手取川の戦い前夜
---弘治元年(1555年) 手取川周辺 上杉本陣---
「一揆勢に動きは無しか?」
「はい、あれだけの数を揃えたのですから数に任せて攻めてくるかと思ったのですが…」
手取川にて下間頼照率いる一揆勢と対陣していた実虎は、無理に攻めることはせず相手の出方を伺っていた。
「玄任殿の消息が分からない以上下手に攻めるのは得策ではない。ここからは向こうを挑発して動くのを待つ」
「しかし実虎様、今は10月でいつ雪が降って来てもおかしくない時期でございます。もしこのまま対陣が続けばいずれ雪によって身動きが取れなくなりましょう」
「うむ…そうなる前に何とかしたいのだがな…」
上杉、冨樫連合軍は2万8千もの軍勢を用意しているが、一揆勢はそれを上回る約4万の軍勢を用意していた。
兵の質や練度はこちらが格段に上だが、それでも数の差というのは覆しがたいものがあった。
「朝倉の方はどうなっている?」
「大聖寺城を攻め落としたとの報を受けた後は特には何も。恐らく各拠点を攻めている頃かと存じますが」
「実虎様、ここは無理せず翌年に改めて攻めるのはいかがでしょうか。連戦によって将兵の疲れも溜まっておりますし、じきに雪も降るならば無理する必要は無いかと」
加賀に侵攻を開始してから連戦に次ぐ連戦で軍全体に疲れが出始めていた。
そしてこの時期になると北陸は一気に冷え込みそれもあって無理するべきではないとの意見もちらほら見られてきた。
しかし実虎は今の勢いのまま攻めたいという気持ちがあり、ここで敵に時間を与えるのは良くないと直感が告げていた。
そんな停滞した軍議の最中、朝倉家からの使者がやって来た。
「朝倉家家臣の半田吉就にございます」
「吉就殿、如何なされた?」
「我が朝倉家の総大将を務められていた朝倉宗滴様が、先月の23日にお隠れになられました」
「なにっ!?」
「現在は景隆様が代わりに総大将を務められておりますが、一揆勢の勢い凄まじく大聖寺城に攻め込まれている状況でございます」
使者がもたらした情報はにわかには信じ難いものであった。
優勢であったはずの朝倉軍が拠点に攻め込まれるほど追い詰められている上に実虎が慕って止まなかった宗滴が死んだという報。
それを聞いた瞬間実虎は一瞬目の前が真っ白になった。
「…なぜ宗滴殿は亡くなられた?」
「以前から病によって体調を崩されることが多かったのですが、此度の侵攻でかなりご無理をされて陣中にてお倒れに。その後一乗谷に帰還されましたが…そのまま…」
「なぜ…何故だ宗滴殿!!共に加賀を鎮めた後…共に酒を酌み交わしたかったというのに…。もう一度…もう一度だけでも…貴方と言葉を交わしたかった…」
「後、宗滴様から実虎様宛に文を預かっておりますのでこちらを」
実虎は宗滴からの文を受け取るとすぐさま読み始めた。
文の内容は今回の戦について最後まで共に戦えなかった事を詫びるものや、上杉実虎という男に出会えて心が踊った事、戦や政について語り合った時の事などが綴られており、気付けば実虎の瞳から一粒の雫が零れ落ちた。
そして最後にはこんな事が書かれている。
『最後に、今後実虎殿はさらに飛躍する事になるだろう。その時朝倉家が邪魔になるような事があれば遠慮することは無い、そなたのような者にこの越前の地を治めてもらいたいと儂は考えている。その際は出家させた我が息子を使ってくれて構わん』
「ふっ…承知しました宗滴殿。感謝する吉就殿、宗滴殿の文まで届けていただいて」
「いえ、この文を必ず実虎様の元へ届けるようにと最後に命じられましたから、その任を果たしたまででございます。それではこれにて」
「…実虎様、宗滴様はなんと?」
「共に戦い抜けなかったことへの謝罪と、後の事を頼む…そう書かれておった」
吉就が去った後、少しの間静かな時が流れると次は段蔵が戻ってきた。
「段蔵か、いかがであった?」
「実虎様、玄任殿は生きておられました。どうやら事が露見してしまい地下牢に閉じ込められていたようで、協力者と思われる僧兵によって助け出されておりました。そしてこの書状を実虎様にと」
ひとまず玄任が生きていたという事に安堵し、彼からの書状を受け取ると内容を確認した。
書状には玄任達がどのように動くかが書かれており、それを読んだ実虎の頭の中では必勝の策が思い浮かんでいた。
ただ、気掛かりなのは朝倉方面に出張っている軍勢が引き返してくる事だが、そこは朝倉家を信じて動くしかないと覚悟を決めた。
「段蔵、良くやってくれた。こちらはそちらの動きが確認でき次第動くと伝えておいてくれ」
「承知しました」
その後、実虎は各諸将に思い浮かんだ策の内容を伝えるとその日の軍議は終了した。
そして気付けば空から雪が降り始めていた。
「雪ですな…」
「あぁ、これで我らは勝てる」
翌日雪がしんしんと降り続ける中、手取川の地にて両軍合わせて約7万の大戦が始まろうとしていた。
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