越後の主 (後編)
お待たせしました後編です。
---天文17年(1548年) 春日山城 長尾晴景---
「なに?!景虎に家督を譲ると言うのですか!」
私は景康と影房に景虎に家督を譲る事を話したが、予想していた通り二人は猛反対をしてきたのだった。
「なぜ景虎などに譲られるのだ!それならば私が兄に代わり越後を治めてみせましょう!」
「その通りです!奴は所詮側室の子!少しばかり武勇に優れるとはいえ正室の子である私達を差し置いていい理由にはなりませぬ!」
「それがお主らの意見なのだな。では聞くが、お主らならこの越後を争いなく治められるのか?多くの者が景虎を支持しているこの越後を景虎に代わりお主らが治めてみせると?」
私がこう言うと二人は言い返せなかったようで黙ってしまった。
そうなのだ、もはや景虎がこの越後を治めるべきだと越後全体が思っている。
中には反対しているものもいるだろうが、推す声に比べれば如何せん少ない。
その状態でこの二人が治められるとは到底思わない。
「何も言うことがなければそのように致すが、よいな?」
「…見損ないましたぞ、兄上」
「私は越後の為最善を尽くそうとしているまでよ」
「我々は弟より立場が下になるなど許容出来かねます。兄上のような軟弱な考えを持ち合わせておりませんので」
「なんだと…」
「では失礼いたします」
行ってしまったか…。
まあこうなるとは思っていたが、あの二人は父を慕っていたからか景虎に対する態度まで父に似てしまいおった。
あの二人の動向には少し気を付けないといけないかもしれないな。
とにかくやるならば早い方がいい、早速定実様にお伺いを立ててみよう。
---春日山城 長尾景虎---
この日俺は兄上に話があると伝え、春日山城の自室に来ていた。
「よく来たな、楽にしてくれ」
兄上はそう言って俺に座るように促す。
俺は楽な座り方ではなく、かしこまった座り方をすると兄上の目をじっと見つめ問いかけた。
「兄上、話というのは最近私が長尾家の当主に推す声についてでございます。これについて兄上はいかにお考えでしょうか」
俺がそう聞くと兄上は一瞬驚いた顔を見せた後、静かに目を閉じると話し始めた
「父から家督を譲られて以降、私は必死にこの越後を治めようと足掻いてきた。しかし、そんな頑張りなど意味がないかのように次々と反乱が起き、越後が荒れていくそんな日々が辛かった」
「…」
「だが、そなたのおかげで徐々に越後は落ち着きを取り戻していった。そなたの戦いぶりに皆が沸き立ち、期待を寄せている。私はそんなお前が…誇らしい」
俺のことを誇らしいと言ってくれた時、兄の顔は昔のような優しい顔に戻っていた。
「普通なら弟が兄より期待を寄せられているなど到底我慢できるものではない。でも、私がそう思わずに済んだのはお前が昔にあの話をしてくれたおかげだ」
「あの話というのは、私が毘沙門天様にお会いした話ですか?」
「うむ。正直あの時は半信半疑であったが、今のお前を見ていたらあの話は本当だったのだと確信できる。もしあの話を聞いていなかったら私はお前にひどく嫉妬していただろう。私が欲しかったものを持っているそなたをな」
「あの時はただ誰か一緒に背負ってほしくて兄上に話しただけで、そのような意図は一切ございませんでした」
「だとしても、あの話をしてくれたおかげで弟に嫉妬せず済んだのだ。改めてありがとう、景虎」
穏やかな表情で語った兄は、再度表情を引き締め居住まいを正した。
「景虎よ、私はそなたに家督を譲ろうと思う」
「よろしいのですか?」
「あぁ、今の越後にはそなたのような強き主が必要だ。それに、そなたの使命を果たす第一歩として越後を治めるのは必要なことであろう?」
「…承知いたしました。必ずや越後を治め、我が使命を果たして見せましょう」
「うむ。そなたに色々背負わせてしまって済まぬが、この越後をよろしく頼んだぞ」
おそらく今回のことで兄上も随分と悩んだはず。
それでも私に家督を譲る決断をしたということは、それだけ私のことを信頼してくれている証拠だろう。
「そういえば兄上、景康兄上や景房兄上はどのように?」
「それが…あの二人は認めないと言っておった。私も何とか説得しようとしたが聞く耳持たずといった様子でな」
「そうですか…」
「だが気にする事は無い。現当主である私がお主に家督を譲ると決めたのだ。あの二人の動向については私が注意しておこう」
やはり兄上達には納得してもらえなかったか…。
でも俺は覚悟を決めたんだ、あの二人には申し訳ないが納得してもらうしかない。
「それと、既に定実様にはお主に家督を譲るつもりであるとお伝えしたら認めてくださった。なのでそのあたりは問題ないぞ」
「…兄上には敵いませんな」
こうして兄上との話し合いの末、俺が越後長尾家の家督を継ぐことが決まったのだが、俺は年の離れた弟なので兄の養子になってから家督を譲るという形をとった。
そして数日後、春日山城の大広間にて定実様了承のもと正式に越後長尾家の当主となることが宣言されのだった。
集まった家臣達は皆驚きの表情を浮かべていたが、次第に歓喜の表情に変わっていった。
「宣言通り、私が新たに越後長尾家の当主となった長尾景虎である。急な事ゆえ混乱している者もいるだろうが、守護代としてこの越後に平穏を齎すため皆の働きに期待している」
「「はっ!」」
越後国内では強き主が誕生したと歓喜の声で溢れかえったが、同時にこの当主交代で立場が悪くなることを懸念した上田長尾家の長尾房長が反旗を翻し、それに呼応し黒川城主の黒川清実も兵を挙げる結果となった。
---上田城 長尾房長---
私は自室で嫡男の政景と共に話をしていた。
「景虎が当主になったか…」
「意外にも晴景殿ご自身がこの当主交代を決めたようです。それに定実様も景虎のことを大層気に入っているらしく、定実様亡き後も安泰だとご自身でもおっしゃっていたそうで…」
「我ら上田衆などもはや当てにしていないとでも言うのか!」
「それに厄介なのが古志長尾家の長尾景信は以前から景虎派として景虎の家臣達と行動を共にしており、発言力も高まっているようです」
そうなのだ、奴はこの当主交代が決まる前から景虎派の家臣達と共に動いていた。
そのため発言力が高まっており我ら上田長尾家の立場は悪くなる一方だ。
それに景虎がいかに優秀だろうと私はまだ認めたわけではない。
「しかし、あの景虎は戦にめっぽう強いとの噂です。勝てるのでしょうか」
「なに、別に勝てなくても良い。我ら上田衆の精強さを知らしめるいい機会だ」
それに景康殿と景房殿が何やら動いておるようだし、それに合わせて動いても良いかもな…。
---天文18年(1549年) 春日山城 長尾景虎---
俺は反旗を翻した上田長尾家と黒川清実の制圧に乗り出した。
黒川城に向かう軍勢は中条藤資を総大将に3000の軍を派遣し、上田城には俺が4000の兵を率いて向かった。
ただ、景康兄上達が数日前から姿をくらませたとの情報もあり嫌な予感がした為、段蔵率いる忍び衆に兄上達の身柄を探させると同時に他国の動きも調べさせた。
そうして進軍を開始した俺は途中、発知長芳の居城である板木城を攻めるが、精強で知られる上田衆の兵たちによって頑強に抵抗されてしまい落城に至るまではいかなかった。
それ以降も抵抗は続き、しびれを切らした俺は八月一日に坂戸城を総攻撃することに決めしばらく続いた戦いを終わらせようとした。
そんな俺の元に段蔵から驚愕の知らせが入ることになる。
「なに!?蘆名がこの越後に向けて軍を起こしただと!?」
この知らせには続きがあり、なんとその軍勢の中には景康兄上達もいるとのことだった。
「景虎様、こうしてはいられません。早急に上田長尾家と和平を結び蘆名を迎え撃たねば!」
「わかっている!!くそ、いったい何を考えているのだ兄上達は!!」
俺は沸騰する頭を何とか抑え、上田長尾家に和平の使者を送ることにした。
すると意外にも向こうからも和平の使者が来ており、その使者というのが長尾政景だった。
「我ら上田長尾家は降伏いたします」
「政景殿、それはありがたい限りだがいったいどうして?」
「それは蘆名家がこの越後に侵攻してきていることが関係しております。我ら上田長尾家は確かに越後長尾家に対して反旗を翻しましたが何も越後を害したいつもりではございません。それに他国の人間が攻めてくるというならば話は別でございます」
「…そのような言い分を信じろと?」
「信じられないというならば我が首と父房長の首を以て降伏をお許しいただきたい。その代わり、必ず蘆名家の侵攻から越後を守ってくだされ」
嘘をついているようには思えないが、このまま許してもいいものなのか?
ここで助けてしまえばまた反乱を起こすかもしれないし、やはり切るべきだろうか。
「景虎様!上田衆の力は越後でも精強なれば、ここで政景殿を切るのは悪手かと存じ上げます」
「それに政景殿の正室は景虎様の姉でもある仙桃院様でございます。何卒寛大な処置をお願い申し上げます!」
すると、政景殿や房長殿の助命を願う者達が次々に現れた。
確かに上田衆の精強さは身をもって体感したし、姉上の悲しむ顔が見たい訳ではない。
そのうえ今は一刻を争うので早急に終わらせたいのもあった。
「…政景殿、上田長尾家の降伏を許そう。今後は上田衆の力を我のためにお使いくだされ」
「寛大な処置、感謝の念に堪えませぬ。これより我らは景虎様の為に盾となり矛になりましょう」
こうして上田長尾家の降伏という形で坂戸城での戦いを終えると、急いで春日山に戻り部隊を再編成すると、蘆名軍の進軍先である菅名荘に向けてこちらも進軍を開始した。
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