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マ剣のあるじ様!  作者: 葉玖ルト
序章
2/13

二:滅亡の危機!? 魔界へようこそ

「……世界、から?」


 脳が理解を拒絶した。僕は、僕は……?


「この、世、から?」

『そりゃあ、着いてのお楽しみだ……よっと』

「うわあ!」


 剣の意志により、勝手にその腕が動き出した。誰かに操られたように、剣が思い切り空を切る。

 ビュンっと風が切り裂く音が耳を通り抜けた。


『行くぞ、ポンコツ』

「行くって、どこ……うええ!?」


 次々と襲い来る、理解しがたい光景に目が飛び出た。

 切り裂かれた空間がくっぱりと口を開けて、僕を誘う。目の形をした空間は渦を巻き、僕の行動が遅いと言わんばかりにあちら側からのお出迎えがやってくる。

無数のひょろりと細い手が空間から這い出てきたのだ。思わず僕は絶叫した。


「うきゃあああ!! っ……あれ?」


 細い腕が僕の体にゆっくりと巻き付いた。

 その感覚は、案外悪くないのかもしれない。それはひんやりと冷たく、先の汗を拭うようにクールダウンしてくれる。まるでゼリーのベッドに寝せられているようだ。

 ああ、結構、いいかも……。




 ――ぐわん。唐突に世界が一周した。手たちによる歓迎なのだろうか、体までもが空を切るように空間の中へと放り込まれた。



 *



「う、うう」


 僕は、一体……それに、ここは。

 重たいまぶたを上げる。どうやら僕は、また地面に突っ伏してたようだ。

 まず目に入ったのは、黒い大地だった。緑も、何もなく……そこには枯草が地面の間を縫ってちょろりと顔を出しているだけ。

 やけに重苦しい体をゆっくりと上げて、空を見上げた。暗いけど、今は夜なのだろうか?


 ……空は黒雲に包まれ、隙間から赤い月がこちらを歓迎するようにキラリと輝いた。


 心が沈む。こんなに気分が悪いと感じたことがあるだろうか?


『どうだ、新鮮な空気を吸え。闇の瘴気がこれまたウマイんだ』


 人間である僕とかけ離れた感性を持つ……この剣は、いつの間にだか鞘に収まっていた。

 こちらの方はいたってシンプルで、深緑の何の変哲もない鞘だった。

 しかし目玉のような赤い宝石は……相も変わらずこちらを見つめていた。


『ん……見ろ。あれがこの魔界を統べる王……』


 黒き大地を踏みしめながらこちらへ向かってきたのは、白いエプロンを身に着けた女性だった。

 腰丈ほどの長い髪はまるでシルクのよう。精巧に作られた人形のような顔立ちは、見た者を釘付けにする魅力を発していた。

とても恐ろしいようには見えない……しかし角が生えている事実が人間ではないことを知らしめていた。


『の、召使』

「ようこそ、おいでくださいました」


 召使さんはエプロンの端をちょんとつかみ、広げながら深々とお辞儀した。


「わたくし、メイドのリナ・ヘプシオンと申します」

『彼女はヘプシオン家の中でも特にメイドとして有能と呼ばれてきたんだぜ』

「あらデュベル様、そこまでお褒めいただいても何もでませんよ」

『言い忘れてた。オレぁデュベル。見ての通り魔剣だ』


 情報が一気に流れ込んできたために、頭が追い付かない。

 えっと……剣の種類ではなく、剣自体に名前があったことも驚きだし、リナさんがデュベルのことを『様』と呼んでいることも驚きだし……。

 そんなに偉い剣だったのか、コレ。


「では、この方が」

『オレを触っても平気だった人間。瘴気に耐えうる人間。そうして、ボンクラ魔王を叩き起こすキッカケになるかもしんねえ……人間』


 リナさんは必死に話を追う僕の姿を見て、くすりと笑う。

 そうして混乱する子供に言い聞かせるような優しい声色で告げた。


「順を追って、説明しましょうか」

『おう、それがいいぜ』


 こうして、リナさんによる僕の質問タイムが始まった。





 その質問タイムは「では、まず何からお伝えしましょうか」というリナさんの言葉から始まった。

 僕の言葉は決まっていた。


「どうして、デュベルはあの洞窟にいたの? それに……古代術式がかけられた壁まで」

「コダイジュツシキ?」


 僕の発言に早速、彼女が首を傾げた。まさか知らない、なんて言うんじゃあ……。


『あー、そりゃオレだ』

「まあ、デュベル様! そんないたずらを仕掛けたのですか?」

『い、いたずらじゃねーし! 訳があったんだし! えー、どこから話せばいいか』


 デュベルが……たかが剣が、あんな高等な術を使ったというのだろうか。

 ますますデュベルに対しての疑念が頭に渦巻いた。


『そもそもオレがあんなとこにブッ刺さってたのはよ、先代が亡くなってからというもの、まったく働く意思をみせねえボンクラ魔王のためだったわけよ』

「ええ。わたくしも確かに見送り致しました」

『オレを扱えんのは歴代の魔王だけだ。しかしあのぼっちゃんは素質がねえ。オレに触れることさえ出来ず、挙句にゃ痛いからもうヤーメたってわけ』


 少々雑な説明のデュベルに対し、リナさんはついで補足してくれた。


「素質のない魔王様はデュベル様に触れることさえできないのです。そうして自分には才能がないのだとすぐ諦める始末。どうしてでしょうね、確かにその血は受け継いでいるはずなのですけど」


 すぐに諦める性格……か。どこかの誰かさんに似た何かを感じるけど、どこかの誰かさんとは違って『行動しない』から、またタチが悪いんだろうなあ。


『話を戻そう。オレは魔界を復興してえ。人間どもに目にものを見せてやりてえ。そんな思いで何百年も耐えた。耐え忍んだ』

「魔界時間にしてみれば百年も経っていないんですけどね」

『しかしどの時代も、好奇心はこええもんだ。安易に足を運んで、オレを手にして、何度も命を落とす輩を見てきた』


 魔剣は、『くうう』とワザと声を出し、悲しんでいるということを演出する。

 本当は悲しんでないくせに、と言うわけにはいかないので、口を思い切りつぐんだ。


『とまあ、オレを手にした連中はことごとく、瘴気にまみれ、もがき、骨になった。そんな時、また愚かな連中が……そう! それがお前たちってわけだ』


 鞘のなかでカタカタと振動し、デュベルは嬉しそうに語った。


『だが長年の経験もあって、すぐに背の高いヤツに素質がないのがわかった。ホントは奥に来る前に、瘴気でも垂れ流して口止めしようと思ったんだが……テメェにピンときた』

「えっ、僕?」


 自分で自分を指差し、目を丸くさせてデュベルを見つめた。

 だって僕は、ただの人間だ。

 オルディネール育ちで村から出たことないのに。


『まあ聞け。理由は定かではないが、今までのやつより遥かに見込みがありそうだったんだ』

「……それで、あの壁を?」

『あんたと背の高いヤツを切り裂くためだよ。万が一、逆になってでもしたら……生命尽きるのをわかってオレに触れさせていたさ』

「……キミの見込みは当たったってわけだね」

『そーいうこと。つまりオレがそうさせただけであって、コダイジュツシキなんて知らねえな。もう壁は取っ払ったぞ、用もねえしな』


 これで、解決できた。

 ……というか、こんなお喋りな剣が、歴代の魔王の剣ってことにビックリだけど。


「僕に触れて、王様は触れない理由、か」

『他に、質問は?』

「……ううん。あとは、僕のいた世界に帰れないのかなって。友達が待ってるんだ。何かとうるさいやつだったけど、いいやつなんだ」

『あの背が高いヤツか。そのうち魔界に来るだろ、たぶん』


 なんでそう言い切れるのだろうか。

 そもそも魔界の存在なんて、今の人間にとってはただの伝説だ。ありえないよ、僕がここから出ない限り、もう二度と逢うことなんて……。


「ありえないんだ」


 そうぽつんと呟いた。

 デュベルはしばらく黙ったあと『いいや、来るさ』と言い放った。


「その根拠は?」

『根拠? 簡単だよ』

「……?」

『ボンクラ起こして魔界復興、待つんじゃねえ、オレたちが来させるんだ。忌々しき人間どもから本物の自由を手に入れるためにな』


 デュベルの言葉に、僕は青ざめた。体から血の気が引いていくのがわかる。

 ……魔剣の言葉が本当なら、人間界が危ない。クラールが!


『はあ。わかってただろ。魔剣に選ばれた時点で、お前も、多少なり察していたんじゃねえか?』

「僕は……人の敵になんか!」

『じゃねえと本物のバカだな』


 ――「はいはい、この話はおしまいですよー」

 僕とデュベルの間に鳴り響いた一拍。それはピリピリとしていた空気を和ませてくれた。


「リナさん」

『……』

「デュベル様、えっと……あら、そういえばまだお名前を聞いていませんでしたね。とにかく、喧嘩はいけませんよ。デュベル様も、正直もほどほどにしてくださいね」


 リナさんがデュベルの柄を細い指でなぞり、僕の頭も二回ほどぽんぽんと撫でた。

 魔族なのに……リナさんは僕の発言に、ピリピリしていない。それどころか、こんなに優しく振舞ってくれている。彼女は、僕に何を期待しているのだろう。

 けど、この好意は本物だろうと……根拠のない安心で心を落ち着かせることができた。


『おいリナぁ! いずれ知ることなんだし、あとか先かの問題だろ!』

「では魔王様のところへ案内しますね。お名前は移動しながらお聞きします」

『ちぇっ、無視かよ。まあ……いがみ合ってもしょうがねえし、文句があるなら二人の時に、いくらでも聞いてやるよ。行くぞトロすけ!』


 デュベルが僕の腰元を引っ張るように、無理にでも歩かせる。

 その力は本当に手も足もない剣なのか、疑問に思うくらい強い。




 ――――

 ――


「フィル……です」

「フィル様、ですね。承知いたしました。今後ともよろしくお願いしますね」


 リナさんの横に並んで、黒い大地を進んでいく。

 デュベルが魔界復興を企んでいるって言ったけど……脇に目を向けると、何者かに破壊された建物跡が見えた。

 建物を支えていたであろう柱は瓦礫と化し、建物に装飾されていたであろう大きなオブジェは土の山の下敷きになっている。

 破壊された建物の中はひどく焦げ付いており、その光景から火災があったのだと想像できた。


「ひどい有様でしょう」

「……!」


 不意にリナさんが呟いた。

 突然と声を掛けられリナさんの方へと振り向くと、眉を下げて口を強く噛みしめていた。

 相当の悔やまれる思いが伝わってくる。


「元々、ここは皆様の憩いの場だったのですよ。今も目を閉じると、あの時の光景を思い出します」

「……どうして、こんなことに」

「それは、人間界の時間で大体、千二百年ほど前でしょうか。これが最後の戦争……俗にいう人魔戦争とされています」


 人魔戦争。魔界と人間界が世界の存続を賭けて起こした大戦争だ。

 魔界への扉が閉じたのはその直後だったはず。

 人間界に残る歴史書によると、数では勝っていた人間界側も、魔界の力に押し負けて……劣勢になったところを、オルディネールの一人の英雄が危機を救ったと言われている。


「人間界は、疾うに復興したようですね」

「……はい」

「御覧の通りの有様です。魔王様さえやる気に満ちていただければ……我々もそれにお答えしますのに。いまだ、我々は復興の兆しが見えてはいないのです」


 カツッ、カツッ、リナさんのヒールの音が黒雲に吸い込まれていく。彼女の言葉に、僕は何も言うことができなかった。

 あのデュベルでさえ、あの日の惨劇を思い返しているのだろうか……柄にもなく黙り込んでいた。


「ですから、あなたが希望なのです、フィル様!」


 カツッ。ヒールの音がピッタリとやみ、彼女が天へと声を張り上げた。


「こちらが、魔王城になります」


 僕たちがちっぽけな存在に感じるほど、荘厳な佇まいが存在感を放っていた。

 開かれた楕円形の大きな扉から、淡い光が漏れている。

 外の暗い空気を浄化するみたいに……そこは人間味で溢れていた。


「万一に備え、率先して魔王城だけは修復しておいたのです。さあ、参りましょう、魔王様がお待ちです」


 彼女が力強く言った。


『待ってねえと思うけど』


 ついでにデュベルが決心を崩すような発言で場を破壊した。



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