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聖者の牢獄  作者: 桂太郎
第1章 悪夢からの目覚め
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乙女は夜を夢見る

 

 深夜。



 目が覚める。

 まだ起きる時間ではないが、何故かはっきりと覚醒した。


 ――それにしても、寒い。


 布団をかぶり直すが、底冷えして中々暖まらない。それでも目をつぶり直し寝ようと努力する。


 コツ、コツ。


 廊下から人が歩く音が聞こえた。

 他の修道士だろうか。

 きっと、外のお手洗いにでも行くのだろう。


 コツ、コツ、コツ。


 足音は、徐々に大きくなり、真っ直ぐこちらに向かってくる。お手洗いに行くなら、角部屋であるこちらに来るはずもないのでまったく別の目的かあるのだろう。なんだが恐ろしくなってくる。


 コツ、コツ、コツ、コツ、タンッ。


 足音がピタリとちょうど俺の部屋の前で止まった。人の気配がする。俺は頭まで布団をかぶり、ぎゅっと目を閉じた。


 ギィ、と扉を開ける音が聞こえる。


 ドクドクっと、鼓動が早くなる。俺は、森であったあの這いよる影を思い出した。まさかこんなところまでと心臓が更に大きく脈打った。


 それから、数秒して布団の中に何者かが侵入してくる。嗅いだことのある咲きほこる花のような、熟れた果実のような仄かに甘い香りが布団内に充満した。柔らかく華奢な肢体が絡み付いてくる。


 これって、まさか――


「……アマル、なのか?」


「……あら、ふふっ、ばれてしまいましたか」


 涼やかなアマルの声が聞こえた。


「いやいや、ばれてしまいましたか、じゃないだろ。違う意味でドキドキしたわ! はぁ……で、こんな時間に、どうしたんだ?」


「はい、ひとりが寂しくて来てしまいました。このまま一緒に寝てもよいですか?」


「ばっ!? そんなこと……!」


 断ろうとして、アマルの泣き顔が浮かんだ。ひとりにしないでと、泣いたアマルの顔が。ガシガシと頭を掻いて、深いため息をひとつ。


「はぁーっ、分かった。………おいで、一緒に寝よう。ちょうど、寒くて目が覚めたところだったんだ」


 ほれ、自分の胸を叩く。こっちにおいでと誘う。


「アンディ様、本当に良いのですか?」


 自分で言ったくせに、受け入れられるはずないと思っていたのだろう。アマルは、驚いたように声をあげた。


「おう、どんとこい。ほら、そうと決まれば、もっとくっつけ。寒いだろ」


「はいっ! アンディ様」


 俺は深く頷く。

 アマルは弾んだ声で元気良く答えると、胸に飛び込んでくる。子犬みたいな、その動作に思わず笑みがこぼれた。

 ぎゅっと抱きついて、アマルは小さく息を吸った。それから少し声のトーンを落として、ごめんなさい、と呟いた。


「アンディ様……その、先程は申し訳ありませんでした。あの娘とアンディ様の声を聞き、私は嫉妬してどうかしていました。あのとき言った言葉は、全て忘れてください。ねぇ……怒って、いますか?」


 きっと、その言葉を言いにここまて来たのだろう。正気に戻ったからこそ、不安になった。


「謝らなくても、いいよ。怒ってなんかない。むしろお前の気持ちを考えてなかった俺が悪い。……アマル、お前が不安がることは何もないんだ。あの娘とはなんでもないから。でも、今回みたいに嫌なことがあったらちゃんと言ってくれ。俺はお前が大切だ。ひとりで抱え込まないでくれ」


「アンディ様……はい、はい!」


「あとな、今日からはちゃんとご飯を一緒に食べよう。お前がいないと、駄目なんだ。その、調子狂うから」


「……はい、嬉しいです」


 アマルは、俺の胸にグリグリと頭を擦りつけて答えた。俺は、そんなアマルの背中を撫でる。そして、静かに言う。


「アマル、おやすみ」


 アマルの身体を確かめるように抱き直し、背を丸めて頬を擦り合わせる。アマルは、ふにゃりと笑った。それから、そっと俺の胸に顔を埋め、幸せを噛み締めるように「はい、おやすみなさい」と呟いた。


 アマルの暖かさに包まれて、俺はすぐに微睡みの中に落ちていった。




 ***




 再び目が覚めたのは、きっちりいつもの起床時間だった。体内時計は馬鹿にならない。久しぶりに深く寝れた。


 欠伸を一つ。


 手探りで明かりを探そうとして何か別のものを掴んだ。ふにょん。と、突きたてのお餅みたいに柔らかい感触。なんだこれ。


 触り心地最高だな。


 手からこぼれ落ちるほど、大きなもの。それを円を描くようにして揉みこむ。気持ちい、ずっと触っていられる。


「んっ、あっ、アンディ……様」


 その声に、意識が一気に覚醒した。俺は視線を下げ、自身の掴んでいるものを見る。暗闇の中でも、どこを掴んでいるのか瞭然だった。慌てて、手を離す。


 俺はもう駄目かもしれない。


 静かにアマルの様子を伺うと、まだ寝息が聞こえる。ほっと、一息ついた。セーフ。いや、アウトだけど。セーフだった。


 アマルを起こさないように、ベットから抜け出す。蝋燭に灯をともし、ぼんやりと辺りを照らした。自分の手を見る。ワキワキと、開けたり閉めたり。 


 ……すごく柔らかかった。


 あの感触を思い出して、顔が熱くなる。邪念を振り払うように深呼吸。もっと、触っていたかったなんて思ってない、思ってないったら!


 ゆっくり服を着替え、髪を整えてから、アマルを起こしにかかる。いつもは逆の立場なので、なんだか不思議な気分だ。


「おい、アマル。そろそろ起きろ」


「ん、アンディ、さま?」


「おう、俺だ。おはよう、アマル」


「……ひゃい、おはよーございましゅ」


 ひゃい、ってなんだ。ひゃいって。

 いつもはクールな面持ちなのに、今はふにゃふにゃとした表情で大変可愛らしい。


「アマル、礼拝に遅れるぞ。ほら、部屋に戻って着替えておいで」


 アマルは、頷くとゆっくり起き上がり、ベットから降りる。俺は静かに、扉を開けて廊下を見た。よし、誰もいない。出ていくなら今のうちだ。


 さすがに何も疚しいことはなかったとは言え、男女が同衾していれば問題にもなろう。俺は良いとしてもアマルは修道女だ。きっと罰せられてしまう。


「ほら、アマル早く、今なら廊下に誰もいないぞ」


「アンディ様、そのように急がなくとも大丈夫です。他の者がこれを見たとしても、私に何か言うことは決してありませんから」


 その力強い断定に戸惑いながらも、俺はアマルの背を押した。


「だとしても、だ。ほら、急いで」


「ふふっ、わかりました。他でもない、アンディ様の言い付けですもの。私は貴方様に従います」


 アマルは廊下に出て、振り返る。


「アンディ様、明日もここに来てもよろしいでしょうか?」


「……はぁ、まったくお前なぁ。分かった、分かった。負けたよ。おいで。俺もお前がいると良く眠れるみたいだ」


「うふふっ、嬉しい!」


 アマルは満面の笑みを浮かべる。そして両脇に手を回し、強く抱擁した。


 今日もまた1日がはじまる――


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