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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。

百合×人間椅子

作者: 缶瞑
掲載日:2019/02/14

江戸川乱歩の『人間椅子』を読んで思いつきました。

 高校の夏休みも終盤に差し掛かったある日、時子は広い自室で一人読書に耽っていた。高校の課題は当の昔に終わらせ、部活動も夏休み中は無く暇を持て余していた。


「ふぅ…ん?」


 また新たに一冊本を読み終え一息つこうとしたその時、ギシギシと床を軋ませながら時子の部屋に向けて何者かが歩いてくるのが分かった。その足音が誰なのか、時子は考えるまでもなく理解できた。


「佳乃?夏休み中はずっと部活じゃなかったの?…!?」


 自室の扉を開け、廊下に立っていた親友・佳乃を迎え入れる。いつも通りであれば扉の先には何も考えていなさそうな笑顔を浮かべた佳乃が立っている筈なのだが今日は違った。眼前にはこげ茶色の革を貼り付けた椅子、というよりかはソファの方が正しいだろう。それを両手に抱えた佳乃が立っていた。


「ごめん、ちょっとどいて!おっとっとっと!よし!…おはよう時子!」


 余裕の無い声で時子に話しかけ、部屋の出入り口に近いところに椅子を置いた佳乃。邪魔な場所に置くなと言わんばかりに嫌そうな顔をする時子であったが、いつもと同じ笑顔を浮かべる佳乃を見ると自然と自分も頬が緩む。


「おはよう、それでこれは何か説明してもらえる?」

「ふふ、やっぱり知りたい?実は良い事業を思いついたんだ~!その事業とは…これのことです!」


 そう言って佳乃が懐から取り出したのは『人間椅子』と大きく表題の書かれた本だった。


「人間椅子?江戸川乱歩の?」


 家具職人である「私」は出来心からホテルに納品されるはずだった椅子に人一人が入れるよう細工を施し、椅子に隠れ盗みを働く一方、様々な客人が自分の上に座る感触を革ごしに感じることに喜びを見出していくという感じの内容だった筈だ。そこまで思い出したあたりで時子は佳乃が持ってきた椅子がちょうど『人間椅子』の中に出てくる椅子と似た形状であることに気づき急いで椅子の裏を確認する。すると案の定、椅子にはファスナーが細工されていた。


「まさかとは思うけど、椅子に入り込んで盗みを働こうって馬鹿なこと考えている訳じゃないわよね?」

「まさか!そんなんじゃないよ!実はこの椅子を使ってカフェを開こうと思っているの!」

「は?…カフェ?」

「そう!メイド喫茶とかコスプレ喫茶みたいな感じで人間椅子喫茶を開業するの!」


 佳乃が言うには、これと似たような椅子を幾つか用意して中に客を入れる。そしてその椅子に可愛い女の子を座らせて客を喜ばせるという随分考えなしな計画であった。


「それ…別にキャバクラでも良くないの?あと客が座るんじゃなくて、客が入るの?」

「キャバクラじゃ話せはするけど密着できないでしょ、それにお客さんは座るよりも座られる方が喜ぶと思うよ」

「分かった…それでその椅子に私を入れて感想を聴きたいの?」


 時子の台詞に佳乃は「その通り」と言わんばかりの表情を浮かべ椅子のファスナーを開く。


「でも最初に私が入るから、その次に時子が入って感想を聴かせて」


 佳乃が入った椅子は傍から見ればただの椅子のようにしか見えなかった。


「じゃあ座るね…痛かったら言ってね?」


 少し不安がちに佳乃に言って椅子に腰を下ろす時子。座った感触は…正直言って普通の椅子と変わりないと最初は思ったが、静かに、落ち着いて感触を確かめてみると僅かだが感じられる、呼吸やそれによって生じる胸の動き、革一枚を挟んだ先に佳乃がいる、それらのことが時子には堪らなく思えた。


「ねぇーいつまで座ってるのー?もういいでしょー?」

「ご、ごめん!すぐどく!」


 革ごしに響く佳乃の声で椅子に集中させていた意識を戻された時子が驚きつつ身をどけ、椅子のファスナーを開ける。座ってみたときの感想は適当に答えて、続いて時子が椅子に体を入れていく。

 椅子の中に顔を入れた瞬間に漂ってくる、先ほどまで入っていた佳乃の温もり、芳香、僅かに流した汗の湿り気。その一つ一つに時子は興奮を覚え、同時にそんな自分を気色悪いとさえ思っていた。しかし、こればかりはどうしようもない。いわゆる惚れた弱みと言う奴なのだろう。


「入ってみた感じはどう?」

「…汗臭い」

「臭くないよ!もう!座ってみるよ!」


 意外なことに時子の佳乃へ対する感情は、これまで10年以上も一緒にいるが気づかれたことは無いのだ。我が友ながら鈍感すぎると思わなくもないが、その鈍感でこの関係が崩れずにいるのも事実。結局のところ時子はこの感情が(あらわ)になって2人の関係が崩れるのが怖いのであった。

 だが来年には高校も卒業、進学するなり就職するなりで進路が違える可能性もある。いつまでも怖がってばかりではいられないのもまた事実。




「座られる側はどうだった?」

「通気性がいまいち、あともう少し密着できるようにすれば体温も感じられて喜ばれるんじゃない?」


 最後まで椅子の中で佳乃の体温や感触を堪能した時子だが表情には出さず、冷静に椅子の問題点を告げていく。だが感想を聞くだけでないということはこれまでの付き合いから分かっている。ただ感想や問題点を知りたいなら佳乃は自分一人で全部終わらせて事業も始めて収入を自慢だけしにくる。こいつはそういう女だということは知っている。ならばなぜ来たのか、要はプレゼンなのだろう。


「それで、いくら欲しいの?」

「…やっぱり分かる?」

「何年の付き合いだと思っているのよ、それにたかだか高校生風情が開業できる筈も無いじゃない」


 そういうと佳乃は恥ずかしそうに頭を掻き、指を2本立てた。


「200?いや…!?2000万!?頭おかしい!」

「いや…でも天下の○○家だし、いけるかな~って」

「いける訳ないでしょ!馬鹿!」


 実のところ時子の家は周辺、下手したら県内に住む全員が知っているような古くから続く家であり、親戚も多く、佳乃の望む2000万円という金額もこれまで親戚一同から貰い、真面目に貯めてきたお年玉やおこづかいを纏めれば届かないでもないのだ。のだが惚れた弱みで、はいどうぞと渡すほど馬鹿な女でもないのが時子だ。


「2000万なら…無くはない」

「!?じゃあ…」

「でもそれに見合う対価を貴方は出せるの?」

「事業が成功したらその報酬で―

「失敗したら?」

「な、なんでもします…」

「へー、そう」


 時子の鋭い視線を浴びて萎縮しながらも声を搾り出していく佳乃。その答えに納得した時子は後日銀行から2000万円という大金を下ろし、佳乃に渡したのだった。



 時子の資金援助もあってか人間椅子喫茶の開店作業はスムーズに進んだ。なんてのは当然時子の家が名義を貸してくれたり従業員を斡旋してくれたりと、全面的なバックアップを受けたからなのだが、なにはともあれ人間椅子喫茶は無事開店した。

 時子は「人間椅子なんてニッチすぎる…」と終始呟いていたがニッチ戦略なんてのもあるのだ、なんとかなるだろう。

 最終的にお店に並んだ椅子は6つ。5つが客が入る用で、お店の端に1つだけポツンと置いてあるのは従業員が入る用だ。最初こそ佳乃も置くつもりは無かったのだが時子がやたらと置くよう言ってきたり、「ニッチすぎるついでにニッチを極めなさい」とこれまでの10年間では見たことも無いような執着を見せてきたので何か行動を起こされる前に素直に従っておくと決めたのだ。だが存外使われていない訳ではないのだ。


「店長!いつものお客さんですよ!」

「はーい!」


 自分と同年代のアルバイトの呼びかけに答え、店の端に置かれた客が座るようの椅子の中に入りこんでいく。なんで店長である私が、と毎度考えずにはいられない佳乃であるが私が入る椅子をつば広さんは気に入っているらしい。

 つば広さんというのはとある女性客のニックネームだ。来店するときは決まってつばの広い帽子を被り、サングラスをつけていることが由来している。これまで来た客の中で座る方の椅子を注文したのはこの1人だけのようだ。

1人だけなら椅子を片付けても良いのでは?と前にアルバイトの()に聞かれたがこのつば広さんは驚く程に羽振りが良く、お店への貢献度で言えば普通の客の10倍と言っても過言ではないのだ。

 などと知識としては知っている佳乃だが実際これまでつば広さんという客を直接見たことは一度もないのだ。何故かというと椅子に入って見えないからだ。


「こちらの席にどうぞ」


 アルバイトの娘の声が聞こえ、つば広さんが案内されたことが理解できた。

 最初はよく分からない人を体の上に座らせるなんてと思いながら椅子に入っていた佳乃だったが椅子の中からでも分かる彼女のやわらかく丸みを帯びた肉体や、椅子の製作に携わったのかと疑うレベルで正確に椅子の中の佳乃に体を重ねてくるところから次第に佳乃は彼女に対し劣情のようなものを抱き始めていた。


「あれ?…時子さ、ん゛!?」


 椅子の中にいるためあまり詳しく聞き取れなかったが時子が来ているのだろうか?だとしたら会いたいが今のこの状態では無理だろう。佳乃はこのときばかりはつば広さんを恨めしく思った。だがアルバイトの娘、というより従業員全員が時子か時子の家の人と面識があるし私がいないことも説明してくれるだろう。

 しかし何故時子が来ているのだろうか?会う約束はしていない筈だったがひょっとして時子も椅子の中に入り、美女を座らせたいと思ったのだろうか…それは、なんか、ちょっと、嫌だな。



 佳乃が人間椅子喫茶とかいうふざけた喫茶店を開業してから早3ヶ月、意外なことだが客の入りは良いらしく佳乃も絶好調と言った感じだった。しかし時子にはそれが辛抱ならなかった。理由は簡単、店長としての仕事のせいで自分と佳乃との時間が減ったからだ。店長なんて言っても難しいことは時子の家の関係者が代わっていたし、佳乃は言ってしまえば副店長みたいなものだったが時間が減ったのは事実だ。

 それでも時子が我慢していたのは月に1回は2人きりでショッピングに行くだとかお互いの家で過ごすだとかデート紛いのことをしてきたからだ。だがそれももう限界のようだ。

 壊れそうなほど強く握られた携帯電話に映されたものはアプリを利用した時子と佳乃のメッセージ履歴だった。その画面に「仕事が急に入っちゃった!ごめん!今日は行けなくなった!」と一件の新着メッセージが届いていた。

 正直言って今日のショッピングで時子はめちゃくちゃ気合が入っていた。もうじき自分が誕生日を迎えるということで佳乃がプレゼントを買ってくれると言っていたからだ。そこはサプライズではないのかと言いたかったが最近の佳乃は忙しいということは知っている。そこまで時間的にも精神的にも余裕が無いのだろう。服も新しいものを買い揃えたし、自分にしては珍しく化粧なんてのもしてみた。それなのにこの仕打ちはあんまりだろう。


「意味分からない…不愉快」


 そう言うと時子はメッセージアプリを閉じ、何者かに電話をし始めた。



 事態が急変したのは開店から3ヶ月ほど経ってからだった。その時期は丁度忙しく、時子の誕生日を一緒に祝ってあげることができなくて、ちょっとすれ違い気味になってしまっていた。後日謝ったときには怒りが収まったのか、笑顔で許してくれたが佳乃は少しその笑顔に恐怖を覚えていた。

 その一週間後何故かは分からないが客足が遠のいてきたのが理解できた。話す機会があった人が言うには急な引越しが決まったとか仕事が忙しくなったとかまあよくある理由だったが偶然にしては出来すぎている気もした。極めつけは店の前の道路で改修工事が始まったため更に客足が遠のいていった。

 勿論、佳乃も状況を打破するための手は尽くしたがあえなく失敗。そうこう続けているうちに…


「事業、失敗しちゃいました…それで、これはなに?」


 それを時子に告げた際、2人は背面座位の姿勢で身を重ねていた。重ねていたと言っても性交渉に及んでいたという訳ではない。時子が椅子に座った状態の佳乃の上に座りこんだだけだ。

 これまでの10年間で手をつなぐだとかの軽いスキンシップはあった。しかしこのような、まるで恋人みたいなスキンシップは初めてだった。


「事業は失敗、返済は困難、そして約束はなんでもしてくれるって言ったでしょう?なら手始めに私の椅子になってもらおうかと思ってね」

「手始めって、なんでもとは言っても何回もとは言ってないんだけど…あと1回だけだよ」


 幼馴染とはいえ2000万円ぽんと渡す時子も時子だが、自分もなかなかに甘いことを自覚させられる。しかし今の佳乃にはそんなことどうでも良かった。時子とここまで体を密着させるのは初めての筈だ。だが佳乃にはその感触に確かに覚えがあった。


「それより時子、あなた私のお店に来ていたでしょ?関係者としてじゃないよ、客としてだよ?」


 時子の体が軽く跳ねたのが理解できた。時子がつば広さんとして店に来ていたことは佳乃、下手したら時子の家や店の従業員にも内緒にしていたようだ。


「…いつから気づいていたの?」

「実はさっき座られた瞬間に感触で気づいたんだ」

「感触って…ありえない、普段鈍感なくせになんで気づくのよ、馬鹿」


 少し怒気を含んだ口調で時子が答える。

 自分でもつくづくそう思う。きっと時子は私のことがことが好きなのだろうLikeとしてではなくLoveの方で、でもそれは伝えない、伝えられないのだろう。それは時子の家が関係しているからか、それとも今の関係が壊れるのが嫌だからか、考え出せばいくつでも思い浮かんでくる。でもそのせいで時子が悩んでいる。その事実だけは見過ごせない。

 それにどうやら私自身、時子のことを愛しているみたいだし。


「ごめん、それで残りの願いで時子は何を私にさせるつもりなの?私は時子が望むなら何でも叶えるよ?」

「本当に?願いを言って嫌ったりしない?」


 今までに聞いたことのない不安げな声で時子が尋ねる。

 時子に椅子を見せたあの日から時子はこれまでの10年間で見せたことのない表情や態度を何度も見せてきた。その度に私は新しい一面を知れて喜ばしく思い、さらに時子のことを好きと思ってきた。やっぱりこの感情は恋としか言いようがない。


「うん、絶対嫌わないし離れたりもしないって約束する。破ったら殺してくれてもいいよ?」

「そんなっ―」

「時子が望むなら何にでもなるよ、奴隷にも恋人にも」


 恋人という単語が出た瞬間、時子があからさまに反応したのが見て取れた。そして水を得た魚のように調子を取り戻して語りだした。


「そ、そう、恋人、恋人ねっ!いいんじゃない出かける度にプレゼントを強請(ねだ)れるし、家のほうから紹介された知りもしない男と結婚させられないで済むし」

 適当な言い訳に思えるが結婚のことだけは事実なのが佳乃は我慢ならなかった。時子の家では20歳になったら家の方から用意された相手と交流を持つようになり数年後には皆結婚しているそうだ。


「うん、私も、時子がそこらへんの男に取られるのは嫌、それくらいなら私が時子を貰う」

「…どういう意味?」


 また時子の声の調子が変わった。今度は怒りよりも怯えているように感じた。それは声からだけでなく佳乃の腕に置かれたの手に汗が滲んでいることからも読み取れた。


「どういう意味って文字通りだよ、時子、私は時子のことが好き。愛しているの」


 自分の上に置かれた時子の手から更に汗が出てきたことから時子の動揺は明らかだった。その後、時子は悩みに悩んだ。時間は、数分だった気もするし数分だった気もする。きっと慣れない告白のせいで私も動揺していたのだろう。

 悩みに悩んだ末、時子は結論を出した。ゆっくりと振り向き、泣きそうな目と赤くなった顔を向けて告げた。


「…お願い言うね、私と付き合って、ずっと傍にいて」

「うん、何年かしたら結婚もしようね」


 話が飛躍しすぎている気もするが時子は喜んでその申し出を受けてくれた。いつだかのデートの埋め合わせの約束もした。時子は先ほどまで腕の上に置くだけだった手を私の手に絡めて恋人になったからこんなこともできると喜んで、そのままその日はずっと密着した状態で過ごした。



「そういえば結局なんで急に人間椅子なんか持ち出したの?」

「ん?夏休みの宿題で読書感想文出てたじゃん、それの題材で初めて読んだから」

「そんな理由?馬鹿なの?それに数百字の感想文書けるほど内容詰まってた訳じゃないと思うけど?」

「いや、普通に書けたよ?」


 それで思い出した。佳乃は小学校の夏休み、『ウォーリーを探せ』で読書感想文を書いて教師に説教を食らったのだった。


「馬鹿」

「あ!また馬鹿って言った!もう怒った!次言ったら―」

「次言ったらどうするの?」

 佳乃に対し悪戯(いたずら)っぽく微笑みながら聞いてみる。告白された際には優位に立たれていたが今後はそうはいかない。

「結婚しちゃうよ?」

「!?っば―」


 後日2人は入籍した。

稚拙な文章ですが、ここまで読んでくださりありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[一言] とても良い百合作品でした!そこはかとなくエッチなのも良いですね! 素晴らしいハッピーエンドで幸せな気持ちになりました!
[一言] まず、とってもニッチな発想と物語が面白かったです。そして最後のウォーリーを探せの展開なども含めると、シンデレラ城がクリスマスの装飾を施したレベルでストーリー性は面白いです。 (少し現実的でな…
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