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聖者の牢獄  作者: 桂太郎
第4章罪深い愛の歌
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祈りの言葉




 鮮紅の瞳が俺を捕らえて離さない。さっきから、無言で俺を見詰めてくる少女、アマル。流石に見られすぎて、居心地が悪い。誤魔化すように、うなじを手で押さえた。


「……なぁ、アマル」


 沈黙に耐えられなくなり、名前を呼ぶ。アマルは数秒間固まった。まだあだ名で呼ばれることに慣れていないのだろう。視線をさ迷わせてから、おずおずと頷く。


「ここストーンハースト修道院って言ったよな」


「……はい」


「それって、どこら辺にあるんだ?」


「トートヴァルト」


 聞きなれない言葉に、思わず聞き直す。


「トート……何だって?」


「トートヴァルト、です」


 聞き直してみたが、そこがどこにあるのか分からなかった。少なくとも日本の地名ではなさそうだ。外国、なのだろうか? 眉間を揉んでから、問いかける。


「あー、まさかここってヨーロッパなのか?」


「ヨー、ロッパ?」


 アマルは目を瞬かせた。こてん、と首を傾げる。


「ヨーロッパって知らない? ほら、イギリスやフランスとかさ」


「……そのような国は知らない」


「じ、じゃあ、日本って聞いたことないか?」

 

 アマルは弱々しく首を振った。

 思わず頭を抱える。世間知らずにもほどがある。いや、これは世間知らずで片付けて良いようなもんじゃない。ヨーロッパを知らないって、どんだけなんだ。

 そもそも日本を知らないなら、なぜ彼女は日本語を話せる? おかしなことばかりで頭がくらくらしてきた。


(でも……嘘をついてるような感じじゃないんだよなぁ)


 トートヴァルトという場所にあるストーンハースト修道院。

 ただ電車に乗り眠っていただけの俺が、なぜこんな場所にいるのだろう。本格的に分からなくなってきた。


「アマル、この修道院に他の人っているのか? いたら話してみたいんだけど案内して貰っていいかな?」


「…………っ」

 

 アマルは顔を伏せた。肩を震わし、手を強く握り締める。様子がおかしい。体調が悪いのだろうか。そこまで考えて、ここが妙に寒いことに気が付いた。真冬という程ではないが、半袖の俺にはかなり堪える。


 俺は気を取り直して、アマルに声をかける。


「……アマル、大丈夫か?」


「……はい」


「あの、調子が悪いなら、道を教えてくれるだけで良いよ。後は自分で行くからさ。この修道院で一番偉い人に会いたいんだけど」


「偉い、人?」


「ああ、ここが修道院なら司祭様? 牧師様か? 取りあえずここの責任者に会いたい」


「……ベネディクト司祭なら司祭室に居ます。礼拝堂を出て、右手に歩き、扉を開け回廊を左手に曲がった先の扉を抜ける。そこから歩いて直ぐにある道を曲がって、突き当たりの部屋」


「右手、左手、突き当たりで曲がる……だな。オッケーだ」


 アマルの言葉を繰り返して、自身に落とし込む。


「よし、行ってみるよ。アマル、ありがとう」


 俺はアマルに向け笑ってお礼を言う。アマルはびくりと身体を震わせて、俺を見詰めた。それから、鼓動を確かめるように胸を押さえる。


「はい。アンドリュー様」

 

 今更なんだが、アンドリューって姓名を同時に言ってることになるんだよな。違和感がかなりある。


「安藤隆……あー、アンドリューってさ、俺呼ばれなれてないんだ。できたら、俺にもあだ名につけてくれないか?」


「……アンドリュー様のあだ名を私、が?」


「ああ、うん。嫌か? できたらアマルに付けて欲しいんだけど」


 アマルは数秒沈黙した。それが、妙に長く感じた。


「……では、アンディ様と」


 それは囁くような声だった。

 自信なさげに上目遣いに俺を見るアマル。そんな顔しなくても良いのに。にしても、アンドリューの愛称がアンディになるのか。


「アンディか。……うん、良いあだ名だ。アマル、改めてよろしくな」


「……はい、アンディ様」


 アマルは安心したように目を細めた。


「じゃあ、アマル。俺、その司祭様に会ってくるよ」


 断りを入れて、俺は扉へと向かった。とても大きな木製の扉だ。俺はそれを押し開こうと、取っ手に手をかける。


「アンディ様」


 静かで綺麗な声音に呼び止められ、俺は顔だけ振り向く。


 銀糸の髪が揺らめく。完成されたすぎた美貌が蝋燭の灯火に照らされる。鮮紅の瞳が俺を見据えた。


「……また、お会いして頂けますか。私に、それをお赦し頂けますか」


「そんなの当たり前だろ」


 間髪いれず応える。

 というか、なんだその質問は? 意図が良く分からん。心の中で、首を捻る。


「ああ……。嘘でも嬉しい」

 

 アマルは、淡く微笑んだ。風が吹けば飛んでいきそうな、そんな笑みだ。彼女が何故そんな笑い方をするのか不思議だったが、それよりも安心させてやりたいという気持ちが勝った。


「……あのな、そんな嘘つく訳ないだろ? 司祭様に会ってきたら、また戻ってくるよ」


「……はい、ずっと待っています」


 少女は胸の前で手を合わせ、俺に向けて祈るような動作をした。


 


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