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聖者の牢獄  作者: 桂太郎
第2章  プロメテウスの火焔
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甘い蜜




 ストーンハーストでは、養蜂が行われている。

 養蜂によって取れる蜂蜜は、発酵させ蜂蜜酒にしたり、宗教儀礼に必要な蜜蝋に加工したり、はたまた医薬品としての役割を担ったりと様々な用途で使われていた。


 キリスト教において、蜂蜜はそれほど重要なものとして位置付けられていたのだ。

 その証拠に、蜂蜜は聖書にも繰り返し記載されている。更には、ミツバチ、養蜂家の守護聖人として聖アンブロジウスという聖人が存在することもその証左に他ならない。


 俺はフラチェスコと数人の修道士と共に、そんな蜂蜜を朝から採取していた。蜂は俺たちをどうにか離そうと死ぬもの狂いに飛び回る。


「っ痛!」

「黒の旦那、大丈夫ですかい?」

「うぐぅ、フラチェスコぉ。蜂に刺されちまった。じんじんする」

「あーあ、これはやられちまいましたねぇ。取り敢えず、刺されたところを絞り出してくだせぇ。何、そこまで強い毒でもないので、冷やして大事にしておけば大丈夫ですよ」


 フラチェスコに言われた通り、刺された右手の甲を指で強く摘まんで毒を絞り出す。じんわりと痛みはするが、我慢できないほどではない。


 俺は断りを入れて、井戸まで赴く。

 懐に入れていたハンカチを汲んだ井戸水に浸し右手に巻いた。局部が冷やされ、少し痛みが鈍る。それを確認してから、再び養蜂所に戻った。


「フラチェスコ、悪いな。今戻った」

「ああ、旦那。今しがた巣を取り出し終えた所でさあ。半分は蜜蝋、もう半分は蜂蜜酒に使います。今日は蜜蝋を作って終わりにしやしょうか」

「そっか、分かったよ」


 俺たちは巣を養蜂所から離れた釜戸まで運び込む。

 まずゴミを良く取り除く。それが終わると、釜戸に火を起こして、大きな鍋に水を注ぎ沸騰させる。その鍋に巣ごと投入。巣がどろどろに溶けるまで根気よくかき混ぜる。

 それを冷ますと、蜜蝋の層と不純物の層、水に分かれる。そこから蜜蝋だけを取り出して、再度それを溶かす。


 溶けた蜜蝋に繰り返し糸を浸し、蝋燭を作り上げる。これが一番時間がかかり、単純作業故に疲れが大きい。だが、その分達成感がある。俺は夢中で、作業に明け暮れた。



 ***



 全ての蝋燭が完成する頃には、もう夕方になっていた。

 俺たちは後片付けをして、修道院に戻る。フラチェスコと修道士たちは、ミサに行くので修道院の入り口近くで別れた。

 

 俺はそのまま自室へと足を進めた。

 自室にたどり着き、その扉を開けるとアマルが椅子に腰かけ裁縫をしているのが見えた。中世ヨーロッパにおいて、裁縫は良家の女性のすべき仕事とされていた。しかし、修道女も礼儀作法と共に糸紡ぎ・裁縫を習うようで一概にそう言えない。


「アマル、ただいま」

「アンディ様、お帰りなさいませ!」


 俺の顔を見詰め、ぱぁっと顔を輝かせるアマル。

 それを見ると疲れが飛んで行ってしまう。

 俺はアマルの側まで歩み寄って、どれどれと縫いかけの刺繍を覗き込んだ。


「はぁー、上手いもんだな」


 縫われていたのは、青い花で一目見てもその完成度の高さが伺える。俺はいたく感心して、思わず目を丸くしてしまった。

 アマルは恥ずかしそうに微笑んで、噛み締めるように言葉を発する。


「その、ありがとうございます。とても嬉しい、です」

「なぁ……これってもしかして以前、お前に贈った花なのか?」

「……はい。お守り代わりに、アンディ様に差し上げようと思って」

「ああ、そっか。うん、ありがとうな。完成するの楽しみにしてるよ」

「ふふっ、頑張ります」


 刺されていない左手でアマルの頭を撫でる。アマルは気持ち良さそうに目を細め、すっと顔を近づけてきた。いつもの無言の口付けの催促。俺は笑って、その可憐な唇に触れるだけのキスを落とした。

 それを受け、アマルは恍惚の表情を浮かべた。我慢できない様子で、もっとと俺の唇に指を這わせて、何かに気付いたようにピクリと身体を震わせた。


「アンディ様、その右手はどうなさったのですか?」

「……右手? ああ、これか。ちょっと蜂蜜とる時に蜂に刺されちまっただけだよ」

「アンディ様、何ておいたわしい。代われるものなら、アマルが代わって差し上げたいです。誰が……誰がそのような危険なことをアンディ様にさせたのですか?」


 アマルは腹の底からゾッとするほど低い声を出した。怒りを隠しきれない、と言ったような声音だった。落ち着かせるために、刺繍と針を机に置かせて、空いたアマルの手を取った。


「アマルは本当に大袈裟だな。俺は大丈夫だ。大したことはないから心配するな」

「でも、でもっ! ……アンディ様っ!」

「アマル、俺は本当に大丈夫だよ。それに、異邦人の俺をここに住まわせて貰っている恩がある。少しでも修道院のために働きたいんだ。分かってくれ」


 アマル肩を落として、へちょりと悲しそうな顔をした。彼女の心の中で、俺の気持ちを無下にできないという思いと、俺が傷つくことが嫌だという思いの攻防が繰り広げられているのだろう。沈黙が数分続いた後、アマルは顔を上げて、分かりましたと弱々しく呟いた。


「……それがアンディ様のお望みなら。ただ、アンディ様、何かあれば真っ先にアマルに申し付けて下さい。私はアンディ様を失うことが何よりも恐ろしい。アンディ様を守るためなら、何でも致しますから」

「……ありがたいけど、少し過保護すぎないか?」

「そんなことはありません。私にとってアンディ様は唯一のお方。どこまでも愛しい人。私はアンディ様がいないと、もう生きていけない。だから、これは自分のためでもあるのです」

「……そっか。でも、無茶するなよ」

「ええ、おまかせ下さい」


 アマルは深く頷く。

 本当に分かっているだろうか。

 一抹の不安を抱くが、その思いを非難することもできなかった。


 


 

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