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毘沙門天の化身  作者: 藤宮 猛
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玄任救出

 ーーー弘治元年(1555年) 尾山御坊 杉浦玄任ーーー


 加賀一揆勢の本拠地にして堅牢な要塞と化しているこの尾山御坊の地下牢に、杉浦玄任は幽閉されていた。

 水や食料をろくに与えられず、頼周配下の僧兵達に拷問を受ける日々を過ごしてきた事で玄任は心身共に衰弱していた。


 「あれからいったいどれほどの時が経ったのだ…。恐らく今頃はこの加賀の地へ上杉と朝倉の軍勢が攻めてきているはず…」


 外部との連絡も取れず、一日中監視の目がついているため逃げ出すことすら出来なかった。

 しかし、玄任が口を割らせる為の拷問にこれまで耐えてきたのはこの状況になってもまだ希望が残っていたからだ。


 「法主様宛に送った文…あれが届いてさえいればこの状況を変えられる筈。しかしここまで何の音沙汰も無いという事は…」


 その希望とは、玄任が石山本願寺宛に送った今の加賀の有様を書き留めた文であった。

 玄任は頼周に文を回収される可能性を考慮し、複数の信頼出来る配下に持たせて石山本願寺へと送っていたのだ。

 新たに法主となった顕如はこれまでの法主とは違い、民や信者達に寄り添い慈悲深い御方だと評価されている。

 玄任も幼い頃の顕如に会ったことがあり、この御方ならばと希望を託していたのだ。

 だが、現状自分は幽閉されており誰かが探しに来る気配もないのを見ると、顕如の手元に文は届いてないのだろうと諦めかけていた。

 すると、通路の方が何やら騒がしくなった。


 「貴様ら、玄任殿がここに居るのは分かっているのだ。そこを通せ」


 「何をおっしゃっておられるのかさっぱりでございます。このような地下牢に玄任様が居らっしゃる訳が…」


 「ほう…あくまでしらを切るつもりか。確認してもし玄任殿が居れば貴様らがどうなるか…分かっておるな?」


 「くっ…頼廉様とはいえここは通せませぬ!少々痛い目に遭ってもらいますぞ!」


 数人の僧兵が頼廉に襲い掛かるが、頼廉は素早い身のこなしで避けると一人の武器を奪い瞬く間に制圧してしまった。


 「全く…玄任殿の文に書いてあった通りのようだな」


 頼廉は僧兵を縛り上げると奥の地下牢に玄任の姿を確認した。


 「玄任殿か!?助けに来たぞ!」


 「頼廉様…」


 玄任の弱り切った姿に頼廉は驚いたが、ひとまず水を飲ませ地下牢を出ると自室にて食事と休息を与えた。

 その後、頼廉は玄任が回復するのを待ち話を聞いた。


 「玄任殿、ひとまず貴殿が無事であったようで何よりだ。加賀の現状を知らせてくれたこと、顕如様に代わり礼を言う」


 「という事はあの文は無事法主様の元に届いたみたいですな。礼を言うのはこちらの方でございます、危ない所を助けて頂き感謝致します」


 「ところで玄任殿、私になにか申すべき事はないか?」


 「と、いいますと?」


 「…上杉との密談」


 「っ!?」


 玄任は頼廉に実虎と密談を知られていた事に狼狽えた。

 咄嗟に言い訳をしようと思考を巡らせるが、この場を切り抜けられるような言い訳は思いつかなかった。


 「…も、申し訳ございませ」


 「あぁいや、何も責めている訳ではない。大方のことはお主の部下に聞いた」


 「え?」


 「この加賀を思っての行動であると聞いている。私にもその手伝いをさせて欲しい」


 「そ、それは願っても無いことでございますが…裏切りだとは思われないのですか?」


 「あのような文を送った男が裏切るとは思えんし考えもなしにそのような事をする男だとも思わぬ。それに顕如様から貴殿が加賀を変えようとするならばその手伝いをしてくるようにとの命を受けているのだ」


 「法主様が…。頼廉様、ご助力感謝致します!」


 玄任は協力してくれる頼廉に深々と礼をすると、早速加賀の現状と実虎との密談の内容を話した。


 「現在この加賀を攻めている上杉実虎は加賀を害する為に攻めている訳では無いとの事。その証拠に捕らえた加賀の民に食事を振る舞い手厚く保護をしているようで、これは共に攻めている朝倉家も同様のようです」


 「つまり上杉の敵はあくまで我ら本願寺ということか」


 「えぇ、それに保護した民に対しても改宗をさせる様なことはしていないようですな」


 実虎が捕らえた民を手厚く保護している事は一揆側も知っており、少なからず士気に影響を与えていた。


 「ふっ、やはり越後の龍は噂通りの男みたいだな。それで奴は何を求めてきた?」


 「腐った坊主を残らず駆逐するために、私と志を同じくする者達に立ち上がって欲しいと。」


 「寝返って欲しい訳では無いのか?」


 「私も同じ質問をしたのですが、『人々には心の拠り所の必要だ。あなた達のような方にその役目を担って欲しいだけ、だから寝返りでは無く立ち上がって欲しい』とおっしゃいました」


 「なるほど…珍しい武士も居るものだ」


 そして加賀を制圧した後、変わらず武力を持っていい事と荘園での利益についても手を出すことは無い事を頼廉に報告した。

 破格の内容に頼廉はまたも驚いたが、玄任が寺社の力を正しく使ってくれると信じての事だと伝えると疑いながらも納得したのだった。


 「ですが頼廉様、肝心の同志達は散り散りに配置されてしまい蜂起しようにも数が足りませぬ」


 「それならば心配いらぬ、顕如様の配慮で我が配下の者約800名が共に来ている。この者達は顕如様や私が信を置いている者達だ」


 「おぉ!それは大変ありがたい!それで現在の戦況は?」


 玄任がそう聞くと頼廉の部下が戦況を伝えた。

 現在、上杉冨樫連合軍は尾山御坊を攻めるため進軍しており手取川に差し掛かったところで、下間頼照率いる加賀一揆勢約4万が迎え撃ち川を挟んで小競り合いが続いているという。

 対する朝倉軍は大聖寺城を拠点とし七里頼周率いる一揆勢の拠点制圧を試みるが、一揆勢の死をも恐れぬ戦いぶりに苦戦を強いられているとの事。


 「初めは一揆勢が押されていたが、私の気に食わんやり方で膠着状態になっておるようだ」


 「朝倉勢はともかく上杉勢がここに来て消極的なのはやはり私との連絡が途絶えたからでしょうな。いくら越後の龍とはいえ真正面から戦えばかなりの損害が出ましょう。ここは実虎殿に私の無事を伝えましょう」


 「うむ、そうするべきだな」


 そして実虎の元へ伝令を送ろうとしたその時、頼廉の部下が急報を告げてきた。


 「ご報告!七里頼周率いる一揆勢が朝倉軍に各地で勝利!現在は大聖寺城を奪還すべく猛攻撃を仕掛けているとのこと!」

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