出会い
---天文22年(1553年) 堺 ---
天皇と将軍に謁見した実虎は越後に帰るのは雪解けしてからになるため、高野山に詣でるついでに堺の町を遊覧していた。
堺の町は越後の町とは比べ物にならないほどの賑わいをしており、他国からの珍しい品々が所狭しと並べられていた。
そんな珍しい品々を吟味しながら町を歩いていると、とある一角で人集りが出来ており、女性の必死に謝る声と男の怒声が聞こえてきた。
「申し訳ありません!!どうか、どうかお許しを!!!」
「貴様ぁ!!この私にぶつかってただで済むと思うな!!」
人集りを掻き分けると、そこには子供を抱えた母子と今にも斬りかかりそうな僧兵の姿があった。
周りの者に話を聞くと、どうやら子供が町を走り回っていたところ、僧兵とぶつかってしまったらしい。
母子が危ないと判断した実虎は咄嗟に僧兵の前に躍り出て母子を庇う。
「やめておけ本願寺の僧兵よ、こちらの者は必死に謝っているではないか」
「なんだ貴様、この薄汚い者共を庇うというのか?汚れた身体でぶつかって服が汚されてしまったのだ!不敬である!」
よく見ると僧兵の服は子供がぶつかったと思われるお腹や脚のところが少し汚れていた。
「そんな汚れなどすぐに落とせるであろう」
「そんな事は関係ない。清められた衣服を汚されたのだ、死んで償うのが当たり前だろう?」
「ふっ、無垢な幼子を斬りつけようとするような汚れた心を持つ者が着ている服だ、既に汚れているも同然ではないか」
実虎は僧兵の言い分を鼻で笑うと挑発するように返す。
その言葉を聞き額に青筋を立てながら激怒した僧兵は実虎に向けて勢いよく薙刀を振り下ろした。
しかし実虎はその大振りの一撃を難なく避けると刀を抜き首元に刀を突き付けた。
「心まで腐り切った僧兵よ、貴様が弱き民を虐げると言うならばここで血祭りに上げても良いのだぞ?」
そう言って共をしていた弥太郎や実乃達も僧兵に向けて刀を向ける。
すると、人混みの中から僧と思われる二人組がやって来た。
一人はまだ歳若く、もう一人は只ならぬ気配を漂わせた大柄な僧だった。
「何をしている!この状況はなんだ!」
「ちゃ、茶々様!」
僧兵は驚いた様子で歳若い僧の名前を呟いた。
実虎は刀を下げてしまうと、周りの者達にも刀を下ろさせた。
そして大柄な僧が辺りを見渡すと、茶々と呼ばれた者に説明した。
「茶々様、どうやらそこの僧兵がこの母子に斬り掛かろうとしたようで、それをこの御仁が止めたのだと推測致します」
「なっ、それは真か!そこの母子よ、我が本願寺の者が大変失礼をした。もう行って良いぞ」
茶々がそう言うと母子は実虎達にお礼を言いその場を立ち去った。
すると、僧兵が二人に対して弁明をする。
「お待ちください茶々様!頼廉様!あの者は神聖な衣服を汚したのですぞ!お許しになられては行けません!」
「何を言っている!そんな汚れは洗えば良いだけのこと。何も怒り狂って斬り掛かる必要など無い!」
「し、しかし…」
「くどいぞ、茶々様の申される事に異議を唱えるのか?」
頼廉に凄まれて僧兵はすっかり萎縮してしまった。
そして茶々は実虎に対して謝罪をしたのだった。
「我が本願寺の僧が失礼した。貴方のおかげで無駄な殺生が行われなくて良かった」
「いえ、あまりに横暴だったものでつい。しかし貴方のような僧が本願寺にも居たとは驚きました」
「あのような僧兵ばかりでは無いのですが、どうしても末端の者なってしまうと…」
「末端の者を制御出来ないなら切り捨てることを勧める。では、某はこれにて」
「お待ちくだされ!名はなんと?」
茶々に名を問われた実虎だが、少し振り返っただけで名前を明かしはしなかった。
実虎が去った後、茶々は頼廉と実虎について話をした。
「茶々様、おそらくあの御仁は只者ではありませんぞ」
「頼廉もそう感じたか。佇まいと言い威圧感と言いどこかの武家の者か…?」
二人は実虎が只者ではないと見抜いたが、実虎の正体を知るのはもう少し先の話である。
その後実虎は堺遊覧を楽しみ、翌日高野山を詣でた。
そして京都に戻ってきた実虎は続いて大徳寺へやって来ると、徹岫宗九と呼ばれる僧の下参禅し受戒をすると、『宗心』の戒名を授かった。
そうして参禅が終わった頃、実虎は宗九に蒲庵古渓と呼ばれる僧がいないかを尋ねた。
「古渓でございますか?その僧なら居ますが、今お呼び致しましょう」
しばらくすると宗九が蒲庵古渓を連れて戻ってきた。
「お初にお目に掛かります。我は越後上杉家当主、上杉実虎と申します。貴方のお父上である宗滴殿から貴方のことをお聞きしまして、一度お会いしてみたいと思っておりました」
「これはこれは、貴方様が父上からの文に書かれていた実虎様でございますか。拙僧はこの大徳寺にて修行をさせて頂いております、蒲庵古渓と申します」
そう言って自己紹介をした蒲庵古渓は宗滴を一回り若くしたようにそっくりな人物であった。
僧であるためか、まるい雰囲気を感じるが目の鋭さや、体格の良さ等は父親譲りなのだろうと実虎は感じた。
「宗滴殿から僧にしておくには勿体ない程の才覚と身体を持っていると聞き及んでいましたが、実際に会ってみて納得致しました」
「ははは、そんな事はございません。御家騒動の原因になってしまうからと僧になりましたが、こう見えて戦というものが苦手でしてなぁ。今では僧になって良かったと感じております」
蒲庵古渓は朝倉宗滴の実子として生まれた。
幼い頃から父親譲りの聡明さと持ち前の体格で武勇に優れ、家臣達の間では将来を嘱望されていた。
そんな古渓とは対照的に現当主の義景は武勇に乏しく、芸事に興味を示していた為一部家臣の間では古渓こそ当主に相応しいのでは?と噂されるようになった。
それを危惧した宗滴が古渓を出家させ、朝倉宗家に対して叛意は無いことを示したのだ。
実虎はそんな古渓に対して寺社とは、僧侶とはどう在るべきか聞いた。
「古渓殿は、僧とはどう在るべきとお考えですかな?」
「今の世は命を落とすかもしれない戦というものが常に隣り合わせにあります。武家の者なら覚悟は出来ていましょうが、民にとっては戦など無い方がいい。そんな民の心の支えとして在り続けるのも、この世の為になると私は思っております」
「心の支え…ご立派な考えをお持ちだ。僧というのは本来そう在るべきなのでしょうな」
「まあ、宗派が違えば思想も違う。他所には他所の事情もありますし、歴史を辿れば寺社勢力が武力を持つようになった経緯も理解が出来ます。人の弱い心の支えとして在り続けるにはある程度必要な事かと」
「しかしその武力を持った果てがあのような横暴な物に変わるのなら、我は必要無いのではと思ってしまいます」
「確かに、私個人としても一部の寺社勢力のやり方には呆れることもあります。ですが全ての僧がそのような者達では無いですし、何より信じる民達にとっては生き甲斐であり、心の支えなのです。それを必要無いと切り捨てることは民をも切り捨てる事だと私は思います」
実虎は古渓が素晴らしい僧である事を理解すると同時に、自身の宗教勢力に対する考えをぶつけた。
そんな実虎の考えに対して、古渓は冷静に答えていく。
「傍から見れば民が良いように利用されているように思えるでしょう。しかし、民達にとっては教えはまさに救い、極限の状況で唯一差し伸べられた手なのです。とすれば民が縋り続けるのも理解できませんか?」
「救いの手…」
古渓の言葉に実虎はハッと気付かされた。
宗教の教えを信じる民はまさに自身の経験と同じであると。
病によって死を待つのみだった自分が毘沙門天に救われたように、民達も極限の状況で苦しみ死ぬしかないと思っていた時、念仏を唱える事で極楽浄土に行けるという縋れるものに出会い心が救われているのだ。
実虎はずっと本願寺にいいように利用されている民を救うには本願寺から民を解放するしかないと考えていた。
しかし、古渓に言われた通りそれは自身が守るべき民を殺すも同然なのではないかと思い始めた。
「我は…本願寺から民を解放すれば生活が良くなり救えるのではと考えておりました」
「生活が良くなり救えると言うのは間違いではありません。しかし、絶望の縁から救われた者は余程のことが無い限りその信心を無くすことは無い。数百年に渡り信仰された宗教というのはそれだけ人々の心に深く根付いている物です。悪いのはその心を利用している一部の僧であり、本願寺自体が悪い訳では無いと私自身は考えます」
「…そんな当たり前のことに気付かなかったとは、民を救うという大義の前に視野が狭くなっていたようだ。古渓殿、貴方と話が出来て良かった」
越後では父の為景が無碍光衆禁止令を発布していた事や、一向宗が信者を利用している事などを教えられた為、強い嫌悪感を抱いていた。
加賀や堺での光景を見てさらにその思いを強くしたが、古渓との会話で茶々や頼廉のような僧が居ることを思い出し、自身の視野が狭くなっていた事を痛感した。
「私こそ実虎殿のような民を真に思ってくれる御方がいてくれた事が何より嬉しい。そんな実虎殿の助けになれたのなら何よりでございます」
「古渓殿、今日は本当に良い時を過ごせました。この御恩は必ずお返し致します」
「ふふふ、私こそ良い時間が過ごせました。私に何か出来ることがあればいつでもお力になります」
古渓との出会いで視界が広がった実虎は雪解けを待ってから越後へと帰還した。
そんな多くの出会いを経て越後に帰還した実虎の元に耳を疑うような知らせが飛び込んでくる。
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