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聖者の牢獄  作者: 桂太郎
第1章 悪夢からの目覚め
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その名に祝福を



 毎晩、夕食を終えると、俺とアマルは二人してベットに腰かけ、話をするのが日課になっている。


 といっても、アマルが自身のことを語ることはまずなく、ほとんど一方的に俺が話す形だ。日本のこと。その文化。学問。アマルは、俺に関わることであれば何でも聞きたがった。


 そんな中、母国語である日本語の話題になった。口で説明することが難しかったため、百間は一見に如かずと言う訳で、机から蝋版を引っ張り出してきた。


「それでな、俺の名前は本来こう書くんだ」


 薄い木の蝋板に、鉄筆で安藤隆(あんどうりゅう)と自分の名前を書く。アマルはそれを真剣に見つめている。


「これが俺の名前だ」


「なんだか、模様のようですね」


 アマルは、目に焼き付けるようにじっと蝋板を凝視している。


「ああ。元々は絵から発展した言葉だからな。漢字って言うんだ。表意文字といって、この一文字一文字に独立した意味がある」


「アンディ様の名前は、どういった意味があるのですか?」


「別に珍しいもんでもないが、まぁ栄えるとか、下向きの力に負けず上へ上がるとかそんな感じだ」


「……とても、素敵な名前ですね」


「ああ、ありがとな。そういや、アマルの名前はどういう意味なんだ?」


 何気ない質問だった。アマルは、ビクリと肩を震わせ下を向いた。言いにくそうに、言葉を発する。


「……その、私……」


 珍しく歯切れが悪そうに言うアマルを見て、もしかしてドキュンネーム的な名前なのか、と間探りしてしまう。

 そういえば、アマルは俺にアマルティアという本名で呼ばれることに対して、あまり良く思っていない素振りを見せていたような……。

 それは、アマルティアという名前自体の意味が関係していたのではないだろうか?


 どちらにせよ、落ち込んでる彼女を見てられなくて、肩を抱き寄せて子どもに言い聞かせるように呟いた。


「なぁ、俺が呼んでるアマルってあだ名なんだけどな。俺の住んでたところの言葉、確かアラビア語だったっけ。それで、希望、って言う意味なんだ。お前に、ピッタリだと俺は思うけど、それが意味じゃ駄目か?」


「っ、ああ、アンディ様!」


 堪らないといったように、アマルは飛び付いてくる。

 ぎゅうぎゅうと強く抱擁されながら、お前、最近飛び付いてきてばっかりだなと、俺は笑った。



 ***



 アマルが落ち着きを取り戻すと、改めて蝋板に文字を書き込む。アマルは俺の腕に頭を預け、蝋板に書かれた文字を目で追っていた。


「俺の国の書き言葉は、三種類あってそれを場面に合わせ使い分けるんだ。さっき書いたのが、漢字。そして、ひらがな。最後にカタカナ。カタカナは主に外来語を表現するときに使うから、アマルの名前はカタカナで表記するんだ……よしっと、これがアマルの名前だ」


「これが……私の名前」

 

 アマルは興味深げに覗き込んだ。


「そうだ。それと、俺の国じゃあ、名前は名字を最初に読む。アマルで言うと……あー、ええっと、アンドウ・アマル、だな」


「アンドゥ・アマル……!!」


 アマルは声を弾まして、嬉しそうに何度も繰り返した。


 それを見て、俺はハッとした。

 途中で、アマルが名字を持たないことに気付き、咄嗟に俺の名字を使って表現したが、良く考えるとこれってまずいのでは? 

 そこまで思って、俺は考えることを止めた。


「アンディ様! アンディ様!! アンドゥはカタカナでどう書くのですか!」


「アンドゥじゃなくて、アンドウな。えーと……こうだな」


 食い込みで聞いてくるアマルに、若干引きながら俺は蝋板に書き込む。アマルは、それを夢見るような眼差しで見つめた。蝋板に書かれた名前を上から手で何度もなぞり、反芻し、覚えようとしているようだった。


「アンディ様、この蝋板お借りしてもよろしいでしょうか……?」


「あ、ああ、まぁいいけど」


「ありがとうございます!」


 アマルは喜色満面な様子で、宝物のように蝋板を胸に抱きしめた。


 その顔を見て、嬉しくなる俺も相当だと思った。



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