第4話 思考の迷路
「・・・・」
予想もしなかった人物との再会に美月は言葉を発することも、口を閉じることもできなかった。
そう。美月の体全身でこの瞬間を拒否るかのように、体の機能すべてが停止したのを感じたのである。
麻衣は、美月の異変を感じたのか、
「岡本 悠希くん?今年の編入生だよね?」
と場をつなげてくれた。いや、美月としては繋げてほしかったのか否かすらわからなかったのだが。
「そ。あんたは?」
「新堂 麻衣。よろしくね。」
「ふーん。ま、よろしく。」
麻衣は、この岡本くんの雰囲気と美月が苦虫をつぶしたような顔でぼんやりしてるのを見やり、美月との関係を聞くかどうか視線を彷徨わせ迷った末、今は聞かないことに決めた。
一方、
美月はこの場をどう乗り切るべきか思考の迷いの真っただ中にいた。
「なー美月ぃー?」
美月は誰に呼ばれたのかも、今がどこかも一瞬見失った状態でゆっくり顔を上げた。
「・・・」
だが、やはり現実はそのまま現実だった。
一瞬の現実逃避では自分の精神状態も目に映るものも変わらないらしい。
思わず、鞄を持ってこのまま寮に帰ってしまおうかと思ったところでチャイムが鳴ってくれた。
「あーチャイム鳴っちゃったな。ま。話はあとだ。」
アイツは美月に返事を求めるどころか、決めつけるようにして席(といっても美月の斜め前というありえない席)へ着いた。
そう。ありえない。これはありえない状況だった。
これでは、全てが水の泡ではないか。
思わず、過去に引きずられそうになる思考を引き戻し、斜め前に座るアイツの背中をにらみつけた。
いや、もう睨んで変わる状況ではないのだ。
全ては動き出してしまったのだから。
確実な対策が必要だと思った。
自分はアイツより3年ものときをここで過ごす先輩と言えるハズで・・
学年での見知り合いも断然多い。
アイツは今日来たばかりの編入生なのだから。
それに、あの時から既に3年も経った。
自分はあの頃とは違う。
目下の問題は、今日の式が終わった後、アイツの言うとおり残るか否か。
心情のまま動くのであれば、残らず、帰りたい。
アイツと話すことなどないのだから。
でも、もし、アイツの言葉を無視して帰ったとき、明日起るだろうことは想像がつく。
先ほどの様子からして、昔と変わりがなかったのだから。
では残るか?という問いに対する自分の答えはやはり否だ。
でも・・このまま1年同じクラスにいること、3年同じ高校に通うことになるのならば、
過去との決着が必要なのはわかりすぎている。
美月は思わず頭を抱えた。
答えが出ない・・・
「むぅ・・・・」
「・・桜井・・桜井?」
「!はい!?」
誰かに呼びかけられ慌てて返事をすると、
「お前、大丈夫か?」
「!!先生・・」
呼びかけていたのは、B組の担任となる橘先生だった。
付属ならではというべきなのか、美術担当の彼は美月ら一同と時同じくして高校へ上がった生徒らに馴染み深い先生であり、幽霊部員さながら絵を全く描かない美月の中学の時の部活の顧問でもあった。中学ではバレンタイン・ランキングで常に1位を取る顔の綺麗な先生でもあった。
その先生に
「なんだ、調子悪いのか?・・保健室行くか?」
と近くで顔を覗きこまれ、
「いえ・・」
と顔を赤くしないまでも、言葉が詰まるのは仕方がないと言いたい。
「なんだ。新学期そうそうぼんやりするなよ〜」
とくぎを刺され、
「じゃあ第一体育館へ行くぞ。」
と話は終了したようだった。
視線を感じ、前を見ると、アイツがまた、強い視線をこちらに送っていた。
目が合うや否や、強ばった顔で強く見据えられ、視線を逸らされた。
なんだ?
今、もしや睨まれた?
なんなんだーー!!!?
「美月ちゃん?」
「あっ麻衣・・なに?」
「なにって・・体育館いこ?」
「あっ・・」
「さっきもぼんやりしてたけど・・美月ちゃん・・大丈夫?」
心配げに麻衣に下から覗きこまれ、
「あー・・うん・・。さ。行こ行こ。」
美月は引き攣ってるであろう笑みを顔にのせ答えた。
「うん・・」
納得いかない表情を浮かべながらも、麻衣は自分の腕を美月の腕に組み、体育館へと足を進めた。
美月は・・
あー・・しまった・・
はあ・・
さっき先生に保健室行くって言われて行っておけば今日の件は逃れることができたんじゃ!!
あ゛−・・・・・
「はあ・・」
美月は気付かなかった。その溜息に向けられた麻衣の視線を。そして、岡田 悠希の視線を。
そして・・その視線の意味を。