彼女に声を掛けた。
「気分は大丈夫?」
あの真っ暗な社の中で、彼女によって僕は自らを縛る鎖から解放されたように思えた。けれど、その証明はまだできていない。これから答えが突き付けられるのだ。もし、これでまだ僕が彼女を縛る鎖であり続けるというのなら、僕という存在は消えてなくなってしまうしかない。
「大丈夫だよ」
彼女は心配している僕を逆に励ますように言う。
鋭い明かりがずんずんと近づいてくる。それは徐々に力強さを増して、窓から見えるトンネルの側面を照らす。そして僕が身構える間もなく、唐突に電車はトンネルを抜け出した。僕は窓から射し込んだ強烈な太陽の光に目を細めて、しばらくしてゆっくりと開いた。
ハルミが立ち上がってぐーっと猫のように伸びあがった。そうして窓の外を指差すと、
「いい天気だ。空が晴れ渡ってる」
と、僕に笑いかけた。僕も空を見た、そして首を伸ばして僕らが来た方向、トンネルが通る山の向こう側へと視線を向けたが、そこには初めから嵐など存在しなかったかのように、雲一つない大空が広がっているのみだった。
電車を降りて駅を出ると、ハルミは初めて直接目にする隣町に、はしゃいだ様子であった。二人で隣町を見て回ったが、彼女は元気すぎるほどで、体調を崩すことなんてなかった。彼女が興味を示していた工房を訪れて、その後カフェで食事をした。お互いの夢を語り合って、何も言わずに飛び出してきたから、心配しているであろうハルミのお父さんとお母さんに一緒に謝りに行こうなんて約束もした。
僕らは空を見上げた。そして、お互いが夢に向かって進むことを誓い合った。その道は途中で別れているかもしれない。離れ離れになることもあるかもしれない。けれど、もう僕に不安はなかった。僕らがどこにいても、空はどこまでも広がり、二人をつないでくれるのだから。
こちら「GCN文庫1周年記念短い小説大賞(GC短い小説大賞)」(テーマ「このヒロイン実は……」)への応募に際して書いたお話になります。よろしくお願いします。
詳細なあとがきは活動報告の方へ投稿致しますので、興味がある方はそちらもご覧いただければ幸いです。