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毘沙門天の化身  作者: 藤宮 猛
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室町幕府第13代将軍 足利義藤

この頃の畿内混沌とし過ぎでは???

 ---天文22年(1553年) 近江朽木---


 鞍馬寺で毘沙門天との再会を果たした日から数日後、実虎は将軍足利義藤(あしかがよしふじ)に会うため近江国の朽木にやって来ていた。


「お初にお目にかかります。越後上杉家当主、上杉実虎でございます。この度は将軍義藤様にお会いできて光栄にございます」


「よう来てくれた実虎、儂が室町幕府第13代将軍足利義藤だ。将軍だと言うのに京で出迎えられず申し訳ない」


「何をおっしゃいますか、義藤様がお呼びとあらば何処へだって駆け付けましょうぞ」


「そう言ってくれると儂としても助かる。それと、改めて越後国を鎮めてくれて感謝する」


「勿体なきお言葉。私は将軍家から越後国を任された身、であれば義藤様に代わって越後国を鎮めるのは当然のことでございます」


「そうか。将軍家が不甲斐ない今、そなたのような者の力が必要だ、これからも足利家に忠義を尽くしてくれ」


「ははぁ!」


「そうじゃ、実虎は腕に自信があると聞いた。一度儂と手合わせをしてくれぬか?」


「義藤様、お戯れが過ぎますぞ」


 義藤が手合わせをしたいと実虎に頼むと、そばに居た幕臣の細川藤孝(ほそかわふじたか)が諌めた。

 義藤は諌められた事で引こうとしたが、実虎は義藤が剣豪塚原卜伝に教えを受けているのを知っていたので、どれ程のものか確かめてみたかった。


「義藤様、私で良ければ御相手しましょう。かの塚原卜伝殿に教えを受けていると聞いておりますれば、是非に」


「そうか!実虎なら了承してくれると思っておった。では表に出よう!」


 実虎と手合わせできることになり、嬉しさを隠しきれない義藤は早足で部屋を出ていった。

 その姿を見て藤孝は額に手を付き深い溜息を吐くと、実虎に申し訳ないと謝罪した。


「実虎殿のお手を煩わせてしまって申し訳ない」


「いえ、私もお強いと噂の義藤様と手合わせをしてみたかったので嬉しい限りでございます」


 こうして手合わせをする事になった両者は鍛錬用の木刀を持ち相対すると、二人の顔付きが変わり場は張り詰めた空気で満たされた。

 初めは両者動かずに居たが、先手を打ったのは義藤であった。

 徐々に間合いを詰めた義藤は実虎に斬り掛かるが、実虎は冷静に繰り出される攻撃をいなしていく。

 数回打ち合った後、一度距離を取った義藤は次の一撃で勝負を決めようと構えた。

 そして義藤は小さく息を吐いた後、一瞬で間合いを詰め、目にも止まらぬ速さで木刀を振り下ろした。

 が、実虎はその気配を感じ取っていたのか上手く受け流すと木刀を叩き落とし首元に木刀を当てた。


「…参った」


「素晴らしい太刀筋でございました。その歳でこれ程の使い手ならば卜伝殿も鼻が高いでしょうな」


「そうだと良いのだがな。実虎もさすが越後の龍と呼ばれるだけある、力強く意志の籠った剣であった」


「お褒めいただき光栄でございます。それともう一つ、私の思い違いかもしれませぬが何か悩み事でもありませんか?」


「…悩み?」


「はい。素晴らしい太刀筋ではありましたが、何やら迷いや悩みのようなものを垣間見えました」


「っ!…迷いか。よもや太刀にすらそれが乗ってしまっていたとはな」


 迷いがあると実虎に言い当てられた義藤は肩を落とした。

 そして義藤は実虎に背を向けると、少し話がしたいと一言言うと部屋へと戻り、二人は再び対面する形で座った。


「実虎、先程は儂に悩みや迷いがあると指摘したが、それは真だ。将軍たる者他者の前で弱気な所を見せてしまってはならんと気を付けておったのだがな…」


「剣の道を極めている方ほど、その太刀筋に感情や魂が乗ります。そして私は少々勘が鋭い故、義藤様の心の内が刀から伝わってきました。どうか一人でお抱えにならず、私でよければ御相談くださいませ」


「…わかった。藤孝も聞いてはくれぬか?」


「もちろんでございます。私は義藤様直属の臣、主の悩みは我が悩みと同じでございましょう?」


「二人共感謝する。二人はこれからこの世はどうなっていくと思う?各地の争いを止めることができなくなってきている今、何が起こる?」


「各地の有力大名達が互いにしのぎを削り、争いの絶えぬ様相になるかと」


「で、あろうな。そして本来そうならぬ様に幕府が調停し、争いを止めねばならぬのだが…今の幕府にはそんな力は無い。幕府の権威は失墜し、今に至っては京から追い出され、将軍家以外の者達が畿内を差配しておる状態だ。将軍など名ばかりで今の儂には何も出来ない。今この瞬間にも日ノ本の民は戦によって傷付いているというのに…」


 そう語った義藤は酷く弱った表情を浮かべ、どうすればいいか分からない様子であった。

 というのも、京では以前から権力争い絶えず先代義晴もその争いに負け度々この朽木に逃げることがあった。

 そんな中僅か11歳で将軍職を譲られた義藤は、初め烏帽子親でもある六角家当主六角定頼(ろっかくさだより)細川晴元(ほそかわはるもと)を頼っていたが、父の義晴が落ち目であった細川晴元を見限り晴元と対立していた細川氏綱(ほそかわうじつな)と手を結んだ。

 この事に晴元は足利義維(あしかがよしつな)を擁立してこれに対抗すると、細川晴元が娘婿である六角定頼は板挟みとなってしまい、大いに悩む事となってしまう。

 そこで定頼は義晴、義藤親子と晴元を和解させようと動き、その結果両者は和解へと至り畿内の情勢は落ち着きを取り戻した。

 しかし、晴元の家臣であった三好長慶(みよしながよし)が晴元を裏切り細川氏綱に付くと、晴元は同族である三好政長(みよしまさなが)を重用し長慶討伐を命じる。

 だが、摂津江口の戦いにて政長が長慶に討ち取られてしまい、窮した晴元は義藤親子などを連れて六角家の近江坂本に逃れた。

 その後、長慶によって京は次々に抑えられて行く中、父の義晴が病で没し、晴元や定頼と協力して長慶に対抗するが中々糸口が掴めずにいた。

 すると天文21年(1552)には定頼が死去してしまい、息子の義賢が家督を継ぐと、三好家との和睦交渉を開始し晴元の出家と義藤の入京を条件に和睦が成立したのだった。

 見捨てられる形になった晴元は若狭へと逃れ、義藤は長慶を幕府の御供衆に加えるなどして融和を図っていたが、晴元が再起を図り京にまで攻め寄せてくると、反三好派の幕臣達が義藤を説得し三好に対して断交を決め晴元と再び手を組んだ。

 しかし、これにより三好は25000もの大軍で義藤、晴元勢に攻め掛かり、堪らずこの朽木に逃れて来たのがこれまでの経緯であった。


「室町幕府が創設され約200年…鎌倉幕府の腐敗を憂いた尊氏公が日ノ本の為と立ち上がり室町幕府を開いたはずなのに、今では同じように幕府内でも腐敗が進み、実権は他家に握られ将軍は何度も何度も京を追い出されている。日ノ本の守護者として民の安寧を守る立場に居なければならない将軍がだ!!」


「義藤様…」


「父と共に何とか幕府を立て直そうと尽力してきた…だが、独自の武力を持たぬ幕府では他家の力を借りるしか方法は無い。度重なる火種によって栄華を極めた京の都は見る影も無く、多くの民が貧困に喘いでしまっている。お膝元の京すら守れぬ将軍が一体何を守れるというのだ…!!」


 そう語る義藤の表情は今にも泣き出してしまいそうであった。

 しかし、それでも涙を見せないのは将軍としての意地もあるのだろう。


「実虎よ…儂は一体どうすれば良い?どうすればこの日ノ本に住む民が安心して暮らせる世を作れるのだ…?」


 実虎は義藤に対して情けないと思うことは無かった。

 何故かと言うと、実虎からしても今の畿内を巡る情勢は混沌としており、たった11歳で将軍になった義藤が正しい舵取りを出来るはずもなかったからだ。

 頼みの父は亡くなり、周囲の権力者に頼らざる負えない状況で、将軍という地位を持ってしまったが為にその地位を利用されてしまったのだ。

 そんな味方の居ない状況でも将軍としてもがき苦しみながらも出来ることを精一杯やろうとしている義藤に対して敬意すら感じていた。

 実虎の目的は日ノ本に安寧を齎すというもの、だが実虎自身それが自分一人では達成出来ないことも分かっていた。

 そうなれば手段としては、同盟国と共に自身が現幕府に代わり天下を差配し目的を果たすという方法、もう一つが将軍を助け、共に天下の安寧を目指すという方法。

 前者は時間が掛かりすぎて実虎が生きている間に果たせない可能性があり、後者は足利義藤という人物が信用に値するかどうかが問題であった。

 それを確かめる為でもあった今回の上洛だったが、義藤は嘘偽りなく心の底から天下万民の事を考えており、立場ある者として生まれた責任を並々ならぬ覚悟を持って果たそうとしていると話をしてて感じた末、自身の志を託すに相応しい人物であると実虎は判断をした。

 そして同時に、この孤独な将軍の唯一の味方で在り続けようと決めたのだった。




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