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刀神記  作者: 貉
邂逅編
9/9

第一章 邂逅編⑨

⑨ 

 【同日 イオリ捜索側】

 タハタ村からイオリを探すため、キコリ村への険しい林道を走るムネチカと佐倉の姿があった。ムネチカの腰には太刀を一本携えている。

  「はぁ、はぁ。どうなってんだ…。」

 いくら家事仕事をしているから体力があるとはいえ、整備されていない道を、鉄塊を携えて、しかも走るにはかなり厳しいものがあった。

 倒木、抜かるんだ道、高低差も不均一な斜面、キコリ村が焼き払われてからというもの使うものがおらず、自然が自由を謳歌していた。

 しかしムネチカが驚いているのはこの道の険しさではない。

  「だらしないのぉ、若いくせに。」

 ムネチカの前を行く佐倉が腕を腰のうしろに組んで煽る。

 普段会う時には腰が曲がって牛歩の歩みのはずが、いまでは姿勢よく、ここまで息切れすることなく走っている。

  「じぃさん、本当に、あんた何者だ。」

 以前から気にかかることは何度かあった。昨晩の威圧、もっと前には包丁に宿る思痕すらも感じ取っていた。

 村で過ごしている分にはただの農夫だが、この、人一倍緊迫した状態においてはまるで別人だった。

  「そんなこと、今はどうでもよい。あの子の身に万が一のことがあれば…。とにかく急ぐのじゃ。」

 ひとりでに走り出す佐倉。倒木の上を軽快に跳ね、ぬかるみを跳躍し、軽い身のこなしで進んでいく。

  「こっちは言う通り太刀一本担いでるっていうのに…。くそっ。」

 太刀を持ってくるように提案したのは佐倉だった。

 帯刀しているところをもし拳闘士団に見つかれば、自分たちだけでなく村にも影響が及ぶと何度も話したが、いいからもってこい、と一点張りだった。

 一気に謎の多い佐倉だが、太刀まで使えるとは思えない。ましてや自分は刀鍛冶名だけであって刀剣士ではない。持って行ったところで鈍器のように殴るほかない。そもそも、爺さんは戦闘を予期しているということになる。

 そんな葛藤をしていると、徐に佐倉が足を止め、ムネチカを制止させる。

 その刹那、遠くない距離で衝撃音、そして男の罵声が聞こえてくる。

 ムネチカには、遠くからでも聞き覚えがあった。カマセだ。

  「な、なんでこんなとこにあいつらが。」

  「…数日前からじゃ。拳闘士がキコリ村で刀剣士団残党の痕跡探しをしておる。自分たちのせいで無残にも焼き払われ、残ってる可能性など皆無のはずじゃが、それでも探している理由は、おそらく…。」

 そういって押し黙ってしまう。

  「な、なんだよ…。」

  「もたもたするでない、さっきの衝撃音、いやな予感がする。」

 ムネチカも同様のことを思ったのか、今までの疲労は構わず、ひたすらに音のした方へ駆け出す。



 一歩一歩進むたびに、より鮮明に音の主が明らかになってくる。大人と思われる声は2つ。衝撃音の向かう先には、子供の悲痛なうめきが時折聞こえてくる。

 刀剣士団内での争いはあまり耳に入らない、そんな彼らが、国内で争う相手といえば刀剣士団残党だ。キコリ村は焼かれ、立ち寄るものも0に等しい中、この村付近で戦闘が行われているとすれば、十中八九イオリに違いがなかった。

 そして今日は火の日。この日にこの辺をうろついてるやつらはあいつらだけだ。

 不幸にも、母親を葬ったあの二人の標的にイオリがなってしまったのであれば、命の保証がない。

 ようやく3人の姿が確認できる距離まで近づいた。

 カマセが激高しているのがわかる。

 顔は砂まみれ、口や鼻から血が流れ倒れているイオリに黄気を纏った右拳を振りかぶる瞬間が目に入る。

  「まずい…。」

 佐倉がこぼす。紙一重間に合う距離ではなかった。

  「イオリっ…。」

 ムネチカが手を伸ばしながら叫んだ瞬間だった。

  「嫌だっ…。」

 イオリから聞いたこともないほどの大きな声と、拒否の言葉のあと、白い横一閃の閃光がカマセの前を走り、彼の腕を切り裂いた。

  「ぐああああああああぁぁ。」

 酷い絶叫と、勢いよく噴き出す血しぶきが周囲にまき散らされる。

 カマセの腕はまるで薪割りの薪のように、拳から腕にかけて横に切り開かれていた。

 黄気を纏った拳は、地面がえぐれるほどの威力を放つという。この威力というのは、地面に石を勢いよく叩きつけると、同様に地面がえぐれるように、硬度に由来する。

 つまりは、たかだか木の枝では、石の高度の拳を切り裂くことはできない。

 しかしそれが反対の結果が現実になり、イヌマやムネチカは困惑する。

  「ぐあぁ…、う、腕ぇ…お、れの、腕が…。」

  「な、なんだってんだ。クソガキ、てめぇ何しやがった。」

 気の鍛錬を怠っている二人には、一瞬の間に白く耀く枝に気が付かなかったようだ。

 しかしムネチカは違った。

  「白気、だと…。」

 イオリにはもともと気なんてなかったはずだった。鍛冶の才能も皆無。ましてや基礎体力も下の下だ。そんな子供に何故。それにあの鍔は一体。

 考え出すときりがないイオリの謎の数々に困惑するムネチカだが、今はまずイオリの元に駆け寄って抱きかかえた。

  「イオリ、おい、イオリっ。」

 半開きにも満たない瞼の奥に移る瞳が、ムネチカの方を向く。

  「ム、…チカ、さ…。」

 言い終わる前にがくっと腕の中で力が抜け、重みが増す。

  「お、おい。イオリっ。」

 揺するが目を覚まさない。

  「…おいムネチカ、てめぇその餓鬼とずいぶん仲良しじゃねぇか。」

 イヌマがゆっくりと近づいてくる。

 しまった、とイヌマの方を向くが、今更だ。きりっと睨む。

  「そうか、やっぱタハタの連中もお前も、真っ黒ってわけだ。わかってんだろうな。」

 こいつは大したことがない奴だが、ほかの拳闘士団はわからない。戦えない村の連中は蹂躙されてしまう。

 ムネチカも例外ではなかった。身の頑丈さには自信があったが、攻めには手段が思いつかない。

 タハタの村が、キコリのように壊滅させられる。そう考えると寒気がした。

  「まぁ、考えてやらねぇこともねぇ。その餓鬼をこっちに渡しゃあな。」

  「どういうことだ。」

  「わかんねぇかなぁ、見逃してやるって言ってんだよ。その餓鬼一つで、お前と、村のみんなが助かるんだぜ。」

  「……。」

 イオリの顔を見る。すでに瀕死、もしかしたら、このまま目覚めないのかもしれない。

 抱えていた腕の力が徐々に抜けていく。

 頭の中で様々な思考が錯綜する。


 最期まで守り抜いた見ず知らずの母親に託された。

 立派な刀鍛冶に育てると約束した。

 しかしそんな希望のかけらもない子と判明した。

 鉄材の無駄だ。薪だってもうただじゃない。

 血のつながりはない、そもそも守る義務もない。

 タハタの村には計り知れない恩がある。

 そもそも勝手に出ていったのはこいつだ。

白気の鍔さえ残っていれば。

 非力で、根暗で、何を考えてるのかもわからない。

 泣き虫、たまにする夜泣きもなくなる。

 意外と飯ばかり一人前に食べて、佐倉の婆さんの飯の取り分が少なくて困ってたんだ。

 動作が遅い、やり遂げるまでに日が暮れる。

 そんな子に時間を割くのがそもそもの間違いだったのだ。

 佐倉の二人はなんというか。もういいか。

 あぁ、そうだ、面倒だ、もう。


 まぁ、これだけ並べてみたはいいが一つだけ言える。

 そんな理由で切り捨てられたら、拾ってなんかいねぇよ。


再び力強くイオリを抱きしめる。

「おら、さっさと寄越せよ木偶の坊。」

「…らえ。」

ぼそっと呟くムネチカ。

 「あぁ、なんだって。」

 「糞喰らえっていったんだ屑野郎。」

 「……いい度胸してんじゃねえか。今までやられっぱなしだったのはどこのどいつだ。」

 ムネチカにより近づくイヌマ。自分の射程圏内で立ち止まる。

 徐々に右腕に黄気を纏っていく。

 「カマセの腕の弁償してもらわねぇとなぁ。てめぇが親代わりって感じなら、その両腕、2度と鍛冶が出来ねぇようにしてやらぁ。」

 「くっ…。な…。」

反応で太刀をつかもうとするムネチカだが、なぜかそこに太刀がなくなっていた。

そして拳がムネチカに届くかという瞬間に、イヌマの腕は両断される。

ムネチカの前に切り取られた腕が落ちた瞬間に再び絶叫が響き渡る。

 「ぎゃああああああああぁああ。」

イヌマの悲痛な絶叫に呼応してか木々が揺れ、青々と茂る草木が赤く染まる。

 「ほほほ、相方とお揃いにしてやったんじゃ、感謝せい。」


そういえばどこにいたのか、聞き覚えのある、先ほどまで一緒にいた人物の声がする。

ムネチカの携えていた太刀を抜刀し逆手にもち、イヌマの後ろから一人の男が現れる。


全身に赤気を纏い、血と共に赤刃に煌めく刀をもった佐倉だった。


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