十二:不穏重なる外の世界 後編
最初にステルスが顔を出した先は、蔦が覆う洞窟の近くだった。
生い茂る木々の隙間を縫って見えてきた、数人の人間。それらはいずれも、鋭利なナイフを手にしていた。
一人の老人と、一人の若者を除いて。
もう少し、と土を掻き分けて人間たちに近づく。そうすることで、彼らの会話がしっかりと聞こえてた。
「では、行くとしようか」
杖をついた一人の老人が、刃物を持った人間たちに告げる。一体、どこへ向かうのだろう。ステルスは首をかしげた。
「これは王からの命である。失敗はできぬのだ」
――王からの命?
ステルスの中で一つの嫌な予感が浮かんだ。
人間たちの行動を注視する。その中でも異質だったのが、白銀の鎧を着た若者は何一つとして喋らなかったことだ。
他の者よりも比較的に背が高く、しかし随分と細身の体だ。彼は剣を腰に携えていた。
周りの声を流すかのように目を閉じ、まるで瞑想をしているみたいだった。
「何をしている。行くぞ」
老人の声が若者の目をゆっくりと開かせた。
すぅっと息を吸い込んで、時間をかけてそれを吐き出す。若者は周りと違い、自身を落ち着かせていた。周りの熱気に負けず、常に冷静でいた。
「わかりました」
若者はおもむろに口を開き、ぞろぞろと洞窟に臨む人間たちを追いかけるようにして入っていった。
ステルスも慌ててそれを追いかける。人間たちの察知能力では気づかれない程度に、けれど会話が遠いほど距離を開けず。
適切な距離を保ちながら、必死に土を掻き分けた。
やがて色とりどりの水晶が壁を飾る、水晶窟の最奥部にやってきた。中央部分の土が盛り上がっており、何かが抜かれた跡がある。
しかし注目するべきはそこではなかった。
洞窟の最奥の壁、行き止まり部分――。ステルスはハッと気が付いた。
「やれ」
老人の言葉に合わせて、鋭利なナイフが突き刺された。壁を抉るように、数人がかりでほじくっていく。
しばらくして現れたのは、真っ赤に染まった赤い壁。もしかして……とステルスが息を呑む。
老人が第二の声を上げた。
「やれ」
その声に合わせて、再び人間たちが刃物を入れた。抉るように……ザクザクと。ステルスは土から目だけを出して、じいっと様子を窺った。
一体、一生懸命に何してんやろ。そう心の中で告げた途端、バリンと破裂音が耳をつんざいた。
あまりの轟音に身をすくませながら、破裂した先を見つめる。
赤い壁がひび割れた先には、同じく水晶窟の壁が映っていた。ただ進展があったのは、それが人間界側の壁ではなく、魔界側の地面ということだ。
ここを降りてしまえば魔界へ着くのも時間の問題だった。
しかし、唐突に人間たちが胸元を抑え始めた。苦しみもがく姿は、ステルスにとって実に滑稽だったが、同時に状況が把握できていなかった。
老人と若者は呼吸を止めるように、腕で鼻と口を押えている。
どうやら魔界から溢れた瘴気が蔓延してしまったらしい。人間は頻りにうめき声を上げたあと、バタバタと地面へ突っ伏していく。
鋭利な刃が地面へと転がった。これはえらいこっちゃ。至急、魔族の皆に伝える必要があった。
老人は、倒れていく人間を見下すように口角を上げた。
「……進展はあったようじゃ。行くぞ――対策をせねばならぬ」
「はい」
若者の声は、こんな状況であっても落ち着いていた。ステルスは辺りをふんふんと嗅ぎつけた。若者に妙な違和感を感じたからである。
まるで……意志のない人形みたいに……。
うーん、と考え込むステルスの傍で、唐突に若者が声を出した。
「――っ村長!!」
踵を返した若者と、目が合ったのだ。青年が剣の柄に手を掛け、警戒を示す。
「どうした、騒々しい」
「……あれ、おかしいな。さっきまで魔物がうろついていた気がしたんだけど」
「寝ぼけていないで、行くぞ」
「――わかりました」
ステルスは口を押え必死になって息を殺す。真っ暗な土の中、ステルスは音だけを頼りに人間たちの行動を見送った。
*
「ちゅうわけで、人間たちがどうやって得た知識か、魔界の扉を物理的にこじ開けたわけですわ。恐らく、ただの刃物やないと思う」
ステルスは間髪入れず、次の言葉を口にした。
「でも鍛えていようがいまいが、普通の人間なら瘴気を浴びてお陀仏や。こっちにくる心配はないと思うけど」
一通り事情を話し終えたステルスは、唐突に表情を曇らせた。
「やけど、閉じられた魔界の扉が自然現象を待たずして、開いてもうた。これは不可解や……」
「裏に情報提供している人間がいるってことー? きゃふふ」
「例えば、魔剣を手に取ったのはわざと……とか」
突拍子もない話に、まず怒りを上げたのはクロエだった。
「そんなわけないにー! だとしたら、デュベルどのも魔界を裏切る行為を成した、ってことになるによ! 無理矢理なこじつけに!」
「やから、デュベル様も利用されてる可能性もなくはないって話や。ぼくもそう思いたくないけど」
魔界に来た人間。人間に情報を漏らせる人間。行き来できるとしても不思議ではない人間。
徐々に、疑いの目がフィルに向けられているのは明確だった。
「老人は瘴気の対策ある言うてた。普通、あるわけないし。それにおかしい思うてたんよ、なんでフィルは瘴気に耐えられるん?」
「そ、それは……魔剣を手にできる時点で、瘴気耐性があったとしか、言いようがないに」
「クロエ。その通りや。魔剣を手にできる時点で瘴気耐性がある。つまり、何らかの事故か生まれつきの体によって、瘴気耐性がついたんやと思う。つまり、老人とフィルは繋がってた言うことやなあ」
ステルスのオブラートに包む行為すらしない、遠慮のない発言にクロエはぽろりと涙を浮かべた。
それはクロネコが、今の主を信頼している証である。
「そんなわけないに! フィルどのは、せっしゃに優しく……さしくっ」
「ぼくだって疑いたくはない。けど『疑わしき者は嫌われてでも疑え』言う言葉があるやん。モグラ語録やけど。親切にされたから言うて終始、信じとったら……痛い目を見ることになるで」
「ステルスどのは、やっぱり嫌いにいい!」
クロエは足を速めた。ステルスに背を向け、どんどんと遠ざかっていく。
「どこに行くんだよ、クロさん!」
ジェミの言葉にすら振り向くことなく、クロエは叫んだ。
「フィルどのとデュベルどのを探すに! 探して、真相を突き止めるんだに!!」
――やがて彼の姿が見えなくなると、リナがこっそりと伝えた。
「ステルス様。言いたいことはわかりますが、さすがに言いすぎですよ? それに、わたしの目で確認しました。デュベル様が生み出した空間によって、彼はこの魔界にやってきた」
「そこからぼくらに隠れて、魔界の扉の調査をしたかもしれんやん! デュベル様を部屋に置けば、監視の目はないわけやし!」
「だからって……」
静まり返る空間に、魔族たちは揃って暗い表情を浮かべた。
「このままやと、人間が流れ込んでくるのも時間の問題や。どうするん」
ステルスの言葉は、心の中にずんと圧し掛かった。今のままで勝てるのか、それぞれが頭の中で考える。
だが一向に、見えてこない答えに……。
「とりあえず、クロエ様を追いかけましょうか」
リナの言葉に、全員が頷いた。
しばらくすると、クロエを発見する。
そこには、サキとインを連れたフィルの姿があった。
クロエはフィルの腰元にしがみついて、泣きじゃくっていた。まるでステルスが悪者なんだと言わんばかりに、らしくない号泣していた。
「どうしたの? なにか大変なことが……」
困り果てたフィルの前に、ジェミが思い出したように欠片を取り出した。
真実か否か、ステルスの言葉が頭の中で離れず身をすくませながら見せた。
「主様、これ……」
ポケットから取り出した赤い壁から取れた一欠片。
フィルは目を丸くさせ、首をかしげる。
次いでエクスも、首を傾げた。
一方のデュベルは……言葉にこそしなかったが、まるで予期していたかのように赤い宝石を鈍く光らせていた――。




