十:サキのお・ね・が・い! 後編
「わ、ちょ、デュベル!」
『……わりぃ。ここいらでいいか』
殺風景な黒い大地の真ん中で、デュベルは僕の足を止めた。
サキにバレたくないとでも言いたそうだ。一体、どうしたっていうんだろう?
僕の疑問に、珍しくエクスが口を開いた。
「なあなあ、デュベルー。インってもういねえんじゃないのか?」
『ポンコツぼっちゃんにしては把握してんじゃねえか。確かにそう言われているな』
エクスがデュベルとまともな会話をしている……!
僕からすれば、それが驚きだった。
『正式には行方不明。だがジェミニと違って、死体も見つかってる』
「サキ、よほどショックだったのかなあ。いっつも二人でベタベタして、煩わしかったもん」
エクス、それはただの悪口だ。言いたい口をぐっとこらえ、僕はデュベルに声を掛けた。
「じゃあ、なんでインを探して……なんて言ったの?」
『まあ、あれだ。恋人が目の前で死んだら、ショックで気が狂うだろ?』
『ああ、お前にはわからないよな』
魔剣がさらりと告げる。その通りなんだけど、ド直球に言わなくてもいいじゃないか……。
「でも、大切な友人が目の前で死んでしまったと仮定したら。僕だって気が狂うかもしれない」
『まさしくそういう状態ってわけだな。死んでるって認めたくないがゆえに、生きてるって思いこむ状態、と言えばわかるか』
「……じゃあ、インは探す必要がないってこと?」
『いや。そうとも限らない』
デュベルの言うことがサッパリわからない。インは亡くなっている……けど、インを探す必要がないとは言い切れない?
頭が混乱してきた。
『インキュバスとサキュバスは魂同士が共鳴していて、互いの場所がわかるとされている』
「でも、サキは探してくれって言ってたよ?」
『だからこそだよ。場所まではわからなくとも、微量の力を感知した……。つまり、なんらかの形で生きている可能性はあるってことだ』
なるほど。僕が理解した頃に、デュベルがエクスに向けて放った。
『本当は配下の気配ぐらい、わからねえといけねえんだけど』
「なんで俺に言うんだよー!」
『お前以外に誰がいるってんだよ、アホスケ』
「あほ……そこまで言うことないだろー! いいもん、見つけてやる、魔族の気配は全て認知済みだああ!」
声を荒げ、デュベルに奮起される魔王は、足を速めた。
これもデュベルの計画通りなの? そうこっそりと伝えると、魔剣も頷くように返事した。
「イン、サキが待ってるぞ! 死んでてもいいから出てこい!」
『お前、鬼畜生だな』
虚空に荒げる声が、シンと静まり返った空気に消えていく。
「イン! サキのことがどうでもいいのか!? 屍になっても出てこい!」
『お前、大悪魔だな』
そんなやり取りが数回続いたって、当然ながら出てくるはずはない。
やっぱり、インは死んでしまったんじゃあ……。
だめだ。サキが待っている。せめて期待に応えるぐらい、真剣に探してあげないと。
「イン! サキが泣いてるぞ! 魂になってでも会いに行ってやれよ!」
『いい話、なのか?』
二人のやりとりを、ただ苦笑して見送った。
それにしても、インはどこにいるんだろうか。いくら探しても見つかりはしないし、この黒い大地……ところどころに瓦礫の残骸はあれど、人型の大きさが隠れるような場所はない。
途方に暮れる散策を繰り返した。サキのためにも、インを捜し求める。
「……あっ」
『どうした、鬼畜生』
エクスが足を止め、ゆっくりと指を差す。エクスの指の先には、何かの建物の壁が崩れ、瓦礫の山となった一角だった。
白いレンガの瓦礫は、一体どんな建物だったのか。今は黒ずんでいて、長らく放置されていたのがわかる。
「今、あの瓦礫が……カタッて」
『本当か! でかしたぞ、急げ!』
デュベルが声を上げた。僕には何も見えなかったけれど、エクスが言うのであればやるしかないだろう。
デュベルを地面に置き、エクスとともに瓦礫の山を移動させていく。結構、ずっしりとした重さが腕を痛める。
一つを動かすのも精一杯だ。
何個か動かした時、手のひらを確認する。
力を入れていたせいで手が赤い。
「もうやだー、すげえ重いー!」
『嘆くなポンコツ魔王! お前がココだって言ったんだろ!』
「でもすげえ重いぞ!? いいなあ、デュベルは剣で。働かなくていいもんなー」
『テメ……』
喧嘩を始める二人を放っておいて、僕は必死に瓦礫を動かす。気づけば避けた瓦礫が腰元の高さまで積み上げられていた。
しかし一向にインらしき人物は見当たらない。もうこれ以上は見込めないかな。そう思った瞬間、瓦礫の隙間から柔らかそうな何かが見えた。黄色い髪のようなものだけど。
そっと触れてみると、人差し指の爪が滑らかに通る。
その人物はうごうごと必死に瓦礫の間から出ようといていた。
思っていたより随分と小さい。
『おい、フィル! なにやってる、引っ張り出せ!』
「え……あっ、うん!」
デュベルの怒鳴り声に目を覚まし、細心の注意を払いながら小さい人を引っ張り出した。
彼の腹部は瓦礫に潰されていたせいか細かな傷がたくさんついていた。
彼は不思議なことに、顔くらいの大きさしかない。
ぜえぜえと息をつきながら、インはようやく口を開いた。
「たす、かったあ」
舌っ足らずの言葉で、一言、一言を発すイン。とても流暢とはいえない喋りだった。
「なあデュベル。インってこんな喋り方だったか? もっと……」
エクスは額にピースマークを置いて、かつてのインのマネをする。
「チーッす! オレはサキの相棒なんで、サキをいじめるやつは誰であろうと容赦しないんでー、そこんとこヨロシクー。みたいなやつだっただろ!」
『力を使いすぎたのかもな。人魔戦争で』
そうデュベルが告げた。
インは僕の肩に座り、足を組みながら余裕そうな表情で頷いた。
発せられる言葉と態度が全くもってイメージを統一させない。そう考えると、デュベルの言う通りなんらかの衝撃で小さくなってしまったのだろう。
「で、インはどうして潰れていたの?」
肩の上で足をトントンと揺らし、やれやれと言ったように首を動かす。なんて失礼なやつなんだ……僕は怒りを抑えつつ、冷静を保った。
「じんま、せんそー。これ! これにサキといて、こわれそうだったから! サキ、にがした! おれ、てきとつぶれた!」
インが指を差す先は、まさに瓦礫の山だった。
どうやらサキだけを逃がし、自分だけが犠牲となったようだ。
『まあ、見つかってよかったよ。サキが待ってる。行くぞ』
「サキ! サキ、いきてるか!」
『ああ。インの功績のおかげだな』
「いきてた! はやくいく、にんげん!」
ポコポコと僕の首元をグーで叩く。小さいせいもあってか、マッサージにしか感じない。ちょうどいい力加減が、ああ……気持ちいい。
「がぶう!!」
「っで!! いただだだっ!!」
急に耳元を強く噛んできた。ヒリヒリと痛みが耳たぶを通して全体にいきわたる。
なっ、なんて凶暴なんだ!
「遊んでないで行くぞー」
『ほら。オレを持て』
誰もインに注意しない状況に、無理矢理に手のひらでインを包む。多少、強めに。
むー、むー! 抵抗したくてもできないインは終始、僕の手のひらに身体の自由を奪われていた。
「わああ! インくーん!」
「サキ! あいた、かったー!」
「あたしもだよ、インくん! なんかちっちゃいけど! ちっちゃいインくんもだあいすき!」
サキはインが潰れないようにそっと手のひらで包み、一頻り頬ずりをする。そうして予想通り谷間に収めた。
「インくんを連れてきてくれてありがと! デュベルちゃんの信頼する主様は、やっぱり違うなあ! 魔王様も、ありがと!」
サキは僕の頭とエクスの頭を交互に「よしよし」と撫でて、大層に喜んだ。
少し大げさな気もするけど。その様子から、本当にインのことが好きなんだと思えた。
しばらくして、サキは「じゃっ」と手を上げ空へと飛び立った――。
『ちょ……待て待て!』
「えー?」
焦ったデュベルの声に、サキは留まってくれた。
『約束がちげえだろ! インを見つけたら配下にって』
「そうだった! あたしうっかり!」
拳を自分の頭にごつんと落とし、てへっと可愛く微笑む。その様子に僕は思わず固まった。
彼女が動くたびに、その大きな胸がはっちゃける。
『ええい。あと無駄な力を振りまくな。人間には刺激が強い』
「えー? 振りまいてないよー。あたしはあたしだもーん」
『無自覚に振りまくのが一番、タチ悪いよな。ほら、お前も目を覚ませって』
ドスッ、剣の柄が僕の腹部を抉った。臓器が潰れるのでは、そう錯覚せざるを得ないほど胃が苦しくなった。
デュベルの攻撃もあって、はっと目を覚ます。自分が夢心地の中にいたみたいに頭の中がぼんやりする。
危ない、これがサキュバスの能力か。
もう惑わされることがないように、額をしっかりと抑えて大地に目を移した。
「デュベルちゃんが言うなら仕方ないよねー。主様も面白いし! インくんもそれでいいよねー」
「ん! どっちでもいい!」
――こうして、サキとインが配下に加わった。
僕たちは皆が待っているであろう、魔王城まで戻るべく黒い大地を歩く。
サキとインを連れて……。
「あっ、クロエ!」
僕の声を聞いたクロエは、やっと見つけたと言いたそうに駆けつけ――。
「にいい! フィルどのおぉ、大変にい!! 大変なんだにいい!」
ぎゅっ。腰元にしがみついて、らしくない声を上げた。
ぶるぶると震え、僕の服の裾はクロエの涙でシミができる。いつも明るくて、元気だったクロエが……急にどうしたのだろう。
やがて、クロエを追いかけるようにして配下の皆が集合した。
その輪の中には、戻らないと言っていたステルスの姿も見える。
周りに目を配ると、皆して……僕をじいっと見つめる。
一部は救いを求める瞳を、一部はまるで僕を疑うような瞳を。
……僕はクロエの毛をさわりと撫でて、抱きしめた。
一体、皆が何に怯えているのかはわからない。だからこそ、ゆっくりと、静かに問いただした。
「どうしたの? なにか大変なことが……」
あくまでも冷静に対応した。その結果、クロエがジェミの方を振り返る。
ジェミは決心したように頷いて、僕に歩を進める。強張った表情から読み取れたのは、彼がひどく怯えているということだった。
あのジェミでさえも、怖がっているなんて。一体、皆の身に何が起きたのだろう?
「主様。これ……」
そう言ってジェミがポケットから取り出したのは、デュベルの赤い宝石にもよく似た、一つの赤い欠片だった――。




