越相同盟
幻庵に関してですが、この時はまだ『長綱』と名乗っていたようですが、幻庵の方が有名なので幻庵としています。
---天文21年(1552年) 越後国 春日山城---
上杉憲政の来訪から2ヶ月経った7月、実虎は家臣の本庄実乃と宇佐美定満と話をしていた。
「実虎様、これから京を目指すとなれば同盟相手が必要でございます」
「確かに、現在我らは同盟を結んでいる勢力がおらず、蘆名家とは不可侵条約を結んでいるとはいえ背後が不安なのは違いありませぬ」
現在越後上杉家は西は一向宗、南には信濃に勢力を伸ばしつつある武田、東は北条家に囲まれている状況で隙を突かれる可能性が高い。
そこで互いに協力できる関係の同盟相手は必要不可欠であった。
「となれば、北条か武田どちらかと同盟出来れば良いのですが…武田の領地である甲斐は米があまり取れない土地に加え海に面していない。駿河の今川とは同盟関係にあることから日本海に面している越後を狙って来るのが想定されます」
「となれば北条家だが、恐らく奴らも上杉憲政が越後に入った事は確認しているはず。我らは匿ったりはしていないが何を言われるかわからん」
「しかし、武田が海を欲しているなら塩や海での取引を手札に同盟をすることも出来ないでしょうか?」
「いや、それはおそらく無理であろうな。既に今川と同盟しているならば今更海を持つ国との通商など必要あるまい。自国でも海を持ちたいと思っているだろう。それに我らとしても信濃は越後の防衛の観点からも取っておきたい地だ。いずれ武田とはぶつかるであろう」
こんな風に3人が頭を悩ませていると、廊下からドタドタと足音が聞こえ、息を切らしながら小姓がやってきた。
「実虎様!北条家の北条幻庵殿が供を連れて参られました!!」
「なんだと?!すぐに北条家の方々案内せよ!」
「思ってたより早かったですな…」
「あぁ。とにかくそなたらも着いてまいれ!」
実虎は2人を連れ広間に入ると、剃髪した頭に立派な白い髭を髭を貯えた老人と、後ろには供の者が2人静かに佇んでいた。
「これはこれは実虎殿、お初にお目にかかりまする。拙僧は北条家より参った北条幻庵宗哲と申します。この度は急な来訪誠に申し訳ございませぬ。詫びの印として小田原にて作っております漆器を受け取って頂きたく存じます」
「我は越後上杉家当主の上杉実虎でございます。これが噂に名高い小田原漆器でございますか。この様な素晴らしい物を頂けるとは感謝致します。それで、今日は何用で来られたのでしょうか?」
「我ら北条家が山内上杉家と争っていたのはご存知ですかな?」
「えぇ、もちろん存じております。河越での戦はこの越後まで聞こえておりますぞ」
「ほっほっほ、よもや他国にまで届いておったとはちとこそばゆいですな。それで、あの戦のおかげもあって遂に上杉憲政の居城である平井城を落とすに至りました。しかし恥ずかしながら上杉憲政本人を取り逃してしまいましてな…その行方を追っていた所、この越後に入ったとの情報を手に入れましたので、この越後に参ったという訳なのでございます」
「そういうことでございましたか。確かに憲政殿はこの越後にやって来られましたな。北条家を打倒する為、力を貸してほしい…と」
実虎はこの時わざと殺気を放ちながら言うと目の前の三人を見た。
供の1人が素早く脇差に手を掛けいつでも抜刀できる体勢に移るが、もう一人はピクリと反応したと思ったら静かに戦闘態勢に入り、幻庵は冷や汗をかきながらも動かなかった。
実虎少し違和感を感じながらも殺気を引っ込めると、三人はホッとした様子で居住まいを正した。
「ですが我はお断り致した。越後から関東は山を越えねばならぬ上、何よりあの男を信用することは出来ませんからな。その後は春日山城下の宿に泊まり次の日には出ていかれましたぞ」
「そうでございましたか。我らとしても越後の龍と名高い実虎殿と争わずに済んで命拾いしました。ところで憲政達はどこへ向かったかご存知でしょうか?」
「蘆名領に入ったとの報告は受けたのですがそこからは追っておりませんので分かりませぬ。申し訳ない」
「良いのです、これ以上は実虎殿のお手を煩わせる訳にはまいりませんからな。では用件も済みましたので我らはこれにて」
そうして幻庵達が退出しようとした時、実虎が三人を呼び止めた。
「待たれよ、我と話をしてみてどうでございましたか?氏康殿?」
実虎の『氏康殿』という言葉を聞いて定満や実乃はもちろん、北条家の三人も驚いていた。
「ほっほっほ、何をおっしゃいますか。氏康様はこの場には居られませんぞ?どうやらお疲れのご様子なので早々に立ち去ろうと思い…」
「先程我があなた達に殺気を飛ばした際、そこの従者殿は慌てること無く冷静に戦闘態勢に入っておられた。自慢ではありませんが我の殺気を受けてそのような反応をした者は初めてです」
「この者は北条家でも随一の腕利きでしてな、数多の戦場を潜り抜けてきた猛者なのです」
「それだけではありません。もう一人の従者殿は急に殺気を当てられた焦りからか、重心を隣の従者殿の方に傾けすぐ守れるようにしておられた。本来守るべき幻庵殿を差し置いてな。それに、明らかに只者では無い雰囲気が漏れておりますぞ」
実虎が先程違和感を指摘すると幻庵とお供の一人が動揺しているのが分かったが、もう一人は面白いものを見たと言った様子で実虎を見る。
すると、その男が急にはっはっはと高笑いをし始めた。
「いやぁ、まさか風魔仕込みの変装が見破られるとは驚いた。これ以上は無礼になると思うから正直に名乗るとしよう。いかにも、私が北条家三代目当主北条氏康である」
「なっ、氏康様!話が違いまする!」
「そう言ってくれるな幻庵爺よ、この男にこれ以上隠しても心証が悪くなるだけだ。それにこの男には嘘や変装は通じん」
これ以上は意味が無いと悟り、氏康が正直に名乗りを挙げた。
氏康は再び実虎の前に座り直すと、実虎も居住まいを正した。
「先程の御無礼お許しくだされ氏康殿」
「なに、私達もそなたを騙そうとしておったのだ、気にする必要は無い。それより先程の質問に答えるとすれば、実虎殿は私が思っていた以上の御仁であった。恐らくもう一人の供の正体にも気づいておられるであろうしな」
「氏康殿にそう言って貰えるとは、誠に光栄でございます。それともう一人の方は風魔小太郎殿とお見受けしましたが?」
「…恐れ入りました。まさか私のような者までお分かりになられるとは」
「風魔小太郎殿の名は勿論存じております。北条家の躍進を裏で支えた凄腕の忍び集団の頭領だと」
実虎が小太郎を褒めると、褒められ慣れて居ないのか少しだけだが恥ずかしそうにした。
「ははは、小太郎もまだまだ精進が必要なようだな。さて、私が正体を隠してまでここに来たのはなにも実虎殿の実力を図る為だけでは無い。実は幻庵爺にも言ってなかったが、私は越後上杉家と同盟を結びたいと思っていてな」
「氏康!?お主何を勝手に!?」
氏康のまさかの発言に幻庵は思わず呼び捨てにしてしまうが、そんな幻庵をよそに二人は話を続けた。
「つまり、我が同盟相手として相応しい人物かどうかを見極めに来たという訳ですか」
「気を悪くさせてしまったなら謝らせてもらう。済まなかった」
「いや、我が氏康殿の立場なら同じことをしておりましたので気にしないで頂きたい。それで、我は同盟相手として相応しいですかな?」
「私がこうして正体を明かしたのが答えだ。実虎殿、我ら北条家と同盟を結んでいただきたい」
氏康は決意に満ちた目で実虎を見据える。
しかし、その同盟に異を唱えたのが幻庵であった。
「待て氏康!そうなれば武田や今川との関係はどうなる!」
「爺よ、確かに武田今川とは関係改善を狙って動いてきた。だが、今川はともかくいずれ武田とは上野国を巡って争うことになるだろう。そうなった時頼りになるのは実虎殿だ」
「我としても武田は信濃の地を巡って争うことになる相手です。その時、背後に北条家が居てくれるだけで我らとしてはかなり助かります。それに、互いに武田を睨んでいるなら武田としても下手に動くことは出来ないでしょう」
「だが、我らが関東平定を目指す際に今川武田が背後にいるのは危険すぎる!」
「爺の懸念はごもっともだが、今川は関東には興味が無いとみた。義元公は上洛を目指していて三河の平定や尾張を狙っていると聞くし、せいぜい武田に頼まれて兵を出す程度ではないか?我ら北条が下手に手を出さなければそこまで問題はなかろう」
「しかしのぉ…」
幻庵は今川武田というに2つの大国を相手取るのは危険だと進言する。
それに対して氏康は、武田は実虎が居てくれれば下手に動くことが出来ず、今川に関してはこちらが下手に手を出さなければそこまで驚異ではないと考えた。
実虎も北条家の危機には必ず駆けつけると約束した他、北条家が関東平定を目指す間武田の抑えは任せて欲しいと伝える。
幻庵はしばらく頭を悩ませていたが、氏康が実虎と気が合っていたことに加え、ひとまず上野国平定を素早く終わらせるには上杉の力が必要だと考え了承したのだった。
すると氏康がまたもや驚きの発言をする。
「ところで実虎殿、そなたには好いている女子はいるか?」
「いえ…我は色恋沙汰には無縁なものでして、そのような方はおりませぬ」
実虎の好いている女子がいないという発言に対してニヤッと笑った。
「そうかそうか。では、私の娘に早川という姫がおってな…貰ってやってはくれぬか?」
「なっ、それは…つまり…婚姻同盟ということでよろしいのかな…?」
「はっはっは!実虎殿のそのような顔を見れて良かったわ。自慢では無いが早川は器量もよく心優しい子だ。実虎殿のような強い男に守って貰えるなら父としても安心する。実虎殿さえ良ければの話だが…」
「それは…その…ありがたい話ではありますが…」
照れなのか実虎は歯切れの悪い調子だったが、そんな婚姻の話が出た際、今まで静かにしていた定満と実乃が身を乗り出して受けるべきだと言う。
「実虎様!この話是非受けるべきでございます!」
「そうですぞ!正直我らとしても殿の正室は誰がいいのか悩んでいたのです。ですが氏康様のお子であるならば相応しいかと!これで跡継ぎの問題も解決できる…!!」
「そなたの家臣達もこう言っておるのだ。どうだ、受けてくれるか?」
この雰囲気の中実虎は断る事も出来ず、ここに越後上杉家と北条家との婚姻同盟が結ばれることになった。
実虎も急な話に戸惑っていただけで、正直ありがたい話なのだ。
ただの同盟ではなく、婚姻同盟となれば血の繋がりを持つ事になりより強固な関係を築くことが出来る。
そうなればこれから越中や能登、そして信濃を狙う際に北条家が武田を牽制してくれることはかなり助かる話であった。
こうして後に『越相同盟』と呼ばれる同盟を結んだ両家は互いに助け合い、大きな飛躍を遂げることになる
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