新川の戦い
---天文19年(1550年) 松倉城 上杉実虎---
越後を出立して越中に入った俺達は松倉城に到着すると、椎名家の面々と軍議を交わしていた。
「実虎殿、此度の援軍忝ない」
「礼には及びませぬ、越中が落ち着かなければ越後にも影響がございますからな。ところで現在の状況は?」
「神保家は加賀からの支援もあって1度この松倉城に攻めてきましたが、なんとか撃退して今は互いに小競り合いをしている状況でございます」
「となればもう一度攻められる前にこちらから攻めるのが吉でしょう。康胤殿、富山城と松倉城周辺の地図はございますか?」
俺はそう言って地図を受け取ると、富山城と松倉城の間に新川と呼ばれる川があるのを確認した。
この川は越中でもよく氾濫が起こる暴れ川として有名らしい。
そこで俺は策を思い付くと椎名家の方々に再び向き直り話し始めた。
「先程は打って出ると言いましたが、訂正しましょう。奴らにはこちらに出向いてもらうことにします」
「攻めさせるということでしょうか?」
「えぇ、それもできるだけ多くの敵に」
「なんと!そんなことをすれば兵力差で我々がすり潰されてしまいますぞ!?」
「そうならない為に我らがいるのです」
俺は自信たっぷりに康胤殿を見つめる。
その目を見た康胤殿は怯んだ様子を見せると「本気ですか?」と言葉を返した。
「伊達や酔狂でこのような事を申し上げている訳ではありませぬ。奴らの数は脅威ですが、数が多いからこそその全てを統制するのは容易ではありませぬ。その弱点を突きます」
一向宗は数こそ多いものの、俺から言わせればあれは軍ではなくただ数の多い集団である。
数人の将や指導者がいたところで血気盛んな大多数を統制できるとは到底思えない。
「…とはいえ相手はあの一向宗ですぞ?死を恐れぬ奴らは下手な兵より恐ろしい」
「心配ありませぬ。我を信じてくだされ」
俺は変わらずじっと康胤殿の目を見てそう言うと、信用してくれた様子で俺の策を採用してくれた。
俺は一番被害の大きい役目を引き受けると約束し、その後も詳細や段取りを詰め軍議が終わったのだった。
---松倉城 椎名康胤---
「康胤様、本当にあのような作戦を採用するおつもりですか?」
「危険な役目を引き受けてくれると言っておるのだ。他に有効な策も無いならあの策に賭けるしかないであろう。それともお主ならこの状況を打破できる策があるのか?」
「いえ…それは…」
「ならば実虎殿を信じるしかあるまい。それに不思議とあの方が大丈夫と言えば本当に大丈夫な気がしてくるのだ。あれが人の上に立つ者の格なのだろうな」
上杉実虎…あの者の持つ風格は今まで出会った人の中で感じたことのないくらいだった。
幼き頃、私は能登畠山家最高の名君と呼ばれた義総殿と出会ったことがある。
あの方も人を惹きつける魅力や人の上に立つ風格を持ち合わせた御方だったが、おそらくそれ以上の物を私はあの男に感じた。
だが肝心の戦場での姿を見た事は無い、噂通りの人物なのか特等席で見極めさせてもらうとするか。
---富山城 神保長職---
「報告します!松倉城から上杉実虎率いる部隊がこの富山城に進軍中とのこと!」
「敵の数は?」
「およそ5000程とのこと」
ふん、たった5000の兵でこの富山城を落とせると思ったのか?
こちらには2万以上の兵が集まっておるというのに、舐められたものだ。
「どうせその数では富山城は落とせん!適当にあしらっておけ!」
富山城付近に到着した上杉勢は攻撃を仕掛けてくると思ったが、遠くから矢を放つのみで一向に攻めてくる気配がなかった。
しかし、徐々に場内が騒々しくなっているのを感じた私は何事かと調べさせた。
すると、奴らは矢に文を括り付けているようでその内容というのが我ら神保家や一向宗を侮辱するような内容の文であった。
「何なのだこの内容は!!奴ら舐め腐っておるのか!!!」
「長職様!このような屈辱到底許せませぬ!攻撃の許可を!」
「我ら一向宗を侮辱するなど…奴には仏罰を与えん!!!」
大広間に集まった家臣や派遣されてきた坊官達などこの場にいる全員が今すぐ全軍を以て叩き潰すべきだと主張している。
「私も同じ意見じゃ!奴は父の仇の息子にもかかわらずここまで我が父や家の事を愚弄するなど武士の風上にも置けぬ!!全軍で奴を叩き潰すのだ!!!」
「「おおおおおおおお!!!!!」」
許さぬ、絶対に許さぬぞ上杉実虎!!!!!!!
---富山城付近 上杉実虎---
「実虎様、どうやら上手く釣れたようですぞ」
「よし、では奴らと適当に交戦した後、敗走を装い松倉城を目指す!」
「「おお!!」」
しばらくすると地鳴りのような怒号と共に般若のような顔をした一向宗や神保家の兵が城から出てくる。
しかし、まさかここまで完璧に釣れるとは思いもしなかった。
この策を伝えたとき武士として如何なものかと言われたが、私は朝倉家の名将朝倉宗滴殿の言葉を借りて、武士とは犬畜生と呼ばれようが勝つ事こそ重要であると説得した。
厄介な敵に対して馬鹿正直に戦っても被害が大きくなるだけなら、まともに戦わなければいいだけなのだ。
すると敵が接近してきたので、手筈通りに交戦して撤退する。
「くっ、いかん!敵の勢いが強すぎる!引け!!引くのだ!!!」
俺は出来るだけ大げさに声を張り上げ情けない感じを演出した。
すると相手は、「敵が引いていくぞ!追え!!追うのだ!!!」と俺の演技に気付いてないようだ。
逃げながらも背後からかなりの数の敵が追ってきているのが分かり、離し過ぎない程度にそのまま新川を渡り松倉城目指して走る。
すると、松倉城から狼煙が上がり少し経ったその時、背後で轟音が鳴り響いた。
後ろを振り返ると新川の水かさが一気に増え、流れてきた濁流が追ってきた敵兵達を次々と飲み込んで敵を分断することに成功する。
俺は全軍を反転させると、松倉城で待機していた椎名家と共に反撃を開始した。
「全軍反転せよ!今こそ反撃の時だ!!我らには毘沙門天の加護が付いているぞ!!!」
「「おおおおおお!!!!」」
突然反転した俺達に一瞬怯んだその隙を逃さず切り込んでいく。
敵を分断したおかげで戦っている敵軍の数は1万程で殆ど兵力差が無くなっていた。
こうなってしまえば兵の練度が高いこちらが優勢な訳で、敵も必死の抵抗を見せるが次々に切り伏せていった。
死を恐れない兵は手強いが、付かず離れずを守り間合いを取って戦う事を全兵に厳命しておいたのでそう簡単にやられる事はないだろう。
ふと対岸を見てみると、前の方にいる兵は濁流に気付き止まろうとしているが後方にいる兵達は前の様子がいまいち分かってないのか俺達に対する怒りに染まり早く進めと言わんばかりに進もうとする。
そうなれば前にいる兵は押し出されてしまい結果濁流にのみ込まれるという事態が起きていた。
指揮官達も流石に不味い状況だと気付き必死に落ち着かせようとしているが、一度俺達に対しての怒りに満たされてしまった集団を再び統制するには時間がかかる。
しかも、幸運なことにちょうど戦が始まった時から雨が降ってきており川の勢いは止まることがなかった。
「天は我らに味方しているぞ!!落ち着いて各個撃破せよ!!!」
俺は声を張り上げ鼓舞すると、向こう岸でも動きがあった。
どうやら密かに動かしていた柿崎景家率いる7000の別働隊ががら空きになった富山城を素早く落とし敵軍の背後を襲ったようだった。
まさか背後から襲われるとは思っていなかったようで、川を挟んで挟撃することによって敵は濁流を背に戦う事になり大混乱に陥っていた。
こちら側の敵は逃げれば濁流進めば敵がいる事で、死兵と化す者や何とか濁流を進み逃げようとする者などがおり、向こう岸では何とかこちらの部隊を突破しようと戦っているようだった。
死兵との戦いで流石にこちらにも被害が出てしまったが、敵兵を残らず掃討し神保家との戦に勝利したのだった。
向こう側では神保長職こそ逃してしまったが側近数名に一向宗の指導者達を討ち取る大手柄を挙げたようで、その後は富山城に入り逃げた長職を追うように命じてある。
相手が上手く釣られてくれたのに加え、戦が始まると同時に雨が降り出すという運にも恵まれて想像以上の戦果を収めることが出来たのは幸いだった。
こちらの被害も想定より少なく済んだので雨が上がり川の勢いが収まった頃合いを見て、残る神保側の城を落とすつもりだ。
そしてこの日の夜、松倉城では宴が催されていた。
椎名家の面々は次から次へと俺に対して感謝を述べてきて、援軍に来た当初を思うとかなり信頼を得られたようだ。
しかし、肝心の康胤殿はどこか浮かない顔をしているようだったので、2人で静かに酒を飲まないかと誘い別室で酒を酌み交わした。
「実虎殿、此度の戦は見事であった。椎名家の当主として感謝してもしきれない」
「我々は為すべき事をしたまで。椎名家の為に命を懸けて戦わねば援軍に来た意味が無い」
「…本当に変わった御方だ。実虎殿、神保を排した後この越中はどうされるのだ?」
越中はどうするのか、という言葉を聞いた時浮かない顔をしていた意味がわかった。
康胤殿は我ら上杉家がこの越中を支配すると思っているようだ。
だか、俺は現在越後だけでも手一杯なのに戦で荒れ果てた越中の差配もするなど到底できない。
今の俺では二ヶ国を支配するなんて手に余るのだ。
「康胤殿、勘違いをされているようですがこの越中を支配していくのは我ら上杉ではなく越中の守護代である康胤殿にございます」
「し、しかしならば何故これ程までに力を尽くしてくれる?あれほど危険な策を実虎殿自ら行ったというのに割に合わぬではないか!」
「そうでしょうか?父君の仇の息子である我に頭を下げてまで援軍を求めた康胤殿の覚悟を目にすれば、それに全身全霊で応えるのが義というものでしょう」
「…実虎殿、どうやら私はお主の事を勘違いしていたようだ。上杉実虎殿は越後の龍の名に相応しいあっぱれな武士だ!」
そう言って豪快に笑った康胤殿は先程までの表情とは違い晴れやかな顔で酒を注いでくれた。
そろそろ酒も尽きる頃合になった時、康胤殿は再び表情を引き締め口を開いた。
「実虎殿、我ら椎名家は今日から上杉家を主家と仰ぎ、粉骨砕身仕えさせて頂きたく存じます」
「そ、それは…本気なのでしょうか?」
「既に家臣達とも話し合い決めた事でございます。後は私の気持ち次第でしたがそれも決まりました。何卒お願い申し上げまする!」
正直かなり驚いている。
俺は椎名家を臣従させたくて援軍を了承し越中に出兵した訳じゃない。
これを機に親交を深め良き同盟相手として迎えようと思っていたんだが…。
どうしたものか…椎名家の主家は本来越中守護の畠山家だ。
その畠山家を見限り上杉の臣になるとすれば、最悪畠山家から恨まれる原因にもなりかねない。
しかし、康胤殿の目は本気だ。
俺の何が彼の心を動かしたのか分からないが、ここまで言われれば断る事など出来るはずがない。
「承知致した、上杉家当主として椎名家の臣従を認めよう」
「ありがたき幸せ!!」
「一つ確認するが、そなたらが臣従することで最悪畠山家と事を構える事態になるかもしれん。それでも忠義を貫けるか?」
「もちろんでございます、もしそうなった際は是非我ら椎名家に先陣をお任せ下さい。我らの忠義が本物であることを証明してみせましょう」
「うむ。頼りにしているぞ」
「ははぁ!」
この後広間に戻るも殆どの者達が酔い潰れており、夜も更けていたので部屋に戻り休むことにした。
翌日、広間に集められた上杉椎名両家臣達の前で正式に椎名家が上杉家に臣従することを宣言。
これにより上杉家は越中東部一帯を支配下に収めることになり、勢力を拡大するに至った。
その後、二日程雨が降り続いたが現在は晴れ間も広がり川の勢いも収まってきた頃、富山城の柿崎景家から驚きの報告が入ったのだった。
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