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第一話 バトルロイヤル、開催① ~ねぇ~




 ――ねぇ。


 金が、ねぇ。




 それがおおよそクリスティア・R・ダイヤモンドことクリスに対する評判であり。


「ったくこの自販機……覚えてなさいよ」


 今現在自販機の下に落ちた100円玉を探して手を突っ込んでいる彼女の現状である。




 彼女の人生は波瀾万丈……とは言い難い。ごく普通の貴族の令嬢であったが、その転落ぶりだけは目を見張る物があった。




 蝶よ花よと育てられ、勇み進むは聖ベルナディオ学園。軍人華族に貴族に王族、十年後の要人で埋め尽くされたこの学園でそれなりに貴族らしい生活と態度で過ごしていたが。




 半年前、父親が蒸発した。残ったのは30億という膨大な借金。


 学費はなんとか一括納付していたおかげでこの学園に通い続けられてはいるが、もはや学園一の金欠という称号は揺るがない。


 三食カップ麺? 否、朝食は諦め二食カップ麺生活を送る彼女。


 だから当然のように落とした100円玉を埃まみれになりながら拾わないといけないのだが。




「あの、クリス様……何をなさってるのですか?」


 地面に這いつくばっている彼女に、人懐っこい声がかけられる。声の持ち主は元クリスの侍女で現同級生のメリル。子犬みたいに小柄で子犬みたいに髪がモフモフで子犬が収まるぐらい巨乳だ。


「何って、決まってるでしょ……100円落としたのよ100円」


 対するクリス、リンスもトリートメントもなくひたすら石鹸と櫛で手入れしたボサボサのツインテール。身長は一般的な女子生徒より少し高いが、胸囲の貧しさはおおよそ財布の中身と一致するものだった。


「いえ、あのそうでしょうけど……」

「仕方ないでしょ、あの元男爵コロッケのせいでこちとら二食カップ麺よ」

「はぁ、王国一の才女、社交界に咲く大輪の花と呼ばれたクリス様が、自販機に手を突っ込んでひもじい生活を……おいたわしや」

「悪かったわね没落系高飛車悪役令嬢で。それにもう侍女じゃないから様付けはいらな」


 お、この感触はと彼女が笑う。学園で指先に小銭の冷たい感触が触れただけで笑顔になるのはおそらく彼女だけだろう。


「いわよ……っと!」


 勢いよく手を引き抜き、つかみ取ったのは100円玉。



 では、なかった。



「よしっ、500円!」


 それはもっと重く、大きく彼女の心を揺さぶる物だった。思わず拳を握りしめるが、メリルが咳払いをした。


「クリス様あの人の目がありますから……」

「え、ええそうね」


 拾った小銭に息を吹きかけるクリス。その頬はここ最近で一番の緩み具合だった。


「でもクリス様、もうお飲み物は買ったのでは?」


 少し冷静になったメリルは、クリスの足元に置かれた一本の缶コーラを見て尋ねる。するとクリスは不敵に笑った。


「馬鹿ねメリル、これはこう使うのよ」


 その輝く500円玉を財布……には入れず、そのまま自販機に突っ込む。選ぶのはもちろん、メリルの好きなミルクティー。


「はい、あなたの分……これで同罪ね」


 彼女はよく冷えた缶を手渡す。そもそも落とした100円玉の使い道は、初めから決まっていたのだ。


「共犯者を作るだなんて……やっぱりクリス様は最強の悪役令嬢ですね」

「別に、そんなつもりじゃないわよ」


 メリルは笑う。以前の性格がまだ残っている事こそ、彼女の喜びに他ならない。まぁ、500円玉は盗んだというが拾ったものだが。


「それでその残りは貯金するんですか?」

「まぁ……それも良いけどね。日頃の行いの成果だと思って豪勢に食堂にでも行くことにするわ」

「まぁ、どんな日頃の行いですか! 気に入らない教師のティーカップに毒を塗りましたか! それとも気に入らないあの子のノートにメスブタって油性ペンで書きましたか!?」


 目を爛々と輝かせてメリルは尋ねる。せめてそれぐらいの悪事を行っていて欲しかったが。




「……昨日はジャガイモの皮を食べたわ」




 死んだ目でクリスは答える。半年前、父親が財産を無くしたのと同様に。


「意外とイケるわよ」




 クリスティア・R・ダイヤモンドは悪役としての矜持を無くしたのだ。




「あ、ていうかまだ落とした100円玉残ってるじゃない。回収しないと」




 あとはまぁ、恥ずかしいとか服が汚れるとかそういう類のやつもついでに。

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