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Paranormal Sweepers~怪奇・超常事件解決屋~  作者: アガタ ケイ
~怪奇・超常事件解決屋~編
3/10

第1話 白蝶草の乙女②

挿絵(By みてみん) 

 二週間後――実奈美は厄介な事件に巻き込まれる羽目になった。それは本人が望むと望まないに関わらず、気づかぬうちに蒔いてしまった種、とも言えるかもしれない。

 二日前に母が買い物の途中で持病の発作を起こし、救急車で運ばれた。応急処置が良かったため、一命は取り留めたものの、安静のためにそのまま入院することとなった。

 バイトが休みだった実奈美は午前中から母を見舞い、一人で帰宅していた途中、再びもう会いたくない奴に出くわしたのだ。

「ようっ、この間は世話になったな」

 卑屈そうな笑みを浮かべていたのは、先日ナンパしてきたあのチャラ男だった。

「立ち話もなんだから、ちょっと付き合ってもらうぜ」

「アンタ、物覚え悪いだろ。先日の言葉を忘れたのか」

「もちろん覚えてるさ。だがな、こっちも黙ったままじゃいられねえんだ」

「嫌だ、と言ったら?」

「そう言えば、お袋さんが病気で入院してるんだよな? これからお見舞いにいってやってもいいぜ? どこの病院が知ってるからな」

はあ、とため息をつく。どうやら自分に拒否権はないと実奈美は観念し、同行する。どうせ他の場所に仲間が待っていて、仕返ししてやろうというのだろう、実に見え透いた手口だと歩きながら実奈美は思った。それなら、敢えて罠に飛び込んで返り討ちにしてやろう、とも。

「おいっ、いつまで歩かせるつもりだ?」

「そう慌てなさんな。もうすぐだよ」

 それから、ちょうど10分後に目的地に到着する――不況で倒産した工場の敷地であった。住宅街から離れたそこは、荒れ放題となり一種の廃墟と化していた。

 予想通り、幾人もの男たちが一つの集団を成して待ち受けていた――どいつもこいつも、チンピラ崩れといった風貌ばかりだ。それぞれの手には、鉄パイプや木刀、チェーンなど多種多様な得物があった。

「さて、ここなら余計な邪魔は入らないからな。土下座でもして、この前の詫びを入れるなら手荒な真似はしねえよ」

「よく言うぜ。そんなことしたところで、どうせ許すつもりもないくせに」

「お前さんは気づいてないだろうが、いろんな奴から恨み買ってんだよ。その意趣返しだと言ったら、みんな挙って集まってくれたぜ?」

「ふん、下種な野郎ばかりだ。女ひとり相手に、群れないと何もできやしないのかよっ」

 威勢よく啖呵をきる実奈美に、それまでニヤニヤと下卑た笑みの男たちが、急に表情を変える。空気もより一層張り詰め、まさに一触即発の状態が生まれた。

 一方の実奈美自身も、決して余裕があるわけではない。これまでにもタチの悪い男たちに絡まれてトラブってきたし、喧嘩もしてきた。ただ、圧倒的に腕力に勝る男たちを相手にして、負けてきたことは一度もない。

「言っておくけどな。オレが女だからって、甘く見てると怪我だけじゃすまないぜ」

 力いっぱい地面を蹴って前に進み出る。と同時に右手を真横に大きく薙ぎ払った――空気中に大量の明るい灰みを帯びた黄色い粉のようなものが、男たちの視界を覆いつくす。

 それは黄砂そのものであった。砂煙はどんどん濃くなっていき、すぐ隣にいる人間の顔すら分からないほど一帯に広がる。

「ただの目晦ましだ、怯むんじゃねえっ」

「やっちまえっ!」

 そう叫んで闇雲に突っ込んでいく男たち。しかし、視界が悪い中でどこに標的がいるのか、分からない。

「あのアマっ、どこ逃げやがったっ!?」

「探せっ、まだ遠くには行ってないはずだ」

 怒声を飛ばした拍子に砂煙を吸い込んで、むせ返る者たちが何人も出てくる。

「逃げるわきゃねえだろう、バカども。オレにはお前らがよく見えるぜ」

 砂煙の中で実奈美が男たちを嘲笑いながら、一人一人を確実に潰していく。見えない恐怖に恐れをなした悪漢たちは、手当たり次第に自分たちの得物を振り回し――あっけなく同士討ちをはじめてしまう。

「あの女、“能力者”だったのか」

「くそっ……正々堂々と勝負しやがれ」

「大勢を集めておいて、どの口が言ってんだよ」

 鳩尾に強烈な一撃を叩き込みながら呆れた。こうなってしまえば、もう完全に実奈美のペースだった。このまま往けば、実奈美の完全勝利に終わる――はずだった。

「まったく知能も理性もない奴らだ。この程度の砂などっ!」

 誰かがそう言い放った途端――砂の弾幕は突如巻き起こった突風によって流され、塵一つ残らず消失したのだ。

 視界が開けた時、実奈美の他に立っていたのは、僅かに二人だけであった。そのうちの一人はあの金髪チャラ男で、もう一人はローブ姿でフードを目深に被った魔導士と思わしき人物だった。手には魔導士特有の杖を持ち、悠然と立ち尽くしている。

ここに来て随分と時が経過していたようで――すでに陽は西に落ちかけていた。時計を見なくともわかる、逢魔が時だ。

「先生、どうかお願いします」

 チャラ男が魔導士に声を掛ける。

「ふん、世話の焼ける連中だ。たかが小娘ひとりに手こずるとは」

 持っていた杖をゆっくり下に振るう。

 すると突然、実奈美の身体が何か強い力で弾かれたように宙に舞う。そのまま、背後のコンクリートの壁に叩きつけられる。

「がはっ……」

 予想外のことに反応できず、口から苦鳴と血を漏らしながら、地面に崩れ落ちる。それでも、敵意を込めた視線を男たちに送る。

「ほう、思った以上に強い女のようだ。ただ殺すには惜しいかな」

「そうですよ、先生。あの女をどんどん痛めつけて――」

「黙れ」

「ひっ……」

 魔導士のフードの奥にある暗く宿った瞳が、調子に乗っていたチャラ男を黙らせる。

「俺に指図するな」

「も、申し訳ありませんっ。気を付けます」

「まあよかろう。用心棒代もそれなりに貰っておるからな。それに――()()()()には丁度よいエサだ」

 夕日で伸びた魔導士の影の中から、何かが這い出てくるのをチャラ男と負傷した実奈美は目撃した。耳は馬のような鳴き声を聞いた気がした。幻覚でも幻聴でもない。それは現実そのものである。

 魔導士の影から出現した、そいつら二匹は四足動物、それもロバに似ていた。しかし、奴らの顔はロバや馬というよりどこか蛙にも似ていた。もう一つの特徴として、凶暴すぎる肉食獣の眼を持っていることだ。動物というより、怪物と言った方が正しい。

 こいつは危険だ――実奈美は痛みを堪えながら、立ち上がる。

 指先を開いて砂を呼び寄せる。砂を掴んだのではない。砂は磁石に引き付けられた砂鉄だった。手の中で矢の姿に変形すると、砂の主は魔導士に目掛けて放った。風を切って飛ぶ渾身の矢だったが、しかし敵に届くことはなかった。砂の矢は怪物が吐き出した粘液によってことごとく失墜したのだ。粘液と思わしきものは、圧縮された水だった。

「無駄な足掻きだ」

 風が凪いでフードからちらりと、魔導士の顔を覗かせた。ゴブリンの醜い顔がそこにあった。笑うとただでさえ醜い顔がより不気味に見える。二頭の怪物もゲゲゲゲと気味悪い鳴き声をあげる。

「まさか、そいつらは!?」

 ある名前が脳裏を過ぎり、実奈美に驚愕の表情が浮かんだ。

「ほう、気が付いたかね? 強いだけでなく、なかなか直感も鋭いようだな」

「あのう……先生。その動物たちはいったい?」

 横から口を挟もうとするチャラ男を、魔導士がじろりと睨めつける。これでは、どちらが雇い主か分からない。

「小娘、お前は察しがついているようだな。こいつらはケルピーだよ」

「「ケルピーっ!!」」

 一人の男と一人の女の声が同時に重なる。

「ほ、本当にケルピーだとしたら……水辺のないところでは、活動出来ないはずだぞ」

「ふふっ、そんな常識は捨てた方がいい。物事が必ずしも常識の範囲内にあるとは限らない――この大魔導士トゥーラーに掛かれば、たとえ水がない砂漠でもケルピーを使役するなど、容易いことだ。このように、な」

 魔導士が杖を振るう姿を目にして、反射的に身構える。

 二頭のケルピーが口を開いて、カメレオンが長い舌を使って獲物を捕捉するのと同じように、実奈美の両腕を拘束する。ヌルヌルして微かに生臭い。

「放せっ……クッソ……オレをどうするつもりだ」

「さっきも言っただろうに。お前はこのケルピーどものエサなんだよ。ククッ、若い小娘の肉はこいつらにとっては、さぞ馳走だろうな」

 ケルピーたちは、待ちきれんとばかりに口の端から大量の涎を零している。長らく獲物を喰っていない証だった。

 拘束された獲物本人は、このまま喰われてなるものかと、手足をバタつかせて必死の抵抗を試みる。巻きついた気色悪い舌を振りほどこうとしてみるが、人間の何十倍もの力強いケルピーの前では所詮、蟷螂の鎌に過ぎない。

「……やめ……て下さい。助けて……下さい」

 それまでの威勢が消え、懇願に変わる。このまま死ねば、入院中の母の世話を誰がするのか。自分の死を知った母がどれだけ悲しむことか――残される母のことを思うと、心が折れそうになる。

 その姿を見て、今さら恐怖を感じだのと勘違いしたチャラ男が下品な笑い声をあげながら叫ぶ。

「いい気味だなぁ、おいっ。散々俺らを見下して来た罰だ。ありがたくエサにされて喰われちまいなよ」

 魔導士やケルピーらの毒気に当てられたのか、

「ほうら、もっと命乞いしてみろよ! もっとだ! もっともっとだ!」

 狂ったように叫ぶ。もはや人間の正気の欠片も残っていないようだ。それを横から魔導士が片手で制し、

「さて祈りは捧げ終わったか。こいつらに喰われるのを、誇りに思うがいい――さあケルピーどもよ、エサの時間だっ」

 トゥーラーが甲高く命じると、二頭のケルピーの舌が秒の速さで引き戻される。

 実奈美の身体が再び宙を飛んだ直後に地面に叩きつけられ、引きずられた。

「――――」

 悲鳴をあげる暇すらなく、すぐ目前に化け物たちの口腔が広がっている。生まれて今日までの記憶が、刹那の速度で一気に流れる。ビデオの早送りのように。

 ――母さん……

 最期に目に浮かんだのは、病弱な母の姿だった。

 いつも自分を守ってくれた、優しい母。

 ――親不孝な娘で……ごめんなさい母さん

 もう会えないのだと、目を閉じる。涙が流れる。

 ケルピーが待ちきれず、いち早く獲物を喰らおうとして首を伸ばす。血走った不気味な四つの眼が実奈美を捉え、馬の歯がその色白の体に触れ――なかった。

 雷を思わせるような爆音が工場の敷地内に轟いたのは、まさにその瞬間だった。

 その時すでに、ケルピーたちの伸ばしすぎた首が根本から胴体と泣き別れしていたとは、誰が気付いたか。

 ケルピーたちの頭部もろとも、喰われるはずだった実奈美の身体は真横に吹っ飛ばされた。腕にはまだ長い舌が巻きついたままだったのだ。

 が、今度は固く冷たい地面にダイブする直前に受け止めてくれる者があった。

「ナイスキャッチ、俺様~」

 実奈美は聞きなれない男の声だと思うのと同時に、自分が助かったという事実に気付くのに、時間は掛からなかった。

 目を開けると、そこにはやはり知らない人物がちょうど、お姫様抱っこするように支えていた。

 白髪交じりの黒い髪に無精ひげ。何より印象的なのは、右眉から頬にかけて垂直に入った傷跡――只ならぬ人生を歩んできたことを物語っている。

「な、なんだよ、誰だよ、おっさんっ!」

心なしか、未だに身体と声が震える。

「おっさんっ!? そりゃ確かに四十路は超えてるけどさ。せめておじ様、とかにしてもらえない? でないと、おじさん泣く……」

 さもわざとらしい、ふざけた泣きまねをしてみせる。

 ホントなんなんだよ、このおっさんは……

 訝しげに思っていると、スカーフェイスの男は実奈美からすっと視線と外して、魔導士たちを挟んで反対側にむける。

「こっちのお嬢ちゃんは無事だぞ~」

 反対側にいる誰かに向けて、そう叫ぶ。

 誰がお嬢ちゃんだ、これでも二十歳だぞ。そう思いながら実奈美も無意識にその方向にいる人物をみた。

 チャラ男と魔導士も同じ方向に視線を向ける。

「怪我がなくて何よりだ」

 もう一人、男の声がする。離れていても、不思議とその声はよく通っていた。

 悠然と歩いてくるその人物、がケルピーたちの頭を吹き飛ばした張本人だと、その場の誰もが認めた。

「き、貴様はっ!!」

 魔導士の声に緊迫と畏怖が入り交じる。ついさっきまでの余裕ある醜い嘲笑は、その男の姿を認めた瞬間から消え失せていた。驚愕の表情が、今度はトゥーラーに刻まれる番になろうとは。

「や……矢河剛(やがわごう)!!」

 大魔導士トゥーラーが男の名を絶叫する。

 外見からして32、33歳か。実に男らしい精悍な顔立ち、切れ長の目元。鼻と口は名彫刻家が後世に残した男性彫刻のそれと、見間違えそうになるくらい見事なものだ。そして肩幅の広い長躯からは溢れんばかりの精気が漂っていた。これほどの容貌の男は、数少ないだろう。

「やっと探し当てたぞ、トゥーラー」

 灰色のロングジャケットの裾を靡かせながら、矢河と呼ばれた男が冷めた眼差しと共にそう告げる。

 実奈美は、男を見つめ続ける自分の頬が紅潮している事に、ずっと気付かぬままだった。


ここまでのお付き合い、ありがとうございます。


思っていた以上に長くなりました。3話以降もできるだけ早めに公開予定できるよう、頑張ります。


真打ちは後から登場・・・。


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