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第三話 the world is hers① ~変わる世界~

「学籍名簿が見たい?」

「ええ、ちょっと人を探していて」


 職員室、クリスは担任のミハエルに腕組をしながら尋ねていた。


「それは……大事な人かい?」


 彼は金色に輝く長髪を万年筆でかきあげながら答える。その艶っぽい笑顔に輝く白い歯、そして第三ボタンまで開かれたワイシャツ。良くも悪くも色気を振りまく彼が、クリスは少し苦手だった。


「いや別に」


 というわけで答える。探している姉御が彼女にとって大事な人というわけでもないので素直に答える。


「わかるよクリスティアくぅん! きみは、あの時、一目見たあっ! ほとばしる電流、脳髄を伝わる衝撃! 恋……だね!」

「違います」


 三度ぐらい髪をかき上げながら、早口でまくし立てるミハエル。この男に聞いたのは間違いだったなとクリスは一人心で呟く。


「無理しなくていいよクリスティアくぅん! とどの、つまり……きみは! この僕の恋の授業を……受けたいんだね!」

「失礼しました」


 どうやら学籍名簿は見せてくれないらしい。というわけでクリスは踵を返し職員室を後にする。


「あっ、わかっ、わかるよぉ! わかるんだよぉーーーーっ!」


 自分の体を抱きながらクネクネするミハエルを尻目に、職員室の扉をぴしゃりと閉じた。それからため息を一つついて。


「……誰よあんなの採用したの」


 誰に聞かせるでもない愚痴をついでにこぼした。






 職員室を後にしたクリスはそのまま考えながら廊下を歩く。他の手段について考えるがどうも良い案が思いつかない。


「姉御っていうからには……上級生よね普通は」


 かといってクリスに上級生の知り合いなどいないので、普通に聞いて回るという手段は使えない。だからやはり学籍名簿を……と思うもののミハエルに聞くのは耐え難く。


 などと考えていたせいで、すれ違う女子生徒に肩がぶつかった。


「あら失礼」


 ふと相手を確認すれば、そこにいたのは見知った顔。


「ってユースじゃない、珍しいわねあんた一人だなんて」


 ユースがいた。彼女はいつものように何も喋らず、ただ黙ってクリスを見つめる。


「何よ」


 思わず口が動く。正直な話をすれば、今のクリスにとってユースは誰よりも関わりたくない相手だった。過去の事をなじられ、罵られるならまだよかった。けれど彼女は今日も黙って、ぼんやりと虚空を見つめる。


 が、今日は違った。彼女は唇も動かさず、文字通り眉一つ動かさず。




 ――そのまま後ろに、倒れた。




「ってユース!?」






 ユースが瞼を開ける。硬いベンチに横たわって、彼女は眼球だけ左右に動かす。目に飛び込んだのは、嫌そうに頬杖をついていたクリスだった。


「気がついた? ったくいきなり倒れるなんてどうかしてるわよ」


 クリスとしては放っておきたい相手だった事は間違いない。しかし放置して立ち去るという選択肢はまばらな人の目が許さなかった。


「……」


 相変わらず何もしゃべらないユースに、クリスは思わずため息をついた。喋らない、喋れない。そのどちらでもクリスには構わないが、何ら意思表示すら行わないユースに対して苛立ちを隠せなかった。


「ま、何があったのか知らないけど。倒れるなら場所ぐらい選んでほしいものね」


 皮肉っぽくクリスが言うが、ユースは何も答えない。だから本日二回目のため息を漏らして、杓子常時な質問をする。


「で、何で倒れたのよ」

「……」


 その質問に返事がない事ぐらいクリスは予想していた。



 ――ぐーっ、と。




 聞こえて来た盛大な腹の虫に、思わずクリスは驚いた。


「あっそう、お腹空いたの」


 クリスは自分が笑っている事に、初めて返ってきた彼女からの返事に、内心喜んでいると気付けなかった。


「しかし参ったわね、あんたに食わせる金も義理も……」


 思わず財布を確かめるクリス。だが開けたところで彼女の財布の中身は、ユースの口数と変わらなかった。


 つまりゼロ。


「クリスさまーーーーー! 探しましたよーーーーーーっ!」


 と、今度はメリルが手を振りながら駆け寄ってきた。


「あらメリル」


 そう答えるクリスの顔を、一瞬メリルがキッと睨んだ。額には汗を浮かべ、呼吸は荒かった。


「あらメリル~、じゃないですよまったく……試合が近いのにどこほっつき歩いて」


 説教を中断したのは横にいたユースに気付いたからだった。今となっては珍しいその取り合わせに言葉を漏らさずにはいられなかった。


「ってユースさんじゃないですか、どうしたんですか?」

「何かお腹減ってるみたいで」


 はぁ、とメリルが首を傾げれば腹の虫が再び鳴った。それからついでに、クリスの腹も同じように鳴いた。


「仕方ないですね、わたしが奢ってあげますよ」






「はいメリル、ハンバーガー2つで6クレね……チーズおまけしといたから」


 向かった先は相も変わらず校庭の屋台だった。メリルのクラスの出し物なので毒の心配がないとの事なので半ば強制的にここになったのだ。


「ありがとうメリル」


 メリルからハンバーガーを受け取ろうとするクリスだったが、その手が交わされる事はなかった。それからメリルはそっぽをむいて、一度ふんと鼻を鳴らした。


「怒ってる……?」

「これを食べる前に、ちゃーんと試合のこと確認してくださいね」

「わかったわよ、心配性ね」

「クリス様が適当過ぎるんです。はいこれ試合表です」


 ハンバーガーと試合表を受け取るクリス。まずは一口かぶりつく……のはメリルの視線が怖いので、先に試合表に目を通した。


━━━━━━━━━━━━━━━━━━


元 祖─┐   

    ├─┐ 

完 璧─┘ │ 

      ├─

軍 人─┐ │

    ├─┘

ヤンデ─┘


━━━━━━━━━━━━━━━━━━


「ずいぶんスッキリしたわね」


 Bブロック含めて16人もいた悪役令嬢がいまやたったの4人だけ。まだ自分が残っている嬉しさと、これだけしか残っていないという一抹の寂しさがクリスの胸を襲った。


「まったくです。これなら初めから総当たりにして欲しかったですよ」


 と、ここで感傷を捨てるべく、または単に腹の虫を抑えるべく。クリスは受け取ったハンバーガーにようやくかぶりついた。


「あ、美味しいわねこれ」


 素直な感想が飲み込んだ後に漏れた。パンとトマトとひき肉とチーズとレタス。簡単な食材の組み合わせだが十二分に美味しかった。


「ちゃんと味わってくださいね、わたしの奢りなんですから」


 だが不満が一つ。これに合うはずの飲み物が手元にない事だけが。


「これにコーラがあれば最高ね」


 漏らした言葉は本心だった。あの黒くて甘ったるい炭酸飲料が恋しかった。けれど、その言葉の意味は。




「コーラってなんですか?」




 メリルには伝わらない。


 クリスの指した言葉の意味が、何一つ理解できない。


「何言ってるのよ、自販機で売ってるじゃない」

「はぁ、じはんき……」


 首を傾げるメリルに、動悸が早くなるクリス。つい先日の事を忘れたメリルに戸惑いと不安が隠せない。


「だからこの間500円玉拾った……」


 そこで、気づいた。この手に持った食べ物の値段。


「メリル、財布見せて……早く!」


 声を荒げるクリスに、メリルは恐る恐る財布を差し出す。奪い取るように中をあらため、クリスは1枚の硬貨を拾い上げる。




「これ……何?」




 知らない硬貨が入っていた。知らない、あり得ない。ただ大きく数字の5と知らない肖像画が描かれた硬貨。


「5クレ硬貨ですけど……どうしましたか?」


 クリスの視界が揺らぐ。何とかその場に立ち止まって、財布をメリルに返せてもその違和感からは逃れられない。


 通貨が変わっていた。コーラが消え、自販機も知らない世界。




 ここは、どこだ?




 何があった、何が起きた。その言葉を飲み込めない。けれどたった一言が、やたらと頭に反芻される。




『この世界は大きく変わる』




 あの胡散臭い自称精霊の言葉が、頭から離れない。


「それよりクリス様、明日の『第一』試合頑張って下さいね!」

「やめて」


 トーナメント表を見てメリルが言った。総当たり戦が良かったと。


 始めから見ていれば絶対に出てこない台詞だった。その意味にようやく気付く。


「初戦からアスカさんだなんてついてないですよね」

「やめて」


 初戦なんてもう終わった。今更そんな話をしないでとクリスは願う。だが止まらない。


「でも、頑張りましょう! 三千万クレの借金、早く返さないと」




 プツンと、切れた。




 クリスを支えていた何かが、その一言で音を立てて千切れてしまった。


 見ず知らずの通貨の、実感のない借金。


 何のために戦うのか。そんな事、今は。


「やめてって、言ってるでしょ!」


 クリスが怒鳴れば、メリルがその小さな肩を震わせる。やってしまったと後悔しても、発言は取り消せない。


「ごめんメリル、でも今は」


 メリルとユースに背を向けて、重い足取りでクリスは歩く。


「一人にさせて」

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