序 ~<暗黒の日>~
すべての始まりは、何の前触れもなく突如として起こった。
後に<暗黒の日>と呼ばれるようになった日――。
その日、地球は何の前触れもなく夜の闇よりなお暗い漆黒に包まれた。日中の陽の光は奪われ、夜輝く月明かりや煌めく星空は幕が下りたように何もない黒一色に染まった。どんな照明も謎の漆黒には力及ばず、ただ細々とした灯を照らすだけだった。
日蝕や月食とも違う自然法則を無視した異常現象に人間たちは恐怖し、世界の終焉だと信じて疑わなかった。
ある者は耐え切れぬ恐怖のあまり発狂し、ある者は絶望の中で自らの命を絶ち、またある者はこれまで人類が行ってきた愚行を懺悔し、神に許しを得るための祈りを捧げた。
世界中の人類が光を渇望した。大勢の人間の光を求める心が一つとなって起こした奇跡か、それとも救世主の力か。闇の恐怖は発生した時と同じように、前触れもなく終りを告げた。
地上のどこから伸びた一筋の光の柱が天空まで届いて穴を穿ち、やがてそれは次第に大きくなっていって、風が霧を流すように闇を打ち消した。太陽の光が、月明かりが輝く世界を取り戻した。
暗闇が世界を覆った日から丸一日経過していた。人々は安堵を抱いたのと同時に、夢でも見ていたような錯覚に陥った。
集団催眠だったのであろうか。
いや、そんなはずは無い。すべて現実に起こったことだ。
漆黒の闇を切り裂いた閃光がもたらしたものは、希望だけではなく、新しい世界の始まりであった。
その事実にいち早く気付いたのは、子供たちや霊感の強い大人だった。特に純粋な心を持つ子供は公園や森、水辺など緑が溢れ自然豊かな場所で、彼らの姿を目撃した。
空想や幻想世界にしか存在し得なかったモノたち――妖怪、妖精、人魚、怪物、魔獣らが我が物顔で現実の世界を跳梁していた。いつから現れたのか誰も分からない。もしかすると初めから存在していたのかもしれない――多くの人間の目に見えないだけで。
人類は現実と幻想が入り混じった新世界を受け入れざるを得なかった。いくら目を閉じ、耳を塞ごうとも、非情にも事実は不変である。数ある選択肢のうち、人間たちは発現した妖怪たちとの共存共栄の道を選んだことが、その証拠であると言えよう。
<暗黒の日>――それは神の陰謀か、悪魔の気まぐれか。
幾人もの科学者や研究者たちが、多くの謎に満ちたこの怪奇現象の解明に全知能をもって挑んだ。しかし、どれだけの月日が流れても決定的なゴールに辿り着いた者は、ただの一人も存在しなかった。
やがて長い年月が過ぎ、<暗黒の日>は遠い過去の出来事になっていた。