元服
思ったよりも進みませんでした。
頑張ります。
---天文12年(1543年) 春日山城 長尾景虎---
この年の8月、俺は元服を迎えた。
名は長尾氏の通字である『景』の字と幼名の虎千代から『虎』を取って『景虎』になり、『長尾平三景虎』と名乗ることになった。
元服を済ませた俺は翌月9月に兄の命で古志郡司に任命されて栃尾城に入ることとなる。
この命の背景には、越後守護上杉定実の養子に伊達家の時宗丸(伊達実元)を迎えることに対して賛成派と反対派に分かれてしまった事が原因で、反対派の一部の揚北衆を制圧する事が俺の仕事だ。
なおこの問題に関して伊達家でも嫡男である伊達晴宗が時宗丸の養子入りに反対し、当主の稙宗と嫡男の晴宗の間で内紛が起き、後に『天文の乱』と呼ばれる大戦にまで発展することとなる。
そして俺が栃尾城に赴く際、長尾家家臣の村山与七郎がどうしても俺の元で働きたいと兄上に直談判したようで彼は俺直属の家臣となっていた。
でもなんで俺の家臣なんかに?と聞いたところ、春日山での俺の名声を聞いたようで、まだ子供なのに自国の民のためにその力を振るう姿に感激したとの事。
栃尾城に着いた俺たちは城主の本庄実乃に迎えられた。
その後俺は領内の視察を行うとともに、人材の発掘をすることにした。
人材といっても内政が出来るような者ではなく、腕っ節に自信がある者に俺の身辺警護を任せようと思っているからだ。
何せ主だった家臣は与七郎と栃尾城の城主である本庄実乃だけだし、実乃と与七郎には領内のことを色々と任せようと思っているので普段自分の身を守ってくれる者がいない。
そこで集まってくれた者達に模擬戦を行わせ、勝ち抜いたものに俺の身辺警護を任せることにした。
すると二人の男が勝ち上がり、二人は共に互角の戦いを繰り広げていた。
1人はかなり大柄な偉丈夫で、もう1人は小柄ながら素早い身のこなしをしていた。
結局両者とも勝敗が付かなかったが、素晴らしい戦いぶりに俺は二人を気に入り家臣にすることにした。
2人の名前は、『小島弥太郎』と『加藤段蔵』だった。
弥太郎のほうは農民の出というのにかなり鍛え上げられた肉体をしており、槍働きに期待出来そうだ。
段蔵の方は元々伊賀出身の忍びのようで、雇い主を探しにここに来たらしい。
「景虎様、この度は我々を召し抱えてくださり景虎様には感謝してもしきれません」
「そう畏まらなくても良い。そなたらの武勇に惚れたものでな」
「勿体なきお言葉。しかし景虎様、弥太郎殿はともかく忍びである某を召抱えてもよろしかったので?」
本当に召抱えてくれるのか半信半疑といったところだな。
まあ、確かに疑問に思うのは当然だろう。
この戦国の世では忍びは卑怯な者達という印象を持たれており、卑しい身分として蔑まれている存在だ。
どの家を見ても忍びを家臣にするなど言語道断、奴らは所詮道具に過ぎないと考えるのが普通だろう。
だが、俺は忍びという存在にはかなり価値があると思っている。
彼らは諜報活動に重きを置いており、確実に情報を掴み素早くそれを持って帰る。
時には暗殺などもこなすだろうが、そんな彼らがどれだけ危険な任務をこなしているのか考えた者はいるだろうか?
否、いるわけが無い。
我ら武士は正々堂々戦うのが当たり前なのだ。
そんな武士達が忍び達の事を人と同じ扱いなどするはずなどなかった。
しかし俺はその忍びが持って帰ってきてくれる情報こそ、どんな槍働きよりも価値のあるものだと思っている。
「確かに忍びを召抱えるなど聞いたこともないであろう。しかし、私はお主ら忍びを評価しておるのだ」
「評価…ですか?」
「あぁ、考えてみろ。戦をする時に相手の正確な兵数や兵装、陣容など相手に関する情報がこちらにあるとすればどれほど有利になるのかを」
相手の状況が分かればそれだけ有効な策を打ちやすいわけで、自分達が不利になる事が格段に減るのだ。
「そんな貴重な情報を命懸けで持って帰ってきてくれるおかげで、無駄な血を流さずに幾千幾万の敵を打ち払えるのだ。その働きを評価せずなんとする?」
「忍びをそのように評価していただけるとは…しかし、本当にそのように報いてくださるのでしょうか…?」
むぅ、やはり言葉だけでは信じることは出来ぬか…。
それだけ忍びが普段から評価されることが無いのと、忍び達自身にもそんなことはありえないという考えが染み付いてしまってるという訳だな。
「まあそう簡単に私の言葉を鵜呑みにしろとは言わん。とりあえずこのぐらいの金子で私に雇われてみないか?」
「こ、これほどの額を某1人を雇うために?!こんなに受け取れませぬ!」
俺が段蔵に提示した額は、相場と比較しても2倍から3倍程の額で、俺が今現在出せる額ギリギリであった。
「何を言うか、言ったであろう?私はお主ら忍びを評価していると。今はこのぐらいだがいずれもっと払うことも出来よう」
「本当にそれほどまでに評価していただけるのですな…。景虎様、あなた様の言葉を疑ってしまったこと何卒お許しくださいませ。この加藤段蔵、あなた様に誠心誠意お仕えさせていただく所存でございます!」
「うむ、そなたの働きに期待しているぞ。弥太郎も同じだ、その武勇で私を支えてくれ」
「「はっ!!」」
こうして小島弥太郎と加藤段蔵を家臣に加えた俺は、反抗する揚北衆の制圧へ動き出すのだった。
---同年 栃尾城 加藤段蔵---
私は生涯お仕えするのに相応しい主を見つけたのかもしれない。
景虎様は私のような忍びを邪険にせず、きっちり仕事をこなすと我々忍びを武士と同じように評価してくださる。
労いの言葉はもちろんのこと、仕事をこなしてくれた礼だと言ってかなりの金銭をいただき、それどころか命を大切にせよとまで仰ってくださった…。
こんな待遇は生まれて初めてで、いまだに夢なのではないかと思う時がある。
今まで会ってきた武士はみな我々を蔑んだ目で見てきた。
どんな仕事をこなそうが労うことすらしてもらえず、仕事を与えてやってるだけで感謝しろと言わんばかりに次から次に無茶な任務を与えてきた。
その度に同胞の死を目の当たりにし、それを報告しても「そうか」の一言だけで、まるで我々の命などどうでもいいかのような態度。
伊賀の里で育った時から覚悟はしていたつもりであったが、あの時ばかりは怒りが湧いたのを覚えている。
…いや、もう昔のことは思い出さないでおこう。
今の私は景虎様に仕える忍び、景虎様のおかげで伊賀の里に住んでいる母親や弟たちに仕送りが出来ているのだ。
この御恩に報いるべく、どんな任務でもこなしてみせる。
それにしても、何やら国人衆達が怪しい動きをしているみたいだ。
これは景虎様に報告せねばならんな…。
---同年 栃尾城 小島弥太郎---
景虎様は素晴らしい御方だ。
俺のような農民出身の人間でもちゃんと評価してくださるおかげで、村で暮らす母や兄弟に腹いっぱい飯を食わせてやれてる。
今はそれほど激しい戦いは起きてないが、いつ大きな戦が起きても戦えるように、もっともっと精進しないとな!
でも景虎様の身辺警護をしてて思うんだが、あの方護衛が必要無いくらい強くないか?
---天文13年(1544年) 栃尾城 長尾景虎---
栃尾城に来てから数ヶ月が経ち、年が変わって天文13年になっていた。
あれから段蔵と共に行動していた忍び数人を新たに雇い、周辺の様子を探らせつつ反抗勢力の鎮圧に領地の開発などもおこなっていた。
そして数ヶ月前に段蔵からもたらされた情報の中に、周辺の国人達が怪しい動きをしているとの報告を受け忍びに警戒をさせつつさらなる情報を探らせた所、どうやら兄上の統治が上手くいっていないのを理由に反旗を翻そうとしているようだ。
ここにきてこれまでの問題を上手く解決出来なかった事が尾を引いているみたいだな…。
兄上…やはりあの人は人の上に立つには優しすぎる…いや、今はこんなことを言っている場合ではないな。
「誰ぞいるか!」
「どうされましたか?」
「この書状を兄上の元に。警戒をしておいてくれと」
「かしこまりました!」
俺は家臣に書状を託すと、恐らく俺の元にも攻めてくるであろう国人衆を迎え撃つべく策を考え始めた。
俺を若輩者と侮る奴らに、二度と背くべきでは無いと思い知らせねばならんな。
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