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毘沙門天の化身  作者: 藤宮 猛
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冨樫家

 ---天文22年(1553年) 加賀国 ---


 上洛の為50名程の家臣を伴い北陸街道を進んでいる実虎は、加賀国主である富樫晴貞(とがしはるさだ)の居城野々市城にて一泊していた。


「実虎殿、我らでは大したもてなしは出来ませぬがどうぞごゆるりとお過ごしくだされ」


「何をおっしゃる、こうして寝床を用意してもらって感謝しかありません。この御恩はいつか必ずお返し致します」


 冨樫家は加賀国主と言っても名ばかりで本願寺勢力によって財政は常に厳しく貧しい暮らしを強いられている。

 そんな状況を少しでも変えようと本願寺との協調を模索したり、土地を横領したりと策を仕掛けるが悉く失敗に終わり、ついには三男の豊弘を自分達では育てられず寺の奉公に出さなければならぬほどであった。


「ところで晴貞殿、一つお聞きしたいことがありましてな」


「えぇ、私に答えられるものであればなんなりと」


「加賀を取り戻したくはありませぬか?」


「なっ…それはもちろん出来ることならばそうしたい所ですが…」


「我はいずれ越中と能登、そして加賀を手に入れ北陸街道を抑えたいと考えております。しかし、加賀に攻め込むには大義名分が無い。そこで晴貞殿を旗頭として加賀から一向宗を一掃したいと思っております」


「私を旗頭に…。実虎殿が力を貸してくださるというのなら正直願ってもない話ですが、未だ冨樫家に忠誠を誓ってくれている家臣や我が家を信じてくれている民がいる内は私がこの地を離れる訳には行きませぬ。なので寺の奉公に出している豊弘を連れて行ってくだされ。時が来れば私もこの地で立ち上がりましょう」


「ご決断頂き感謝致します。では明日、豊弘殿がおられる寺に出向いてみることにします」


「はい、寺の住職は懇意にしている方ですので私の名前を出せば理解してくださるはず。不甲斐ない私に変わりどうか息子をよろしく頼みます」


 晴貞の協力を取り付けた実虎は、翌日変装をして豊弘のいる寺に向かった。


「これはこれはご客人、このような寺に何用で?」


「突然すまぬな住職、この寺に冨樫豊弘という人物がいると聞いて来たのだが」


「…立ち話もなんですし、こちらへどうぞ」


 そう言って住職は人気のない部屋に実虎を案内した。


「それで、貴方様は?」


「越後上杉家当主の上杉実虎だ。富樫晴貞殿から豊弘殿をよろしく頼むと言われている」


「貴方様がかの越後の龍…という事は、晴貞様もご決断を?」


「うむ、晴貞殿がこの地を離れられないと申されたので、代わりにご子息の豊弘殿を連れて行ってくれと」


「そういう事でしたか。今豊弘を連れてきます」


 すると数分後、住職が冨樫豊弘と思われる人物連れて戻ってきた。


「そなたが冨樫豊弘(とがしとよひろ)であるな?」


「は、はい。富樫晴貞の三男、冨樫豊弘と申します。あの…あなた様は?」


「我は越後上杉家当主、上杉実虎と申す。そなたの父君からそなたをよろしく頼むと言われて迎えに参った」


 豊弘は見た目10代程の幼さが残る顔付きで、背丈はそこまで大きくはない。

 そんな豊弘は突然自分が呼び出された意味が未だ理解できていない様子で「はぁ」と生返事をした。


「実は我は加賀を一向宗の手から救うため晴貞殿の協力を取り付けた。その際に晴貞殿がこの地を離れられない為、代わりの大義名分としてそなたを旗頭にするつもりで迎えに参ったのだ。だが無理強いするつもりはない、そなたが戦を好まぬと言うならば別の手段を考える」


「その…話は理解出来たのですが、私なんかで宜しいのですか?私は武芸も積んでいなければ戦などとても…」


「心配はいらぬ。武芸も兵法も我が教える、必ず立派な武士に育て上げてみせよう」


「そうですか…。その、少しだけ考える時間を頂いてもよろしいでしょうか?」


 少し考えたいとの申し出に実虎は了承すると豊弘は部屋を出ていく。

 しばらくすると、身支度を整えた状態で豊弘が再び現れた。


「正直まだ急な事で頭が追い付いてないのですが、冨樫家の為私に出来ることがあるならばぜひ連れて行ってくださいませ」


「左様か。では直ぐに出立するぞ」


「実虎様、どうか…どうか豊弘様をよろしくお願い申し上げます」


 住職との別れを済ませた豊弘を連れて家臣達と合流すると、越前を目指し歩き始めた。

 そんなある時、豊弘はこんな質問をした。


「実虎様、実虎様は戦が怖くは無いのですか?」


「戦が怖くない者などおらん。戦場に出れば誰しもが死と隣り合わせになるのだからな」


「では…その…今更言うのもおかしな話ですし、気に触れてしまうかもしれないのですが…なぜ死ぬかもしれないのに戦うのですか?戦わなければ傷付くこともなければ死ぬことも無いのに…」


「己の信じる物や誇りの為に戦っているのだ。ある者は御家の為、ある者は教えの為、ある者は未来の為。人それぞれ違いはあれど、それが原動力となって己を突き動かしている」


「己の信じる物の為…」


「だからこそ命を懸けて戦い、傷付き死んだとしても悔いは無いのが武士という生き物なのだ。だが一向宗は違う、奴らは民の信じる心を利用し戦の道具にしておる。僧兵は酒色に溺れ、気に食わない相手がいれば適当な理由をつけて仏敵だなんだと喚き散らし、死ねば極楽と民を煽動して平気で他国の領土を踏み荒らす。そんな者達には大義も無ければ信念もない、あるのは己の欲望のみだ」


 そう言った実虎の手網を握る手に力が入る。

 豊弘はそんな実虎の様子を見て、実虎がいかに一向宗に対しての怒りが大きいのかを感じ取った。


 「すまぬ、少々熱くなったな。とにかくそういった信じているものや誇りの違いがあるからこそ人は争うのだ。豊弘、そなたにもそれがあったからこそこうして我と共に来ているのだろう?」


「…はい。これ以上冨樫の家を、加賀の地を一向宗の好きにはさせたくない。そして何より、苦しみや悲しみを背負った父の顔をみたくはありませんから」


「それで良い。その想いこそがそなたを突き動かしてくれる」


「はい!」


 その後、実虎一行は数日掛けて加賀を抜けると越前国に入っていた。

 越前と加賀の国境には朝倉の軍が待ってくれており、越前国にて護衛を承ってくれたのは朝倉家の守護神にして名将と名高い朝倉宗滴であった。

 そんな宗滴が護衛を申し出たのには理由があり、一度自身の目で越後の龍と名高い実虎の事を見ておきたかったからである。


「宗滴殿、此度の護衛感謝申し上げます」


「なんの、このぐらいお安い御用だ。それより加賀で何事もなかったようで何より」


「流石に本願寺も拝謁のための上洛で襲撃してくるようなことはしなかったようですな。越前ではよろしくお願い致しまする」


「うむ、大舟に乗ったつもりで居るといい」


 こうして宗滴の率いる部隊に護衛してもらいながら宗滴の居城である金ヶ崎城を目指していた。

 その道中、実虎と宗滴は戦に関する事や政に関する事など互いの知識を隠す事無く互いに質問したりして会話をした。

 実虎は自分の倍この世を生きてきた歴戦の名将の話が聞けて大満足し、宗滴も自身の頭には無かった考えを持つ実虎の話を聞けて、互いに充実した時間を過ごせた。


「実虎殿との会話は楽しいのぅ。これ程会話が弾んだ相手は久方振りじゃ。流石越後の龍と称されるだけある」


「こちらこそ、名将と名高い宗滴殿の話が聞けて幸せでございます」


「儂など他の者より長く戦場を経験しただけの老いぼれに過ぎん。まあ、今の朝倉家にはそんな儂と話が出来るだけの者がおらんのだがな…」


「そうなのですか?朝倉家の男子は皆、宗滴殿の薫陶を受けて育つものだとばかり思っておりましたが」


「その逆じゃよ。皆、儂が居るからと内政にばっかり励みよる。儂が鍛えてやろうと思っても鍛えがいのない者達ばかりでな…辛うじて景紀がよくやっておるが、当主の義景含め他の者達は腑抜けばかりじゃ。こんな事なら儂が当主になっておくべきであったわ」


 そう言った宗滴の目には諦めと後悔の色が出ていた。

 実は過去に宗滴は朝倉家の家督を狙っていた事がある。

 宗滴は朝倉孝景の八男として生まれたが、父や家臣達の期待から歴代当主が名乗っていた『景』の字を与えられ、嫡男同然の扱いを受けていたという。

 そんな宗滴は家督こそ宗滴が幼いという理由で兄に譲ったが、順調に朝倉家での地位を高め兄の息子である貞景の代に下克上を起こそうと計画。

 しかし、自身が幼かった頃から20年も経っており支配体制が磐石であったことからその計画を諦め、朝倉家の重鎮として居続ける事を決めた。

 それから朝倉家は越前国を第二の京と呼ばれるまでに発展させるが、そのせいか当主達は所領の拡大や戦に興味を無くしていき、芸事に傾倒していくようになった。

 宗滴は時代が変わって来ている事を感じたが自身はもう老齢で若い世代も期待が出来ない、それで朝倉家の未来を危惧していたのだ。


「実虎殿のような男子が朝倉にも生まれてくれていればよかったが…もはや手遅れよ」


「宗滴殿…」


「儂ももう長くはない。心残りは朝倉家の事と、実虎殿や尾張のうつけ殿の行く末が見れないことかのぅ」


「尾張のうつけ…織田家当主の織田信長ですか?」


「うむ、あの者はうつけと称されておるが、あの者の考えを周りの人間が誰も理解出来てないだけで、間違いなく英傑の器を持った若人よ」


「宗滴殿にそこまで言わせるとは…一目見てみたくなりました」


「ふふふ、心配せずともいずれお主らは相対するであろうな。その時を目にすることが出来ないのが悔やまれるわい」


 こうして話をしている内に金ヶ崎城に到着すると歓迎の宴が開かれ、宴が終わるまで二人の話は尽きる事が無かった。

今回もお読みいただきありがとうございます!


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― 新着の感想 ―
[一言] 京への道中も、冨樫氏一族の確保や宗滴との話など良い収穫がありましたね。 自分の欲を言うと、宗滴の実子で出家している蒲庵古渓を味方に引き入れたいですね笑(今は京の大徳寺にいるのかな?) 古渓は…
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