第5話 晴天に向けて
美月はムカムカしていた。
「美月ちゃん。岡本くんって頭いいんだねー新入生代表って・・」
そう。アイツが新入生代表として挨拶を済ませたのだ。
確かに。
確かに昔からアイツは頭が良かった。
でも・・
新入生代表を務めるほどとは思わなかった。
「・・」
「まー、新入生代表って言っても、編入生代表の挨拶だから学年トップって訳にはいかないけどねー。推薦編入の子は含まれてないし。」
何も言わない美月への慰めなのか、麻衣は少し背伸びして美月の頭をポンポンしながらつぶやくように言った。
麻衣の慰めは、泣きたい気分の美月をさらに泣きたいモードへと押しやった。
教室へ戻ると、案の定というか、アイツのもとにクラスの女の子が集まっているのが見えた。
席に着いて、そちらを一瞥すると
「岡本くん、代表の挨拶恰好よかったよ。」
「岡本くんってどこの出身?」
「岡本くんは通いなの?それとも寮?」
「ねーねー彼女いるの?」
などなどだ。
あまりの面白くない光景に椅子から後ろに向け、麻衣へと顔を向ける。
だが、美月の席の斜め前でなされる会話のため、聞きたくなくても耳に入る。
「ありがとう。」
「K県だよ。」
「親戚の家からの通いなんだ。」
「彼女はいないよ。」
などなどだ。
あー煩わしいことこの上ない。
この猫っかぶりめ。
いつもの俺様口調はどうした。
いや。3年も経ったのだし、アイツも成長したのだ。と思いたいが、先ほどの会話から想像するにそれはあり得ない希望である。
とりあえず、今のこの時間をアイツに取られないだけ良しとしなければならない。
「はあ・・」
また溜息がでてしまった。
「美月ちゃん?」
麻衣がいつものように可愛く首を傾げてこちらを見ていたので
「なに?」
と答えると
「美月ちゃん、今日はため息ばっかり。幸せ逃げちゃうよ?麻衣の話も全然聞いてくれてないし。」
と悲しそうに下を向かれ
「あーごめん・・なに?」
と片手で拝むように謝り、麻衣に聞いた。
「もー。あのね、駅前のケーキ屋さんで帰りお茶したいなって。美香ちゃんの今日の話も気にならない?」
「あー美香ねー。そういや朝、様子変だったね。」
「そう。まあ原因はわかってるんだけど。」
「え?麻衣、わかってるの?」
「うん。でも麻衣の口からは何も喋らないよ。美香ちゃんに聞いてね。」
「それはもちろん。」
「じゃあ今日は3人でお茶ね。美香ちゃんにメールしーよおっと。」
早速、スカートのポケットから携帯を取り出しメールを打ち出す麻衣に対し、
「隣なんだし教室行けば早くない?」
いつもと違う麻衣の行動に美月は首を傾げてしまう。
それに対する麻衣の返事といえば
「んー。当分はC組に出入りしたくないかな。」
よくわからない。
「?なんで?」
「んー怖いから?」
打ちながら首を傾げる麻衣はやはり可愛い。
「怖い?」
でも意味がわからない美月は麻衣同様首を傾げ
尋ねるしかできない。
「うん。まあ。詳しくはお茶のときに美香ちゃんが話してくれるよ。」
麻衣はそう話を締めくくった。
チャイムとともに先生が戻り、生徒同士の自己紹介が行われた。
といっても、大多数が顔見知りのこの付属で、皆が興味を傾けしっかり聞くのは、新しい編入生組の話である。
先生の独断で後ろの番号から始まり、麻衣、斜め後ろの席の園田くん、美月、隣の席の加納くん、そして前の席の河上さんの番も終え、アイツの番となった。
美月は聞きたくもなかったが、有益な情報はないかと聞くも特になく、肩を落とした。
そして・・
委員の話合いがされる中、美月はさっさと自分のやりたい図書委員に立候補し、その座を獲得、思考の中を彷徨っていた。
今日は、麻衣とも約束したし、10分と区切りをつければアイツとの話にも耐えれるだろう。
逃げもせず、だからといって長く顔を合わせたくもない美月にとって、最大の譲歩の案といえるべき時間を使って、美月は過去の件を乗り切ろうと考えていた。
よし。そのプランでいこう。
意気新たに、小さく頷き、美月は決意を新たにした。
「じゃあ、明日明後日だが、プリントに書いてあるとおりだ。新学期入学早々だが、テストだからな。」
「「「はーい」」」
「よし。今日は以上だ。おい、委員長。」
「起立。礼。」
委員長と呼ばれ声を出したのは、見たことのある名前も知っていた妹尾さん(中学の元生徒会副会長)だった。
「あー桜井、新堂。ちょっとこっち来い。」
担任に呼ばれ、2人、首を傾げつつ、教室から廊下へと出た。
「お前ら、高校も美術部か?」
「先生。顧問自ら勧誘ですか?」
面白そうに麻衣が揶揄っている。しかもいつもの可愛い微笑みはどこへやら、冷やかな笑顔である。
この2人の会話はなぜか時々背筋が凍る話に発展することがあり、美月はいつも冷や冷やさせられるため、またかと焦った。
美月が思わず
「麻衣・・」
と麻衣をけん制するも、ふんっと音がつきそうな勢いで先生から顔を背けるのみだった。
「で?先生なんですか?」
麻衣に送っていた視線を戻し、先生を見やると、先生も同じだったようで、思わず眼が合い、2人苦笑をかわした。
「あー・・うん。その実はその通りといえばその通りでな。聞くと、今の美術部、部員8人なんだが、3年が5人で、夏には3人になるらしいんだよ。」
「あー。あたしは別に構いませんよ。もちろん中学同様絵の描かない活動実績ゼロの部員でよければ。」
特に他の部に興味のない美月は、中学の入部の時の勧誘と同じ状況に苦笑が浮かびそうになるのを必死で押さえた。
あの時は帰宅部扱いだった生徒を対象に声かけを行っていた先生に、必死で頼まれ、それでいいならと美術部への入部を受諾したのだ。もちろん色々な条件をつけた上でのことだが。
「もちろん。」
先生は嬉しそうに安堵の表情を浮かべていた。
美月は、自身の話は終わったとばかりに、顧問とは部員の確保もしなきゃいけないんだ、とその苦労から想像の扉を開いていた。
「あー・・新堂はどうだ?」
「入りますよ。もちろん頼まれたからじゃなく麻衣の意志で。」
麻衣の怒った声にハッとし、麻衣と先生を見やるとまたもや一発触発の状態を感じ、慌てて間に入った。
「麻衣?先生?」
「あー。とにかく桜井も新堂も入部ってことでいいな。活動は水曜日のミーティングに参加であとは自由だから。今日は休みだから、来週にこいよ。」
「言われなくとも・・」
慌てて、麻衣の口を両手で塞ぎ、続きの言葉は美月が繋いだ。
「来週ですね。わかりました。話はそれだけですか?」
「・・ああ・・」
「それじゃあ失礼します。」
暴れる麻衣を引っ張り、美月は教室内へと引き返した。
美月が両手を外すと
「ふうー・・・」
麻衣は何回か深呼吸を繰り返し、美月に唇を突き出すようにして怒った。
「もー美月ちゃんてば。苦しいじゃないの。」
「ごめんごめん。でも、止めてよかったでしょ?」
「むー・・そりゃそう・・だった・・かもしれないけど・・」
麻衣らしくもない、小さくなっていく細い声に美月は苦笑しながら
「さ。駅前でお茶するんでしょ?」
「あっ。そうだった。涼ちゃんの話だと、スポンジものよりタルトが美味しいって。」
「なに。涼平さん情報なの?」
「うん。一番間違いはないでしょ〜」
先ほどの怒りはどこへやら、にっこり笑って言うので
「確かに・・」
と涼平さんの甘党ぶりを思い出し、苦笑を返した。
席に戻ると、斜め前の席にはアイツの姿もカバンもなく、自分との約束も忘れ帰ったようだった。
?あれ?
「いや・・約束じゃないし。いないならいないで問題なし。むしろラッキーよ。うん。」
小さく呟き、支度の済んだ鞄を持ち上げると、カバンの下から美月のではないノートが出てきたので美月は不審に思った。
「誰のだ?」
表、裏を見やるも名前どころか何も書かれておらず、まあ仕方ないかとノートを開いた。
1枚目。
『K書店 ユウキ』
閉じた瞬間、見なかったことにしたい、と痛切に美月は思った。
帰ったのではなかったのか。
美月はつい唇を強く噛みしめていた。
血の味を感じ、美月は慌てて唇の力を抜いた。
「はあ。」
美月は重い溜息のあと
「麻衣。ごめん、用事があったの忘れてた。先に美香とお店行ってて。」
「用事?」
「そう・・」
「?・・あー岡本くん?」
「うん・・」
「わかった。美月ちゃん、美香ちゃんの話のあとに話してくれるよね。」
「・・」
「明日も1日美月ちゃんの溜息ばかり聞いて過ごすのはやーよ。」
唇を尖らせた麻衣の表情を見て。
「わかった。」
美月は是と答えていた。
「お店の場所はねー・・」
麻衣の説明を聞き、
「わかった。先に店入ってて。またね。」
美月はK書店へと向かった。
さあ。話し合いの行方はどうなるか。
いざ。行かん。過去との遺恨の場へ。