わがまま
5話連続投稿しているので注意してください
都立特別感染医療病院。山奥に不釣り合いな大きな建物の名前だ。山の山間部にポツンっと独立して立っているその病院は明らかに異様だった。
朝、まだ日も上らぬ時間に、凜のお父さんさんとその病院に向かう。凜のお父さんはこの病院の医者の一人だそうだ。
「万が一感染者が病院から抜け出しても、この山奥なら被害は少なくできる。この病院自体、知ってる人はごくまれだけどね」
そう言って苦笑いする親父さん。
昨日の夜聞いた話がずっと頭の中で復唱されている。
「凜は正体不明の不治の感染症にかかっている。感染原因は不明。もしくは凜自体がその大元の可能性が高い。国内最高のプロフェッショナルが集うこの病院でさえ、延命させることすら困難な状態だ・・・。感染条件も不明。少なくとも空気感染や接触感染、飛沫感染はないようだ。しかしこの病原体は明らかに人に感染することもわかっている。症状は・・・・」
「・・いくん!聖君!」
「はい!」
呼ばれていたことに気づき、はっと我に返る。
「ここが凜の病室だ。この服に着替えて」
青いまるで宇宙服のような服に着替える。凜の病室の前にはエアシャワーと消毒液が散布されるような道があり、そこを通ると扉が開く。
そしてガラス越しに・・・彼女が寝ているのが分かった。一年ぶりの再会だった。
黒色の髪は真っ白になり、その綺麗な顔立ちは頬がこけ、まるで数十年歳をとったかのように皺がめだつ。
「凛・・・」
俺は泣くことしかできなかった。なぜか病原菌は細胞を急激に成長させ、限界を迎えた細胞たちは徐々に死んでいく。要は老化していくのだ。
「聖君・・・。凜は自分のこんな姿を見られたくないがために、君との決別を選んだ。だからせめて、彼女が寝ている時間に・・・。わかっただろう?もう凜の事は忘れて生きるんだよ・・・。それが彼女の・・・私たちの娘の・・・想い・・なのだから・・・無下にしないで・・・やってくれ・・・」
上ずった声で俺にそう言ってくれた。
しかし俺はその言葉に応えず、無言で病室を後にした。
親父さんと別れ、病院を出る。
俺の胸にあるこの感情は、無力な自分えの脱力感、悲しみ。そしてそれを大きく上回り、自分を押し潰すような・・・。
怒りだった。
病院の入り口が締められ、警備員が徘徊する夜8時ごろ。俺は病院に忍び込んだ。凜の病室から帰る際にこの病院の間取りとシステムをしっかりと見て覚えた。
看護婦室に忍び込み、カードキーを手に入れる。
内部の防犯が緩いのは、この平和な国の悪いところだろう。
音を立てないよう気をつけながら、凜の病室までたどり着く。ここさえ開けてしまえば、後はもうばれても問題ない。
カードキーで扉を開け、散布室を抜け、ガラス張りのドアをカードキーで開ける。
ベットで眠っている凛の横に腰かけ、声をかける。
「凛・・・ちょっと起きてくれ・・・俺だ。聖だ」
ぺちぺちと頬を叩くと、うっすらと目が開き・・・。こちらを確認すると驚いたように目が開く。
「なにして・・・・ん・・の・・?聖ちゃん・・・」
その瞳に涙があふれ、零れ落ちる。
「なにって・・・んー・・夜這いしにきたとか?」
「ほんと・・なにいってんだか・・・あ~あ~・・・見られたくなかったのに・・・私のこんな姿・・・」
「お前こそなにいってんだよ。いつものように可愛いよ凛」
「そんなこと・・・言われた覚え・・ないよ・・・」
俺は寝ている凛の上半身を起こし、抱き着く。
「好きだ凛。愛してる。俺と結婚してくれ」
長年秘めていた思いを俺は吐き出す。
「ダメだよ聖ちゃん・・・。私は・・・聖ちゃんに死んでほしくないもの・・・」
抱きしめる俺に抵抗するように両手を俺の胸にあて、引きはがそうとする凛。
そんなことを気にすることなく、俺は凜に口づけをする。
「ん・・・!?らめ・・・!?へいちゃん!!!」
唇をこじ開け、舌を絡めるキスをした。これで・・・。
ペチッっと俺の頬をはたく音がした。力ないビンタをされ、俺は凜から唇を離す。
「ダメだよ聖ちゃん!?死んじゃうんだよ!?この病気は・・・・」
涙を流しながら俺を睨む凛。
「凜が死ぬなら俺も死にたい。おんなじ病気で」
「何言ってるの!?私は死んでほしくない!?私の気持ちがわからないの!?私のせいで・・・聖ちゃんが・・・死んじゃうのは・・・」
俺の胸元をギュっと握り、言葉を絞り出す。
「お前こそわかってるのか?俺の気持ちを・・・俺の知らない所で・・・勝手に最愛の人が死ぬ気持ちを・・・」
「私の事なんて忘れて・・・生きてよ聖ちゃん・・・」
これが彼女の願いだろう。俺が逆の立場なら、きっとおんなじことを言うだろう。それでも・・・俺は!
「いやだ。それにもう遅い・・・。なぁいいじゃん我がままでも、俺ももう何も隠さない。凜が好きだ。ずっと前から。お前が死んで、俺はこの先、生きていく気力なんてない。俺は死んでしまうとしても・・・お前といたい」
これは俺のわがままだ。彼女が死ぬなら、手の届く距離で一緒に居たい。それで俺が死んでしまうのだとしても・・・。
「私だって・・・聖ちゃんが好き・・・ずっと前から・・・。寂しかった・・・。死ぬのが怖かった・・・聖ちゃんにもう会えないと思うと胸が張り裂けそうだった・・・。大好き・・・。愛してる・・・!」
凛の両腕が俺の背中に回る。力なく俺を抱きしめる彼女を、優しく抱きしめた。彼女の嗚咽が聞こえる。悲しかったのだろう。辛かったに違いない。
そして月夜の中、見つめ合う二人は、お互いの存在を確かめ合うように抱きしめ合い熱い口づけを交わした。
後日談。当然のように俺も彼女の病気に感染した。感染経路は粘膜接触だった。空気に触れると死滅する病原菌のようで、感染力自体は低いと断言された。
俺と凜は余生を過ごす老夫婦のように、のんびりと田舎の風景を見ながら、他愛もないことを話した。もちろん両親やお世話になった親方たちには怒鳴られるわ泣かれるわで、でも俺に後悔はなかった。
凛のお父さんが治療薬の開発に躍起になっているが、完成するころに俺は生きていないだろう。
凛と再会した数か月後に、凜は眠るように息を引き取った。俺に悲しみはあまりなかった。少しだけ待っててほしい。俺もすぐそっちに向かうから・・・。
そしてそれから1年後、俺も両親や親方たちに見送られながら、この世を去る。去年18歳にして、老衰した。
なんかこういう話を書きたかっただけです。後悔はない




