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毘沙門天の化身  作者: 藤宮 猛
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関東激震

 ---天文23年(1554年) 駿河国 善得寺 ---


 ここは駿河国の東に位置する臨済宗の寺、善得寺。

 今川家の宰相太原雪斎が修行した場所でも有名だが、今日この寺にはその雪斎の呼び掛けによりとある人物達が集結した。


「ふふふ…今日は我が師の呼び掛けに応じてくれて感謝するぞ。師も良くぞ実現させてくれた」


「勿体なきお言葉、ひとえに皆様の協力のおかげでございます」


「一度は破綻した話かと思ったが、まさかこのような形でもう一度提案してくるとは流石は黒衣の宰相だ、なぁ勘助よ」


「えぇ、私と雪斎殿の智謀を比べると、我が身の未熟さを痛感致します」


「ふん、一泡吹かせたかと思ったのにこのような形で同盟を利用されるとは…」


「ほっほっほ、今回は我々の負けのようじゃな氏康様」


 三者三様反応を見せる中、残る最後の一人の登場を待ちわびる。

 ある者は期待に胸を膨らませ、ある者は品定めをしてやろうと眼光鋭く、ある者は久方振りに会えるのを楽しみに。


「さて、これで残るはあと一人であるが…」


「承諾したとの報告は受けましたが…」


「まあそう慌てる事でもあるまい。わざわざ越後からやって来てくれるのだ、時間が掛かるのは仕方の無い事」


「失礼致します。義元様、お越しになられました」


「と、噂をすれば来たようだな」


 義元は役者が揃った事でニヤリと笑うと、最後の一人がこの寺に登場した。


「遅くなり申し訳ない」


「越後上杉家家臣、宇佐美定満と申します」


「婿殿、久しいな」


「義父上、お久しぶりにございます」


 実虎は義父上の氏康に挨拶をすると、決められた席に座る。

 今日この場に集まった人物は、


 今川家当主 今川義元(いまがわよしもと) 宰相 太原雪斎(たいげんせっさい)

 甲斐武田家当主 武田晴信(たけだはるのぶ) 軍師 山本勘助(やまもとかんすけ)

 北条家当主 北条氏康(ほうじょううじやす) 宰相 北条幻庵(ほうじょうげんあん)

 越後上杉家当主 上杉実虎(うえすぎさねとら) 軍師 宇佐美定満(うさみさだみつ)


 以上の者達がこの善徳寺に集結した。

 すると、義元が勢いよく立ち上がり満足そうな表情を浮かべ感謝の言葉を告げた。


「さて、改めて我が師の呼び掛けに応じてくれて感謝する!今日はこの四家にとって記念の日となるであろう!」


 なぜこれだけの人物達がこの場にやって来たのか、それは少し時を遡る。


 ---越後国 春日山城---


「お初にお目に掛かります、今川家家臣庵原元政と申します」


「越後上杉当主、上杉実虎である。我に直接伝えたい事があると申していたようだが何用だ?」


「はっ、我が今川家の宰相太原雪斎様は今川、武田、北条、上杉の四家による相互同盟を結びたいとのお考えを持っていらっしゃり、その内容についての書状をお持ち致しました」


「四家による相互同盟…!?」


「なんと…」


 元政の言葉に側近である実乃、定満が驚きの表情を見せる中、実虎は雪斎からの書状を受け取る。


「越中、能登を目指す実虎様にとって悪くない話かと」


「武田が美濃、今川が尾張、北条が関東、我らが北陸…か。この同盟が締結されれば周辺国は震え上がるであろうな」


 実虎は書状を定満、実乃に渡すと、それを見た二人は感嘆の声を上げる。


「これは…見事な手腕でありますな」


「初めに上杉と北条が婚姻同盟を結んだことで、今川武田の両家は背後の危険が高まった。それは我らとで同じ事ですが、それならばとこの四家による婚姻同盟とは…」


 四家による婚姻同盟、これは史上類を見ない物であった。

 北条と上杉は既に婚姻同盟を結んでいるため、そこから上杉が武田に、武田が今川に、今川が北条に姫を送り合う事でこの婚姻同盟を成立させようとしていた。

 普通、婚姻同盟となれば二家かもしくは一つの家が周辺の国に嫁を送ると言ったものである。

 後者で言えば伊達家のような婚姻による勢力拡大が例であるが、これが四家ともなれば各家に利があるようにするのは容易ではなかった。


「今川は後顧の憂いなく東海道を進み、武田は海が得られずとも海に面している三家との通商により、塩や海産物の確保は容易な上肥沃な土地のある美濃に集中できる。我らや北条も同様に後顧の憂いなくそれぞれの目的に全兵力を注ぎ込める」


「実虎様、この話は是非受けるべきかと」


「私も定満殿の意見に賛成でございます」


「わかった、我も受けてもいいと考えていた。元政殿、この話受けさせて頂こう」


「感謝致します。早速帰って我が主にお伝えしたいと思いまする!」


 元政は実虎に感謝を告げると広間を後にした。

 元政の居なくなった広間で、三人は再びこの同盟についての話し合いを始める。


「さて定満と実乃よ、改めてこの同盟をどう見る」


「おそらく各家思惑はあるでしょうが、現状我らの関係を考えるとこれ以上ない結果かと」


「えぇ、しかし事が上手く進めば武田、今川、上杉がそれぞれ京でぶつかる事になる。我々は将軍のお力になると決めておりますが、残りの二家がどのように考えているかですな」


「もし奴らが幕府に仇なすと言うなら容赦はしない。同盟を破棄してでも将軍のお力になるつもりだ。とはいえ、そう上手く事が運べばの話であるがな…」


「殿はこの同盟、上手くいかないと?」


「今は互いの力関係が同じくらいであるから上手くいくが、もしこの力関係が崩れることがあればこの同盟は崩壊する。それに相手より勢力が大きいからと言って油断をすれば、思わぬ伏兵にやられることだってあるものだ」


 おそらくこの同盟により各家は勢力を大きく伸ばすことになることは予想される。

 しかし、今の力関係が崩れることがあればその時はこの同盟が崩壊する時。

 そうなった場合、たちまち大勢力同士の争いに発展してしまう。

 そんな未来も有り得るのだと実虎が言うと、二人はゴクリと喉を鳴らした。


「まあ、その未来が来ない事を祈るが」


「我々に出来ることは目の前の目標に向かって全力を注ぐことでございますね」


「そういう事だ。二人共上杉の為宜しく頼むぞ」


「「はっ!」」


「では春を連れてきてくれ。此度の話を説明せねばならん」


 実虎が春と呼んだ人物は晴景の娘で、歳は13歳と晴景に似てどこか儚げな印象を持った女子である。

 父の血筋か武芸は少々苦手だが芸事に秀で、教養を兼ね備えているので嫁に出しても恥ずかしくない女子であった。

 実虎にはまだ娘が居ないため、この春姫を養子としてから武田家に送るつもりである。

 そしてしばらくすると広間に春姫が連れてこられた。


「叔父上、お話とは一体なんでございましょう?」


「春姫、そなたの嫁ぎ先が決まった。甲斐武田家嫡男、武田義信殿だ」


「武田義信様…。承知致しました。務めを果たします」


「そなたがあちらに行けばその瞬間から武田の人間である。第一に考えるのは武田家の事と心得よ」


「はい」


 春姫は表情を一切変えることなく静かに返事をした。

 実虎は先日父が亡くなったばかりだと言うのに、強い女子だと感心をした。

 そして、当主としての顔から叔父としての顔に戻すと春姫に言葉を掛ける。


「と、これは越後上杉家当主としての言葉だ。叔父としては、兄の宝物であり自慢の姪であるそなたを大切に思っている。だから、もし耐えられぬ事があればいつでも越後に戻って来るといい。そなたの帰る場所はこの越後だ」


「叔父上…私は幸せ者でございます。父に愛され、その愛してくれた父が居なくなった時も叔父上が常に目をかけてくださり私達の心を守ってくださいました。そんな父と同じくらい敬愛する叔父上が帰る場所はここだと仰って下さいました。ならば、私は安心して甲斐に向かえるというものです」


 春姫は実虎が掛けてくれた言葉を聞くと、花が咲くように笑い実虎への感謝を口にした。

 春姫としても不安はあるが、ちゃんと自分の帰る場所があるというのは何よりも心強かった。

 武家の女として生まれた以上、御家の為誠心誠意務めを果たすのは義務であり、今の春姫の心には勇気と責任感に満ちていた。


「では、行って参ります」


「うむ、務めを果たせ」


 こうして上杉家が同盟を承諾した事により四家による婚姻同盟が成立。

 この一月後に善得寺での会合が実現する。


 ---駿河国 善得寺---


「さて、改めて我が師の呼び掛けに応じてくれて感謝する!今日はこの四家にとって記念の日となるであろう!」


 義元が勢いよく立ち上がり宣言すると、続けて雪斎が此度の同盟の内容を説明する。


「先日各家に書状を届けた通り、此度の同盟は四家で互いに姫を送り合う婚姻同盟でございます。北条家と上杉家では既に婚姻が結ばれているため、上杉家から春姫様が武田家の義信様に、武田家の黄梅院様が我が今川家の氏真様に、今川家の嶺松院様が北条家の氏政様にそれぞれ嫁ぎこの同盟を成立させようと思います」


「そして同盟の内容でございますが、攻守軍事協定、相互不可侵協定、領土協定を盛り込んでおります。これにより互いを守り合い、また攻める時も力を貸すことで四家の繁栄を助け合う事が目的でございます。ここまでで異議のある方はいらっしゃいませんか?」


 雪斎が尋ねると、他の三家との人間は皆異議はなしと首を横に振る。


「ありがとうございます。では、改めて皆様からの合意を頂けたものとし、今ここにこの四家による四国同盟の成立を宣言させていただきます!」


 雪斎は他三家の合意を得られると、声高々に同盟の成立を宣言した。

 それぞれの思惑はあれど、後に『甲相駿越四国同盟』と呼ばれる事になるこの同盟の成立は、日ノ本中を揺るがす事になり周辺国の大名達は恐れおののくと同時に、この同盟に対する対策を余儀なくされた。


 ---尾張国 那古野城---


「この同盟の成立により、おそらく近い内に今川家が全兵力を持って攻めてくる事が予想されます」


「…」


 尾張国にある織田家当主の織田信長は、腹心の丹羽長秀からの報告を目を閉じ静かに聞いていた。


「殿、ここは尾張の力を結集して対応せねばなりませんぞ」


「いや、烏合の衆がいくら集まったところで今川相手には勝てぬ。急ぎ尾張を統一するぞ」


「それは…いささか時間が足りぬかと。おそらく再来年…いや、来年には攻めてくるでしょう」


「二度は言わぬ。尾張を統一する、これは決定事項だ。信行にもそう伝えておけ」


「…承知致しました」


「それと、美濃の義父上に連絡を。尾張、美濃の危機とな」


 ---常陸国 太田城---


「北条が…北条が攻めてくる…」


「憲政様、落ち着いてくだされ。我ら佐竹家含め関東の諸勢力はみな憲政様の為戦う所存でございます。我ら関東勢が力を合わせれば北条と言えどそう簡単には行きませぬ」


 ここは佐竹家の居城である太田城。

 この場には当主の義昭や息子の義重その他重臣達と、この常陸国まで逃れてきた関東管領上杉憲政が居た。

 ここでも四国同盟の成立により、急遽評定を行い北条家に対しての対策を議論していた。


「し、しかし!河越での戦は大敗したでは無いか!」


「あの時は油断をされていたから負けたのであって、我らは油断もしなければ北条の強さも知っております。万全を期すためにこうやって評定をしているのでございます」


「憲政様、我らの盟主は貴方様なのです。どっしりと構えて居てもらわなければ他の諸将も動揺してしまいます」


「そ、そうじゃな。儂がこのように動揺していては示しがつかん。儂には何万という兵が付いておるのだからな」


「その調子でございます憲政様」


 義昭は正直匿ったのは失敗だったかと思ったが、関東管領の地位を譲ってくれると言うのでこれも仕方の無い事と腹を括ったのだった。


 ---美濃国 稲葉山城---


「義龍様、武田家からいつでも力になるとの確約を頂きました」


「でかした道利。これで蝮も終わりよ」


 ここは稲葉山城にある斎藤義龍の自室。

 そこで腹心の長井道利と密談をしていた。


「皆、義龍様が国主となることを待ち望んでおります」


「任せておけ。私が蝮の手からこの美濃を救ってやる。土岐の血筋を受け継いだこの私がな!」


 ---加賀国 尾山御坊---


「上杉が攻めてくるか…まずい、まずいぞ。能登では徐々に義綱の権威が高まっていると聞く。温井殿は一体何をやっている!」


 七里頼周はそう言うと床を拳で叩いた。

 報告では朝倉も何やら戦の準備をしていると聞いており、傀儡国主である冨樫家も何かとと動き回っているとの報告も入っていた。


「どいつもこいつも鬱陶しいのぅ!!…まあ、この加賀には数十万の信徒達がいる。いくら朝倉宗滴や越後の龍と言えどこの楽園を侵すことは出来まい。仲孝殿らと加賀を守るための策を練るとするかのぅ」



 こうしてこの四国同盟を期に、時代は大きく動き出すことになるのであった。

今回もお読みいただきありがとうございます!


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