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チート付与師の日常 01

 ホエール地方にやってきて二ヶ月が経った。


 雨季が終わり、本番真っ盛りの夏。


 ホエール地方の夏の暑さは凄まじかったが、耐えられないほどでもない──と感じたのはムシムシとした暑さじゃないからかもしれない。


 日本の夏とか、やばかったもんね。


 夏と言えば、美味しい野菜がたくさん採れる季節でもある。


 トウモロコシにトマト、キュウリにゴーヤ。


 エダマメ、ナス、レタス、モロヘイヤ、そして夏の代名詞とも言えるスイカ。


 俊敏力強化の付与魔法で一足お先に収穫できている野菜もあるけれど、やっぱり夏野菜は夏に食べるのが一番いい。


 気分のせいかもしれないけれど、心なしかおいしい気がするし。


 プッチさんとの契約もあって、農園の畑は以前の三倍に拡張した。


 畝の数はざっと三十六。この量を僕とララノだけで管理するのは難しいので、動物たちに手伝ってもらっている。


 改めて彼らの有能さを再認識した。


 土を掘るのが得意なイノシシやブタ、キツネ、アナグマたちにお願いすれば土を耕してくれるし、手先が器用なアライグマやイタチ、ハクビシンなどの小動物たちは収穫もお手の物だ。


 さらに交代で夜通し畑を守ってくれているため、害獣被害もない。


 なんて素晴らしい従業員たちだろう。


 そんな彼らのおかげで先日初めてプッチさんに野菜を納品したのだけれど、その一回で魔導院の給料二ヶ月分くらいになった。


 市場の三倍の買取価格というのは、伊達じゃない。


 そのお金でマヨネーズづくりのための養鶏をはじめようかと思ったけれど、畑の柵を作ったり、住居の家具を買うお金に回すことにした。


 絶賛建築中の住居はまもなく完成する予定だ。アルミターナの台風とも言える「トリトン」が来る前に完成しそうで一安心。


 というわけで、プッチさんへの納品も終わって農作業も一段落したところでララノと一緒にパルメザンの街に行くことにした。


 そこで家具を注文するつもりだけれど、主な目的はラングレさんのブドウ園。濾過器に付与魔法をかけにいく仕事だ。


 いつものようにララノと二人で狼の背中に乗ってパルメザン郊外まで行き、街を経由してブドウ園に向かう。


 設置している濾過器は順調に稼働していて、一本もブドウの木を枯らすことなく収穫を終えることができたらしい。


 おかげでラングレさんだけじゃなく、ブドウを王都に卸しているプッチさんの懐もホクホクなんだとか。


「それじゃあ付与魔法をかけるね」

「はい、お願いします」


 ブドウ園の用水路の水門前。


 僕はララノと自分に、重いものが持てるようになる「筋力強化」と、瘴気対策の「免疫力強化」の付与魔法をかけて準備を整える。


 効果が発動したところで、ヨイショと二人で大きな木箱を持ち上げた。


 この箱が瘴気に汚された汚染水を浄化させる濾過器だ。ブドウ園に来たときはこうして濾過器の設置の手伝いもするようにしている。


 だって、付与魔法をかけてサヨナラじゃ、何だか悪い気がするし。


「何回経験しても付与魔法って凄いですね。濾過器の重さを全く感じないです」


 感激したようにララノが言う。


 砂や石がぎっしり詰まっている濾過器は大人ふたりで持ち上げられるくらいの重さだけど、一応付与魔法をかけて運ぶようにしている。


 獣人のララノはいいとしても、貧弱な僕には重すぎる。


 無理をして腰を痛めでもしたら農作業もできなくなってしまうし。


「人体への付与効果はあんまり長くもたないけどね」

「濾過器の付与魔法効力は長持ちしているみたいですけれど、種類が違う魔法なんですか?」

「いや同じ付与魔法だよ。第二、第三属性への付与は、人体付与よりも効果が長いんだ」


 人体への付与は数分程度だけど、人体以外への付与は二日程度持つ。


 第二、第三属性への付与は効果持続時間が長いというのも特徴のひとつなのだ。


 二人で箱を抱えたまま、階段を使って用水路に降りる。


 瘴気に汚染されている水が流れているためか、アンモニアのようなツンとした刺激臭がした。


「サタ様、こちらは大丈夫です」

「オッケー。じゃあこのままゆっくりと降ろすよ」


 慎重に水門の前に濾過器を降ろす。


 隙間無く水門にはまったことを確認して、閉じていた水門を開く。


 赤紫色の水が濾過器に流れこみ、しばらくして逆側から綺麗な水が流れ出した。


「よし。これで交換はオッケーだね」

「ですね。予備の濾過器への付与も終わってますし、これで今日の作業は終わり……ひゃあっ!?」


 と、ララノが猫のようにうーんと伸びようとした瞬間、濾過器の中に貯まっていた水がドバッと一気に吹き出してきて盛大に転んでしまった。


「だ、大丈夫?」

「すっ、すみません……」 


 慌てて手を貸して起こしたけれど、ラングレの奥さんに譲ってもらったワンピースがずぶ濡れになっていた。


「今日は街に泊まる予定だし、今着替えは持ってきてる……よね?」

「は、はい。ラングレさんの家に置いてある荷物の中に……というか、そそっかしいところをお見せしちゃいましたね」


 えへへ、と照れ笑いを浮かべるララノ。


 獣人は運動神経が人間よりも優れているのだけれど、ララノは少しだけオッチョコチョイな所がある。


 前も盛大に転んでずぶ濡れになっていた。


 まぁ、そういう所が可愛いんだけど。


「僕なんてララノ以上のドジだし気にする必要はないよ。それにほら、『弘法も筆の誤り』って言うじゃない?」

「え? コーボー?」

「……あ、ごめん。僕の故郷のことわざ。優れた人でも失敗することがある的な意味なんだけど」


 つい日本人だったときの知識が出てしまった。


「へぇ……素敵なことわざですね」

「そう?」

「はい。何だか相手を慮る優しさを感じます」


 確かにそういうふうに解釈する事もできるな。


 というか、実にララノらしい受け取り方だ。


「よいしょ……っと」


 ララノが濡れたワンピースの裾を握ってギュッと水を絞り出す。


「ごめんねララノ。いつも水路の作業を手伝わせちゃって」

「全然平気ですよ。むしろ涼しくて気持ちいいくらいですし」


 水に浸かった足をパチャパチャと楽しそうに蹴り上げる。


 つい視線をそらしてしまった。


 ワンピースの裾を結んで短くしているので、いつもよりも足の露出がすごいのだ。ちょっと素肌が眩しすぎる。


「でも、ここまで濡れちゃうと、いっそ水浴びしたくなっちゃいますね?」

「あ〜、そうだね。街で水着でも買ってくればよかったかな」

「み、水着!?」


 突然、素っ頓狂な声を上げるララノ。


「ど、どうしたの?」

「い、いえ、その……私、水着なんて着たことがなくて」

「あ、そうなんだ。じゃあ買ってから帰ろうか?」

「……へっ?」

「だって、また十日後にここに来なくちゃいけないし、今度は水着を着てきたほうがよさそうじゃない? 確かパルメザンの服飾ギルドに売ってたよね?」


 服飾ギルドは衣類を販売しているお店だ。


 この世界に水着があるのには驚いたけど、服飾職人の腕がいいのか普通に売られていた。


 王都でも陳列されていたのを見かけたことがあるし、この世界の服飾技術は意外と高いのかもしれない。


「で、でで、でも、私、お金なんて」

「いやいや、もちろん僕が出すに決まってるでしょ」

「ふぁっ!? だ、だ、ダメですよ! もっと有効的な使い道が」

「いつも手伝ってくれているお礼だよ。高額なものは難しいけど、水着くらいだったら全然平気だし」


 むしろララノに使ってあげたいというか。


 服はラングレさんの奥さんに譲って貰ったものがあるし、アクセサリーとかには興味がなさそうだし。


 水着を着たことがないというのならそれが一番いいでしょ。


「……む〜」


 ララノはしばし考え、上目遣いで僕を見る。


「……ほ、本当に良いんですか?」

「うん。プッチさんに買い取ってもらった野菜の売上と、ラングレさんにもらったブドウ園の売上があるから」

「で、ではお言葉に甘えさせていただきます! ありがとうございますっ!」


 深々と頭を下げたかと思うと、満面の笑みを浮かべてピョンピョンと飛び跳ねる。彼女の尻尾はいまだかつて無いほどに激しく揺れている。


「……どど、どうしよう!? サタ様からの贈り物なんて、嬉しすぎるんですけどっ!」

「え? 何か言った?」

「っ!? いえ、なんでもないです。みみ、水浴び楽しみだなって。えへへ」


 この暑さだし水浴びしたい気持ちはわかるけど、そんなにやりたかったんだな。ラングレさんにお願いして、次回はここで盛大に水浴びをさせてもらおう。


 というか、水浴びもいいけど夏真っ盛りだし海水浴も良いよね。


 海と言ったら王国の南にある「港町グレイシャス」が有名だけど、ここからだと馬車で一ヶ月は掛かるし、行くのはちょっと難しいか。


 じゃあ、農園にプールでも作ろうかな?


 川から水を引いてきて濾過した綺麗な水を循環するような仕組みを作れば、衛生面も問題ないだろうし。


 あ、そうだ。動物たちにお願いすれば、おしゃれな木組みのプールを作って貰えるかもしれない。


 プールサイドに二人分のハンモックも作っちゃったりして。


 朝、農作業をしてからプールで泳ぎ、昼ごはんを食べてからハンモックに揺られてうたた寝する。


 う〜ん、なんて素晴らしいスローライフだろう。

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