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毘沙門天の化身  作者: 藤宮 猛
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手取川の戦い【後編】

 ---弘治元年(1555年) 加賀国 手取川---


 「『車懸かりの陣』を組め!!」


 「「はっ!!!」」


 「一部部隊は長尾、冨樫両部隊の救援に向かうのだ!!」


 実虎の号令と同時に待機していた全部隊が一斉に陣形を組みながら前方へと進軍を開始する。

 この『車懸かりの陣』とは、波状攻撃を繰り出す事で周りの敵部隊を釘付けにしている間に実虎率いる本隊が敵総大将の部隊と交戦する為の陣形である。

 そうして上杉軍が川を渡りきると同時に吹雪いていた雪が偶然にも視界がはっきりするほどの弱さになると、中央の敵部隊は突然上杉軍が目の前に現れたかのように見え大慌てで迎撃をしようとした。


 「なっ?!上杉軍だと!?お、お前達迎え撃て!!」


 「そんな暇は与えん!」


 迎え撃つ暇を与える気のない上杉軍は次々と敵部隊に対し波状攻撃を繰り出し一向宗の門徒や信徒達は次々に討ち取られていった。


 「くそっ!橋の防衛に向かわせた者達を急ぎ戻らせろ!!」


 突如現れた上杉軍を食い止める為、橋の防衛に向かっていた戦力が徐々に戻ってきた。

 しかしそんな事では止まらない上杉軍は実虎を敵本陣に辿り着かせるべく奮戦する。


 「いくら数が増えようと関係ない!この柿崎景家が相手をしてやる!!」


 「流石景家殿!私も負けてられませんな!!」


 「直江家の兵共よ!奮戦せよ!!」


 柿崎景家、甘粕景持、直江実綱ら主要な者達の奮戦により乱戦状態となった。

 そして敵本陣への道が開けようとしていたが、実虎を見つけた敵部隊が横合いから攻撃を仕掛けてくる。


 「おい!敵総大将が居たぞ!討ち取る好機だ!!」


 「「南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏」」


 「くっ!」


 「実虎様には近付けさせん!!」


 「定満か!助かったぞ!」


 「実虎様、この場は我らにお任せを。実虎様は敵本陣へ!」


 「うむ、ここは任せた!」


 実虎に攻撃を仕掛けようとした部隊を宇佐美定満が行く手を阻むと、実虎は彼に場の指揮を任せた。

 そうして敵総大将のいる本陣を視界に捉えると、実虎はそこ目掛けて全身全霊を込めた一撃を叩き込んだ。


 「我は毘沙門天の化身、上杉実虎なり!!加賀に巣食う悪霊共よ成敗してくれる!!」


 「ひ、ひぃっ!!なぜ上杉がここまで来ているのだ!!!誰か!!誰かあやつを止めよ!!!」


 「殿の邪魔させねぇ!てめぇらの相手はこの小島弥太郎様だぁ!」


 弥太郎含め馬廻衆達が敵兵を食い止め、それでも群がる僧兵達を実虎は薙ぎ倒し進むと、下間頼照目掛けて振り下ろした一撃は彼が構えた薙刀もろとも身体を一閃する。

 しかし、思っていたより周りの抵抗が強く邪魔もされたせいか負わせた傷は思ったよりも浅く仕留め損ねてしまった。


 「ぐぅっ!忌々しい上杉風情がぁ!!覚えておれ!!」


 「ちぃ!奴を逃がすな!!」


 「逃がすか!!我らの国を返せ!!一向宗がぁぁ!!」


 「ぐはぁ!」


 仕留め損ねた下間頼照は深手を負いながらも逃げようとしたが、最後は冨樫豊弘に心臓を貫かれ絶命した。


 「敵総大将、冨樫豊弘が討ち取ったりいいぃぃぃ!!!」


 下間頼照討死、この報はすぐに戦場全体へと広がり死を恐れた門徒達は信徒達を見捨てて我先にと戦場から逃げた。

 指導者となる門徒が居なくなったことで信徒達は徐々に戦意を失い、それでも抵抗を続ける者は悉く討ち取られ総勢7万がぶつかった手取川の戦いは、上杉冨樫連合軍の勝利で幕を閉じた。


 しかし、なぜ実虎は敵本陣に異常が生じると分かっていたのか。

 それは実虎が仕掛ける少し前に遡る…。


 痺れを切らし大軍を送り込んだにもかかわらず未だに冨樫長尾両部隊を潰したという報が入ってこない頼照は露骨に不機嫌になっていた。


 「ちっ!いったい何をしておるのだ!敵部隊殲滅の為にあれだけの兵を送ったのに何故未だに報告が来ておらんのだ!!」


 「わ、分かりません…もしや援軍が送られてそれで時間が掛かってるのかも…」


 「だとしても遅すぎるであろうが!!」


 周りの部下達も下手な事が言えず何とか頼照の機嫌をこれ以上損ねないように勤めていた。

 そんな一向宗本陣のある場所から少し離れた所に、数百名の同志を連れ杉浦玄任は居た。


 「戦場の様子はどうだ?」


 「雪が吹雪いてきて正確な状況は分かりませんが、どうやら上杉軍は橋の制圧の為一部を向かわせている様です。それの殲滅に一向宗達は躍起になっています」


 「ふむ、それで本陣の様子は?」


 「未だ殲滅出来ていないことに頼照は腹を立てている様子。しかし警戒している様子はなく、油断が見られます」


 「よし、では手筈通り本陣に一当たりした後各員速やかに撤退を。その混乱に乗じて上杉が動いてくれるはずだ」


 「承知」


 「くれぐれも死ぬ事は許さん。そなたら同志にはこれからも共に戦ってもらわねばならんからな。では突撃!」


 本陣が油断しているのを確認した玄任は奇襲攻撃を開始する。

 その事を全く知らない頼照達は突如現れた玄任達の攻撃に慌てた。


 「敵襲だと?!何なのだ貴様ら!!」


 「久方振りだな頼照殿、悪いが死んでもらう」


 「そなたは杉浦玄任?!一体どういう了見じゃ!」


 「清く正しい本願寺に戻るため、貴殿らのような僧は必要無いのだ!」


 「くっ!」


 玄任は頼照に向かって薙刀を振り下ろしたが、頼照はその攻撃を受け止め一旦距離を取った。


 「こんな事をしてただで済むと思うな!この事は法主様に報告させてもらうぞ!」


 「お好きになされるがいい、どうせこの戦は貴殿の負けだ」


 「何!?」


 「上杉実虎という男を相手にしたのが悪かったな」


 「ふざけた事を抜かすな!」


 玄任の一言に怒った頼照は力任せに薙刀を振るうが、玄任はそれを難なく避けると撤退の合図を出した。


 「皆の者!撤退するぞ!」


 「逃がすか!奴らを逃がすな!!」


 逃げる玄任達を逃がすまいと追いかけるが、元々すぐに引くつもりだった玄任達の逃げ足は早く視界が悪いのもあって玄任を逃してしまった。

 そしてこの出来事の直後、実虎が強襲してきて玄任の言った通り頼照は討ち取られてしまう。

 実虎は視界こそ悪かったが戦場全体に意識を張り巡らせており、視界が悪い中でも加護による力でこの奇襲が把握出来たのだ。


 その後、何とか戦場から逃げ出せた門徒達は尾山御坊へと辿り着いた。


 「はぁ…はぁ…頼照様が討ち取られてしまうなんて…」


 「いや、まだこちらには頼廉様がいらっしゃる。頼廉様指揮の元戦力を纏めて尾山御坊で籠城すれば…」


 「おい!頼照様配下の者だ!ここを開けてくれ!!」


 門徒達は自分達が帰ってきた事を門兵に伝えると、尾山御坊の門がゆっくりと開く。

 ようやく一息付けると安堵した門徒達が開く門の中に見たのは、武装しこちらに殺気を向けている頼廉配下の者達と頼みの綱である頼廉本人が居た。


 「お主ら、よう戻ってきたな」


 「は、はい…。しかし頼廉様…?なにやら物々しい雰囲気でございますな」


 「ん?あぁ、それも当然だろう。何せ敵がこの尾山御坊までやって来たのだからな」


 「敵…でございますか?」


 「やれ」


 門徒達は敵が来たと言われて当たりをキョロキョロと見渡すが、上杉軍の姿はどこにも無かった。

 その瞬間頼廉は配下に命令すると一斉に矢の嵐を振らせる。


 「な、何をされるか頼廉様!!」


 「敵と話す舌は持たん」


 矢の嵐によって逃げて来た門徒達は死に、逃げようとした者達ももれなく殺されてしまった。

 事が終わると頼廉は死者に対して手を合わせ、死体は焼き払っておくようにと配下に指示をし玄任の帰りを待った。


 玄任は奇襲した後、そう遠くない場所に身を潜め戦いが終わるのを待って実虎の元へと向かった。


 「実虎殿!」


 「その声は玄任殿か!この度の協力感謝する!」


 「いえいえ、こちらこそ長い間連絡が出来ずに申し訳なかった。不甲斐ない事に事が露見してしまいましてな」


 「やはりそうであったか、だが貴殿が無事で何よりだ。それはそうと逃げ足の早い者達に逃げられてしまった、恐らく尾山御坊に逃げ込んだ筈だから追討に向かおうと思っている」


 「実虎殿、それには及びませぬ。実は尾山御坊には私の協力者がおりますゆえ、今頃はその者の手によって討ち取られている事でしょう」


 「確か、貴殿を助け出した者だったか。その者にも感謝せねばな」


 「えぇ、腕の経つ者で頼りになる御方でございます。では尾山御坊まで案内致しますので付いて来てくだされ」


 そうして玄任案内の元、上杉軍は尾山御坊へと向かいそこで実虎と頼廉は再会を果たすのだった。

今回もお読みいただき誠にありがとうございます!


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