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刀神記  作者: 貉
邂逅編
3/9

第一章 邂逅編③

③    


【同日火の日夕刻】

 荒らされた家の片付けを終えて、作業場のような居間で自身の身体の何かを確認するムネチカ。みぞおち部分をはだけさせる。

 気を使用し攻撃を行うと、接触箇所に【思痕】が残る。思痕は気の使用者が気を使用した際の意思が痕跡となって残ったもので、気の達人ほどこの痕跡がよく見え、またその痕跡から意思を読み取ることもできる。

 ムネチカは自身の体にできた思痕を確認し、意思の上澄みだけは読み取ることができる。

  「【殴る】【蔑む】【屈服さる】。【黄気】の奴の思痕なんてこんなものか、参考にもならない。」

 鍛冶屋としての基本動作は【打つ】。これは拳闘士団に由来するものであり、刀剣士団のものよりもその気に関しては長けている。自身の鍛錬の一環としてわざと拳側の攻撃を受け、刀の完成度を上げる参考にしていたのだ。

  「今回も収穫なしか。しかしあいつら鍛錬を怠ってやがる、痛くもかゆくもなかったな。」

 そういうと、ムネチカの体から赤い気が纏っていく。気を纏うことによって体の耐久力を上げていたのだ。

ムネチカの気は、黄気の一段階上の赤気。長年の鍛冶屋としての修練、畑仕事や鍛錬による完成された肉体と、復讐という恨みによって赤まで鍛えられた気が宿る。

 気は、もちろん己の努力により色が鍛えられるものであるが、生まれや血筋、遺伝による影響も大きいく、そういった者たちは生まれながらに黄気であった前例も存在する。刀鍛冶として神とも崇められる父親の血は、底知れない可能性があるのだろう。

 「そろそろ、国都に出かけてみるのも考えるべきか。」

 国都とは、現在拳闘士団が納めるフラクの主要都市である。この国で最も栄えた都市であり、一流の鍛冶職人が集まる場所。また、作業道具や鋼材といったものも高価なものが出回り、鍛冶屋の端くれといえど魅力的な場所であった。

しかし国都は刀剣士団関係者からしてみれば敵の本拠地。しかも国都は赤気を宿す隊長位の士団員たちが存在し、守りを固めていため、おいそれと向かうわけにはいかなかった。

「鋼材や道具は魅力的だが、親父の教えに反するところもある。今は修行あるのみだな。」

父親の教えとは、「道具に頼るは下手糞の証、己が真に優れたものと信じるなら、まずは腕を磨くべし。」といったものであった。ムネチカは父親、母親からの遺物が何もないが、あるとすれば父親であり師匠のこの教え、そして母親譲りの芯の強さであった。

士団同士の内乱による混乱が起きる前に、父はムネチカを逃がした。15歳の時だ。先見の明など持っていないはずだが、何かを予感したのかもしれない。母も一緒に逃げるよう言われていたが、刀鍛冶の嫁がおめおめと逃げるわけにはいかない。ムネチカの後は誰にも近寄らせないといい、父親と残ったのである。

「奴らも帰ったことだし、これでまたしばらくは作業に集中できる。」

家の中に戻ると、居間の荷物を無造作に端に寄せ、畳の一枚を力ずくではがす。するとそこには藁がしいてあり、さらに退かすと人一人がやっと入れるであろう穴が開いていた。ムネチカがあるものを隠すために掘ったものだ。中はそこまで長くはなく、すぐに目的のものが目に入る。縦長の麻袋が一つ、上から土を被せる形で転がっていた。その土ぼこりを手で払い袋を開けると、中には刀が4本入っていた。

刀鍛冶とは、鍛冶屋から派生したものだ。本来鍛冶屋は包丁や鍋、鍬などあらゆる金属類を作成してきた。国の風潮もありそれらを武器とすることは禁じられており、なおかつこんなもので戦える訳がないと伝えられてきたのである。実際に鍬や鉈で拳闘士団に切りかかるという試験的な訓練が行われたが、鍛えられた肉体と、それに纏った同等の気の前では、切れるどころか金属類の方が欠けるなどの結果に終わっていた。

しかしとある鍛冶屋の一人が、作成時に道具にも気を纏わせることができるのを発見し、そして長い年月をかけ編み出した技術により、包丁の刃をさらに長くし、完成したものが刀であった。その高い技術力とそれを有するのに長い鍛錬が必要ということもあって、刀鍛冶は極めて数が少ない。

もちろん武器を持つことを好まないこの国の拳闘士団員はひどく反発したが、国王による「拳も剣も同じ読みだからよし。だが剣を好んで使う国があるため剣と名乗ることは許さない。」とする鶴の一声により認められる。また、己の気に恵まれず士団に入門できずにいた者が、自分よりも気の強い刀を持つことで戦えるようにもなった。これが刀鍛冶の始まりであり、刀剣士団が発足するに至る始まりだった。

親父にも師匠がいたそうだ。その刀鍛冶は日中に刀をずっと打っていたそうだ。そして当時刀神といわれていた刀剣士団長の刀を打ったのだという。親父によれば、師匠の刀は夜になると白刃に光り輝くのだとか。

ムネチカがこの平屋に住むようになって5年の年月が経ち、作成できたのは4本。一本を抜き取り、鞘から刃を覗かせる。

薄暗い穴の中に微かに差し込む居間の明かりが、抜身の刃に反射する。

打ってから使用していないためか、刃は端から見ても刃こぼれなく、すぅっと糸の如くただまっすぐ刃区からふくらまで伸びる。その地には木目のような模様がちらほら見え、刃文は乱れ刃の仕様。そして何より、その一本は刀身全体が黄気を放っていた。一本だけでなく、すべての刀に当時の気が宿っている。だが、現在の赤い気で作られた刀が未だできずにいた。 

「カマセやイヌマなんぞの気では何も掴めん。近いうちに国都に向かわなければ、何が足りないのかも分からない。」 

痛みは無いはずの鳩尾や殴られた箇所が疼くのを感じた。苛立ちのような焦燥に駆られ、刀を握る手に力が入る。 

ムネチカが父親に刀鍛冶としての知識を叩き込まれたのは7つの頃からだった。

片目が見えないというのは、鍛冶屋の人間にとっては縁起がいいとされ、また、鍛冶仕事や陽の光を見て赤く輝く瞳のものは火の神からの加護があるとも言われている。そのため周りの人間がどんなに辱めようとも、、ムネチカの両親は大いに喜んだという。その為か、子供は入れぬ神聖な鍛冶場に、父クニツナは躊躇うことなく幼い息子をいれた。ムネチカは物心ついた時から火を肌で感じ、鉄を打つ轟音を目と耳に焼付け、あの灼熱の地獄を体験し、父の仕事姿を見て育った。村に来てからと言うもの、村のために何かやることが欲しい、と佐倉家に訴えると、田園の中心に一件だけある平屋に鍛冶場があることを佐倉のおじいさんが言う。自分は鍛冶仕事ができない故に困っていたそうだ。どうしてもというなら、そこを使うといい、とムネチカに譲ったのだった。佐倉のおばあさんは子供に一人暮らしをさせることに猛反対していたが、一日一回様子を見に行く約束をし、渋々許可した。 

それからは独学、農民の依頼もこなしつつ鍛冶屋としての腕も磨き、父から教わったことを反芻し刀を一本、二本と作成していった。当時まだ10になったのも最近の子供だ、決して強かったわけではない。親と離れ、親代わりのぬくもりからも離れ、毎晩一人で眠る居間で嗚咽は鳴り止まなかった。それでもこの生活を続けられたのは父の背中と、母の言葉、拳闘士団への復讐からであった。

昔打った刀を見たせいか、過去の事を年甲斐にもなく思い出していると、頭を大きく横に振って気を取り直す。刀を再度しまい前のように隠すと、ムネチカは 居間に戻っていった。

居間の方に体の向きを戻すと、何やら気配と、いい匂いがした。穴から顔を覗かせるとそこには引き戸と居間の間にある境に座る小さな老人の背中があった。 

「来ていたのか婆さん。」 

「いつもの時間じゃからのぅ。夕餉と顔を見にの。」 

佐倉のおばあさんが差し入れにやってきていた。いい匂いの正体はその手に持っている煮物が入った容器だった。 

「昨晩と同じで芸がなくてすまないのぅ。」

「この煮物は芸の中でも一級品だ。それに俺なら味噌解きの湯しか作れん。」

ムネチカは料理のセンスはずば抜けてない。なんなら仕事中は食事を取ることも忘れてしまうほどだ。

「そうじゃ、今朝爺さんから物騒な話を聞いてのぅ。この村から数里先の森の中にも、生き残りを受け入れていた村があるんじゃが、とうとう見つかってしもうたらしい。」

この田園地帯の果ての村・タハタは米や野菜を税として納めている。周囲には鬱蒼と生い茂る森林地帯があり、薪や炭、木材による加工品で税を担っていた村・キコリがあった。これは決して他人ごとではなく、いつだって明日は我が身の心持でいなければならない。

正午ごろに回収された使い捨ての籠手の山。イヌマが今日中に使うと言っていた。あれが同胞の虐殺に使われているのかと思うと、滅入っていた気分がいよいよ地の底まで着くような気がした。

「ここいらは大丈夫だろうけどのぅ。それよりもムネチカ、その服の汚れはどうした。穴に入っただけでそんなに全身汚れることはないじゃろ。」

 しまったと我に返る。奴らが去ったあと家の片づけやら忙しく、婆さんが来る前に風呂に入れずにそのままでいた。

「いや、ちょっと穴の倉庫を片付けていたんだ。中は暗いからな、あちこち擦れて汚れちまったんだろ。」

「……。」 

ムネチカは毎火の日に行われていることを佐倉家には話していなかった。ただでさえお婆さんには一人暮らしで心労をかけているのに、さらにかけさせたくなかったのだ。

「…そうか。お前さんがそう言うならそうなんじゃろ。だけどムネチカ、これだけは知っていて欲しい。儂らはお前さんのことを誇りに思っとるよ。」

「……。」 

いつだったか、父の厳しい鍛錬の後、思うように行かなくて隠れて泣いていたことがあった。そういう時は決まって自信が持てず、たった一桁しか生きてない癖に絶望した気分だった。そんな時、いつも母が声をかけてくれていた。

『出来ないというのは、今、できないだけなのです。けれどここで辞めてしまえば、一生できないままで終わるでしょう。そんな中であなたが立ち上がり、前を向けたのなら、そこからがあなたの刀鍛冶としての第一歩です。大丈夫、どんな時も、私たちはあなたを、誇りに思っています。』

その言葉は重くのしかかる期待ではなく、唯々優しさだけが上乗せされた言葉だった。

ここに逃げ延びてから、幾度となく思う事がある。自分は誰のために刀を打つのか。親父は言っていた、使用者のいない刀はなまくら同然と。俺の後ろにある刀は、やっと出来たたった四本の鉄塊はゴミなんじゃないかって。復讐っていう言葉で、いつか巨岩を両断する最強のひと振りを完成させるための足がかりだ、ゴミなんかじゃないと言い聞かせていたが、いつも親父のその言葉だけが木霊していた。鍛錬のためとはいえ苦汁を飲んできた。護るモノのために見栄なんてものは捨てたが刀鍛冶って誇りは捨てられなかった。 

俺の誇りは、意思は、あんな奴らに踏みつけられ嘲笑で吹き飛ぶ程のものなんじゃないかって思うこともあった。そんな俺が本当に最強のひと振りなんてできるのかって。俺じゃなく、親父が逃げていたらって。

 なんて婆さんだ。たった一言で人の意思をもう一度高ぶらせるなんて。 

「ムネチカ、どうしたんじゃ。」

目の前の小さな、世界から見たらちっぽけな存在に誓おう。

「何でもない。腹が減っただけだ。」 

あんたたち夫妻が、二度と蔑まれない世に変えてみせる。そのために俺は刀を打とう。

その日の夕餉は、久方ぶりにムネチカの家で、佐倉家とともに団欒を囲んだ。




金属音だけが響いていた田畑に笑い声だけが響いた。




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