信仰の果てに
ハレルヤ。
いと高きところに神あり。
主は我らを見守り、我らを憐れむ。
その甘美なまでの慈悲深さ。
どうか我らを罪から救い給え。
どうか我らを悪から救い給え。
***
修道士たちは祈り、働くことに清貧、貞潔、そして神への服従を見出だした。祈りは、ミサや聖なる読書、生活のあらゆる時間、場所で行われる。そして、労働は写本造りや建築、農耕など多岐に渡る。その中でも、ワイン造りはとりわけ重要な役割を持っている。
そもそもワインはキリストの血と呼ばれて、神聖視されミサや宗教儀礼には必ずと言って良いほど使われる。ワインは神の恩恵を受けるために必要な媒体、聖体なのである。
それもあって、多くの修道院では古くから葡萄栽培とワイン文化が引き継がれている。このストーンハースト修道院もそれに漏れず、ワイン造りを行っているのである。
と、言っても季節は春。
葡萄の収穫は秋頃で、今は芽が出てきたばかりだ。
俺たちはその芽の手入れ、つまりは剪定している。良質な葡萄を作るためにはこの作業が欠かせないのだ。
「しっかし、こんだけ広かったら手入れも大変だな」
「そうですねぇ。この修道院の敷地はかなり広いですから、その分畑も広いですよ」
俺は隣で芽を摘んでいるフランチェスコに話しかけた。
フランチェスコは陽気に頷き、周りを見渡す。
「まぁ、ひとつの村みたいなもんですからねぇ。畑や酒醸造所、養蜂所、聖堂、巡礼者棟、墓地。まだまだ沢山あるもんで、修道院を一周するのも一苦労でさぁ」
「ほんと、それな!」
分かる、と何度も頷く。
そうなのだ。この修道院は広い。
東京ドームが1つか2つくらい余裕で入るのではないだろうか。その広大な土地をぐるっと囲むように石壁が張り巡らされている。
「なぁ、他の修道院もこんな感じなのか?」
「いや、修道院にもよるんですがね。こんだけの規模は中々珍しいのではないんですかね」
へぇ、そーなのかー。と、頭の悪そうな返答をする。
「でもこんな辺鄙なとこに、修道院を建てるなんて結構大変だっただろう?」
「まぁ、普通は開墾しないといけねぇですからね。でもここには随分昔に村があったと言う話でさぁ」
「そうなのか? 初耳だ。じゃあ、村があった場所に修道院を建てたんだな。村は他の場所に移ったってことか」
「……いいえ、焼いたんですよ」
その言葉に目を見開く。
フランチェスコは言いにくそうに言葉を続けた。
「ここは元々、村があってそこには住む人々は異教を信仰していたんです。だから、焼いた」
「異教を……信仰していたから」
「ええ、何が正統か異端かの問題です。教会は基本排他的ですから、それ以外の神を許しません。それが古来からある土着の信仰であれ、なんであれ、ね」
フランチェスコは神妙に頷く。それから、目を伏せてた。
「修道士がこんなこと言ったら、いけねぇですがね。私は、教会のそういう所が心底恐ろしい。聖戦と言いますがね、それは大義名分でさぁ。蓋を開ければ、そこには征服と略奪しかない」
「フランチェスコ……」
「少し暗い話をしてしまいやしたね」
気まずそうに笑って、フランチェスコは頭を掻いた。俺は首を振る。
「まぁ、でも全てを破壊尽くした訳でもねぇです。ほれ、修道院を出て数時間歩くと、巨大な石が円上に置かれている場所があるんですがね。それは異教の遺物なんです。言い伝えでは、あそこで神を呼ぶ儀式を行ってたとか、化け物を封じ込めているんだとかなんとか。まぁ、本当かどうかはわかりやせんが。それだけではなく、いたるところにその足跡は残されているって話です」
「それって……」
俺は脳裏にあの出来事がよぎった。
あのストーンサークルのことだ。
背筋が凍る。
ならば、やはりあれは本当に……。
「信仰というのは、どうにも難しいもんです。私のような経歴のものと、誠の信仰者とでは質が違うというのもあるですしね。それに信仰は妄信と紙一重ですから、私も気を付けんといけねぇ」
「……驚いた。フランチェスコも色々考えてんだな」
「なんでぃ。私がいつも何にも考えてねぇと言わんばかりでないですか!」
「バレたか……」
フランチェスコは笑った。
彼のように考える人がこの修道院にどれほどいるのだろうか。
信仰と妄信。なるほど、言い当て妙だ。
誰かの血であがなう信仰、誰かの命の上で成り立つ信仰。それほど、恐ろしいものはない。
神ははたして、それを望んだのか。
神ははたして、それを喜んだのか。
神ははたして、それを赦したのか。
――俺には、何もわからない。




