十一:不穏重なる外の世界 前編
「にー。フィルどの、デュベルどの、褒めてくれるかにい」
――フィル達がサキの説得に当たっている頃。
クロエはせっせと瓦礫の掃除に勤しんでいた。集めた瓦礫は水晶窟まで運び、熱された瘴気にて全てを無に帰すことになっている。
クロエはウキウキとした様子で瓦礫が詰まった袋を両手で運ぶ。ただ褒めてほしくて頑張っていた。あの主様のためならと、ひたむきに作業を進めた。
やがて、色とりどりの水晶から成る洞窟の入口までやってきた。
両手に抱えた袋を、洞窟の壁に置く。瓦礫が鮮やかな光を纏って綺麗に見えた。まるでゴミがゴミではないようだ。
「ふにい、まだまだあるに。がんばろーっと」
クロエは汗を拭うポーズをとったあと、水晶窟を後にしようと踵を返す。
その時、ぺたぺたと幼い歩き方をする幼子がクロエの尻尾を握った。
「ぎにやあああ!」
クロエにとって、尻尾は大きな弱点となる。それを突然と握られたものだから、大きな声を上げて飛び退いた。
「だ、誰にゃ! こんないたずらを……」
言いかけて、口を紡ぐ。
「くろさん、くろさん」
尻尾を握ったのは、エミーだった。さすがのクロエも怒ることはできないと、笑って返す。クロエの笑顔に、エミーも心底、嬉しそうだ。
「どうしたのかに? エミー」
「くろさん。さっきね、ジェミと水晶をお掃除してたの。そしたらね、こんな欠片がみつかったの。きれい」
「欠片、に?」
渡された欠片を一つ、手に取った。
それはデュベルの宝石にもよく似た、鈍い色をした赤色の欠片だった。人差し指と親指でつまめるほど小さく、どこからか欠けたものとみて間違いはなさそうだった。
ふんふんと鼻を動かし、欠片をにおう。
クロエの嗅覚を持ってして、その欠片は魔界の空気と一致することがわかった。
「……もしかして」
「くろさん、心当たりがあるのー?」
無邪気に問うエミーに対し、クロエは洞窟の奥へと駆けた。「待ってよくろさん」エミーも必死になって追いかける。
「ジェミ!」
「うわわっ。クロエ!?」
気迫の表情で駆けてきたクロエに、ジェミは目を丸くさせた。
どうやら、欠片を見て壁の調子を確認していたらしい。耳を澄ませて異変がないかどうかをチェックするジェミに、クロエは告げた。
「ジェミ。この欠片なんだけど」
「ああ、それね」
ジェミはクロエに背を向けながら告げた。
「エミーが見せてきたんだ。怪しいとは思ったんだけど、何かよくわからなくて。こうして壁のチェックをしていたってわけさ」
「ジェミ。驚かないで聞いてほしいに。たぶん、これは……」
クロエが言いかけた途端、背後からのっそりと近づいてくる足音が聞こえた。それを二人して振り返る。エミーの幼い足音ではない。
ドシンとしたずっしり重たげな音。カツカツと水晶窟を奏でるヒールの音。ザクザクと鋭利な足が洞窟を進む音。
そうして――。
「恐らく、魔界の扉の欠片ね。きゃふふっ」
「アラクネどの!」
鋭利な腕を口元に置いて、いつものような独特の笑いを飛ばす蜘蛛女アラクネ。そして怖がっていたのは何のことやら、エミーがアラクネの背中に乗りながらきゃっきゃとはしゃぐ。
「魔界の、扉……にい?」
クロエが首を傾げた。自分が伝えようとしていた答えと、似て非なるものだったからだ。クロエは何らかの魔界の部品だと思っていたもので、アラクネに問う。「そう、魔界の扉」オウム返しをするように、アラクネも告げる。
全員が揃ったところで話を進めようとするクロエの背後、土がこんもりと盛り上がった。
「でもでも、魔界の扉は閉じ……ぎにやああ!」
もぎゅっ。誰かに尻尾を握られた。しかし、エミーはアラクネの背中に乗っており行為に及ぶには不可能だった。
ということは、とジェミに拳を振り上げて声を荒げた。
「ぎにー! せっしゃ、尻尾が苦手なのくらいわかるにゃろー!!」
「ぼ、ぼくじゃないよ!」
ジェミはぶんぶんと首を振って否定する。しかしジェミしかいないはずだと怒鳴り上げるクロエに対し、リナが静粛させた。
「クロエ様。お静かに願いますか?」
「リナどの! せっしゃが叫んでいるによ!? どうして冷静に……」
に? と声を零し、自らの尻尾辺りに目を通す。
そこには茶色いモグラが一匹、けらけらと笑っていた。
「あやー、すんまへんなぁ。ついつい握ってしもたわー」
「ステルスどの!」
剣の柄に手を掛けて、クロエは毛を逆立てる。ステルスには、嫌な思い出しかないのだ。牙を見せ、信頼などそこに存在しない。
「ステルスどの! またせっしゃの小魚を腐った魚にすり替えたり、せっしゃの尻尾をにぎるゲームとかわけのわかんないことをしだすにか!?」
「そ、そんなに怒ることないですやん! ぼくだって猫さんのわからんとこで、働いとったんですー。それも命をさらす覚悟までしてんやで? 少しくらい褒めてくれても……」
「褒める要素なんてないにー!!」
興奮を抑えきれないクロエに対し、カウオーズが口をはさむ。
「ぶもークロエ! ステルスはアラクネに頼まれて頑張っていたんだもー」
「話がわかるなあ牛さんは。過去のことを問うても仕方ありまへんえ、今を褒めてもらわな」
あのカウオーズがステルスのことを認めている。それだけで、クロエの怒りが収まるには十分すぎる証拠だった。
はあ、と大きなため息をついて、クロエは冷静を保つことに成功した。
「まあいいに。で、何の命を張ったにか? 命を張った先に、何が見えたに?」
「よくぞ聞いてくれましたなー。ぼくの成果を伝えるときがやっと来た。ほな、ぼくの成果に腰を抜かさんよう願いますー」
「いくらなんでも腰は抜かさないに」
「あら。それは残念ですなぁ、ほな勿体ぶってもしゃーないし、言いますわ」
ステルスはそう言うと、皆に目を配って告げた。
「あの赤い欠片は魔界の扉とみて、まず間違いないやろなー」
ステルスの発言に「やっぱり」と囁く声が多く見られた。ここぞとばかりに、土の中へ潜るという行為が役に立てた瞬間だった。
そう感じ取って、ステルスは気分を高揚させて口角を上げる。
「問題はここからや。地下の入口から掘り進んで、人間界へ出たんよ。まあ秘密のルートいいますのん? 投擲兵もできて、偵察兵もできる。皆が思ってる以上に、ぼくって有能やろ!」
えっへんと腰に手を当てて、したり顔で言う。だがそれを褒めてくれたのは、ジェミだけだった。ステルスに拍手を送る音が、小さく洞窟に響く。
ジェミ以外は、もちろん冷ややかな視線を送っていた。
「ごほん。土もふかふかで住みやすそうやったし、魔界とえらい違いで空気も新鮮やった。ぼくもこんな世界に、一度でいいから住んでみたい思うたなぁ」
サングラスの奥で輝く瞳。
中々、話がストップして進まない状況にクロエが激情した。
「にいい! さっきから話が進まないにー! せっしゃは結果が知りたいによ!」
「ま、まあまあ……クロさん。ステルス、続きをいいよ」
ジェミは暴れるクロエを押え、ステルスに話を振った。
ステルスのちょっとした行動で激怒するクロエから、相当いたずらモグラが嫌いなのが窺える。
「そこにな、人がぶわーっておんねん。あ、ぶわーってほどでもないな。とにかくおったんよ。一人の老人と、一人の若もんを中心に、人がかしこまった様子で会話してた」
ステルスの説明に、リナは顎に手を置いて首を傾げた。
「人だかり、ですか? 人間たち、よからぬことを考えていたんでしょうか」
「それはわからん。けど、あながち間違いじゃあらへんね。閉じられた空間に向かって、鋭い刃物を突き刺しとったもん」
「その突き刺した時に生まれた光は、赤かったですか?」
「そやね。この魔界の空と同じくらい赤かったかもしれへんなー。そんときに、欠片が砕けてこっちに落ちてきた言うたら、辻褄が合うんやない?」
リナはこくりと頷いた。
どうやらステルスのことは間違いないと踏んだようだ。
「あの、ステルス様。もう少し詳しいお話を伺えませんか? 例えば、人間たちが何を話していたか、とか」
「ええよ。覚えとる範囲ならね」
そう告げると、ステルスは皆の視線を浴びながら変わらぬ口調で語り始めた。




