定実の死
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---天文19年(1550年)春日山城 長尾景虎---
越後統一を成し遂げた天文17年から2年が経ち天文19年の春になった。
去年一年間は戦後処理や内政面を整えるため、直接的な戦はせずに領内の整備を行っていた。
まず度重なる内乱で疲弊した民のために年貢は例年の半分ほどに抑え、また産業面でも青苧の他に塩の生産技術の向上を図った。
さらに越後は多くの河川が流れている地域なので、たびたび氾濫を起こしてしまう事で湿地が多くなり農業に向かない土地となっていた。
だが、逆にこれだけの河川があるならば治水工事をしっかりと行い氾濫を抑えることができれば、湿地地帯を莫大な面積の農地に変える事が出来るのではないかと思い、重臣の直江実綱に治水工事の指揮を任せることにした。
次に、今後他国に侵攻する際に農民兵では長期の遠征に堪えられないと考え、農民の三男や四男などの土地を継げない者達を領内の警備や戦専門の兵にすることにした。
これにより、今後農民は農業に専念し、戦にはこれらの鍛えた兵連れていけば農繁期関係なく戦をすることが出来る。
専門兵には銭を払って働いてもらう為、直ぐにこの体制には出来ないが、財政と相談しつつ少しずつこの体制には移行出来るように進めていくつもりだ。
それら改革を進めていくうちに気付けば一年が経ちようやく一段落着いた今日、いつも通り政務をこなしていると定実様がお倒れになったとの報告が入った。
急いで定実様の元に向かうと、既に弱々しい姿になった定実様が居た。
「定実様…」
「おぉ、景虎か。よう来てくれた…。最期に話がしたいと思ってたんじゃ…」
そう言われて、定実様の枕元に座ると最期の力を振り絞るように話してくれた。
「見ての通り儂はもうすぐあの世へ行く。思えば情けない越後の国主だったの…」
「そんなことはありませぬ。定実様はご立派な越後守護でございました」
「世辞はよせ…景虎、改めて越後に平穏を齎してくれて感謝する…そなたにならこの越後を安心して任せられる」
「何をおっしゃいますか。私は越後守護代として定実様をお支えする立場なれば、定実様の手足となり越後を穏やかにするのは当然の務めにございます。ですから定実様にはまだ生きてもらわなければ!」
「…景虎、そなたは越後上杉家を継ぐ気はないか?」
「越後上杉家…でございますか?」
「うむ、晴景とも話をして跡取りのいない私の養子にしてくれぬかと相談してたのじゃ…。守護になればより統治しやすくなるであろうし、動きやすくもなると思ってな。晴景もその方が良いと言っておった」
「兄上も承知ならば私に異存はありません」
「そうかそうか…そう言ってくれると思って将軍足利義輝様宛の書状も認めておいた…これよりそなたは実虎と名乗るが良い…」
「承知致しました。これより私は上杉実虎と名乗らせて頂きます。」
「ふぅ…これで心残りはもう無い…実虎よ、この越後をしかと頼んだ」
「承知いたしました。我が命に変えましても」
そしてこの会話の翌日、定実様は静かに息を引き取った。
定実様はどこか満足したような、穏やかな顔を浮かべていたのが印象に残っている。
その後、定実様の葬儀を執り行い全て滞りなく終えた後、俺が越後上杉家の家督を継ぐことを宣言し、長尾家の家督は猿千代に継がせることを決定した。
猿千代の後見人には猿千代の叔父でもある上田長尾家の長尾政景殿に頼んだ。
初めは兄上に猿千代の補佐をしてもらおうと思ったが、近頃身体を悪くしている事と当主として不甲斐ない自分が後見人では良くないとの事で、上田衆を率いる政景殿に任せることにした。
俺が越後上杉家を継ぐことに対して不満持つ者が出てこないか心配してたが、そういった者達が出てくる事もなく各地から祝いの使者が訪れたので杞憂に終わったようだ。
数週間後には将軍家から俺が越後上杉家を継ぐことを正式に認めてもらったことで、名実共に越後国主となった。
国主になったとはいえやる事は何も変わらないので、引き続き越後の内政を進めつつ、越中の方に目を向けて行くことにしよう。
そして翌月、以前から親善の使者を送っていた椎名家から援軍の要請が届いた。
「お初にお目にかかります。某、椎名家家老の武隈元員と申します」
「我は上杉実虎である。確か援軍の要請であったな。越中の状況はこちらでも探っているが、今一度教えて貰えぬか?」
「かしこまりました。数年前から神保家と我が椎名家は互いに越中を巡って争っておりました。しかし去年の終わり頃から奴らは一向宗と手を組んだようで、我が方は劣勢に立たされております。何より厄介なのは一向宗の門徒達でして…」
段蔵の情報通り神保家は一向宗と手を組んだか。
越中は百姓の国と言われている加賀と隣接している為か、熱心な信者が多いと聞く。
奴らが厄介な理由として、その数の多さと死を恐れないという点にある。
念仏を唱えれば極楽浄土に行けると坊主達は信者に吹聴しており、戦になった際は支配を受けたくない百姓達が念仏を唱えながら死を恐れず攻撃してくるという地獄絵図が誕生してしまうらしい。
「承知いたした、我ら越後上杉家は椎名家にお味方いたそう」
「誠に感謝いたします!では早速主の元に戻ってこの事をお伝えしたいと思いまする!」
「我らは軍備を整え翌月出立いたす。それまで何とか持ちこたえてくだされ」
「はっ!松倉城にてお待ちしております!」
こうして越中での大義名分が出来たので、俺は総勢12000の軍勢を伴い椎名家の居城である松倉城へ進軍を開始した。
---松倉城 椎名康胤---
「そうか、実虎殿は援軍を出してくれるか」
主要な家臣達を集め、家老の元員から無事上杉家からの援軍を取り付けたとの報告を受けた。
しかし、父の仇である為景の息子に援軍を頼まなければならないとはな…
「康胤様、思うところはあるかと思いますが今の我々にはそのような余裕は無いのです」
「わかっておる。父が亡くなったのもこのような時代ならば仕方のないことだからな」
「わかっておられるようならば安心いたしました」
分かっているが、この越中の問題に他国の者に介入させるのは些か抵抗があるのも確か。
全く、神保の奴め忌々しい…一向宗と手を組み民を盾に戦ってくるなど卑怯ではないか!
敵と分かっていても民に対して武器を向けることに躊躇う者も多い為思うように戦えぬ。
実虎殿は民を大切になさる御方とも聞いておるが、そんな御方が民を相手に戦えるのだろうか…。
「何はともあれこれで状況が良くなることを願おう。だが、これは我ら椎名家の戦いであるということを忘れるな?」
「「はっ!」」
---富山城 神保長職---
「椎名家は上杉に力を借りおったか」
長尾為景の息子である上杉実虎に泣きつくとは、椎名家は親を殺された恨みを忘れたのか?
あの長尾為景さえ居なければ父が死ぬことも無く我が神保家が越中を手にしていたというのに!
「まあよい、こちらには数万の信者達が付いておる。加賀からも支援を受けているし我らの優位は変わらん」
「長職様、実虎は越後の龍と称される人物でございます。楽観視は出来ませぬ」
「奴と言えども数万の敵を目の前にしては簡単には行くまい。いざとなれば加賀からも援軍が来るから何も問題はない」
越後の龍がなんだと言うのだ?
戦は兵数の多い方が勝つ、それが常識だ。
数万の死兵相手にどこまで戦えるか、見物であるな…。
上杉実虎になりました。
今後ともよろしくお願いします。




