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マ剣のあるじ様!  作者: 葉玖ルト
序章
1/13

一:呪われし洞窟

かつてこの世界を揺るがすほどの大戦争が起こった。互いの世界を賭けた戦いは、人間側の勝利で終わったという。これをのちの人々は――人魔(じんま)戦争と呼ぶ。




「わああん、出してよー‼」


 今にも潰れてしまいそうな、しゃがれた声が岩肌に反響する。

 どこを向いても岩壁しか見当たらない、殺風景な洞窟の中……目の前に立ちふさがる、ツルツルとした表面の壁を、僕は必死になって叩いた。

 もうじき暮れがくる時間帯で、辺りは徐々に薄暗くなっていく。それでも僕は叫び続けた。

 「助けて、助けて」ドンドン、虚しくこだまする音がより一層、僕のピンチを訴える。


「もう、やだ……ああ」

『大丈夫か!?』


 大丈夫じゃないから叫んでいるというのに、壁の向こう側からは焦った様子で語り掛ける元凶の声が聞こえた。


 そうだ。こんな未知の洞窟なんて、僕レベルの人間が立ち寄るべきじゃなかったんだ。

 ……きっと神様からの天罰なんだ。




 *




 ――約一時間前


 ここは平和を好む者たちが集うオルディネール。空気が澄み渡り、ちょうちょが花の傍で優雅に舞い踊り、人々の笑い声が絶えまなく聞こえる、自然豊かな農村だ。

 僕たちが生まれるよりもずっと前……世界を揺るがすほどの大戦争が起きた際、武と智を持ってして終戦へ導いた英雄を輩出したことでも有名だ。


「わあ、綺麗……!」


 村から少しだけ離れた林道。そこには僕のお気に入りスポットがあった。

優しい木漏れ日が木々の合間を縫って道を照らす中、緩やかな川が光の粒を浴びてキラキラ輝いている。時折ちいさな魚が一生懸命に泳いでいて、生命の美しさをこの全身で感じた。川のせせらぎが耳元を撫でるように通り過ぎていく。この時間がとても至福だった。


「風が気持ちいい」


 透き通った水の中に指先を沈ませる。水が冷たい。この林に一体化した気分だ。ずっと、この幸せに浸っていたい。


「フィル!」


 突如、誰かが僕の名前を呼んだ。自然の静けさにそぐわない大きな声で、現実に引き戻す。

 この素敵な時間を破り声を掛けてきたのは、村一番の腕っぷしであり、村一番の好奇心旺盛な人物……クラール、である。

 自称、英雄の末裔。

 こんな平和な世界に戦争が起きるとは思えないけど……次の英雄候補は彼だと言われていた。

 でも僕には理解できない。いくら腕っぷしが強くったって、好奇心ばかりに負けている人間が英雄になれるはずがない。


「おーい、フィル」


 クラールが僕に声を掛けてくる時は、大体がとんでもない発言だった。けれど見つかってしまったのは仕方がない。


「なんだよ! 放っておいてよ!」


 川から目を外し、思い切り振り向いた。

 色がついたシャツに、魔物の皮で織られた上着……どこの都会っ子だよ、と言わざるを得ないチャラチャラした態度。

 唯一、背が村の誰よりも高いところが憧れるところか。こんなのが英雄になるだなんて信じたくない。

 腰元に長身の剣をぶら下げているところを見ると、嫌な予感しかしなかった。

 彼は僕の蛇のような鋭い視線に怖けることなく、ふっと白い歯を見せた。


「放れないよ。だってフィルって、いつも一人じゃん」

「ぐ……」


 なんて馬鹿正直な言葉なんだ。確かに一人だけど……。

 それが僕を心配してなのか、小ばかにしたいからなのか、僕には理解できそうもない。


「それに、男のくせにナヨっとしてるお前を放ってはおけないんだよ」


 ❝女みたい❞

 クラールは僕に対して失礼という言葉を知らないのだろうか、次々に僕の心を傷つけていく。

 しかし当人は悪びれる様子なく、そんなことはどうでもいいと言わんばかりに話を変えた。


「で、用事なんだけど。今から洞窟探索に行こうぜ」

「洞窟……? この村の近くに、そんなのがあったかな?」


 なんせこの村は、平和な村というだけあって魔物の脅威はおろか、そういった危険な場所は存在しないはずだ。しいて言えば、どこからかやってきた魔物が巣を作って出来上がった穴がある程度だろうか。


「それが、あるんだよ。大人たちが口を揃えて、行ってはだめだと反対する秘密の場所!」

「ええ……」


 いい歳して、目を輝かせはじめた。今まで自分が知らなかった未知の場所、しかも大人たちが危険だと警鐘を鳴らす場所となればなおさら、クラールは諦めることを知らない。


「これは別の村から聞いた情報なんだけど……」


 こいう時だけこまめなんだから……。正直、行動派のクラールと消極的な僕は合わない気がした。大人しくしていたい、というのが本音だから。


「奥にはかつての王が隠した全財産があるだとか……抜けるとそこには、どの国とも交易を絶っている、独立した国があるとか」

「……嘘くさいなあ」

「魔界に誘われるポータルがあるだとか」

「もっと嘘くさい!」


 魔界。かつて世界を脅かした魔王率いる、魔物がうようよといる淀んだ世界。今存在する魔物達は、その魔界から生まれ這い出てきた残党だと言われていた。

 しかし古文書には『魔界への扉は千二百年も前に閉じられていて、互いに干渉できないようになっている』と書かれてある。

 それに、どの本を探っても魔界へ行く方法なんて存在しないと記されている。なので誰も目にしたことはないし、もはや伝説とまで言われていた。

 そんなふわっとした情報に踊らされるなんて、クラールも英雄候補失格だなあ。


「とにかく、場所は目星をつけてあるんだ。行こうぜ、大丈夫だって! 何があっても俺が護ってやるからよ!」

「やだ! そんな本当かもわからない情報に行動を起こせるクラールが嫌だ!」

「だあいじょうぶだって!」


 言いながら、僕の肩を思い切り太い腕で手繰り寄せる。僕の体はいとも簡単に、クラールの腰元まで引き寄せられた。


「や、嫌だ、僕は川のせせらぎを聞いていたいんだ!」

「洞窟にも鍾乳洞から垂れる水の音があるぞ!」

「帰る、帰るったら帰るー……のわぁ!」


 ひょいっ、僕の体はクラールの小脇に抱えられた。なんつう力なんだ!


「わ、わわ、わああ!」

「あっはは、相変わらず軽いな! まるで木刀を手にしたようだな!」

「くぉのー、離せってばああ!」

「さ、いざ出発! まだ見ぬ大地へー!」


 僕の必死の抵抗は、彼の力に押さえつけられて空振りに終わる。

 腕を動かしても、足をばたばたさせても、荷物を運ぶかのごとく軽々と連れていかれてしまった――。




 ――やがて洞窟入口についた。


「うお……思ったよりでけえな」


 洞窟は先が見えないほど真っ暗で、侵入者が足を踏み入れるのをその大口で待ち構えている。

 周りは草木に覆われていて、岩肌に巻き付いている。一体、どれくらいの年月、この寂しげな場所に構えていたのだろう?

 岩肌の様子を見ると、きっちりと丸岩をパズルのように当てはめており、ちょっとやそっとの衝撃では崩れそうにないくらいきっちりとした造りになっている。

 途中で崩壊する危険性は極めて少ないと見ていいだろう。


「ようし、俺の後ろをついてこーい。フィルもその方がいいだろ?」


 クラールが涼しげに言った。この状況を見ても尚、前に進もうとするクラールの姿は英雄向きと言えるのだろうか……。


「……クラール。どんなに恐ろしい魔物が攻め入ってきても、助けてよね?」


 背の高い彼を見つめながら、ぽつんと告げた。すると彼も、再び白い歯を見せて大きく返事をした。


「ったりめーだろ!」


 僕たちは意を決し、洞窟の中へと足を進めた。


「う、うう」


 ううう。外の日差しが差し込まないこともあってか、肌寒い。改めて太陽の偉大さを知った。

 僕は必死にクラールのシャツの裾を握りしめ、てくてくと歩いた。もし何者かに襲われても、クラールが助けてくれると信じているんだけど……武力のない僕は怯えることしかできずにいた。


「なんもねえな……」


 殺風景な洞窟の中をここまで体感一時間ほど歩いたが、特に何も起きてはいない。むしろ、ずうっと変わらぬ景色が続くだけで、飽きてくるのも無理はなかった。


「……この先に行ったらなんかあるかもしれねえけど。……帰る?」


 熱しやすく冷めやすい。これもまた、クラールなのかもしれない。

 僕は必死に頷いて見せた。激しく首を縦に振る。


「っしゃあ、じゃあ帰るか」


 くるり。クラールが背を向けて、ぼやきながら入口へ向けて歩き始めた。

 僕も離れまいとクラールにひっつく虫のように、裾を握って後ろに回った。

 ――刹那。


「うわっ」


 ごとん。僕が踏みしめた地面が沈んでいく。

 ……嫌な予感がした。


「え……?」


 クラールの声は、ほんのわずか僕に届いただけで、消えていった。

 二人で天を見上げ、二人で口を開け、二人で……呆然とした。

 ――天井が、落ちてくる。猛スピードで。


「うおあああっ!」

「うわああ!」


 僕は咄嗟に伏せることしかできなかった。その時点では、クラールがどうなったかは知る由もなかった。







 ころっ、小石が地面を転がる音と共に、僕はゆっくりと立ち上がった。


 「わ……」


 最初は放心状態で何も見えていなかった光景も、冷静になっていくにつれて徐々に理解しはじめた。


 僕は、壁に隔たれたのだと。

 


 *




『すまん、俺がついていながら』

「……ぐすっ」

『この壁、うんともすんとも言わねえんだよ。恐らくなんらかの古代術式が敷かれていて、普通の攻撃じゃ傷すらつけられないんだと思う』


 ――古代術式。

 それは誰が生み出したのか、どこから発生したのか、詳細が何一つわかっていない、襲撃者の妨害を目的とした術式だ。

 偉い人の話によると、古代人のすごい魔術師が編み出した秘伝の技……と言う人もいれば、戦争で亡くなった人々の怨念がエネルギーとなって生まれた禁忌の術だとか、いろんな説がある。

 現代じゃあ、その術を扱うものも、解くものもいない、という話。


「話が本当として、どう解くの」

『う……そ、そりゃあ、あれだよ』


 彼が頬を搔きながら、その場しのぎの慰めを振り絞ろうとしている姿が目に浮かぶ。

 壁に身体を預けるようにして、僕は背を丸めた。

 もうだめだ。僕は一生、ここに取り残されて(むくろ)と化すんだ。


『村の大人に言えば、なんとかなるかもしんねーだろ! だから諦めんなって! じゃあ行ってくる!』


 ――友人の走り去っていく音が無情に聞こえた。

 ここで二人で考えこんだって、どうにもならないのはわかっている。けれど、僕は改めて後悔した。

 来るんじゃ、なかった。




――――――

――――

――どれくらい、この壁の向こうで過ごしたのだろうか。

もしかしたら、まだ一時間も経っていないのかもしれない。経っているのかもしれない。

 この時間が、今まで過ごしてきた時間を喰らうぐらいのスピードで流れて行ってる気がした。正確には、気のせいなのだろうけど。

 僕はどうしたらいいんだろうか。これから、どうするべきなのだろうか。

 もう何も考えられない。

 僕は。

 ――僕は。


『汝、ここへ』


 ぼうっとした頭に、すうっと消えゆくように流れ込んできた誰かの言葉。


『ここへ』


 ここへ。ここへ。何度も繰り返される言葉は、やがて徐々にハッキリと聞こえてきた。

 その声は船の汽笛のように、心に沈むような深い、深い音だった。

 目をつむって声に耳を傾けると、従わなければならないと僕の心を駆り立てる。 

 やがて独りでに首を縦に振り、決心した。その不可思議な声に導かれるまま、ふらりと歩を進めた。




「……わっ」


 思わず声を零す。

 洞窟の最奥部は行き止まりになっていた。

 ここの岩壁は道中と違って、色とりどりの宝石が発光していて、まるで別世界のようだった。

 宝石たちは地面を照らしつけ、中央部分の主役を目立たせる。

 ――こんもりとした土に、剣が突き刺さっていた。

 こんな、洞窟の奥に……誰が一体、何のために。


『汝、ここへ』


 また……汽笛を連想させる深い声。

 剣の方を凝視する。それは柄から剣まで、黒曜石を思わせる綺麗な黒をしていた。

 柄の中心部には赤い宝石がはめ込まれており、黒い筋が真ん中に入っている様はまさに目玉を彷彿とさせる。

 一般的な造りではない剣に、少々不気味さを覚えた。

 けど辺りが照らしつける宝石のお陰で、不思議と〝綺麗〟と思えた。


『ここへ』


 声の正体は剣によるものだったのだと、やっと気づいた。

 なんの目的があって、僕を呼ぶのだろうか。謎が深まる。


「あ、あの……僕を呼ぶ理由って――」

『力欲しくば』

「え?」

『……げふん。ここから脱出する術は、我しか存在せぬ』


 咳ばらいを入れる剣。なんとも怪しい剣の言動に、本当は疑うべきなのかもしれない。

 けれど僕だって、藁にもすがる思いだった。


『故に契約を』

「けい……やく?」

『汝、我の主となりて、世界を脅かす……げふん、世界を跨ぐ王となれ』


 緊迫していた心が、急に緩んだ。

 僕に剣を抜かせるよう、あからさまな誘導をしている目の前の剣。

 ……世界を脅かすって、なんだよ。


『……汝』

「キミは誰なの?」

『我、貴様の救世主となる存在』


 様子を窺う慎重派の僕を見て、明らかに剣の方がイライラしているように見えた。剣の細かな振動が、山を崩すほどではないが小石を巻き上げている。

 ……一体、何なのだろう。何の目的で、僕に取らせようとしているのだろう。


『……なん』

「この洞窟はなんなのですか、まずはそれを答えてください。一体、あなたは何なのですか?」

『だあああ‼ 面倒くせええ‼』

「ひッ!」


 人となんら変わらない言葉が、剣を通して発せられた。

 怒号を上げた剣が、一度ほど激しく振動する。

 途端、小石の山が僕の顔を目掛けてパラパラと飛んできた。


「ぶっ……わっぷ! ぺっ、ぺ!」


 小石が口の中まで襲い来る。じゃりじゃりと、口内が不快な気分だ。うう……なんなんだよう、もう。


『いーからオレの指示に従えコノヤロー!』

「ひええ」

『せっかくテメェを切り裂いてご招待してやったのによお』


 急に口が悪くなったよ、この剣!

 剣の怒りに呼応するかのように、辺りの温度が急上昇していく。段々とその振動が激しさを増し、剣が激怒の一言を飛ばすたびに天井から細かい砂が降り注いだ。

 冷や汗でもなんでもなく、ただ単に汗がだらりと噴き出した。……とんでもない剣だ。


「ひやあ!」

『主か、否か、やんねえのか、やんのか!』

「あ、暴れないでくださ……どばあっ!」


 目の前の揺れに耐えきれず、バランスを崩して尻もちをついた。

 お尻が石の床に強打し、びりびりと背中にかけて痛みを伝達する。


「ちょ、待ってくだ、さ」

『テメェが本当にふさわしけりゃ、いいだけの……』

「わかり、ましたからああ!?」


 ぼんっ、ついに振動で体が浮いた。天井ギリギリの高さまで上げられた体は、次第にゆっくりと速度を上げていく。


「うわあああああ!」


 頭を回転させる隙もないほど、地面と顔の距離が近づいた。

 ――落ちる……!?






 ――『おいビビリ。起きろ』

 そう声に促され、地面に突っ伏していた体を起こした。

 不思議と、どこも痛くない。

 倒れていた僕の指先は、剣の柄に触れていた。

 ……あれ。いつのまに、手にしたのだろうか。考え込む僕の側で、剣がぼそりと言葉を発した。


『おめでとさん』

「え……?」

『あんたが三百人目の、挑戦者だ』


 挑戦……何を言ってるんだ、この剣は。


『詳しい話は後だ。ここを出たいんだったよな、坊主』

「……うん」

『うっし。約束通り、出してやろう』

「本当に!?」


 剣の一言に、歓喜のあまり身を叩き起こした。

 不思議な剣だけど……なんだ、いいやつじゃないか。

 早く、戻って……クラールに知らせないと。僕は無事でしたって!

 ついでに、変な剣の主になりましたって報告しなきゃ。……でも、どうして大人たちは口を揃えて危険だって言ってたんだろう?

 ……確かにある意味、危険だった気もするけど。



 不意に、剣が不気味な笑みを浮かべた気がした。

 剣の一言、一言が……聞こえてくるたびに、僕は寒気を覚え、不穏な気配を感じ取った。

『出してやるよ』



――この世界からな。





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