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聖者の牢獄  作者: 桂太郎
第1章 悪夢からの目覚め
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パンとワイン

 

 修道院での食事は1日に2回。


 食事回数は季節によって変ったりもするらしく、色々と細かい規則がある。残念なことに食事量も決められており、その規定内でパンとスープ、果物、ワインや蜂蜜酒、ビールなどが出される。


 パンやチーズを切り分けるためのナイフはあるものの、スプーンやフォークはないので基本的に食事は手掴みだ。これも慣れるまでに時間がかかった。


 大皿にざっくりと料理が盛られ、皆各々取り分けて食べるのだが個別の取り分け皿はなく、平たく切られたパンを皿代わりにする。テーブルクロスがあるとは言え、直置きはやはり不衛生な気がする。しかし、そんなことをいちいち言っていたら、満足に食事もできなくなるのが現状である。


 ちなみに、パンは冗談抜きで岩のように固いので、スープやワインにつけてふやかしてからじゃないと食えたもんじゃない。


 これらの食事は、共同食堂で食べるのだが、残念なことに私語厳禁、終始無言である。食事は楽しく和気藹々と食べたい派の俺にとって、もはや苦境と言っていい。 


 と、ここまで言ったものの、俺が共同食堂を利用していたのは最初の数回だけ。それ以後は、部屋でアマルと食事を共にするようになった。もしかして、度々愚痴を漏らす俺を見かねて、修道司祭にアマルが許可を取ってくれたのかもしれない。


 ただ、俺が料理を部屋まで運んだりと、特別何かをするということはない。なぜなら、食事の手配は全てアマルがしてくれるからだ。

 最初こそ、そこまでしなくても良いと、口を酸っぱくして言っていたのだが、最近では諦めて、本人が楽しんでいるならもう良いか、と好きなようにさせている。



 アマルは、テーブルを布巾で丁寧に拭いていく。

 俺はそれをうずうずしながらも、黙って見つめる。何度か手伝うと名乗り上げたが、すげなく断られてしまった。


 俺がしたことと言えば、机と椅子を部屋の真ん中に移動させるという力仕事ぐらいである。生憎、椅子がひとつしかないので、食事の際はいつもアマルには椅子を使ってもらい、俺はベッドを椅子代わりにして使っている。


 アマルが手際良く、テーブルクロスを引いて、バスケットからチーズとパン、林檎を順に置いていく。

 その他にもワインが入った水差し、木製のコップ、深皿、その横にナイフがひとつ。


 湯気が立つ小鍋が鍋台の上に置かれ、そこから食欲がそそる匂いが漂ってくる。俺がじっと小鍋を見つめていると、アマルは幼い子どもに言い聞かせるように「すぐ準備致しますから」と微笑んだ。  


 程なくして、準備が整い、俺たちは食卓に着いた。

 アマルが食前の祈りを捧げる。俺もそれを真似て数秒黙祷した。

 

「さあ、アンディ様。お召し上がり下さい」


「ああ、ありがとう」


 チーズを切り分け、差し出してくれたアマルに礼を言う。平たく硬いパンの上にチーズを置く。ナイフを持ち、手こずりながらパンの端をスライスして、スープに浸した。十分スープか染み込むと口の中に放り込む。うん。美味しい。

 

 ひよこ豆のスープは、ブイヨンベースで人参や玉ねぎなどの野菜がゴロゴロと入っている。素朴な味わいで、ほっとするような気持ちになる。


「ん、今日も美味しい。いつも、ありがとうな」


「いいえ、もったいないお言葉です」


 アマルは照れ臭そうに顔を染めて、はにかむ。

 これらの料理はアマルが全て作ってくれたものだ。以前共同食堂で食べたものとは、比べ物にならないくらい美味しい。


 早くにスープを飲みきってしまったため、仕方なくパン単体の攻略に入る。チーズと一緒に、もそもそと、乾燥しパサついたパンを咀嚼する。このパンを食べると、口の中の水分が全て持ってかれる。


 そう思っていると、アマルは水差しからコップにワインを注ぎ、すっと差し出してくれた。それ受け取り、口に含む。

 アマルは気遣い上手で、こういうことをそつなくこなしてしまう娘なのだ。


 俺は、再度パンを切り分け、機械的にそれを消費していく。このパンは黒パンと呼ばれるもので、原料はライ麦。栄養価が高く、安価であるため人々に多く食されている。

 黒パンは保存食でもあり、まとめて大量に焼き上げて、1週間あるいは1ヶ月置いておける。そのため、古くなった黒パンはナイフも中々通らないほど硬くなってしまうのだ。 

 

 元々食べる量が少ないアマルは、俺が黒パンと格闘する間に、食事を終えてしまっていた。彼女は俺の様子を伺いながら、空になったコップにワインを継ぎ足してくれたり、チーズを切り分けてくれたりと、世話を焼いてくれる。

 

 もう少しで俺がパンを食べきるという絶妙なタイミングを見計らい、アマルは林檎を手に取り、皮を剥き始めた。鮮やかなナイフ捌きは、いつ見ても惚れ惚れしてしまう。


 ふと、アマルはこちらを見て、林檎を剥いていた手を止めた。


「アンディ様……パンくずがお口に」

 

 そう言うやいなや、細く綺麗な手を伸ばし、俺についたパンくずを取ってくれた。礼を言おうと、顔を上げる。

 しかし、アマルが取ったパンくずを、そのまま口にする場面を見て思わずフリーズしてしまった。


 その原因は何事もなかったように、再び林檎を剥き始めていた。なんと言って良いか分からず、アマルをただ見つめてしまう。

 アマルは林檎の皮を全て剥くと、直ぐ様、食べやすいサイズにカットした。その一欠片を俺に向けて、控えめに差し出してくれた。


 ありがとう、と礼を言い林檎を受け取る。

 しゃくりと、一口噛み込む。

 

 林檎の甘酸っぱさが、口の中一杯に広がった。




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