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マ剣のあるじ様!  作者: 葉玖ルト
序章
4/13

四:ぐうたら魔王・降臨 後編

 ――――

 ――


 初めは、魔界のお風呂なんて火山地帯みたいな熱湯を想像していたんだけど。芯から温まって、まるで人間界で入るお風呂と変わらない。

 人間と何も変わらない普通の生活が、そこにはあった。 


「あら、フィル様。どうでしたか、お湯加減は」


 お風呂から上がると、入口の外で彼女が迎えてくれた。


「とてもいい湯加減でした」

「お気に召されたようでなによりです。魔王様も、ちゃんと髪を乾かさないと!」


 リナさんがエクスの長い髪を丁寧にタオルで拭いていく。

 なんだか魔王というよりも、彼が小動物に見えてきた。

 ある程度、拭き終わるとリナさんは僕に満面の笑みを浮かべ、嬉しそうに告げた。


「あの後、魔王様ったら……フィル様を追いかけるように入浴なされたんですよ。ふふふっ、口では否定するものの、人間に興味があるみたいですね」

「リナ! 余計なことを言うなー!」


 嬉しそうに笑うリナさんの腰元を、エクスがぽこぽこと叩く。本当に好きなんだな、魔王のこと。リナさんのほころんだ表情を見ていると、こちらまで笑顔が溢れてくる。


「魔王様、フィル様。お食事にしましょう。お腹、すきましたでしょう?」

「めしっ! おいフィル! リナのめしは最高にうまいんだぜ!」


 きゅっと袖をつかんで、ピョンピョンと飛び跳ねるエクスに、僕も軽く返事をする。


「まあ、いつの間に仲良くなられたんですね」


 リナさんも心底、嬉しそうだった。


『リナー、オレにはなんかねえのー?』


 デュベルって食べるの!?

 言いたい気持ちをグッと堪え、僕の両腕に抱えられているデュベルに目を通す。


「はいはい。皆様のお食事が終わったら、デザートをご用意させていただきますね」

『パンケーキと瘴気漬けコースか!?』

「柄にもなくはしゃがないでください!」


 デュベルって……食べるんだ。

 実は剣の中に誰かが入っているんじゃないか……ありえないことだけど、改めてデュベルに対しての謎が深まった。




 ――食堂

 リナさんの案内のもと、僕たちは食堂へとやってきた。

 今は誰もいない食堂だが、昔は随分と賑わっていて椅子の争奪戦が繰り広げられていたらしい。

 中には立って食べる者や、椅子の順番待ちをするもの……とにかく笑いで絶えなかったのだという。

 部屋の端から端までの大きさを誇る長テーブル。その前に置かれた丸椅子に座らせてもらった。

 テーブルには鮮やかなテーブルクロスが引いてあり、その中間箇所には金でできた燭台が飾ってあった。


「お二人がお風呂に入っている間、お食事をご用意させていただきました」


 リナさんが料理を置く。黄色味を帯びた濃厚ソースがかかった分厚いステーキ肉だ。


「こちらは、ミノタウロスの胸肉、クイーンバードの卵ソースがけです」

「クイーンバード?」


 リナさんに質問しながら、ステーキにナイフを入れる。

 ナイフでスッと切れるほど柔らかい肉質。それをソースと一緒に口に入れると、肉汁とソースが絶妙に絡み合っておいしい。塩のおかげか、卵ソースの甘味とステーキ肉のしょっぱさがこれまたうまい。


「クイーンバードは魔界に住まう女王鳥ですね。はたらき鳥が集めた果物を主な栄養源として、栄養たっぷりのタマゴを一日に百個ほど産む鳥です。

 彼女には卵を頂きました」

「へえ、詳しいんですね」

「魔族ですから」


 それもそうか。

 ……ん? そういえばリナさん、今このお肉のこと……。


「ミノタウロスって、言ったような」

「はい。絞めました」

「げほっ!」


 リナさんのとんでも発言に、思わず肉の塊を飲み込んでしまった。


「ああ、大丈夫ですよ! ミノタウロスのレプリカですから。本物に実害は与えていません」

「レプリカ……」


 それは魔族特融の技術で、魔物の毛や細胞などを微量ほど使用し作成する食用専用の技術だという。

 その複製技術を活かして忠実な魔族を増やせないのかな。何気ない質問を返すと、リナさんは静かに否定の意を示した。

 どうやら複製技術は肉体を再現するだけで喋りもしないし動きもしない……完全に食用のみの運用らしい。

 それにしても……あの筋肉の塊であるミノタウロスがここまで柔らかくなるなんて。

 リナさんはすごいなあ。

 ステーキ肉を完食し終わる頃合いを見て、リナさんが次のお皿を運んでくれた。

 ふわふわに焼かれたパンケーキ。きつね色の表面にかけられた白い糸のようなものが、パンケーキを幻想的な世界へ導いていた。


「魔界で取れるのは希少と言われる魔界小麦と、あの女郎蜘蛛アラクネのパンケーキでございます。上にかけてあるクモの巣と一緒に、お召し上がりください」

「く、クモの巣……?」


 さすが魔界だ!

 人間界では食べ物じゃないものまで食べることができるなんて。

 まさか、クモの巣を……食べる日がこようとは。


「い、いただきます」


 にこにことしたリナさんの視線。ここで食べないと言ったら、きっと彼女が悲しむだろうなあ。


「お代わり!」


 隣ではすでに完食したエクスが、空の皿を掲げていた。


「魔王様。あまり食べるとお腹を壊してしまいます」

「ぶー」


 リナさんは魔王に向けていた顔をこちらに向け「ささっどうぞお召し上がりください」と嬉しそうに告げた。

 クモの巣……。考えながら、フォークの刃先でパンケーキを突き刺す。クモの巣が天井から垂れてくるように、パンケーキからトロッと糸を伸ばしていた。

 思わず身震いせざるを得なかったが、僕は意を決してパンケーキを頬張った。


 卵と小麦の風味が素晴らしいバランスで僕の口を幸せ一杯にしてくれる。

 やがてクモの巣が僕の舌に乗っかると、キャンディのようなほのかな甘いを残して消えていった。

 おいしい……。


「アラクネのクモの巣って、こんなにおいしいんだ」

「お気に召していただけてなによりです。それよりフィル様」


 リナさんが改めて、真剣な様子で口を開いた。


「明日の朝、わたくしたちと同胞探しをしていただけませんか?」

「ん……ボイコットしたり、暴れたりって魔族ですか?」

「はい。きっと説得するにも、フィル様のお力添えがなければ成しえないことだと思うのです。デュベル様を扱えるあなただから」


 僕は静かに頷いた。

 エクスも言っていたけれど、彼らに事情を聞けばエクスのことが何かわかるかもしれない。


「フィル様、あとお部屋についてなのですが……」


 そう口にしたリナさんが、申し訳なさそうに僕を見る。

 僕を見て、エクスを見て、やっぱり僕を見て……。


「お部屋は亡くなった同胞たちに敬意を表して残しておきたいのです! なので、フィル様は魔王様のお部屋でお休みください!」


 激しく頭を振り下ろし、素早いお辞儀が飛んできた。

 って、ええ……!?


「大丈夫です。床に敷くお布団はご用意させていただきますし、荒れ放題の魔王様のお部屋はわたくしが責任をもってお片付けいたします!」


 僕はいいけど……と零して、壁に立てかけてあるデュベルに目を通す。

 寝る間際になって喧嘩されてみろ。寝られやしないし、エクスを泣かせたらそれこそ大問題だ。宥めるのは僕なんだろうなあ。


「おー。いいじゃん、寝ようぜ!」


 当の張本人は、元気に返事をした。

 もれなくデュベルが付いてくることに気づいていないんだろうな。


「承諾いただき、ありがとうございます!」

「いや……まだ承諾していないけど。でも、いっか」

「ありがとうございます!」

「リナさん、頭を上げてください!!」


 どこかの兵隊のような素早いお辞儀を繰り返す彼女に「もういいですから」と必死に気にしていないことを伝えた。

 その様子に対して、デュベルは一言も喋らなかった。まるでこちらのやり取りを静かに聞き入れているように。

 赤い宝石が明かりに反射して、きらりと輝いた。その宝石は、こちらをじっと見つめている風に見えた。




 ――魔王の部屋。

 荒れた紙屑を処分し、リナさんが丁寧に布団を引いてくれた。

 僕はお言葉に甘えて、布団の上へ横になる。

 敷布団はまるで鳥の羽のベッドで寝ているみたいだ。

 ふわふわと、寝心地がいい布団に眠りを誘われていく。

 僕の傍ではデュベルが横になって寝かされている。ありえないことなのだけど、デュベルが寝息を立てている気がした。


 色々とあった一日だったな。

 洞窟に閉じ込められて、魔界に誘われて、デュベルやリナさん、エクスに出会って。

 ……僕はこれから、どうなるのだろう。

 本当にデュベルと共に、魔界をもとの姿に戻していくことになるのだろうか。

 魔界が再建した暁には……デュベルは、魔族のみんなはどうするのだろうか。

 やっぱり、人間界を襲うのだろうか。

 考えても先のことはわからない。

 だから、今は目の前の出来事に集中しよう。


「ねえ、エクス」


 そう声を掛けると、小さな寝息が聞こえてきた。

 こうして黙っていると……とてもかわいい魔王様なのになあ。

 寝静まったエクスを見守るようにして、僕も目を閉じ……眠りについた。




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