第五話 『メリル』④ ~親愛なるクリス様へ~
親愛なるクリス様へ。
ご無沙汰しております、メリルです。きちんとご飯食べてますか? また適当なものを食べておなか壊してませんか? このまま山籠もりでもして一生を終えようなんて思ってませんか? 野宿系悪役令嬢として生きていこう、だなんて下らない事考えてませんか?
……冗談です、はい。
この手紙はもしものために、ハリーさんに預けています。そう、もしも。そんな予感がしていました。
クリス様が誰かを探しているのは、気づいていました。名前も知らない誰か――それが他の『メリル』だという事に、何となく気づいていたのです。
あなたが探している誰かが、わたしには見当もつきません。きっとわたしがお話した事のある方なのでしょう。一緒に騒いだり、笑ったり。そんな風にできた方なのでしょう。
でも、思い出せません。覚えてすらいない、という言葉ですら不正確です。
あなたは今、舞台に立とうとしています。とても大きくて、わたし達が生きるに値する、そんな舞台に。
けれどこの手紙を読んでいるという事は、あなたがいて、わたしがいない。そうなります。
違いました、間違えました。
わたしは、はじめから、どこにもいなかったのです。
選ばれなかったとか、手違いだとか。そんな理由はすべて些末なものです。結果として舞台に立てなかったわたしは、そういうものなのです。
怒ってますか? ふざけるなって憤りながら、手紙を破こうとしていませんか?
でもそれは間違いです。わたしはそんなことのために、この手紙を書いた訳ではないのですから。
わたしのことは、忘れてください。
ああ、やっと書けました。この一言のために、紙とインクを随分と無駄にしました。わたしの『役』は、きっと他のだれかが演じてくれるでしょう。舞台であなたの横に立って、流石ですって言うのでしょう。
だから、いいのです。わたしはそれでいいのです。
もし、せめて。
こんなわたしのために、何かを報いるのであれば。
わたしの願いはたった一つ。これからもこれまでも、ずっと一つだけです。
クリス様、勝って下さい。
晴れ舞台にふんぞり返って、いつものあなたのように、覚えてなさいって捨て台詞を吐いてください。悪役令嬢の名に恥じぬ、ご活躍をしてください。
その姿を想像するだけで、文字を綴る手の震えは消え、青空のように晴れやかな気分になれるのですから。
さようなら、クリス様。どうか、わたしのことは忘れて、勝って下さい。
それだけを望んでいます。
どこかの誰かより
――最強の悪役令嬢は、誰だ。
その一言が彼女達をここに集めた。
彼女達……そうこの聖ベルナディオ学園にいる悪役令嬢は一人ではない。
「いよいよ始まるのね……」
ぽつり、と。誰に言うでもない言葉をクリスティア・R・ダイヤモンドは呟く。
『大変長らくお待たせしました。それでは只今より』
解説の声が、円形闘技場『バックヤード』に響き渡る。観客席を埋め尽くす生徒たちに、ステージに立つ二人の悪役令嬢。
――ふざけるな、何が悪だ。何が悪役だ。何をもってその四文字を、己が信念として掲げるのか。
どこからと聞こえるそんな声。だからこそ、今日この日を迎えたのだ。
――ならば、決めようじゃないか。
舞台にはバックヤードを、勝者には婚約破棄する権利を。
今ここに、宣言しよう。
共に叫ぼう、今ここで。
『第一回悪役令嬢バトルロイヤル決勝戦を……開催するっ!!!』
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